12月になっても当地のイチョウの名所(たとえば愛知県祖父江町)はキレイな黄葉が見られません。
おそらく今季は黄緑色のママ枯れていくのでしょう。
それに反し、愛知県豊田市の糟目春日神社(かすめかすがじんじゃ)の大イチョウは例年にも増して見事です。
以下、イチョウとはまったく関係ない話になりますが・・・
糟目春日神社縁起
大宝2年(702年) 持統上皇三河国に行幸 当地に御駐蹕の砌り鷹狩し給う よってこの地を鳥狩鳥捕都賀利戸苅と言い今日渡刈と書くに至れり 当時すでに糟目神社を祀れり(神社ホームページより)
持統天皇と言えば、3人目の女性天皇で、飛鳥浄御原令の制定と藤原京の造営がつとに有名です。
日本史上、存命中の天皇が譲位したのは皇極天皇に次ぐ2番目で、持統は初の太上天皇(上皇)になった。(Wikipedia)
それと、持統天皇は最初に火葬に付された天皇としても有名ですね
火葬は天皇の意志によるもので、葬式の簡素化を強く望んだことによるとあります。
土葬は棺や墓石費用はもとより エンバーミング(防腐処理)や撿骨(堀出し洗骨)にとてもお金がかかるのです。
でもただ簡素化のためだけに火葬を選んだのではないと思います。背景には仏教思想の浸透があるといわれています。持統上皇のご遺体は荼毘に付され、お骨は夫の天武天皇陵に合葬されました。
時代は下って 1235年両天皇の墓が盗掘されました。その後、盗掘犯は捕まったのですが、盗掘のターゲットは様々な副葬品、とりわけ持統天皇の遺骨を納めた銀の骨壺でした。骨壺が目的でしたので、調べによると盗掘犯は骨壺の中のお骨をそこらへんに投棄してしまったと言います。
さらに興味深いことに、盗掘犯からそれを聞いた当局も投棄されたお骨を改めて探そうとしなかったことです。同様に記録者の藤原定家も、捨てられた遺骨が捜索されないこと自体に対しては、全く気に掛けていなかったようなのです。
ここからは 過年度の祖父江のイチョウ
2022-11-24 イチョウ祖父江
2021-11-28 祐専寺の大イチョウ
2021-11-28 久寿(きゅうじゅ)のイチョウ原木近くにて
「日本人は故人の遺体や遺骨にこだわる傾向がある」とよくいう。しかし、それは決して過去から一貫して続いてきた傾向ではないということを、この事件の記録は雄弁に証明している。
このことは、当時の日本、特に政治経済や文化の中心地であった近畿地方では、「故人の遺体や遺骨へのこだわり」が、極めて希薄であったことを意味する。(葬儀コラム 「墓荒らしに遭い捨てられた持統天皇の遺骨」)
現代の私たちが昔からの慣行と思っていることが 明治のクーデター政権の考えの受け売りということはよくあることです。
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