マクドナレド「スマイル0円」に続く「握手500円」をメニュー化=ロイクー
ナゲット問題や異物混入騒動を受け業績低迷がいわれるマクドナレドは、13日、新メニュー「シェイクハンズ」を3月より開始すると発表した。同社はスマイルを無料で提供してきたが、サービスを拡充する。
注文をした顧客に店員がカウンター越しに握手をするというシンプルな内容。指名はできない。会計に500円が加算される。設備投資等を節約しつつ既存店の売上を向上させ、業績回復の起爆剤として期待される。
500円のうち300円は当該店員の時給とは別に歩合で加算され、昨今のアルバイトの人員不足問題にも対応し、魅力あるクルーを確保する狙いもある。芸能事務所と提携し、全国規模で回数上位のクルーを集めて人気アイドルグループに入る道を用意するなどのイベントも企画している。
ナゲット問題や異物混入騒動を受け業績低迷がいわれるマクドナレドは、13日、新メニュー「シェイクハンズ」を3月より開始すると発表した。同社はスマイルを無料で提供してきたが、サービスを拡充する。
注文をした顧客に店員がカウンター越しに握手をするというシンプルな内容。指名はできない。会計に500円が加算される。設備投資等を節約しつつ既存店の売上を向上させ、業績回復の起爆剤として期待される。
500円のうち300円は当該店員の時給とは別に歩合で加算され、昨今のアルバイトの人員不足問題にも対応し、魅力あるクルーを確保する狙いもある。芸能事務所と提携し、全国規模で回数上位のクルーを集めて人気アイドルグループに入る道を用意するなどのイベントも企画している。
こんな作品を見てみたい,という最近の空想を3つほど。
言葉遊びみたいなものだけど,いつまでも空想をする楽しみを失わずにいたい。
"DEMONSLAUGHTER"
テレビゲームのジャンルに「無双系」というものがあるという。
簡単に言えば,戦争等で群衆に一人で斬り込んで圧倒する,というものだ。
群衆と言えば,歴史的にはデモに内戦に数々の事件がある。
そしてその多くには対立する相手がある。勝者の歴史の陰で群衆を憎む者もいたであろう。
追い詰められる中,想像の中から生まれた圧倒的な戦士,斬り込んでいく,そんなゲーム。
不謹慎さ満点だが,歴史とそれを両面から見る視点が育まれる,なんて免罪符。
demonstrationとslaughter(殺戮)を合わせた題名。
"WORLDWIDE"
多国籍企業の出現から久しいが,いずれも大元の国籍があるようにみえる。
最初から世界展開・多国籍企業として成長するドラマがあっても面白いのではないか。
デザイナー学校又はビジネススクールでの学友たちが立ち上げていく。世界経済を学べる。
これはすでに作品としてありそう。
"隠棲委員"
産業構造の変化や情報通信の発達で仕事で求められるコミュニケーションが高まっていく現在。
しかし世の中は対人ストレスに強い人ばかりではない。
疲れてしまった方,入っていけない方,隠棲委員が実のある生活のお手伝いをします……
ところで,英語のinsaneと語感が似ている。
残り,最近ふと思ったこと。
人はその主義主張について自己の立場を危うくするものは採用しにくい。故に立場に違いがある限り価値観は複数あり,例えば儒教と道教のように,複数が併存している状態が自然である。価値観を一つにする・させることには無理があるし生産的でないことが多い。もっとも,個々の行動を決着させる必要がある場面があり,そのプロセスが政治と法といえる。
ところで,都会から見た田舎の排他性はよく語られているが,国レベルでも同じような立場の違いから対立が由来している面がないだろうか。「世界でやっていく」という選択肢が身近に現実的に感じられる人にとっては,自分が外で受け入れられるためには中で他国を排除することは利益でない立場になる。各国でそんな人が増えていけば,問題や対立は小さくなっていくかもしれない。
言葉遊びみたいなものだけど,いつまでも空想をする楽しみを失わずにいたい。
"DEMONSLAUGHTER"
テレビゲームのジャンルに「無双系」というものがあるという。
簡単に言えば,戦争等で群衆に一人で斬り込んで圧倒する,というものだ。
群衆と言えば,歴史的にはデモに内戦に数々の事件がある。
そしてその多くには対立する相手がある。勝者の歴史の陰で群衆を憎む者もいたであろう。
追い詰められる中,想像の中から生まれた圧倒的な戦士,斬り込んでいく,そんなゲーム。
不謹慎さ満点だが,歴史とそれを両面から見る視点が育まれる,なんて免罪符。
demonstrationとslaughter(殺戮)を合わせた題名。
"WORLDWIDE"
多国籍企業の出現から久しいが,いずれも大元の国籍があるようにみえる。
最初から世界展開・多国籍企業として成長するドラマがあっても面白いのではないか。
デザイナー学校又はビジネススクールでの学友たちが立ち上げていく。世界経済を学べる。
これはすでに作品としてありそう。
"隠棲委員"
産業構造の変化や情報通信の発達で仕事で求められるコミュニケーションが高まっていく現在。
しかし世の中は対人ストレスに強い人ばかりではない。
疲れてしまった方,入っていけない方,隠棲委員が実のある生活のお手伝いをします……
ところで,英語のinsaneと語感が似ている。
残り,最近ふと思ったこと。
人はその主義主張について自己の立場を危うくするものは採用しにくい。故に立場に違いがある限り価値観は複数あり,例えば儒教と道教のように,複数が併存している状態が自然である。価値観を一つにする・させることには無理があるし生産的でないことが多い。もっとも,個々の行動を決着させる必要がある場面があり,そのプロセスが政治と法といえる。
ところで,都会から見た田舎の排他性はよく語られているが,国レベルでも同じような立場の違いから対立が由来している面がないだろうか。「世界でやっていく」という選択肢が身近に現実的に感じられる人にとっては,自分が外で受け入れられるためには中で他国を排除することは利益でない立場になる。各国でそんな人が増えていけば,問題や対立は小さくなっていくかもしれない。
第1話
時は20XX年,木の葉に秘められたエネルギーを解放し活用する技術が開発された。
エネルギーを自在に扱うには個人の高い技能が必要とされた。
全国各地では扱いに長けた戦士の育成が進められ,同時に様々な品種で研究も進められていった。
クリーンエネルギーの旗手として,温暖化対策を始めとする環境運動の象徴として,大きな期待が寄せられた。
いつしか戦士はジュリアンと呼ばれ,子どもたちのヒーローにもなった。
東京都文京区本郷,東京大学本郷キャンパス―発端の地である。
開発の先駆けとなったこの地では,熱心な戦士の育成が行われていた。
用いる木の葉は大学のマークにもなったイチョウである。
銀杏並木の下では,熱心な訓練生たちが自主的に木の葉エネルギー活用の練習をしている。
駒場キャンパスの銀杏並木の下から,厳しい訓練を潜り抜けた者たちだ。
そんな激戦の中,五月祭のイベントで見事ナンバーワンになったイチョウ・ジュリアン,
それがこの話の主人公,撫子田 葉(なでこだ よう)である。
現在のジュリアンたちの目下の課題は,ジュリアンたちを襲い,環境破壊を行う闇の集団との対決である。
闇の集団の正体は不明である。全身黒づくめでこつ然と現れ,ジュリアンの弱点である炎を撒き散らす。
「シャドウ・フレイマー」と呼ばれ,全国のジュリアンたちは手を焼いていた。
ある秋の日,撫子田はぼんやりと授業を受けていた。
外の銀杏並木は黄金に色づき,一年でも最もパワーが高まる時期だ。
そこへ警報が鳴り響く。都内でシャドウたちにジュリアンが襲われた!
現場に駆けつけるべく飛び出す。生き生きとしたイチョウの葉を携えていく。
現場は東京都千代田区千鳥ヶ淵,襲われたのはサクラ・ジュリアンだ。
桜は先に葉が落ちてしまっており,ジュリアンは十分にパワーが出ない。そこを突かれたのだ。
わらわらと取り囲むシャドウたちに,孤軍奮闘のサクラは追い詰められていく。
至近距離に迫られ肉弾戦になれば,女性のサクラは特に不利である。
とどめの炎を撒かれそうになったその時,イチョウが間に合った。
シャドウの集団に飛び込むイチョウ・ジュリアン。
手にしていた黄金のイチョウの葉の力を開放する。
ジュリン・ア・ラ・モーーードッ!
変身タイムだ。どんな攻撃も寄せ付けないオーラを身にまとう。
一年の中でもパワーの高いイチョウだ。オーラの輝きにたじろぐシャドウたち。
イチョウは有無を言わさず攻撃に入る。イチョウの葉は燃えにくく,シャドウに対抗する力も強い。
シャドウたちは散り散りになった。すぐさま最後のとどめに入る。
新しいイチョウの葉を手に取り,パワーを掌の上の一転に集中する。
瞬く間に解放されたエネルギーが集まり,溢れんばかりのエネルギー弾を前に押し出す。
イ・チョ・ウ・ノ・破(は)------ドッカーン!
シャドウは地面の底に消えていった。
起き上がるサクラに手を貸すイチョウ。
大切な木が守られた,周囲の人たちからの大喝采。
「やれやれだ,これからの季節,襲撃はどんどん増えていくぞ。」
第2話
パワーが弱まる冬をどうするか,ジュリアンたちの課題であった。
そんな中,常緑樹を扱うジュリアンならばパワーの低下は少ないという研究報告を耳にする。
ツバキ・ジュリアン,ヒイラギ・ジュリアンと会い,協力を得よう!
イチョウとサクラはJR上野駅公園口から電車に乗り込んだ。
第X話
シャドウたちの正体を掴みかけるイチョウたち。
1人1人の人間の影,現代の人間活動に二酸化炭素の排出は不可欠。
そういえばシャドウを壊滅させるたび,生活が不便になっていくような・・・
シャドウは悪なのか,倒すべきなのか。
ジュリアンたちは大きな問題にたちはだかった!
第Y話
シャドウ・フレイマーの真の黒幕はジュリアンの中にいた。
しかも最長老,ヤクスギ・ジュリアンであった。
ヤクスギは言う。私は長年生きてきたヤクスギの記憶を引き継いでいる。
地球史をみてみろ,温暖な世紀のほうが動物も植物も非常に栄えた。
あのころのほうが全体のパワーが満ち溢れていた。
長年の経験から言える,これから地球は寒くなっていく。
君たちは真逆のことをしているのではないか!
この問いかけにイチョウたちジュリアンはどうすべきか。
最後の大きな問題に立ち向かうことになった!
プレゼン
植物の種類・季節の特色,植生の楽しい勉強になり,子供の理科離れを防ぐ。
環境問題への関心を呼び起こし,よい教育になる。
全国各地の名所,特産の木・有名な木などをテーマにし,地理の勉強にもなる。
世界の木にまで発展でき,いくらでもシリーズとして話が作れる。
エコを推進する企業の方針にも合致する。
環境問題が人間活動の裏表の関係であることを提示し,
単純な勧善懲悪で割り切れない現代社会の複雑さを学ばせ,情操教育にもなる。
時は20XX年,木の葉に秘められたエネルギーを解放し活用する技術が開発された。
エネルギーを自在に扱うには個人の高い技能が必要とされた。
全国各地では扱いに長けた戦士の育成が進められ,同時に様々な品種で研究も進められていった。
クリーンエネルギーの旗手として,温暖化対策を始めとする環境運動の象徴として,大きな期待が寄せられた。
いつしか戦士はジュリアンと呼ばれ,子どもたちのヒーローにもなった。
東京都文京区本郷,東京大学本郷キャンパス―発端の地である。
開発の先駆けとなったこの地では,熱心な戦士の育成が行われていた。
用いる木の葉は大学のマークにもなったイチョウである。
銀杏並木の下では,熱心な訓練生たちが自主的に木の葉エネルギー活用の練習をしている。
駒場キャンパスの銀杏並木の下から,厳しい訓練を潜り抜けた者たちだ。
そんな激戦の中,五月祭のイベントで見事ナンバーワンになったイチョウ・ジュリアン,
それがこの話の主人公,撫子田 葉(なでこだ よう)である。
現在のジュリアンたちの目下の課題は,ジュリアンたちを襲い,環境破壊を行う闇の集団との対決である。
闇の集団の正体は不明である。全身黒づくめでこつ然と現れ,ジュリアンの弱点である炎を撒き散らす。
「シャドウ・フレイマー」と呼ばれ,全国のジュリアンたちは手を焼いていた。
ある秋の日,撫子田はぼんやりと授業を受けていた。
外の銀杏並木は黄金に色づき,一年でも最もパワーが高まる時期だ。
そこへ警報が鳴り響く。都内でシャドウたちにジュリアンが襲われた!
現場に駆けつけるべく飛び出す。生き生きとしたイチョウの葉を携えていく。
現場は東京都千代田区千鳥ヶ淵,襲われたのはサクラ・ジュリアンだ。
桜は先に葉が落ちてしまっており,ジュリアンは十分にパワーが出ない。そこを突かれたのだ。
わらわらと取り囲むシャドウたちに,孤軍奮闘のサクラは追い詰められていく。
至近距離に迫られ肉弾戦になれば,女性のサクラは特に不利である。
とどめの炎を撒かれそうになったその時,イチョウが間に合った。
シャドウの集団に飛び込むイチョウ・ジュリアン。
手にしていた黄金のイチョウの葉の力を開放する。
ジュリン・ア・ラ・モーーードッ!
変身タイムだ。どんな攻撃も寄せ付けないオーラを身にまとう。
一年の中でもパワーの高いイチョウだ。オーラの輝きにたじろぐシャドウたち。
イチョウは有無を言わさず攻撃に入る。イチョウの葉は燃えにくく,シャドウに対抗する力も強い。
シャドウたちは散り散りになった。すぐさま最後のとどめに入る。
新しいイチョウの葉を手に取り,パワーを掌の上の一転に集中する。
瞬く間に解放されたエネルギーが集まり,溢れんばかりのエネルギー弾を前に押し出す。
イ・チョ・ウ・ノ・破(は)------ドッカーン!
シャドウは地面の底に消えていった。
起き上がるサクラに手を貸すイチョウ。
大切な木が守られた,周囲の人たちからの大喝采。
「やれやれだ,これからの季節,襲撃はどんどん増えていくぞ。」
第2話
パワーが弱まる冬をどうするか,ジュリアンたちの課題であった。
そんな中,常緑樹を扱うジュリアンならばパワーの低下は少ないという研究報告を耳にする。
ツバキ・ジュリアン,ヒイラギ・ジュリアンと会い,協力を得よう!
