自宅のマンリョウに支えが必要なのです。
一つは1m90cm程に伸びて、30度ほどに傾いています。
もう一つは60cm程ですが、今年の台風で何かが飛んできて
幹を痛め曲がってしまいました。
そこで、傍にあるモチの枝から麻紐で吊るした状態にして立たせています。
両方ともに実が沢山ついているため耐えられないのか・・?
たとえば、実一個が1gなら一万個生っておれば・・!
「そりゃ身がもたんわな」とは言わないかな・・。
自宅のマンリョウに支えが必要なのです。
一つは1m90cm程に伸びて、30度ほどに傾いています。
もう一つは60cm程ですが、今年の台風で何かが飛んできて
幹を痛め曲がってしまいました。
そこで、傍にあるモチの枝から麻紐で吊るした状態にして立たせています。
両方ともに実が沢山ついているため耐えられないのか・・?
たとえば、実一個が1gなら一万個生っておれば・・!
「そりゃ身がもたんわな」とは言わないかな・・。
どうしたんだろう・・?
これだけで、どうも花名が出てこない。
家にもあり白い花が咲き、そこまでは・・・
花は春・・? 初夏・・?
農免道路際で撮影したのですが、どうしても名が分かりません・・
今年も日和佐図書資料館のオープン広場において
LEDのイルミネーションを設置しました。
皆さんが思うような豪華なものではなく、手作りした素朴なものが殆どです。
家庭でいらなくなったものやら、使える部分を使用したり、見栄えを考えたり
作品ネタをひねって考えたものです。
昨年のように多くの作品はありませんが、見物を兼ねて図書館にお越し下さい。
今から10数年前に、地元の故人k氏から聞かされていた測量士が蘇りました。
おそらくは、徳島藩お抱えの測量家である岡崎家の岡崎三蔵であったと思われます。
当時、文化五年(1808)ごろ伊能忠敬が活躍した時代とも重なる人物である。
四国測量に来た際に、伊能の測量術と比較したら遜色ない技術を持ち合わせており
伊能は列島の沿岸部は詳しく測量していたが、内陸部はそうではなかったそうだ。
ところが、三蔵は「阿波国図」という徳島藩に命じられた分間絵図は、
今の徳島県の内陸まで詳しく測量されたものらしいのです。
図書館で地図を見ていたら文化四年と書かれた絵地図が目にとまりました。
この地図も、その時代なので・・?
クリスマスも間もなくですが、日和佐図書資料館において
” みなみ育児支援会「ぽっぽ」” による行事がありました。
それは親子でLED模型のケーキを作るというもので
ケーキ裏底のスイッチを入れるとロウソクLEDが点灯するものです。
装飾は元のケーキ台にアクセサリーを引っ付けるのですが
これにはグルーガンのホットボンドで接着する方法です。
先ずは藍谷講師の説明を受けたあと親子で製作しました。
その後はジングルベルを歌ったりゲーム等で楽しみました。
今冬はじめて零℃を示しました。
鉢の水も薄氷を張って、水ようかんのように見えます。
そして、本格的な冬を迎え昨日も一昨日も、夜空が透き通り星々が輝いてみえました。
ところで、ふたご座流星群、一日目は七個、二日目は五個も確認できました。
南国の美波の高地にも白化粧が見える季節です。
近くの農免道路に張り出した竹を切ろうとしたら
赤い実が色々見えるではありませんか。
ヤブコウジにイチゴほか沢山
一方、青いジャノヒゲの実もあり
また黒い実や黄色の・・?
ところで、ジャノヒゲの実は子供の頃 ”つく鉄砲” の玉として使いました。
南天やイチゴも竹筒に入れて集めた思い出があります。
昨日は大浜の清掃作業を行いました。
お正月に備えての今年最後の清掃ですが、ゴミらしいものは少なく美しい浜となりました。
ところで、休憩時に座っていた場所で見つけたフィギュアと貝殻で
漂着していた金棒の上に置いて撮影したものです。
鐘
赤松神社の倉庫に眠っていたこれらの祭具をどうするか・・
おそらくは昔の祭りで、流鏑馬や行列などが
神社馬場(周回300m)で行われた時に、使用されたものと推測されます。
昨日、あるところに鑑定に出してあったものを引き取ってきました。
鑑定や如何に・・?
甲冑の胴が三体あるのですが、倉庫に眠らせるより
どこか人目につく場所に置ければと密かに考えています。
このまえの町文化祭で写真の写真を撮影したものです。
作者の片山氏が描いている姿は前を通るたびに見かけていました。
水性ペンキでコツコツと描いています。
現場で見るのと同じなので文化祭の展示作品ですませました。
さて何作目なのでしょうか・・?