バカ犬

ちょっとバカ犬になって、本音を言ってみたいと思いませんか?

最近、驚いたこと2件

2011-12-20 | Weblog
最近、驚いたこと2件。


野田総理が、福島原発のスッテプⅡが完了したと発表したことだ。
すなわち、「原子炉の冷温停止」が達成されたと発表した。

『野田政権は16日の原子力災害対策本部で、東京電力福島第一原発の事故収束に向けた工程表ステップ2(冷温停止状態の達成)の終了を確認した。野田佳彦首相は記者会見で「発電所の事故そのものは収束に至ったと判断される」と事故収束を宣言した。』(朝日)

原発事故の収束がどんな根拠に基づいて確認され、判断されたのかは全くの闇。

責任ある専門家の判断で、収束していると宣言したといっている。
根拠は、冷温停止の定義は、語られない。

こんな宣言は、九州電力の玄海発電所の再稼働の判断の理由を訊かれたとき、佐賀県知事の古川知事と、玄海町の岸本町長が述べた理由を思い出させる。

「国が安全だというから、安全だと判断した。」

このブログでも書いたように、冷徹な物の見方ができる科学者は、同じ疑問を持っている。

メルトスルーした核燃料棒:核エネルギー:マグマ」はどこにあるかわからない。
いくら、格納容器を冷やして温度が70度未満だといっても、マグマが何処に、どんな状態であるかが分からなくて、「冷温停止」が達成されたといえるだろうか?

いい加減に国民を欺くのはやめてほしい。

アメリカから来たヤッコNRC(Nuclear Regulatory Commissionn)委員長も、
「原子力にかかわるすべての関係者は、炉の実際の状況をより詳細に理解したいとかんがえている」と述べた。
これが原子力の利用に関する基本の基本、「常識」なのだ。

残念ながら、野田総理にはそうしたことは眼中にないわけだ。
かなしい人間しか、首相にかかげられない日本国民は、不幸としか言いようはない。


二つ目は、

群馬県の八ッ場ダムの工事再開の決定だ。
予算がついて工事が再開されるという。

馬鹿な!

同じ日に、どこかのドキュメンタリーで、
日本にあるダムのうち、調査した150なにがしのダムのうち、40のダムは、100年は持つという建設時のシュミレーションがもろくも崩れて、10年も経たないうちに、ダムの機能、つまり貯水ができなくなっているという。

原因は、山林の荒れ。
メインテナンスされない山は、特に杉を植えた急峻な谷を持つ山は、土砂の崩落の量が多くて、ダムが砂場に変化するという。

挙句の果てに、その土砂をダムから下流に流すための巨大な工事をして、ダムの寿命を少しでも延ばそうとしているようだ。またまた喜んでいるのは、小沢さんの大好きな土建屋さん。

馬鹿らしくて見ていられなかった。

八ッ場ダムも、おそらく同じ運命をたどると思う。
巨費を投じて建設しても、寿命は10分の1で終わる。

アメリカでは、そんなダムを少しずつ壊して、自然に戻そうと動いているようだ。

P.S.
このタイトルは、民主党の「国民の声」に投稿済みです。




2010年12月6日のブログに「民主党に巣食う三匹の魑魅魍魎(ちみもうりょう)」を書いた。

三匹とは、
1.小沢一郎氏
2.鳩山由紀夫氏
3.菅さん

「この三匹の魑魅魍魎を排除しないと、間違いなく、国民は民主党から離れていきますぞ。」と書いた。

3匹目は自分でいなくなった。しかし、民主党のすべての動きを封じているのは、依然として、先の二匹であることは間違いない。

この人たちに、民主党は荒されてはならない。
しかし、この二人に動きをとめられている。

これで、僕にはもう応援する政党は無くなった。
日本における日本的民主主義の終焉ではないかとさえ思えてくる。

皆さんはどうお考えでしょう?

東電の当事者意識!

2011-12-07 | Weblog
 いろいろな報道に接すると、どうも東京電力の福島原発事故に対する当事者意識が感じられないことが多い。

 今回のストロンチュームを含んだ汚染水の流出事故に対しても、まったくコメントが当事者意識のない、何処かのレポーターかのよう発表だ。事故後、新設した汚染浄化装置からの水漏れだから、メーカーの問題だと思っているのかもしれない。東電の責任ではない。そんな雰囲気が漂う。許せないと感じるのは筆者だけだろうか?

 東電の姿勢については、メディアもその曖昧さにコメントしている。

今日の日経電子版の社説 : 
一部引用すると、

東電は原因究明から逃げるな 

『中間報告では肝心な点がなお釈然としない。ひとつが、複数の研究者が東日本大震災の前から、福島原発を襲う大津波の恐れを警告していたのに、東電が対策の必要はないと判断した理由だ。』

中略

 『報告によると、2008年に社内チームが高さ10メートル超の大津波の可能性があると試算しながら、「根拠がない仮定」として対策を見送った。政府や学界がこの大津波について統一見解を示していないことを理由に挙げたが、試算した東電の技術者らがどう考えたのか、報告ではわからない。』

とある。

 自分の判断がなぜそうした結果になったのか、どこにも理由は明らかではない。
こうゆうことをやっていること自体が、当事者意識の欠如だと言われても仕方がない。



「核のゴミは始末しきれない」 復興ニッポン 市村孝二氏コラム
 http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20111125/224281/?P=2&ST=rebuild

 ここに見えてくるのは、まったく想像力の欠如した、新しい技術に対する日本の企業の姿勢だ。
 これは、単に企業だけではなく、自民党の単独支配が残した後遺症でもある。原子力関係技術者の見識のなさが、明らかになってくる。そして本当の理由、それは、日本がプルトニュームを生産し続けることを世界に示すことを、誰かが目論んでいるとも読める。

 おそらくは、日本の原爆の被害者意識から自分の立ち位置を決められないでいて、アメリカに言われて、最低限プルトニュームを合法的に作り続ける理由がほしかったのではないかと思う。日本の技術力をもってすれば、一年で原爆を製造できると、安全保障上の思惑もあったのではないか…。

国民が深読みをしないと、現実がわからなくなるようだ。