イチョウとサクラはJR上野駅公園口から電車に乗り込んだ。
第X話
シャドウたちの正体を掴みかけるイチョウたち。
1人1人の人間の影,現代の人間活動に二酸化炭素の排出は不可欠。
そういえばシャドウを壊滅させるたび,生活が不便になっていくような・・・
シャドウは悪なのか,倒すべきなのか。
ジュリアンたちは大きな問題にたちはだかった!
第Y話
シャドウ・フレイマーの真の黒幕はジュリアンの中にいた。
しかも最長老,ヤクスギ・ジュリアンであった。
ヤクスギは言う。私は長年生きてきたヤクスギの記憶を引き継いでいる。
地球史をみてみろ,温暖な世紀のほうが動物も植物も非常に栄えた。
あのころのほうが全体のパワーが満ち溢れていた。
長年の経験から言える,これから地球は寒くなっていく。
君たちは真逆のことをしているのではないか!
この問いかけにイチョウたちジュリアンはどうすべきか。
最後の大きな問題に立ち向かうことになった!
プレゼン
植物の種類・季節の特色,植生の楽しい勉強になり,子供の理科離れを防ぐ。
環境問題への関心を呼び起こし,よい教育になる。
全国各地の名所,特産の木・有名な木などをテーマにし,地理の勉強にもなる。
世界の木にまで発展でき,いくらでもシリーズとして話が作れる。
エコを推進する企業の方針にも合致する。
環境問題が人間活動の裏表の関係であることを提示し,
単純な勧善懲悪で割り切れない現代社会の複雑さを学ばせ,情操教育にもなる。
お久しぶりです。走り書き程度に。なお,創作カテゴリです。
大雑把にいえば,戦後日本の典型的な家族モデルは,<終身雇用の下での働き手の男性>と<専業主婦或いは扶養から外れない程度にパートをする女性>に<子供>,という組み合わせであった。働き手の男性には,一家を養える分の賃金が支払われる(生活費保障仮説)一方で,長時間労働を行い移住を伴う配転を受け,仕事に一身専念して自身が家事や子育てに関わることが困難であった。このような滅私奉公的な働き方は,ひとつの倫理や道徳として定着していた。
以上のようなモデルを支える経済・社会条件は永続するものではない。ひとつの状況の変化は,景気の長期的な低調化である。企業は,終身雇用(もとより契約上の約束ではなかったが)の保障,生活費保障分の賃金の支払いが困難になった。非正規雇用に代替化し,福利厚生や賃金水準も切り下げられていった。しかし倫理・道徳化した働き方は容易には変わらないので,男性一人が家庭を犠牲にしながら十分に家族生活を支えにくいという状況が生まれた。
もうひとつの状況の変化は,男女平等の進展である。女性がきちんと能力に応じて働ける機会が増えていった。もっとも,男性が家庭を犠牲にしつつ行っていた働き方を女性もすることが可能になった,という進展にとどまった(理想としては男女双方家庭と両立できる程度の労働負担にすることである)。そのため,家事や子育ては女性がするものという容易には変わらない価値観との間で女性が葛藤を強いられることになった。男性が役割転換をしようとしても,今度は男性の方が葛藤を強いられることになった。
このような変化の結果,子育てをする経済的・時間的ゆとりは失われ,少子化が急激に進むこととなった。少子化によって国内市場の活発化の見通しも明るくなく,経済の低調化をもたらすというマイナスのスパイラルも起こしかねない状況になっている。
性差なく個人が能力に応じて働くことができ,家事や子育てもゆとりをもって行うことができ,経済的にも安定する,そういう手段はないだろうか。ひとつは労働条件を抜本的に変えることがある。しかし,強固に倫理化・道徳化している現状下では,制度を変えたとしても実効性にも疑いがある。「当面自分に降りかかるものとして,もうこれは諦めるしかない」そんなふうに感じられる。
では,家庭の方を変えることはできないだろうか。そこでひとつありうるのは,<働き手2人><家事のなり手1人>の大人3人で世帯を構成することである。現在でも,共働き夫婦に,引退したその親(祖父母世代)が家事を援助することはよく観察される。親世代の援助を受けられない者たちは,自分の世代で3人を集めることとなる・・・
・・・そんなことを考えた若者3人,共同生活を開始する。それぞれの役割分担に専念し,すべてが上手くいっているように思えた。しかしある日,1人のある一言で状況は変わる。
「みんな20代後半になってきたし,そろそろ,子供もほしいな」
すべての子供に対して公平に行うことができるか,結婚という制度との葛藤が出てくるか,周囲の価値観と折り合うことができるか。頭ではこれが合理的と考えていてもいざ実践できるか。子の人生がかかっていて,失敗しましたではすまされない。ちゃんと「四人世帯」「五人世帯」に発展できるか。歯車が忙しく回り始めた。
大雑把にいえば,戦後日本の典型的な家族モデルは,<終身雇用の下での働き手の男性>と<専業主婦或いは扶養から外れない程度にパートをする女性>に<子供>,という組み合わせであった。働き手の男性には,一家を養える分の賃金が支払われる(生活費保障仮説)一方で,長時間労働を行い移住を伴う配転を受け,仕事に一身専念して自身が家事や子育てに関わることが困難であった。このような滅私奉公的な働き方は,ひとつの倫理や道徳として定着していた。
以上のようなモデルを支える経済・社会条件は永続するものではない。ひとつの状況の変化は,景気の長期的な低調化である。企業は,終身雇用(もとより契約上の約束ではなかったが)の保障,生活費保障分の賃金の支払いが困難になった。非正規雇用に代替化し,福利厚生や賃金水準も切り下げられていった。しかし倫理・道徳化した働き方は容易には変わらないので,男性一人が家庭を犠牲にしながら十分に家族生活を支えにくいという状況が生まれた。
もうひとつの状況の変化は,男女平等の進展である。女性がきちんと能力に応じて働ける機会が増えていった。もっとも,男性が家庭を犠牲にしつつ行っていた働き方を女性もすることが可能になった,という進展にとどまった(理想としては男女双方家庭と両立できる程度の労働負担にすることである)。そのため,家事や子育ては女性がするものという容易には変わらない価値観との間で女性が葛藤を強いられることになった。男性が役割転換をしようとしても,今度は男性の方が葛藤を強いられることになった。
このような変化の結果,子育てをする経済的・時間的ゆとりは失われ,少子化が急激に進むこととなった。少子化によって国内市場の活発化の見通しも明るくなく,経済の低調化をもたらすというマイナスのスパイラルも起こしかねない状況になっている。
性差なく個人が能力に応じて働くことができ,家事や子育てもゆとりをもって行うことができ,経済的にも安定する,そういう手段はないだろうか。ひとつは労働条件を抜本的に変えることがある。しかし,強固に倫理化・道徳化している現状下では,制度を変えたとしても実効性にも疑いがある。「当面自分に降りかかるものとして,もうこれは諦めるしかない」そんなふうに感じられる。
では,家庭の方を変えることはできないだろうか。そこでひとつありうるのは,<働き手2人><家事のなり手1人>の大人3人で世帯を構成することである。現在でも,共働き夫婦に,引退したその親(祖父母世代)が家事を援助することはよく観察される。親世代の援助を受けられない者たちは,自分の世代で3人を集めることとなる・・・
・・・そんなことを考えた若者3人,共同生活を開始する。それぞれの役割分担に専念し,すべてが上手くいっているように思えた。しかしある日,1人のある一言で状況は変わる。
「みんな20代後半になってきたし,そろそろ,子供もほしいな」
すべての子供に対して公平に行うことができるか,結婚という制度との葛藤が出てくるか,周囲の価値観と折り合うことができるか。頭ではこれが合理的と考えていてもいざ実践できるか。子の人生がかかっていて,失敗しましたではすまされない。ちゃんと「四人世帯」「五人世帯」に発展できるか。歯車が忙しく回り始めた。
全体を通して読む(順風ESSAYS library)
「First Drive」のあとがき、本編を載せてから少し時間が空いてしまった。今回は上・下の二回に分けて投稿したが構成としては未来ニュースと同じく四部に分かれている。(1)出発のシーン、(2)峠でのシーン、(3)展望台でのシーン、(4)居酒屋のシーンからラスト、である。しかしいつも意図して四部になっているわけではない。流れも「起承転結」ではなく「起転承結」である。
主題は(2)峠のシーンの和真の発言で明確に出していて、他人に対して最初から敵と決め付けないでまずは誠実に接しよう、という感じである。和真の「僕がいるから」という念押しは、説得力があるだろうか。日本人のメンタリティとして、抽象的な他者・漠然とした社会からの承認が存在基盤になっていると私は考えていて(だから容姿が悪い等社会的にマイナスの要素があると根本的に自信が持てない)、そこを自分の感情を大切にすることと具体的な他者からの承認の組み合わせで個人の存立を構築できないかと思っていて、それが反映されている。このテーマに関しては、後に独立した記事として書くつもりである。
全体の流れをみると、(1)出発のシーンで和真が美紀に対して喜んでもらうよう気を使うのが(2)で「嘘ばっかり」となじられる伏線となっている。(3)は空の様子の描写を通して主題を繰り返している。「自ら放つ明かりの強さで、相手の放つ明かりも、輝きが違って見えるのだ。」というところに集約される。夜を無視して灯りの中で過ごしている人は夜空の輝きを見ることはできない。(4)は美紀の不思議な行動のネタバラシで、峠に住む霊が乗り移っていたのだが、和真の言葉に説得されて態度を改めてみた、という流れである。(2)から美紀の記憶が変で不思議さを出して、話や主題への興味が削がれないようにするとともに、話の全体の統一感を確保する効果を狙っている。
美紀がかける音楽はミスターチルドレンで、Kind of LoveとVersusのアルバムを意識している。(2)の冒頭、封書の値段は「My Life」という曲の歌詞を受けたものだ。この二枚のアルバムは自分が誕生日プレゼントとして最初に買ってもらったCDアルバムで思い出深い。好きな方はともに語りましょう。
この話は自分が自動車の運転免許を取得したときにどうせだからこれを題材に話を作ってみようと思って用意したもので、筋書き自体はずっと前から出来ていて、やっと完成したという感じである。あまり過去の構想を貯めておくと新しい話を考える気概が失われてしまうので、構想にあるものは早めに使ってしまいたい。また、今回の話は「未来ニュース」よりも話がとっつきやすく主題もわかりやすいので、絵と音楽をつけた本格的な動画化を計画中である。完成に向けて頑張りたい。
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「First Drive」のあとがき、本編を載せてから少し時間が空いてしまった。今回は上・下の二回に分けて投稿したが構成としては未来ニュースと同じく四部に分かれている。(1)出発のシーン、(2)峠でのシーン、(3)展望台でのシーン、(4)居酒屋のシーンからラスト、である。しかしいつも意図して四部になっているわけではない。流れも「起承転結」ではなく「起転承結」である。
主題は(2)峠のシーンの和真の発言で明確に出していて、他人に対して最初から敵と決め付けないでまずは誠実に接しよう、という感じである。和真の「僕がいるから」という念押しは、説得力があるだろうか。日本人のメンタリティとして、抽象的な他者・漠然とした社会からの承認が存在基盤になっていると私は考えていて(だから容姿が悪い等社会的にマイナスの要素があると根本的に自信が持てない)、そこを自分の感情を大切にすることと具体的な他者からの承認の組み合わせで個人の存立を構築できないかと思っていて、それが反映されている。このテーマに関しては、後に独立した記事として書くつもりである。
全体の流れをみると、(1)出発のシーンで和真が美紀に対して喜んでもらうよう気を使うのが(2)で「嘘ばっかり」となじられる伏線となっている。(3)は空の様子の描写を通して主題を繰り返している。「自ら放つ明かりの強さで、相手の放つ明かりも、輝きが違って見えるのだ。」というところに集約される。夜を無視して灯りの中で過ごしている人は夜空の輝きを見ることはできない。(4)は美紀の不思議な行動のネタバラシで、峠に住む霊が乗り移っていたのだが、和真の言葉に説得されて態度を改めてみた、という流れである。(2)から美紀の記憶が変で不思議さを出して、話や主題への興味が削がれないようにするとともに、話の全体の統一感を確保する効果を狙っている。
美紀がかける音楽はミスターチルドレンで、Kind of LoveとVersusのアルバムを意識している。(2)の冒頭、封書の値段は「My Life」という曲の歌詞を受けたものだ。この二枚のアルバムは自分が誕生日プレゼントとして最初に買ってもらったCDアルバムで思い出深い。好きな方はともに語りましょう。
この話は自分が自動車の運転免許を取得したときにどうせだからこれを題材に話を作ってみようと思って用意したもので、筋書き自体はずっと前から出来ていて、やっと完成したという感じである。あまり過去の構想を貯めておくと新しい話を考える気概が失われてしまうので、構想にあるものは早めに使ってしまいたい。また、今回の話は「未来ニュース」よりも話がとっつきやすく主題もわかりやすいので、絵と音楽をつけた本格的な動画化を計画中である。完成に向けて頑張りたい。
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最初から読む
二人は湖の周りを一周歩き、貸ボートにも乗り、ふわふわのボールでキャッチボールもした。サークルの合宿と違ったことはバーベキューをしなかったことだが、ミキが持参した弁当を芝生の上で食べ、その楽しさは当時と同じかそれ以上であった。別に当時も今もドラマになるような出来事があったわけではない。ただ歩くとき近くになって、話をして、何となく関係が深まったような感じになる。現実はそういうことの積み重ねだ。
ひとしきり遊ぶと、そろそろ次の場所へ行こうということになった。従前話していたところでは、峠の道を戻って、ふもとの街にあるナントカ美術館や郷土館に行く予定となっていた。行き先を確認するために、和真は車から地図を出して広げた。すると、ミキが隣から美術館とは逆の方向にあるものを指差した。
