カイノキはウルシ科カイノキ属の落葉高木。
この画像は、一昨年の11月15日のカイノキです。
安城デンパークにて。
ここからは 今年の同じ場所のカイノキ。
カイノキは現在、日本では非常に少ない木として珍重されています。(大阪大学「「楷の木」の歴史」)
カイノキはイチョウと同様、雌雄別株です。ここ安城デンパークのカイノキ林には何本ものカイノキがあります。
カイノキは実をつけるまでに20年もかかり、それまでは雌雄の区別がまったくつきません。
名前の由来ですが、「直角に枝分かれすることや小葉がきれいに揃っていることから、楷書にちなんで名付けられたとされる。」(深谷市ホームページ「カイノキ」)
「江戸時代まで「楷の木」は日本には存在していませんでした。日本に初めて移入されたのは、大正4年(1915年)でした。当時、農商務省林業試験場の初代場長であった白沢保美博士が中国を訪れ、孔子の墓所から「楷の木」の種を採取し、播種、育苗されました。その後、日本国内の孔子や儒学にゆかりのある学校(湯島聖堂3本(雄)、足利学校1本、閑谷学校2本(雌)、多久聖廟1本(雄)など)に寄贈されたのが最初です。楷の木は、和名で牧野富太郎博士が「孔子木」と命名しましたが、現在では「楷の木」または「楷樹」と呼ばれております。」(大阪大学「「楷の木」の歴史」)
「「楷の木」は科挙(中国の隋の時代から清の時代までの官僚登用試験)の合格祈願木となり、歴代の文人が自宅に「楷の木」を植えたことから『学問の木』とも言われるようになりました。」
「風土に合っているためか、閑谷学校(岡山県)の楷の木が最も大樹に育っています。(中略)孔子にちなんで、閑谷学校では、「楷の木」を『学問の木』と呼ぶようになりました。つまり、日本で最初に『学問の木』と呼んだのは閑谷学校が最初です。」(同上)
ここ安城デンパークの今年のカイノキの果実ですが、今年は ナンテンの実?クロガネモチの実?のように、ほとんど赤色ばかり。
例年ですと、青や紫色が入って ノブドウのようなんですが。↓
2020-10-22
カイノキの学名 は Pistacia chinensis
日本語でカイノキ属と言ってますが、ナッツのピスタチオと同属の Pistacia(ピスタチア)です。
ところで ピスタチオってどんな樹?
こちら(↓)をどうぞ !(^^)!
ピスタチオ - シリア・アレッポ近郊
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