「ねえ、ここ小さく展望台って書いてあるじゃん。ここ行こうよ。」
「えっと…これだと帰りは峠の道を戻るんじゃなくて、別の道から大回りで行くことになるね。」
「別にいいじゃん、行こうよ。」
「予定外のことで…。」
「とにかく行くの。疲れたり困ったりしたら私が運転するからさ。」
ミキに押し切られるかたちで、展望台へと行くことになった。地図からでは絶景の眺めかどうかがわからない。サークルの合宿でこの地域に来たときも訪れたことはなく、名所というわけでもないだろう。不安であったが、まあナントカ美術館も大して期待していたわけでもないし、それでもいいか、と和真は気持ちを切り替えた。
展望台についたときは、日暮れも間近であった。観光案内には紹介されていないためか、湖とは違い他に訪れている人はいなかった。周辺で一番高い山の南側の中腹、カーブの脇に、自動車を二・三台停められるスペースと木で組まれた足場と手すり。実に簡易な展望台である。しかし、そこからの眺めは筆舌し難いものであった。西・東・南に大きく視界が開け、西側には夕焼けの赤い空が、東側の遠くには暗さが増し夜景を作る電気が灯り始めていた。時計は同じ時間指していても、空の西側の人と東側の人は違う空を見ている。双方を見渡せるこの空を見ているのは自分達だけ。和真は何だか不思議な感覚に襲われた。
絶景に息をのむこと、時計は三十分あるいは一時間ぶん針を進めたのかもしれないが、二人はほんの数分のように感じていた。その間二人は何も話すことはなかった。ただ目の前に広がる空を眺めるだけ。いや、手はがっちりと繋がれ、体温と感触は絶えず伝わっていた。何も話さずに時間が短く感じる、こういう相手にめぐり合えることはそうそうないだろう。
「わぁ…」
ミキの感嘆の言葉で沈黙は破られた。二人の頭上には満点の星空が広がっていた。これも都会にいては見ることができないものだ。夜の闇ですら、同じものを見ているわけではない。自ら放つ明かりの強さで、相手の放つ明かりも、輝きが違って見えるのだ。
「すごい綺麗な空。来たときも綺麗だったけど。ずっと形を変えて綺麗なまま。」
「季節も変化するけど、どれも綺麗なところがあるよね。」
「カズマと一緒だと何でも綺麗に見えるのかしら。」
冗談めかして笑うミキに、和真は顔を向けた。自然と見詰め合う二人。静かに体を寄せ合い、口付けを交わす。こちらは数秒の出来事なのに、とても長く感じるのだった。
~~
予定外に帰るのが遅くなった二人は、ミキのお腹が鳴って仕方がなかったので、一番最初に見つけた食事処に入った。ふもとにある、地元の人たちが集まるような居酒屋だ。車を運転するのでお酒は飲まず、料理だけを出してもらう。店には、地元の男性が数人、日本酒を飲みながら楽しそうに話していた。カウンターの端で食べる和真たちに、一人が陽気に話しかけてきた。
「お兄さんたち、見ない顔だけど、観光かい?」
和真がハイと言い終わらないうちに、誇らしそうに続ける。
「ここはいい場所だろう。見所はどこかと訊かれたら湖くらいしかないが、自然がいい、食べ物がいい、人がいい、そして何よりここの女将がいい!いいお店見つけたね。」
「あらあら、調子いいこと言っちゃって。」
カウンター越しに女将が笑う。そして今まで待っていたかのように、二人に話しかけてきた。
「今日はどこ回ったの?」
「湖でボートに乗ったり、お弁当を食べたり。あと、小さな展望台に行きました。」
和真が答えると、男性が乗り出して割って入った。
「おお、あの展望台に行ったのか!観光で来る人はあまり知らない場所だぞ、あそこは。兄ちゃんたちは本当に見る目があるね。」
「あ、ありがとうございます。」
和真は慣れないノリに戸惑いながらも答えた。
「ってことは、峠の道とは反対側から回って降りてきたんだな。大正解だ。今日はあそこで土砂崩れがあって、道が塞がったんだ。」
「えっ、峠の道ですか、行きはそこを通っていきましたよ。」
「おう、昼過ぎに土砂崩れになったんだが、ともあれ無事でよかったな!昨日の雨のせいだろうなあ。俺たちゃ復旧工事にかり出されてやっと終わって、盛り上がってんのさ。」
「ミキ、土砂崩れだって。予定通りだったら巻き込まれてたかも。展望台はナイス判断だね。」
和真は隣で黙々と食べているミキに小声で話しかけた。ミキは食べ物が飲み込めてないため口を押さえながらも返答をしたが、それは不思議なものだった。
「え、私?カズマが急に予定変更したんでしょ。何でー?って思ってたよ。」
「えっ、あれ?ミキが展望台行きたいって言ったんでしょ。」
「そんなこと言ってないよ、変なの。」
仲がよさそうな二人のやりとりに、女将が割って入った。
「峠の道は通らなくて正解だったわ。あそこはカップルで行くと嫌なことが起こるって言い伝えがあるのよ。なんでも昔男に捨てられて身投げした女性の霊が出るってことで。心霊スポットなんかに取り上げられることもあるの。」
「そうだな、お二人さんみたいなカップルが通りかかったら嫉妬で嫌がらせしそうだ。」
隣の男性が笑う。女将はミキに問いかける。
「何か変なことはなかった?」
ミキは眠ってて峠の道を通ったのも知らないんですよ、と笑って答えた。それが功を奏したのね、ラブラブっぷりを見せ付けなかったから、と女将は笑った。
和真はこのやりとりを聞いて「もしかして…」と感じた。今日のミキは不思議と記憶がおかしい。深刻な悩みの話も、展望台の話も憶えていない。このとき自分が話した相手は、ミキではなくて、その女性の霊なのかもしれない。眠っていた彼女に乗り移って自分達を殺そうとした。でも和真が言ったこと―最初から敵と決め付けないでまずは誠実に接しよう―に説得されて、土砂崩れが起こる峠の道を通らないように配慮して、ミキに展望台に行こうと言わせたのかもしれない。誠実に接する実践として和真たちをを助けたのだ。こうすると、話の辻褄が合う。霊がいることを信じれば、という条件がつくけれども。
「あれ?何考え込んでんの?らしくない。」
ミキの陽気な声に和真は我に返った。ミキはお酒は飲んでないものの顔が赤くなっている。雰囲気に飲まれて実に楽しそうだ。なんでもないよっ、と和真も陽気に返す。
いよいよ時間が危なくなり、二人はお店を出た。赤い三菱アイの助手席にミキは乗り込んだ。和真も運転席の扉を開けた。ふとそこで空を見上げる。相変わらず星空が広がっている。
「ありがとう…。」
和真は山に向かって心の中でつぶやいた。女性の霊の誠実さに対して、誠実に返すつもりだった。これを積み重ねて、いつかは人を幸福にする道との噂が立つようになればいいな、なんて思う。その瞬間、満天の星空はより素敵に輝いた気がした。
<終わり>
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二人は湖の周りを一周歩き、貸ボートにも乗り、ふわふわのボールでキャッチボールもした。サークルの合宿と違ったことはバーベキューをしなかったことだが、ミキが持参した弁当を芝生の上で食べ、その楽しさは当時と同じかそれ以上であった。別に当時も今もドラマになるような出来事があったわけではない。ただ歩くとき近くになって、話をして、何となく関係が深まったような感じになる。現実はそういうことの積み重ねだ。
ひとしきり遊ぶと、そろそろ次の場所へ行こうということになった。従前話していたところでは、峠の道を戻って、ふもとの街にあるナントカ美術館や郷土館に行く予定となっていた。行き先を確認するために、和真は車から地図を出して広げた。すると、ミキが隣から美術館とは逆の方向にあるものを指差した。
「ねえ、ここ小さく展望台って書いてあるじゃん。ここ行こうよ。」
「えっと…これだと帰りは峠の道を戻るんじゃなくて、別の道から大回りで行くことになるね。」
「別にいいじゃん、行こうよ。」
「予定外のことで…。」
「とにかく行くの。疲れたり困ったりしたら私が運転するからさ。」
ミキに押し切られるかたちで、展望台へと行くことになった。地図からでは絶景の眺めかどうかがわからない。サークルの合宿でこの地域に来たときも訪れたことはなく、名所というわけでもないだろう。不安であったが、まあナントカ美術館も大して期待していたわけでもないし、それでもいいか、と和真は気持ちを切り替えた。
展望台についたときは、日暮れも間近であった。観光案内には紹介されていないためか、湖とは違い他に訪れている人はいなかった。周辺で一番高い山の南側の中腹、カーブの脇に、自動車を二・三台停められるスペースと木で組まれた足場と手すり。実に簡易な展望台である。しかし、そこからの眺めは筆舌し難いものであった。西・東・南に大きく視界が開け、西側には夕焼けの赤い空が、東側の遠くには暗さが増し夜景を作る電気が灯り始めていた。時計は同じ時間指していても、空の西側の人と東側の人は違う空を見ている。双方を見渡せるこの空を見ているのは自分達だけ。和真は何だか不思議な感覚に襲われた。
絶景に息をのむこと、時計は三十分あるいは一時間ぶん針を進めたのかもしれないが、二人はほんの数分のように感じていた。その間二人は何も話すことはなかった。ただ目の前に広がる空を眺めるだけ。いや、手はがっちりと繋がれ、体温と感触は絶えず伝わっていた。何も話さずに時間が短く感じる、こういう相手にめぐり合えることはそうそうないだろう。
「わぁ…」
ミキの感嘆の言葉で沈黙は破られた。二人の頭上には満点の星空が広がっていた。これも都会にいては見ることができないものだ。夜の闇ですら、同じものを見ているわけではない。自ら放つ明かりの強さで、相手の放つ明かりも、輝きが違って見えるのだ。
「すごい綺麗な空。来たときも綺麗だったけど。ずっと形を変えて綺麗なまま。」
「季節も変化するけど、どれも綺麗なところがあるよね。」
「カズマと一緒だと何でも綺麗に見えるのかしら。」
冗談めかして笑うミキに、和真は顔を向けた。自然と見詰め合う二人。静かに体を寄せ合い、口付けを交わす。こちらは数秒の出来事なのに、とても長く感じるのだった。
~~
予定外に帰るのが遅くなった二人は、ミキのお腹が鳴って仕方がなかったので、一番最初に見つけた食事処に入った。ふもとにある、地元の人たちが集まるような居酒屋だ。車を運転するのでお酒は飲まず、料理だけを出してもらう。店には、地元の男性が数人、日本酒を飲みながら楽しそうに話していた。カウンターの端で食べる和真たちに、一人が陽気に話しかけてきた。
「お兄さんたち、見ない顔だけど、観光かい?」
和真がハイと言い終わらないうちに、誇らしそうに続ける。
「ここはいい場所だろう。見所はどこかと訊かれたら湖くらいしかないが、自然がいい、食べ物がいい、人がいい、そして何よりここの女将がいい!いいお店見つけたね。」
「あらあら、調子いいこと言っちゃって。」
カウンター越しに女将が笑う。そして今まで待っていたかのように、二人に話しかけてきた。
「今日はどこ回ったの?」
「湖でボートに乗ったり、お弁当を食べたり。あと、小さな展望台に行きました。」
和真が答えると、男性が乗り出して割って入った。
「おお、あの展望台に行ったのか!観光で来る人はあまり知らない場所だぞ、あそこは。兄ちゃんたちは本当に見る目があるね。」
「あ、ありがとうございます。」
和真は慣れないノリに戸惑いながらも答えた。
「ってことは、峠の道とは反対側から回って降りてきたんだな。大正解だ。今日はあそこで土砂崩れがあって、道が塞がったんだ。」
「えっ、峠の道ですか、行きはそこを通っていきましたよ。」
「おう、昼過ぎに土砂崩れになったんだが、ともあれ無事でよかったな!昨日の雨のせいだろうなあ。俺たちゃ復旧工事にかり出されてやっと終わって、盛り上がってんのさ。」
「ミキ、土砂崩れだって。予定通りだったら巻き込まれてたかも。展望台はナイス判断だね。」
和真は隣で黙々と食べているミキに小声で話しかけた。ミキは食べ物が飲み込めてないため口を押さえながらも返答をしたが、それは不思議なものだった。
「え、私?カズマが急に予定変更したんでしょ。何でー?って思ってたよ。」
「えっ、あれ?ミキが展望台行きたいって言ったんでしょ。」
「そんなこと言ってないよ、変なの。」
仲がよさそうな二人のやりとりに、女将が割って入った。
「峠の道は通らなくて正解だったわ。あそこはカップルで行くと嫌なことが起こるって言い伝えがあるのよ。なんでも昔男に捨てられて身投げした女性の霊が出るってことで。心霊スポットなんかに取り上げられることもあるの。」
「そうだな、お二人さんみたいなカップルが通りかかったら嫉妬で嫌がらせしそうだ。」
隣の男性が笑う。女将はミキに問いかける。
「何か変なことはなかった?」
ミキは眠ってて峠の道を通ったのも知らないんですよ、と笑って答えた。それが功を奏したのね、ラブラブっぷりを見せ付けなかったから、と女将は笑った。
和真はこのやりとりを聞いて「もしかして…」と感じた。今日のミキは不思議と記憶がおかしい。深刻な悩みの話も、展望台の話も憶えていない。このとき自分が話した相手は、ミキではなくて、その女性の霊なのかもしれない。眠っていた彼女に乗り移って自分達を殺そうとした。でも和真が言ったこと―最初から敵と決め付けないでまずは誠実に接しよう―に説得されて、土砂崩れが起こる峠の道を通らないように配慮して、ミキに展望台に行こうと言わせたのかもしれない。誠実に接する実践として和真たちをを助けたのだ。こうすると、話の辻褄が合う。霊がいることを信じれば、という条件がつくけれども。
「あれ?何考え込んでんの?らしくない。」
ミキの陽気な声に和真は我に返った。ミキはお酒は飲んでないものの顔が赤くなっている。雰囲気に飲まれて実に楽しそうだ。なんでもないよっ、と和真も陽気に返す。
いよいよ時間が危なくなり、二人はお店を出た。赤い三菱アイの助手席にミキは乗り込んだ。和真も運転席の扉を開けた。ふとそこで空を見上げる。相変わらず星空が広がっている。
「ありがとう…。」
和真は山に向かって心の中でつぶやいた。女性の霊の誠実さに対して、誠実に返すつもりだった。これを積み重ねて、いつかは人を幸福にする道との噂が立つようになればいいな、なんて思う。その瞬間、満天の星空はより素敵に輝いた気がした。
<終わり>
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幾度となく通った道が、まるで違う風景に見える。昨夜降った雨は上がり、路面では乾いた部分と乾ききってない部分がまだら模様を作っている。朝の風は、湿気を含んでいるが蒸し暑くはない、絶妙の心地よさを帯びているに違いない。はて、「違いない」とはどういうことか。そう、和真は車を運転していたのだ。つい先日免許を取り、初めてのドライブに向かう途中である。外の風の感触も匂いも、空間を隔てられて直接感じることはできない。ただひとつ、眩しい日の光だけは変わらず降り注いでくる。
和真の運転する車は程なくとあるマンションの前へと辿り着いた。辺りを見回すと、建物の影に隠れるように立っていた美紀―いや、彼がいつも呼ぶように「ミキ」と書こう―を確認した。いつもは気が強い彼女もご近所さんに見られるのは恥ずかしいのだろう。縮こまって下を向いている。長めの茶色がかった髪に、白を基調とした柄物のワンピース、同じ柄のバッグに茶色のサンダル。耳と手首が日光に反射してキラリと輝く。イヤリングとブレスレットか。気合の入ったおしゃれをよく見た上で自然な感じで褒め上げることは、デート成功のために不可欠である。こうして最初の会話を思い描くと、停車して助手席の扉を開けた。
「ちょっと遅いよ。携帯も出ないし。」
「ああ、ここまでかかる時間の見込みを間違えたよ。運転中携帯は出れないし、ごめんごめん。」
「もう、家の前で待ってるのって恥ずかしいんだから。」
「そうだねえ。いつもの活動的なデニムのスタイルとは大違いだから、注目浴びそうだね。」
「和真のドライブ・デビューだからね、相応の身だしなみってやつよ。」
「どうもどうも。できればこれからも着てほしいね。とっても似合ってる。」
ふふん、と笑ってミキは座席のシートベルトを締め、体勢を整えた。機嫌はよさそう、いい滑り出しである。和真はギアをDに入れなおし、右ウインカーを出すとともにハザードランプを消し、後ろを確認して発車させた。今日のお供は赤いボディの三菱のi(アイ)である。家では子どもも大学生になったことだしとRV車を処分して気軽に乗れる車に買い換えたのだ。免許とりたての和真にとってはちょうど運転しやすい車で都合がよかった。大学生どうし、稼いでもないのに車のランクに拘るような何十年前のような価値観は持っていない。デザイン性に優れた小さな車の中は、まるで付き合い始めのような、ふわふわした雰囲気で満たされた。
「そうそう、音楽かけようよ。好きなの持ってきたんだ。」
小恥ずかしい空気を打ち消したいようにミキは提案した。鞄の中からiPodを取り出すと、オーディオにつなぐ。ホイールを操作して、曲を選ぶ。車内に響いてきたのは初期のミスターチルドレン。今より声も高めで澄んだ感じ、曲調も爽やかさが前面に出ている。ミキが言うに、この頃はドライブがとても大事な位置づけだった時代で、せっかくだからこの時代の雰囲気を味合わないと損だよね、ということだった。服もそうだが音楽も今日のドライブのために念入りに準備をしてきてくれて有難い、と和真は感じていた。
それにしても、助手席に異性が座っている状態は胸の鼓動の強さを高めるようだ。距離感が絶妙で、運転中は脇見もできず、五感で感じる相手の動作から相手がどんな気持ちなのかを推測させられる。乗り物の閉鎖空間で、同じ方向に進む、運命共同体、こういう要素も一助となっているだろう。正直なところ、教習でも指導員が女性だったとき同じようなことを感じて、免許取ったら絶対ドライブをしようと誓ったものだった。
車は幹線道路へと入り、目的地に向かい速度を上げた。
~~
昔は封書の切手代が80円じゃなくて62円だったんだね、と流れてくる曲の歌詞について和真は話したが、ミキからの返答はなかった。眠ってしまったようだ。ほどなく音楽も一回りして止まってしまった。タイヤと路面の摩擦音が再びその存在を強調しだす。目的地まではもうすぐ、最後の峠道を抜ければ、というところまで来ていた。対向車も後続車も見えないが、右側が山、左側が崖で、万が一運転を誤れば下まで落ちていってしまう。和真のハンドルを持つ手には力が入った。
一度休憩のため停車したとき、ミキの目の下にお化粧では隠しきれないクマがるのを見つけた。昨晩は眠れなかったのだろうか。また、道中は教習所の話や交通ルールの話が多かったけれども、ミキは数ヶ月前先に免許をとっていてちょっと退屈だったのかもしれない。それとも、運転が上手くて安心して眠ってしまったのか。ともあれ、ミキが眠ってしまったことは最後の「難所」を通るにあたっては集中できてよいことだった。
そうして淡々と運転をしていたところ、大きな右方向へのカーブが目に入ってきた。傾斜は上りである。和真は少しずつアクセルを強めに踏んでいった。
「うわっ」
次の瞬間、思いもよらないことが起こった。急なことで明確にそうであるとは言えないのだが、ミキの右手がハンドルにかかってきて、ハンドルを左側に切ろうとしたのだ。和真は反動で右側にハンドルを大きく切る。すると車は対向車線に飛び出し、山側の斜面にぶつかりそうになった。
「おおっ」
和真は再びハンドルを左に切って、ブレーキをかけて減速した。慎重に車体を持ち直し、本来の車線へと戻すことができた。とっさのことでブレーキとアクセルを間違えていたら、一気に崖の下へダイブするところだった。また、対向車が来てれば正面衝突の危険もあった。後続車があればそれともぶつかっていたかもしれない。
「ふう、危なかった。」
和真がほっとため息をつくと、助手席からミキの低めで機嫌が悪そうな声が聞こえてきた。
「ふん、落ちちゃえばよかったのに。」
「おいおい、冗談はよしてくれよ。本当に危なかったんだから。」
「落ちちゃえばよかったのに。」
「一緒に死を迎えたいというのはありがたいけどね、俺はもっと君と生きて楽しみたいよ。」
ミキは押し黙った。和真は運転中で脇見ができずミキを細かく観察することができない。寝起きが悪いのか、いつもと違ったミキの様子に和真は戸惑っていた。再びミキが口を開く。
「ふん、嘘ばっかり。」
「えっ?」
「キレイもカワイイも服が似合ってるも嘘。好きも一緒にいたいも嘘。そんなのに値しないって私が一番知ってるんだから。」
「ええっ?」
「男はみんなそうなのよ。女をおだてはするけどただ体目当てなだけ。飽きたらめんどくさいって言って捨てる。恋人装っても嘘と演技ばっかり。」
和真はすぐには返答しなかった。ミキがそういうことを思っていると知ってショックだった。
「ほらね…」
ミキの勝ち誇ったような言葉を遮るように和真は口を開いた。
「待って、ミキ。君は本当に俺の言うことが全部嘘だと思ってるの?」
彼女は答えなかった。
「確かに自分が率直に感じたことより君がよく思うことを優先して話すこともあるけど、それは君に悪い思いをさせたくないという配慮からで、別にそれ以上のことを狙ってるわけじゃないよ。」
「そうやって誰に対しても最初から疑ってかかったら、いい関係を築く芽を自分から摘んじゃうようなものだよ。それで相手の裏を見抜いたと思ってるのかもしれないけど、全然合ってないよ。感情一致の法則ってあるじゃん。最初から疑ってかかられたら相手だって疑ってかかるものだよ。何もかも一緒くたにして切り捨てないで、まずは誠実さを心がけて接しようよ。それから始まるんだよ。」
相変わらず返事はない。和真の言葉を遮ろうともしない。
「俺と出会う前に何か酷い目に遭って、また同じ目に遭うのが怖いのかもしれないけどさ。俺はそんなことしないから。心許ないと思うだろうけど、安心してよ。これからも一緒にいたいと思ってるよ、本心から。」
和真は返答を期待したが、それはなかった。かわりにミキの寝息がきこえてきた。肩透かしを食らった気分になったが、場の雰囲気を戻そうという配慮なのかもしれないと受け取った。ちょっと気分を変えるためにカーラジオをつける。夏の曲特集で、陽気な歌が流れてきた。
いつの間にか峠道を抜け、目的地の看板が見えてきた。湖である。和真とミキが仲良くなった思い出の場所だ。サークルの最初の合宿で来たところで、いつか二人だけで来ようと話していたのだ。湖畔の駐車場に車を停めると、和真はミキの肩を揺らして起こした。
「着いたよ。」
「え、ああ、寝ちゃってたのか。ごめんね、最後ひとりで退屈だったでしょ。」
「ぜんぜん、なんか君が抱えてた悩みとかきけちゃったしね。」
和真は言い終わらないうちに水に流したことを蒸し返してしまったと後悔したが、ミキの返事は意外なものだった。
「え、悩みって何よ。そんなの話した?寝言でも言ってた?」
「え?いや、憶えてないならそれでいいよ。なんでもない。」
「ねえ、何言ってたのよ、気になるー。」
どうやらミキは本気で憶えていないようだった。半分眠ってた感じだったんだろう、それはそれでいいや、と思って和真は話をそらした。
「ほら、行こうよ。」
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和真の運転する車は程なくとあるマンションの前へと辿り着いた。辺りを見回すと、建物の影に隠れるように立っていた美紀―いや、彼がいつも呼ぶように「ミキ」と書こう―を確認した。いつもは気が強い彼女もご近所さんに見られるのは恥ずかしいのだろう。縮こまって下を向いている。長めの茶色がかった髪に、白を基調とした柄物のワンピース、同じ柄のバッグに茶色のサンダル。耳と手首が日光に反射してキラリと輝く。イヤリングとブレスレットか。気合の入ったおしゃれをよく見た上で自然な感じで褒め上げることは、デート成功のために不可欠である。こうして最初の会話を思い描くと、停車して助手席の扉を開けた。
「ちょっと遅いよ。携帯も出ないし。」
「ああ、ここまでかかる時間の見込みを間違えたよ。運転中携帯は出れないし、ごめんごめん。」
「もう、家の前で待ってるのって恥ずかしいんだから。」
「そうだねえ。いつもの活動的なデニムのスタイルとは大違いだから、注目浴びそうだね。」
「和真のドライブ・デビューだからね、相応の身だしなみってやつよ。」
「どうもどうも。できればこれからも着てほしいね。とっても似合ってる。」
ふふん、と笑ってミキは座席のシートベルトを締め、体勢を整えた。機嫌はよさそう、いい滑り出しである。和真はギアをDに入れなおし、右ウインカーを出すとともにハザードランプを消し、後ろを確認して発車させた。今日のお供は赤いボディの三菱のi(アイ)である。家では子どもも大学生になったことだしとRV車を処分して気軽に乗れる車に買い換えたのだ。免許とりたての和真にとってはちょうど運転しやすい車で都合がよかった。大学生どうし、稼いでもないのに車のランクに拘るような何十年前のような価値観は持っていない。デザイン性に優れた小さな車の中は、まるで付き合い始めのような、ふわふわした雰囲気で満たされた。
「そうそう、音楽かけようよ。好きなの持ってきたんだ。」
小恥ずかしい空気を打ち消したいようにミキは提案した。鞄の中からiPodを取り出すと、オーディオにつなぐ。ホイールを操作して、曲を選ぶ。車内に響いてきたのは初期のミスターチルドレン。今より声も高めで澄んだ感じ、曲調も爽やかさが前面に出ている。ミキが言うに、この頃はドライブがとても大事な位置づけだった時代で、せっかくだからこの時代の雰囲気を味合わないと損だよね、ということだった。服もそうだが音楽も今日のドライブのために念入りに準備をしてきてくれて有難い、と和真は感じていた。
それにしても、助手席に異性が座っている状態は胸の鼓動の強さを高めるようだ。距離感が絶妙で、運転中は脇見もできず、五感で感じる相手の動作から相手がどんな気持ちなのかを推測させられる。乗り物の閉鎖空間で、同じ方向に進む、運命共同体、こういう要素も一助となっているだろう。正直なところ、教習でも指導員が女性だったとき同じようなことを感じて、免許取ったら絶対ドライブをしようと誓ったものだった。
車は幹線道路へと入り、目的地に向かい速度を上げた。
~~
昔は封書の切手代が80円じゃなくて62円だったんだね、と流れてくる曲の歌詞について和真は話したが、ミキからの返答はなかった。眠ってしまったようだ。ほどなく音楽も一回りして止まってしまった。タイヤと路面の摩擦音が再びその存在を強調しだす。目的地まではもうすぐ、最後の峠道を抜ければ、というところまで来ていた。対向車も後続車も見えないが、右側が山、左側が崖で、万が一運転を誤れば下まで落ちていってしまう。和真のハンドルを持つ手には力が入った。
一度休憩のため停車したとき、ミキの目の下にお化粧では隠しきれないクマがるのを見つけた。昨晩は眠れなかったのだろうか。また、道中は教習所の話や交通ルールの話が多かったけれども、ミキは数ヶ月前先に免許をとっていてちょっと退屈だったのかもしれない。それとも、運転が上手くて安心して眠ってしまったのか。ともあれ、ミキが眠ってしまったことは最後の「難所」を通るにあたっては集中できてよいことだった。
そうして淡々と運転をしていたところ、大きな右方向へのカーブが目に入ってきた。傾斜は上りである。和真は少しずつアクセルを強めに踏んでいった。
「うわっ」
次の瞬間、思いもよらないことが起こった。急なことで明確にそうであるとは言えないのだが、ミキの右手がハンドルにかかってきて、ハンドルを左側に切ろうとしたのだ。和真は反動で右側にハンドルを大きく切る。すると車は対向車線に飛び出し、山側の斜面にぶつかりそうになった。
「おおっ」
和真は再びハンドルを左に切って、ブレーキをかけて減速した。慎重に車体を持ち直し、本来の車線へと戻すことができた。とっさのことでブレーキとアクセルを間違えていたら、一気に崖の下へダイブするところだった。また、対向車が来てれば正面衝突の危険もあった。後続車があればそれともぶつかっていたかもしれない。
「ふう、危なかった。」
和真がほっとため息をつくと、助手席からミキの低めで機嫌が悪そうな声が聞こえてきた。
「ふん、落ちちゃえばよかったのに。」
「おいおい、冗談はよしてくれよ。本当に危なかったんだから。」
「落ちちゃえばよかったのに。」
「一緒に死を迎えたいというのはありがたいけどね、俺はもっと君と生きて楽しみたいよ。」
ミキは押し黙った。和真は運転中で脇見ができずミキを細かく観察することができない。寝起きが悪いのか、いつもと違ったミキの様子に和真は戸惑っていた。再びミキが口を開く。
「ふん、嘘ばっかり。」
「えっ?」
「キレイもカワイイも服が似合ってるも嘘。好きも一緒にいたいも嘘。そんなのに値しないって私が一番知ってるんだから。」
「ええっ?」
「男はみんなそうなのよ。女をおだてはするけどただ体目当てなだけ。飽きたらめんどくさいって言って捨てる。恋人装っても嘘と演技ばっかり。」
和真はすぐには返答しなかった。ミキがそういうことを思っていると知ってショックだった。
「ほらね…」
ミキの勝ち誇ったような言葉を遮るように和真は口を開いた。
「待って、ミキ。君は本当に俺の言うことが全部嘘だと思ってるの?」
彼女は答えなかった。
「確かに自分が率直に感じたことより君がよく思うことを優先して話すこともあるけど、それは君に悪い思いをさせたくないという配慮からで、別にそれ以上のことを狙ってるわけじゃないよ。」
「そうやって誰に対しても最初から疑ってかかったら、いい関係を築く芽を自分から摘んじゃうようなものだよ。それで相手の裏を見抜いたと思ってるのかもしれないけど、全然合ってないよ。感情一致の法則ってあるじゃん。最初から疑ってかかられたら相手だって疑ってかかるものだよ。何もかも一緒くたにして切り捨てないで、まずは誠実さを心がけて接しようよ。それから始まるんだよ。」
相変わらず返事はない。和真の言葉を遮ろうともしない。
「俺と出会う前に何か酷い目に遭って、また同じ目に遭うのが怖いのかもしれないけどさ。俺はそんなことしないから。心許ないと思うだろうけど、安心してよ。これからも一緒にいたいと思ってるよ、本心から。」
和真は返答を期待したが、それはなかった。かわりにミキの寝息がきこえてきた。肩透かしを食らった気分になったが、場の雰囲気を戻そうという配慮なのかもしれないと受け取った。ちょっと気分を変えるためにカーラジオをつける。夏の曲特集で、陽気な歌が流れてきた。
いつの間にか峠道を抜け、目的地の看板が見えてきた。湖である。和真とミキが仲良くなった思い出の場所だ。サークルの最初の合宿で来たところで、いつか二人だけで来ようと話していたのだ。湖畔の駐車場に車を停めると、和真はミキの肩を揺らして起こした。
「着いたよ。」
「え、ああ、寝ちゃってたのか。ごめんね、最後ひとりで退屈だったでしょ。」
「ぜんぜん、なんか君が抱えてた悩みとかきけちゃったしね。」
和真は言い終わらないうちに水に流したことを蒸し返してしまったと後悔したが、ミキの返事は意外なものだった。
「え、悩みって何よ。そんなの話した?寝言でも言ってた?」
「え?いや、憶えてないならそれでいいよ。なんでもない。」
「ねえ、何言ってたのよ、気になるー。」
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【小説】未来ニュース【再編集版】
ちょっとした試みとして以前書いた小説を動画にしてみた。ムービーメーカーにコピペしていっただけ。動画向きの小説は他に考えているのだが、その前に経験を積んでおこう感じである。眺めるだけで内容を追えるので入りやすく、BGMもあるので印象が変わるかもしれない。動画だと一言一句しっかり追うこととなり、段落の中での緩急といった要素が少なくなる。シンプルに話を進めていくのが合ってるかもしれない。
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ちょっとした試みとして以前書いた小説を動画にしてみた。ムービーメーカーにコピペしていっただけ。動画向きの小説は他に考えているのだが、その前に経験を積んでおこう感じである。眺めるだけで内容を追えるので入りやすく、BGMもあるので印象が変わるかもしれない。動画だと一言一句しっかり追うこととなり、段落の中での緩急といった要素が少なくなる。シンプルに話を進めていくのが合ってるかもしれない。
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※内容への言及を含みますので先に本編をお読みください→【短編小説】未来ニュース(1)
※一気に読みたい方はこちら→順風ESSAYS library
はじめに
これから書いた意図のようなものを綴っていくが、これは読み方を限定するものではない。自由な読み方をしてもらって、突き合わせる材料・参考のためとして使っていただければ、というつもりである。また、同じように創作をしている方と作る過程などについてお話をしたいな、という願望もある。
主題について
「未来ニュース」がどういう話かというと、トップアイドルである怜奈のもとに一年後自分が死ぬニュースが書かれた予言のような手紙が来て、それをきっかけに実際に同じ結末を迎える、というものだ。予言それ自体が予言の内容を実現させるという話の筋自体はとりわけ突飛ではなく、「未来ニュース」というタイトルと(1)までの内容で結末は容易に予想できるだろう。
しかしその後の展開では、単に転落が続いていくわけではなく、我慢→大逆転→急転直下という触れ幅が大きい動きをする。また、その中身の経緯も、何年も前からの由梨と悪沢の因縁のようなものも登場するように、複雑にしている。怜奈が最後に自殺に追い込まれるとしても、その原因は何だったのかを考えると様々なものがあって簡単には言い切ることはできない。最後の結末も怜奈が死んだとは明言せず、予想を小さく裏切るようにしている。仮に助けられたら、「怜奈は素直な性格だったから救われた」など、それまでの経緯が解釈し直されるのではないか。このように、一見一直線である展開が、多様な解釈と幅広い想像をもたらすというのが構成上の狙いである。
そして、(4)の冒頭で、色々と物事の因果を考えるけれどそれってどうなの?と問題提起をする。これが今回の話の主題である。事実と事実のつながりについて様々なことが言われるが、そう思い込みたいという部分が大きいのではないか、冷静に見ると「なんとなく」や偶然の積み重ねというだけではないか、という感じである。
私は法学をやっているが、司法が扱う事件も、犯行の動機など原因を探求する作業がある。私はまだ十分に訓練する機会を得てはいないが、報道等に接する限りは真実を探求するというより社会としてケリをつけたいかたちで解釈しているという印象を受ける。個人的な強みとして、こういう部分の探求を通して一般予防や特別予防に役立つことができればな、と思っている。
各回ごとに振り返る
それでは、全4回を順に振り返って、各記述の意図や反省点などを書き留めていくことにしよう。
(1)は導入と伏線出しの回である。インタビューのテレビ番組とそれに対する怜奈の反応は(3)の後半において対照的に現れるようにしている。由梨の存在を出し、また怜奈が母親思いであるという点も出している。ただ、母親との関係は伏線として強くなく、(4)の最後でかなり重要な役割を果たしているのが唐突な印象を与えてしまうだろう。朝ご飯として楽々とグレープフルーツを食べるシーンを追加すると最後がより映えるかもしれない。今後加筆することがあれば検討したい。もっとも、あまり伏線ばかり積み重ねるとダレてしまい、(1)もすでにダレ気味なところがあるのでテクニックとして難しいところがある。
(2)は、過冷却の話で怜奈が転落していく暗示があり、ニュースが元でドラマがうまくいかない、マネージャーにも叱られる、と怜奈が苦しむものの、由梨の登場で何とか踏みとどまるという回である。「特別扱い」という点をキーワードに怜奈の境遇が悪化していくことを表現している。「特別」にこだわる怜奈の態度は直接的にこの後の展開に出て来ず、まだ上手くないなあと思う。怜奈は頼ることばかり考えているが、屋上で泣いてきたなどこの時点で由梨が深刻な問題を抱えていることが暗示されている。
「有名であることは他人の生活に入り込むこと」というのはダンバー『言葉の起源』から基本的なアイデアを得ていて、いわゆる有名税についての自分の見方を示したものだ。こうしてちょくちょくエッセイに書くような話を交えつつ進めていくのが現在のスタイルである。話の展開ごとに小さな教訓が挟まれることで間延びを防ぐ効果も期待している。「滑り台のような転落の恐怖を糧に皆頑張ってる」と言う部分は湯浅誠『反貧困』を意識している。
(3)は怜奈がいわゆる枕営業を強いられるが、それをきっかけに仕事で大きな成功をする。しかしその反面で精神的にはさらに追い込まれ、由梨にすがりつくが、あと少しというところで由梨が謎の死を遂げる、という展開である。最初に享楽的な人でも心から楽しんでいるとは限らない、人は表裏を抱えつつ生きていると教訓めいたことを述べる。怜奈はこの教訓の通り成功に及ばない人の気持ちを身をもって知り、その後表裏が大きく乖離した人物になっていく。またその後由梨と悪沢についても表裏を抱えて生きていたことが明らかにされていく。この主要な登場人物を貫く生き様は話の副主題でもある。怜奈を食う悪沢は、この時点では絶対悪の人物とは言い切れない。野心が強く仕事熱心で、性の倫理観についてもこうして割り切っている人は結構いるように思う。
(4)は薬物疑惑の伏線回収とカウンセリング不成功で相談という選択肢が断たれたことから始まり、由梨の真相告白と悪沢の逮捕が立て続けに起こり、怜奈の失脚が確実視される状況になる。最後親に助けを求める機会があったがこれまでの自分を変えることができず、結局自死を選ぶに至る、という展開だ。人が死ぬというのは非常に大きなことであって、そうそう簡単な理由では足りない。そう思ってこれでもかと原因を重ねていったらとんでもない不幸な状況ができた、というのが正直なところである。
グレープフルーツと格闘していた子供の頃を思い出し、名誉や成功等大人として求めるものを得ても足りず、これに戻りたいという思いが怜奈の最後の意思の決定的な動機となっている。小児期が最高の幸せと言うのは、ニーチェの超人思想がラクダ→獅子→小児の変化のプロセスとしていることが背景となっている。小児は無知ゆえにそれを行うが、成人としては全てを知ったうえで小児に辿り着くのが理想である。怜奈はこのことを自覚するに至ったが、現世で達成する方法については何も思いが及ばなかった。もっとも、(1)でも述べたように、この部分は十分に伏線を張っていないため唐突な感じがすることは否めない。
その他四方山話
今回の登場人物の名前のうち、「れな」「さやこ」「ゆり」「まゆか」は北崎拓氏のマンガ『さくらんぼシンドローム』が元になっている。もっとも、名前をモチーフにしたというだけで性格等は全く異なっている。同じ作者の『なぎさMe公認』が自分の中高の頃の青春の代替となったマンガで、ずっと著作を追いかけている。非カラー原稿の絵の圧倒的な上手さと、週間連載で読者の興味を続けさせる毎回の小さなクライマックスと次回への引きの上手さがとてもいい。
このブログは「日記・エッセイ・小説」と謳ってる割に小説コンテンツが不足気味だったので、今回ひとつ加えることができて嬉しく思っている。自分が小説を書く動機として、エッセイという自分の体験・思考では表現しにくいテーマについて架空の人物に言わせてしまえ、というものがる。エッセイの延長線なので、書き方が似ていて、パラグラフ書きが基本となっている。たぶん原稿用紙に書いたら1枚に1・2段落とかになるのでこういう書き方はしないだろう。文体というのは面白いもので、ライトノベルの「狼と香辛料」は主人公ロレンスの独白で1行ごとに改行して最後まで突き抜けるというもので、最初見たときはとても驚いた。
(3)で出て来る「ブログ規約遵守のため削除」というのは、性表現が含まれる部分について削除をしたものであるが、削除前の本文があるわけではなく、これも作品の一部である。表現規制が大きく問題となっている状況で、ひとつ考えていただけたらな、と思う。話の筋として不要、削除で十分!となるかもしれないが、不自然さを感じていただけたら幸いである。
未来ニュースの記事はYahoo!ニュースに載る時事通信の記事とコメントがモデルである。有名人が見つかって街で騒ぎというのは原宿ツイッター事件(?)をモチーフにしている。インターネット社会にあわせた展開となっていると思う。インターネットでは最近は長文が好まれなくなっているように感じていて、動画化するのがいいのかな、と思っている。BGMとか挿絵・朗読ボイスが必要になるが、今後のひそかな野望として考えている。
ここまで読んでくださったことに心からの感謝を申し上げます。これからも順風ESSAYSをよろしくお願いいたします。
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はじめに
これから書いた意図のようなものを綴っていくが、これは読み方を限定するものではない。自由な読み方をしてもらって、突き合わせる材料・参考のためとして使っていただければ、というつもりである。また、同じように創作をしている方と作る過程などについてお話をしたいな、という願望もある。
主題について
「未来ニュース」がどういう話かというと、トップアイドルである怜奈のもとに一年後自分が死ぬニュースが書かれた予言のような手紙が来て、それをきっかけに実際に同じ結末を迎える、というものだ。予言それ自体が予言の内容を実現させるという話の筋自体はとりわけ突飛ではなく、「未来ニュース」というタイトルと(1)までの内容で結末は容易に予想できるだろう。
しかしその後の展開では、単に転落が続いていくわけではなく、我慢→大逆転→急転直下という触れ幅が大きい動きをする。また、その中身の経緯も、何年も前からの由梨と悪沢の因縁のようなものも登場するように、複雑にしている。怜奈が最後に自殺に追い込まれるとしても、その原因は何だったのかを考えると様々なものがあって簡単には言い切ることはできない。最後の結末も怜奈が死んだとは明言せず、予想を小さく裏切るようにしている。仮に助けられたら、「怜奈は素直な性格だったから救われた」など、それまでの経緯が解釈し直されるのではないか。このように、一見一直線である展開が、多様な解釈と幅広い想像をもたらすというのが構成上の狙いである。
そして、(4)の冒頭で、色々と物事の因果を考えるけれどそれってどうなの?と問題提起をする。これが今回の話の主題である。事実と事実のつながりについて様々なことが言われるが、そう思い込みたいという部分が大きいのではないか、冷静に見ると「なんとなく」や偶然の積み重ねというだけではないか、という感じである。
私は法学をやっているが、司法が扱う事件も、犯行の動機など原因を探求する作業がある。私はまだ十分に訓練する機会を得てはいないが、報道等に接する限りは真実を探求するというより社会としてケリをつけたいかたちで解釈しているという印象を受ける。個人的な強みとして、こういう部分の探求を通して一般予防や特別予防に役立つことができればな、と思っている。
各回ごとに振り返る
それでは、全4回を順に振り返って、各記述の意図や反省点などを書き留めていくことにしよう。
(1)は導入と伏線出しの回である。インタビューのテレビ番組とそれに対する怜奈の反応は(3)の後半において対照的に現れるようにしている。由梨の存在を出し、また怜奈が母親思いであるという点も出している。ただ、母親との関係は伏線として強くなく、(4)の最後でかなり重要な役割を果たしているのが唐突な印象を与えてしまうだろう。朝ご飯として楽々とグレープフルーツを食べるシーンを追加すると最後がより映えるかもしれない。今後加筆することがあれば検討したい。もっとも、あまり伏線ばかり積み重ねるとダレてしまい、(1)もすでにダレ気味なところがあるのでテクニックとして難しいところがある。
(2)は、過冷却の話で怜奈が転落していく暗示があり、ニュースが元でドラマがうまくいかない、マネージャーにも叱られる、と怜奈が苦しむものの、由梨の登場で何とか踏みとどまるという回である。「特別扱い」という点をキーワードに怜奈の境遇が悪化していくことを表現している。「特別」にこだわる怜奈の態度は直接的にこの後の展開に出て来ず、まだ上手くないなあと思う。怜奈は頼ることばかり考えているが、屋上で泣いてきたなどこの時点で由梨が深刻な問題を抱えていることが暗示されている。
「有名であることは他人の生活に入り込むこと」というのはダンバー『言葉の起源』から基本的なアイデアを得ていて、いわゆる有名税についての自分の見方を示したものだ。こうしてちょくちょくエッセイに書くような話を交えつつ進めていくのが現在のスタイルである。話の展開ごとに小さな教訓が挟まれることで間延びを防ぐ効果も期待している。「滑り台のような転落の恐怖を糧に皆頑張ってる」と言う部分は湯浅誠『反貧困』を意識している。
(3)は怜奈がいわゆる枕営業を強いられるが、それをきっかけに仕事で大きな成功をする。しかしその反面で精神的にはさらに追い込まれ、由梨にすがりつくが、あと少しというところで由梨が謎の死を遂げる、という展開である。最初に享楽的な人でも心から楽しんでいるとは限らない、人は表裏を抱えつつ生きていると教訓めいたことを述べる。怜奈はこの教訓の通り成功に及ばない人の気持ちを身をもって知り、その後表裏が大きく乖離した人物になっていく。またその後由梨と悪沢についても表裏を抱えて生きていたことが明らかにされていく。この主要な登場人物を貫く生き様は話の副主題でもある。怜奈を食う悪沢は、この時点では絶対悪の人物とは言い切れない。野心が強く仕事熱心で、性の倫理観についてもこうして割り切っている人は結構いるように思う。
(4)は薬物疑惑の伏線回収とカウンセリング不成功で相談という選択肢が断たれたことから始まり、由梨の真相告白と悪沢の逮捕が立て続けに起こり、怜奈の失脚が確実視される状況になる。最後親に助けを求める機会があったがこれまでの自分を変えることができず、結局自死を選ぶに至る、という展開だ。人が死ぬというのは非常に大きなことであって、そうそう簡単な理由では足りない。そう思ってこれでもかと原因を重ねていったらとんでもない不幸な状況ができた、というのが正直なところである。
グレープフルーツと格闘していた子供の頃を思い出し、名誉や成功等大人として求めるものを得ても足りず、これに戻りたいという思いが怜奈の最後の意思の決定的な動機となっている。小児期が最高の幸せと言うのは、ニーチェの超人思想がラクダ→獅子→小児の変化のプロセスとしていることが背景となっている。小児は無知ゆえにそれを行うが、成人としては全てを知ったうえで小児に辿り着くのが理想である。怜奈はこのことを自覚するに至ったが、現世で達成する方法については何も思いが及ばなかった。もっとも、(1)でも述べたように、この部分は十分に伏線を張っていないため唐突な感じがすることは否めない。
その他四方山話
今回の登場人物の名前のうち、「れな」「さやこ」「ゆり」「まゆか」は北崎拓氏のマンガ『さくらんぼシンドローム』が元になっている。もっとも、名前をモチーフにしたというだけで性格等は全く異なっている。同じ作者の『なぎさMe公認』が自分の中高の頃の青春の代替となったマンガで、ずっと著作を追いかけている。非カラー原稿の絵の圧倒的な上手さと、週間連載で読者の興味を続けさせる毎回の小さなクライマックスと次回への引きの上手さがとてもいい。
このブログは「日記・エッセイ・小説」と謳ってる割に小説コンテンツが不足気味だったので、今回ひとつ加えることができて嬉しく思っている。自分が小説を書く動機として、エッセイという自分の体験・思考では表現しにくいテーマについて架空の人物に言わせてしまえ、というものがる。エッセイの延長線なので、書き方が似ていて、パラグラフ書きが基本となっている。たぶん原稿用紙に書いたら1枚に1・2段落とかになるのでこういう書き方はしないだろう。文体というのは面白いもので、ライトノベルの「狼と香辛料」は主人公ロレンスの独白で1行ごとに改行して最後まで突き抜けるというもので、最初見たときはとても驚いた。
(3)で出て来る「ブログ規約遵守のため削除」というのは、性表現が含まれる部分について削除をしたものであるが、削除前の本文があるわけではなく、これも作品の一部である。表現規制が大きく問題となっている状況で、ひとつ考えていただけたらな、と思う。話の筋として不要、削除で十分!となるかもしれないが、不自然さを感じていただけたら幸いである。
未来ニュースの記事はYahoo!ニュースに載る時事通信の記事とコメントがモデルである。有名人が見つかって街で騒ぎというのは原宿ツイッター事件(?)をモチーフにしている。インターネット社会にあわせた展開となっていると思う。インターネットでは最近は長文が好まれなくなっているように感じていて、動画化するのがいいのかな、と思っている。BGMとか挿絵・朗読ボイスが必要になるが、今後のひそかな野望として考えている。
ここまで読んでくださったことに心からの感謝を申し上げます。これからも順風ESSAYSをよろしくお願いいたします。
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※最初から読む→未来ニュース(1)/前の回を読む→未来ニュース(3)
人はとかく因果を語るのが好きだ。悪い結果には悪い行いがあると言い、よい結果にはよい行いがあると言う。偶然を偶然と認めるよりも、神が機転を利かせて導いた運命だという説明を好む。荒れ狂う現実への恐怖なのか。報いがないと希望が沸かないのか。何でもいいからカタをつけないと前に進めないのか。これから起こる出来事には、どんな因果が被せられることだろう。
「ちょっと!騒ぎを起こさないでよね。この前も奇行がどうのって書かれたでしょ。」
事務所の一室で早矢子の声が響く。しかしその口調はそれほど厳しいものではなかった。清純派から演技派・実力派としてイメージが移ったため、少しの逸脱は許されるようになってきた。最近では、今まで我慢してきたから恋愛でもしたらどうなの、とまで言われるようにもなった。奇行というのは、以前元スーパーアイドルの有明紀子が覚せい剤で逮捕され、芸能界の薬物汚染が話題となったとき、怜奈も奇行をしていそうで怪しいとタブロイド紙が書いたことだ。しかしこれは役柄のせいだろうと誰もが笑い飛ばし、全く相手にされなかった。
こうして和やかな雰囲気での注意だったのだが、怜奈は虚ろな目で下を向いていた。今回の騒ぎというのは、外を歩いていたところ変装を見破ったファンに見つかって追いかけっこになってしまったというものだ。怜奈がいるとの話がインターネットのミニブログで拡散され、多くの人が集まることとなってしまった。怜奈はタクシーを捕まえてほうほうの体で逃げ出した。まあ、これ自体は人気者の宿命で悪いことではない。怜奈が落ち込んでいるのは、この騒ぎでカウンセリングの予約に間に合わなくなってしまったからであった。
由梨の突然の訃報に衝撃を受けた上、自身の相談ができなくなったことで怜奈の精神はいよいよ追い込まれてきた。必死に模索したところ、青山に評判のカウンセリングをする心療内科があることを知ったのだった。安易に薬に頼らず、考え方に新しい道筋を提案することを心がける。秘密厳守。怜奈は自分の問題は薬で解決できるものではないと感じていたので、思い切ってこれにすがることにした。何度も躊躇した上でやっとのことで電話をかけ、予約をとったのだ。他の誰にも内緒。変装をして、辿り着くはずだった。それがフイになってしまった。再び予約をとる勇気は出てこない。
「由梨さん。私が重荷になってしまったのかな。」
怜奈は事務所の窓から景色を眺めながら、由梨のことを慮った。自分が一方的に頼ることで負担をかけてしまったのかもしれない。優しい言葉で自分を救ってくれたお礼もできないままいなくなってしまった。由梨の死からは数週間が経ったが、不自然なほど続報がなかった。葬儀は身内だけでひっそりと行われたらしい。大女優の死で世間的にも大きな衝撃だったのだが、テレビも新聞も雑誌もこれまでの業績を伝えて追悼の意を示すだけで余計な勘繰りを一切しなかった。一目置かれていた人にはこのような送り方がされるのかな、という印象であった。
ふと気がつくと、事務所のビルの前にタクシーが停まり、初老の夫婦が降りてきた。怜奈が自然と目で追うと、事務所に入っていった。普段見慣れないお客に何だろうと不思議がっていると、奥のほうで扉をノックする音が聞こえてきた。早矢子と夫婦が何やら話している声も聞こえてくる。しばらくすると怜奈の元へ早矢子がやってきて、用件を伝えた。
「怜奈ちゃん、吉川由梨さんのご両親よ。」
怜奈がはっと振り向くと、初老の夫婦が歩み寄ってきた。手には大事そうに封書を抱えている。その封書は怜奈に差し出された。封は完全に閉じられ、表には怜奈への宛名がある。由梨の机の奥から見つかったらしい。由梨の両親宛てへの手紙の中には、怜奈と会うことができなければ机の奥から出して渡してほしいと書かれていたそうだ。相談の約束事を果たすための誠実さが感じ取れる。怜奈は涙を浮かべながら、胸に封書を抱えた。そこへ由梨の両親は不思議なことを言ったのだった。
「これを読んで何かわかることがあったら、警察にも連絡してほしい。」
警察とは何だろう。もしかしたら由梨の死には不審な点があるのかもしれない。胸の高鳴りを抑えながら、怜奈は自宅へと戻った。そしてゆっくりと封を開ける。そこには便箋にして十枚はあるだろうか、とても長い手紙が入っていた。彼女の立ち居振る舞いと同じような綺麗な字で紡がれている。怜奈はおそるおそる読み始めた。
「怜奈ちゃん、これを読んでいるということは私が相談の約束を破ってしまったことになるのでしょう。ごめんなさい。でも私には貴女の悩みがどんなものか想像がついています。Uテレビのプロデューサー、悪沢繁、あの悪魔が絡んでいるのでしょう。彼の口から貴女の名前を幾度となく聞きました。そう、私も悪沢と関係をもち、仕事をしてきたのです。そして、今回貴女との約束を破る原因も彼によるものだと断言できます。どういうことなのか、まずは私と彼の因縁の始まりからお話します。」
「私には妹がいました。由香という名前です。妹はタレントとして活動をしていました。といっても貴女のように華々しい活躍はできず、小さい雑誌に載るといった程度のものでした。そこへある仕事をきっかけに悪沢と知り合いになりました。悪沢は由香に目をつけ、テレビの仕事を与えました。そのかわり妹は彼に奉仕を続けました。しかしある夜、何の事故かわかりませんが、妹のアパートで彼は妹を死に至らしめてしまったのです。警察や医師の判断で妹は病死であると扱われました。両親もその事実を受け入れました。それでも私は妹との普段の電話から不審な点を抱いて悪沢に問い詰めました。すると彼は妹の死に関わっていることを認めたのです。」
「その頃彼はドラマでヒットを連発して上り調子でした。自らの有望なキャリアが失われるのをひどく怖れていました。そして、妹の死を追及する私に対し、交換条件を出したのです。その頃私は大学を出たもののよい就職口がなく途方に暮れる状態でした。その事情を知ってか知らずか、私を女優としてデビューさせ必ず成功させると言い出しました。私は妹を踏み台にして自らの仕事を得ることに躊躇し、数日間悩みましたが、結局彼の提案を受け入れました。このことは彼と私以外知らない、墓場まで持っていかなければならない秘密です。」
「私は女優の才があったのか、仕事は順調に進みました。必ず成功させると言った手前、悪沢が環境を整えるのに苦心したのかもしれません。大学で勉強していたおかげで、質のいい仕事も多く得ることができました。そんな中、悪沢は貴女と出会いました。彼は貴女に大きな魅力を感じていました。今後数十年不傑出の女優になれると私に語ることもありました。そして彼の希望は叶い、貴女と多くの仕事を一緒に行い、大成功を収めました。」
「悪沢は野心家です。ゆくゆくは世界で認められる映像作品を作ることを夢見ていました。怜奈ちゃん、貴女と世界に打って出たいと夢を具体的に語るようになりました。これに専念したい。そこで私に仕事の世話をするのが邪魔になったのです。彼は私に、もう一人で十分仕事をとることができるから関係を終わりにしようと持ちかけました。私は今まで彼の成功を見てきましたが、最初の経緯の通り、彼が世界的な成功を収めるに値する人間とは思えませんでした。彼がそこまでの人物になってはいけない、そう確信していました。でももしかしたら自分が捨てられることが嫌だっただけなのかもしれません。」
「私は彼の近くにいて、彼の弱点を多く知っていました。妹の死に対する良心の呵責があったのか、薬物を使用して気を紛らわせていました。私は警察に妹の死と薬物の使用を告発すると脅しました。彼は私の攻撃に戸惑いました。そして、有形無形の圧力をかけはじめました。他人を雇ってストーキングをさせました。テレビ局のトイレに見知らぬ男が無理やり入ってきてナイフを突きつけられ脅されることもありました。しかし私は対抗して告発の準備を続けました。それに応じて身の危険も強く感じるようになりました。もういつ自分が何らかの形で消されるかはわかりません。」
「もし私が彼と刺し違えて悪沢を失脚させることに成功したら、貴女の仕事に支障が出てくるのは確実です。しかし貴女は悪沢がいなくても十分立派に活躍ができると確信しています。一時期落ち込んでも、悪沢の魔の手から離れて、真の成功を収めることができます。私から見ても貴方は輝くスター性を有し、後世語り継がれる女優になれるだろうと思います。もしトラブルがおきても、しっかりと自分をもって進んでください。絶対大丈夫です。貴女の輝く姿を想い浮かべながら、この手紙を終わりにします。」
怜奈の手は震えていた。あまりに衝撃的な事実の数々に思考がまとまらなかった。悪沢の真の姿、由梨が抱えていた闇の部分、全てが彼女にとって信じられなかった。由梨が怜奈に特別優しい言葉をかけたのにも、事情があったのだ。由梨は正義のため、そして怜奈のために自らの命を投げ打ったのだ。しかし由梨には怜奈のことについて知らなかったことがある。怜奈自身も薬物に溺れ、問題が露見すれば自分も一緒に地位を失い二度と戻ることができないということである。
呆然と立ち尽くしていたところ、怜奈の携帯電話がけたたましく鳴り響いた。放心状態のまま電話をとると、マネージャーの早矢子からであった。いつになく落ち着かない様子だ。
「怜奈ちゃん、今すぐテレビをつけなさい!」
怜奈は言われるがままテレビの電源を入れた。深夜時間帯で何があるのだろう。ぼんやりと画面が映るまで待っていると、目に飛び込んできたのは、緊急ニュースであった。
「Uテレビのプロデューサー・悪沢繁氏が覚せい剤所持の現行犯で逮捕。警察は先日亡くなった女優・吉川由梨さんの殺人容疑でも立件を検討。」
何というタイミング、由梨の執念が実を結んだのだ。警察署前で記者が盛んに事態を説明している。繁華街での職務質問で覚せい剤が見つかったのことだ。この報道体制の準備のよさ、事前に用意されていたのだろう。由梨の死の報道が異常に少なかったのも捜査のため自粛が申し合わされていたのだと説明がつく。
「あなた悪沢さんに何をされていたの!?」
早矢子の問いかけに怜奈は答えることができない。
「あなたが帰ったあと、青山の心療内科から電話があったのよ。本当は守秘義務に反するから言えないのだけれど、あまりにあなたの電話での様子が深刻だったから事務所として把握しているのか確認があったの。」
怜奈は気が遠くなりそうだった。全てが音を立てて崩れていく感覚になった。
「ばかね、一人で抱え込んで。どうして言ってくれなかったのよ!・・・いや、ごめんなさい。見抜けなかった私がだめなんだわ。これだけあなたが苦しんでいるのに、何も気付かず、呑気によくやったとほめてばかり。あなたを悪沢に近づけたのも私。なんてこと!あなたを全然理解してあげられなかった。地方から出てきて一人でいるあなたに一番近くいながら…!ごめんなさい、ごめんなさい…。」
早矢子は涙声になりながらまくし立てる。怜奈も何も言うことができないまま涙が溢れ出てきた。
「とりあえず落ち着くのよ!今すぐあなたの家に行くから!」
早矢子からの電話が切れた。怜奈のマンションまでは三十分といったところだろうか。怜奈はテレビを消した。深夜の静寂が再び訪れる。悪沢が警察で自分のことを喋らない理由はない。もう命運は尽きた、そう感じた。こんなことなら清純派のまま静かに業界から消えていったほうがよかったのかもしれない。自嘲気味の笑いが出てくる。ふと手にした携帯電話に目をやると、実家の電話番号が目に入った。何かの拍子で短縮ダイヤルのボタンを押してしまったのだろう。怜奈はそのまま通話のボタンを押した。しばらくのベル音が続いたあと、電話がつながった。
「あら、怜奈ちゃん、どうしたの、こんな遅くに。」
懐かしい母親の声に、それだけで感情が爆発しそうになる。
「えっと…。ちょっと、眠れなくてね。」
怜奈は本当のことを告げることはできなかった。この暖かさを裏切ることはできない。
「仕事でつらいこと、あったの?」
「うん、まあね。でもお母さんの声をきいたら大丈夫になったよ。」
「まあ。うふふ。」
「そう、今度のお母さんのお誕生日のプレゼント、宅配便で送ったから。もうすぐ届くと思うから誕生日になったときに開けてね。」
「いつも本当にありがとう。でもわたしにとっては怜奈ちゃんの声をきけることがいちばんのプレゼントよ。」
「うん・・・。」
「わたしもね、怜奈ちゃんに送ったよ。グレープフルーツの詰め合わせ。怜奈ちゃん子どものころ大好きだったでしょう?半分に割ったグレープフルーツをスプーンで食べるんだけど、不器用で少ししかとれないの。それでも頑張って頑張ってスプーンを動かして全部食べ切って。とってもかわいかったわ。」
「やめてよ、そんなはなし…。」
「食事はきちんととって、元気にがんばるのよ。お母さんはいつだって怜奈ちゃんのこと応援してるからね。」
「うん…。」
電話は終わった。怜奈の顔は涙でくしゃくしゃになった。将来を憂いもせず、目の前のグレープフルーツと格闘していた子供の頃。あの頃が自分の人生で最も幸せなときであった。どれだけ名声を得ても、どれだけ賞賛を得ても、どれだけ特別扱いを享受しても、あの頃の幸せに勝るものはない。
怜奈はベランダへと向かった。外は雨が降ってきていた。見下ろすと漆黒の闇の中に水の粒が際限なく落ちていく。落ちた雨は川へと流れ込み、海から蒸発して再び雲を作り、落ちてくる。私もあの頃に戻れるだろうか。無邪気な一人の人間から空っぽの人形になり、操り人形になり、操り師がいなくなった。操り師がいない操り人形は空っぽの人形より惨めだ。糸が見苦しく散乱し、自ら立つこともできない。終わったのだ。全ては終わったのだ。
怜奈は身体を小刻みに震わせながら手すりの上に立ち、静かに目を閉じた。
この後、早矢子が間に合ったのか、電話を不審に思った怜奈の親が手を打つのが間に合ったのかはわからない。ひとつだけはっきりとしているのは、これが2011年5月20日に日付が変わって数時間経った頃の出来事だということである。
※あとがきを読む→「未来ニュース」あとがき(6月13日掲載予定)
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「ちょっと!騒ぎを起こさないでよね。この前も奇行がどうのって書かれたでしょ。」
事務所の一室で早矢子の声が響く。しかしその口調はそれほど厳しいものではなかった。清純派から演技派・実力派としてイメージが移ったため、少しの逸脱は許されるようになってきた。最近では、今まで我慢してきたから恋愛でもしたらどうなの、とまで言われるようにもなった。奇行というのは、以前元スーパーアイドルの有明紀子が覚せい剤で逮捕され、芸能界の薬物汚染が話題となったとき、怜奈も奇行をしていそうで怪しいとタブロイド紙が書いたことだ。しかしこれは役柄のせいだろうと誰もが笑い飛ばし、全く相手にされなかった。
こうして和やかな雰囲気での注意だったのだが、怜奈は虚ろな目で下を向いていた。今回の騒ぎというのは、外を歩いていたところ変装を見破ったファンに見つかって追いかけっこになってしまったというものだ。怜奈がいるとの話がインターネットのミニブログで拡散され、多くの人が集まることとなってしまった。怜奈はタクシーを捕まえてほうほうの体で逃げ出した。まあ、これ自体は人気者の宿命で悪いことではない。怜奈が落ち込んでいるのは、この騒ぎでカウンセリングの予約に間に合わなくなってしまったからであった。
由梨の突然の訃報に衝撃を受けた上、自身の相談ができなくなったことで怜奈の精神はいよいよ追い込まれてきた。必死に模索したところ、青山に評判のカウンセリングをする心療内科があることを知ったのだった。安易に薬に頼らず、考え方に新しい道筋を提案することを心がける。秘密厳守。怜奈は自分の問題は薬で解決できるものではないと感じていたので、思い切ってこれにすがることにした。何度も躊躇した上でやっとのことで電話をかけ、予約をとったのだ。他の誰にも内緒。変装をして、辿り着くはずだった。それがフイになってしまった。再び予約をとる勇気は出てこない。
「由梨さん。私が重荷になってしまったのかな。」
怜奈は事務所の窓から景色を眺めながら、由梨のことを慮った。自分が一方的に頼ることで負担をかけてしまったのかもしれない。優しい言葉で自分を救ってくれたお礼もできないままいなくなってしまった。由梨の死からは数週間が経ったが、不自然なほど続報がなかった。葬儀は身内だけでひっそりと行われたらしい。大女優の死で世間的にも大きな衝撃だったのだが、テレビも新聞も雑誌もこれまでの業績を伝えて追悼の意を示すだけで余計な勘繰りを一切しなかった。一目置かれていた人にはこのような送り方がされるのかな、という印象であった。
ふと気がつくと、事務所のビルの前にタクシーが停まり、初老の夫婦が降りてきた。怜奈が自然と目で追うと、事務所に入っていった。普段見慣れないお客に何だろうと不思議がっていると、奥のほうで扉をノックする音が聞こえてきた。早矢子と夫婦が何やら話している声も聞こえてくる。しばらくすると怜奈の元へ早矢子がやってきて、用件を伝えた。
「怜奈ちゃん、吉川由梨さんのご両親よ。」
怜奈がはっと振り向くと、初老の夫婦が歩み寄ってきた。手には大事そうに封書を抱えている。その封書は怜奈に差し出された。封は完全に閉じられ、表には怜奈への宛名がある。由梨の机の奥から見つかったらしい。由梨の両親宛てへの手紙の中には、怜奈と会うことができなければ机の奥から出して渡してほしいと書かれていたそうだ。相談の約束事を果たすための誠実さが感じ取れる。怜奈は涙を浮かべながら、胸に封書を抱えた。そこへ由梨の両親は不思議なことを言ったのだった。
「これを読んで何かわかることがあったら、警察にも連絡してほしい。」
警察とは何だろう。もしかしたら由梨の死には不審な点があるのかもしれない。胸の高鳴りを抑えながら、怜奈は自宅へと戻った。そしてゆっくりと封を開ける。そこには便箋にして十枚はあるだろうか、とても長い手紙が入っていた。彼女の立ち居振る舞いと同じような綺麗な字で紡がれている。怜奈はおそるおそる読み始めた。
「怜奈ちゃん、これを読んでいるということは私が相談の約束を破ってしまったことになるのでしょう。ごめんなさい。でも私には貴女の悩みがどんなものか想像がついています。Uテレビのプロデューサー、悪沢繁、あの悪魔が絡んでいるのでしょう。彼の口から貴女の名前を幾度となく聞きました。そう、私も悪沢と関係をもち、仕事をしてきたのです。そして、今回貴女との約束を破る原因も彼によるものだと断言できます。どういうことなのか、まずは私と彼の因縁の始まりからお話します。」
「私には妹がいました。由香という名前です。妹はタレントとして活動をしていました。といっても貴女のように華々しい活躍はできず、小さい雑誌に載るといった程度のものでした。そこへある仕事をきっかけに悪沢と知り合いになりました。悪沢は由香に目をつけ、テレビの仕事を与えました。そのかわり妹は彼に奉仕を続けました。しかしある夜、何の事故かわかりませんが、妹のアパートで彼は妹を死に至らしめてしまったのです。警察や医師の判断で妹は病死であると扱われました。両親もその事実を受け入れました。それでも私は妹との普段の電話から不審な点を抱いて悪沢に問い詰めました。すると彼は妹の死に関わっていることを認めたのです。」
「その頃彼はドラマでヒットを連発して上り調子でした。自らの有望なキャリアが失われるのをひどく怖れていました。そして、妹の死を追及する私に対し、交換条件を出したのです。その頃私は大学を出たもののよい就職口がなく途方に暮れる状態でした。その事情を知ってか知らずか、私を女優としてデビューさせ必ず成功させると言い出しました。私は妹を踏み台にして自らの仕事を得ることに躊躇し、数日間悩みましたが、結局彼の提案を受け入れました。このことは彼と私以外知らない、墓場まで持っていかなければならない秘密です。」
「私は女優の才があったのか、仕事は順調に進みました。必ず成功させると言った手前、悪沢が環境を整えるのに苦心したのかもしれません。大学で勉強していたおかげで、質のいい仕事も多く得ることができました。そんな中、悪沢は貴女と出会いました。彼は貴女に大きな魅力を感じていました。今後数十年不傑出の女優になれると私に語ることもありました。そして彼の希望は叶い、貴女と多くの仕事を一緒に行い、大成功を収めました。」
「悪沢は野心家です。ゆくゆくは世界で認められる映像作品を作ることを夢見ていました。怜奈ちゃん、貴女と世界に打って出たいと夢を具体的に語るようになりました。これに専念したい。そこで私に仕事の世話をするのが邪魔になったのです。彼は私に、もう一人で十分仕事をとることができるから関係を終わりにしようと持ちかけました。私は今まで彼の成功を見てきましたが、最初の経緯の通り、彼が世界的な成功を収めるに値する人間とは思えませんでした。彼がそこまでの人物になってはいけない、そう確信していました。でももしかしたら自分が捨てられることが嫌だっただけなのかもしれません。」
「私は彼の近くにいて、彼の弱点を多く知っていました。妹の死に対する良心の呵責があったのか、薬物を使用して気を紛らわせていました。私は警察に妹の死と薬物の使用を告発すると脅しました。彼は私の攻撃に戸惑いました。そして、有形無形の圧力をかけはじめました。他人を雇ってストーキングをさせました。テレビ局のトイレに見知らぬ男が無理やり入ってきてナイフを突きつけられ脅されることもありました。しかし私は対抗して告発の準備を続けました。それに応じて身の危険も強く感じるようになりました。もういつ自分が何らかの形で消されるかはわかりません。」
「もし私が彼と刺し違えて悪沢を失脚させることに成功したら、貴女の仕事に支障が出てくるのは確実です。しかし貴女は悪沢がいなくても十分立派に活躍ができると確信しています。一時期落ち込んでも、悪沢の魔の手から離れて、真の成功を収めることができます。私から見ても貴方は輝くスター性を有し、後世語り継がれる女優になれるだろうと思います。もしトラブルがおきても、しっかりと自分をもって進んでください。絶対大丈夫です。貴女の輝く姿を想い浮かべながら、この手紙を終わりにします。」
怜奈の手は震えていた。あまりに衝撃的な事実の数々に思考がまとまらなかった。悪沢の真の姿、由梨が抱えていた闇の部分、全てが彼女にとって信じられなかった。由梨が怜奈に特別優しい言葉をかけたのにも、事情があったのだ。由梨は正義のため、そして怜奈のために自らの命を投げ打ったのだ。しかし由梨には怜奈のことについて知らなかったことがある。怜奈自身も薬物に溺れ、問題が露見すれば自分も一緒に地位を失い二度と戻ることができないということである。
呆然と立ち尽くしていたところ、怜奈の携帯電話がけたたましく鳴り響いた。放心状態のまま電話をとると、マネージャーの早矢子からであった。いつになく落ち着かない様子だ。
「怜奈ちゃん、今すぐテレビをつけなさい!」
怜奈は言われるがままテレビの電源を入れた。深夜時間帯で何があるのだろう。ぼんやりと画面が映るまで待っていると、目に飛び込んできたのは、緊急ニュースであった。
「Uテレビのプロデューサー・悪沢繁氏が覚せい剤所持の現行犯で逮捕。警察は先日亡くなった女優・吉川由梨さんの殺人容疑でも立件を検討。」
何というタイミング、由梨の執念が実を結んだのだ。警察署前で記者が盛んに事態を説明している。繁華街での職務質問で覚せい剤が見つかったのことだ。この報道体制の準備のよさ、事前に用意されていたのだろう。由梨の死の報道が異常に少なかったのも捜査のため自粛が申し合わされていたのだと説明がつく。
「あなた悪沢さんに何をされていたの!?」
早矢子の問いかけに怜奈は答えることができない。
「あなたが帰ったあと、青山の心療内科から電話があったのよ。本当は守秘義務に反するから言えないのだけれど、あまりにあなたの電話での様子が深刻だったから事務所として把握しているのか確認があったの。」
怜奈は気が遠くなりそうだった。全てが音を立てて崩れていく感覚になった。
「ばかね、一人で抱え込んで。どうして言ってくれなかったのよ!・・・いや、ごめんなさい。見抜けなかった私がだめなんだわ。これだけあなたが苦しんでいるのに、何も気付かず、呑気によくやったとほめてばかり。あなたを悪沢に近づけたのも私。なんてこと!あなたを全然理解してあげられなかった。地方から出てきて一人でいるあなたに一番近くいながら…!ごめんなさい、ごめんなさい…。」
早矢子は涙声になりながらまくし立てる。怜奈も何も言うことができないまま涙が溢れ出てきた。
「とりあえず落ち着くのよ!今すぐあなたの家に行くから!」
早矢子からの電話が切れた。怜奈のマンションまでは三十分といったところだろうか。怜奈はテレビを消した。深夜の静寂が再び訪れる。悪沢が警察で自分のことを喋らない理由はない。もう命運は尽きた、そう感じた。こんなことなら清純派のまま静かに業界から消えていったほうがよかったのかもしれない。自嘲気味の笑いが出てくる。ふと手にした携帯電話に目をやると、実家の電話番号が目に入った。何かの拍子で短縮ダイヤルのボタンを押してしまったのだろう。怜奈はそのまま通話のボタンを押した。しばらくのベル音が続いたあと、電話がつながった。
「あら、怜奈ちゃん、どうしたの、こんな遅くに。」
懐かしい母親の声に、それだけで感情が爆発しそうになる。
「えっと…。ちょっと、眠れなくてね。」
怜奈は本当のことを告げることはできなかった。この暖かさを裏切ることはできない。
「仕事でつらいこと、あったの?」
「うん、まあね。でもお母さんの声をきいたら大丈夫になったよ。」
「まあ。うふふ。」
「そう、今度のお母さんのお誕生日のプレゼント、宅配便で送ったから。もうすぐ届くと思うから誕生日になったときに開けてね。」
「いつも本当にありがとう。でもわたしにとっては怜奈ちゃんの声をきけることがいちばんのプレゼントよ。」
「うん・・・。」
「わたしもね、怜奈ちゃんに送ったよ。グレープフルーツの詰め合わせ。怜奈ちゃん子どものころ大好きだったでしょう?半分に割ったグレープフルーツをスプーンで食べるんだけど、不器用で少ししかとれないの。それでも頑張って頑張ってスプーンを動かして全部食べ切って。とってもかわいかったわ。」
「やめてよ、そんなはなし…。」
「食事はきちんととって、元気にがんばるのよ。お母さんはいつだって怜奈ちゃんのこと応援してるからね。」
「うん…。」
電話は終わった。怜奈の顔は涙でくしゃくしゃになった。将来を憂いもせず、目の前のグレープフルーツと格闘していた子供の頃。あの頃が自分の人生で最も幸せなときであった。どれだけ名声を得ても、どれだけ賞賛を得ても、どれだけ特別扱いを享受しても、あの頃の幸せに勝るものはない。
怜奈はベランダへと向かった。外は雨が降ってきていた。見下ろすと漆黒の闇の中に水の粒が際限なく落ちていく。落ちた雨は川へと流れ込み、海から蒸発して再び雲を作り、落ちてくる。私もあの頃に戻れるだろうか。無邪気な一人の人間から空っぽの人形になり、操り人形になり、操り師がいなくなった。操り師がいない操り人形は空っぽの人形より惨めだ。糸が見苦しく散乱し、自ら立つこともできない。終わったのだ。全ては終わったのだ。
怜奈は身体を小刻みに震わせながら手すりの上に立ち、静かに目を閉じた。
この後、早矢子が間に合ったのか、電話を不審に思った怜奈の親が手を打つのが間に合ったのかはわからない。ひとつだけはっきりとしているのは、これが2011年5月20日に日付が変わって数時間経った頃の出来事だということである。
※あとがきを読む→「未来ニュース」あとがき(6月13日掲載予定)
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【注意!】今回の内容は読む人によっては不快に思うおそれがあります。合わないと感じたら戻ってください。
自分が苦労しているとき、あの人たちは気楽でいいな、と思うときがあるかもしれない。しかしこれは当人たちの労苦を見ていないから言えることだ。楽しそうに見えても、目標に届かない喪失感を紛らわす気晴らしであることもある。期待があれば不安があり、賞賛があれば批判があり、希望があれば叶わぬときの絶望がある。安楽があれば刺激を欲し、注目があれば逃げ場を欲する。生きるというのは表裏を抱えて進むことだ。
数ヶ月経ったある日の夜、怜奈は所属事務所にいた。社長とマネージャーの早矢子を目前にしてる。張りつめた空気。このままでは次々クールのテレビドラマでの出演がゼロという事態になったのである。配役が決まっていない数少ない残りの枠について営業をかけることとなった。社長によれば、どうやらUテレビでは怜奈のことがリストアップされているが、役柄が今までと違うため内部で慎重論があるらしい。そこで最終決定権を持つプロデューサーと話をして不安を脱ぎ去ってもらおう、ということであった。
話し合いの場所は都内の高級ホテル。事務所の車で移動する。隣に座る早矢子は険しい顔をして何も話さない。「役柄が今までと違う」というのなら予備知識を得てアピールのための準備をしたいところだ。しかしそういう話が全く出てこないところ、怜奈は話し合いがどういうものか薄々感じていた。上層階の部屋の前に着くと、早矢子は「不愉快な思いはさせないようにね」とだけ言った。ノックをし、「どうぞ」という声に応じてドアを開けると、窓側に向いたソファにどっしりと座ったプロデューサー・悪沢の後姿が見えた。マネージャーはそそくさと挨拶を済ませて出て行き、怜奈と二人だけになった。
「お久しぶり。『A氏の憂鬱』以来だね。2年くらい経つかな。」
悪沢はゆっくりと振り返った。怜奈はぎこちなく「はい」と答えた。不自然な間があく。悪沢はフッと笑い、手にしていた冊子を振りかざし、口火を切った。
「いま件のドラマの企画書を確認していたんだ。君にもどういうものか説明するよ。」
企画は次のようなものだった。いまは社会が閉塞感で一杯だ。しかも長期にわたっている。不景気の始めは空元気に頑張れというメッセージが受ける。でも暫くすると頑張っても報われない、成功できないという事態に疲れてくる。現に必死に働いても賃金も上がらないし会社の業績も上がらない状態だ。すると「楽しくできればいいじゃない」という成功への努力を放棄する作品が受ける。ほんわかとした日常を描くものだ。しかしこれはアニメの専売特許で、ドラマでは再現しにくい。しかも段々とゆるゆるの日常では刺激が足りなくなってくる。そこで求められるのは、現実を忘れられるような奇天烈で底抜けに明るい作品だ。これはドラマでも十分戦える。すでに不条理コメディで人気のある雌野九官鳥氏が脚本につくことが決まっている。
「そこで、だ。」
悪沢は勢いに乗って話を続ける。怜奈は意外に真面目な話であることに驚くとともに、警戒していた自分に少し反省をした。
「怜奈ちゃん、君はまだ若い世代の女性の興味を引くネームバリューがある。そして今まで清純派で爽やかな青春モノばかり出ていた君が大きく役柄を変えるということはインパクトがある。それに、ちょうど君を熱烈に支持してきた世代も暗い社会に未来を阻まれ喪失感を抱いている頃だ。社会現象をつくることが期待できる。」
怜奈は小さく頷く。
「僕らは再び社会の流れをリードできるものを作りたいんだ。インターネット等の発達で影響力は目に見えて下がっている。時代の先端を提案してテレビの復権を狙っている。Uテレビとしても大きな期待がかかっている。」
ここで悪沢は一息入れた。立ち尽くしたままの怜奈に気がつき、椅子に座るように促した。怜奈は言われるまま鏡台の椅子に腰を下ろした。悪沢は怜奈が落ち着くのを確認すると、声のトーンを落として話を続けた。
「しかし、社内では君以外の人を推す声も強い。繭香(まゆか)は知ってるだろう?」
「はい」と怜奈は答えた。繭香は怜奈よりも下の世代で、屈託なく底抜けに明るいキャラクターが売りのタレントだ。大人しく少し影のある怜奈とは対照的で、今やティーンに大きな支持があり、飛ぶ鳥を落とす勢いがある。それにドラマに出演したことはまだない。
「彼女はいまとても勢いがあるし、ドラマ初主演というのも話題性十分だ。役柄もちょうど合っている。それに事務所の力も強くて、売込みが激しい。新星がこの企画を担うことも十分に考えられる、というわけだ。」
悪沢は怜奈の反応を見るように顔を覗き込んだ。怜奈は塞ぎがちに視線を落とす。悪沢はニッと口角を上げて歩み寄り、後ろから怜奈の肩に手を置いた。
「どちらも甲乙つけがたい。社内の意見はまとまらなかった。そこで僕に最終判断が任されたんだ。明日の午後の会合で決まることになる。僕としてもこうしてホテルに篭って考えているんだが、どうにも決心できない。最後の一押しが必要なんだよ。」
怜奈の小さな肩は震えた。やはりこうなるのか。自然と目を瞑った。売れない後輩たちはこういうことをやらされているのだろう。ほどほどの活躍は気楽で羨ましいなんて間違いだ。これまでの自分の悩みは贅沢であったと身に染みて感じていた。
「最後の一押し。わかるよね?」
耳元で囁く声に対して、怜奈は微かに頷いた。
(ブログ規約遵守のため削除)
「楽しくないかな?」
悪沢の声に怜奈はうつむく。楽しいわけないじゃないかと食って掛かりたいところであるが、そういうわけにはいかない。次の役では今までの自分と180度違うことをやるのだから、このくらいは演じることができないと話が反故になってしまう。
「こういうこともあろうかと思ってね、魔法を用意したんだよ。ちょっと待ってて。」
(ブログ規約遵守のため削除)
朝の陽光のような眩しいスポットライトに照らされて、怜奈はインタビュー番組のスタジオに入っていった。待ちに待ったかのように湧き上がる拍手に歓声に驚くアナウンサー。そう、新しいドラマは大成功となったのだ。時に奇抜な衣装を着て、時に奇声をあげて、ドタバタ走り回る。怜奈の変わり様に世間は度肝を抜かれ、大きな話題となった。特に電車の網棚で横になって眠るシーンは真似する人が現れ、ワイドショーに取り上げられた。脚本がよかったおかげで作品の文学的評価も高く、怜奈は演技の幅が広い実力派として認められるようになった。既存のファンが離れることも心配されたが、歓迎する声が多数であった。
「オフの日に取り組んでいることはありますか。」という質問がされる。怜奈はにこやかに笑って新進の美術や映画を観に行くと答える。その理由は、繊細な感性をもつ人たちの作品に触れ、時代が求めているものは何か考えたいから。「いつも時代をリードしていきたいんです。」と自信をもった発言。自然と湧き上がる会場の拍手。アナウンサーは前回から大きく成長しましたねと驚嘆する。作品との出会いが成長させてくれましたとの返し。続いて、脚本の雌野九官鳥氏からのコメンタリ「彼女はとても勉強熱心で私も大変刺激になっている」と誉め言葉。
テレビを消す気力もなく、怜奈は自宅のソファの上で仰向けに寝そべっていた。久しぶりのオフの日である。栗色の髪は乱れに乱れ、目の焦点は定まらず、天井がぼやけたりはっきりみえたりを繰り返した。インタビューを振り返る。「時代をリードする」とは悪沢がいつも言っていたことだ。空っぽの人形は操り人形になった。大人になったとは嘘をつけるようになったことだ。自分を裏切る罪悪感が高まり、反省と思考の影が近づくと悪沢に連絡をし「魔法」をかけてもらう。
逃避に逃避に逃避を重ねて自分の心身はボロボロになってるのに、周囲は賞賛の嵐で、皆は「成長した」と言葉を投げかける。マネージャーの早矢子はドラマの撮影で「ふっきれたようね。皆こうして成長していくの。あなたは私が扱った中で一番だわ。誇りに思う。」と最上級の賛辞を送った。プロデューサーの悪沢は「僕も楽しいし、君も精神的に成長した。お互い仕事では大成功だ。いいことばかりだな。」と会う度に得意そうに話す。
しかし本当に成長なのだろうか。彼らの話を思い出すたび涙が溢れそうになる。詳しいことは知らなくても「魔法」が身体に悪いものであることは素人的にも意味を認識している。このままの生活が長続きするとは到底思えない。この日は悪沢に会えないから、内省的な性格が戻ってきてしまった。反動で激しい後悔がこみ上げてくる。ソファの上で怜奈はのた打ち回った。
その拍子にソファから落ちた怜奈だったが、一緒にテレビのリモコンにさわったらしく番組が切り替わった。そこには、吉川由梨が相変わらず文化人相手にトークをしている姿が映った。以前辛くて階段で泣いているときに優しい声をかけてくれた人。今でも安定した活躍をして、公私充実している人。この人なら私の問題を解決してくれるかもしれない。相談するのは今しかない。とにかく洗いざらい話してしまいたい。そう思って、携帯電話をまさぐり通話のボタンを押した。
「はいっ、怜奈ちゃん、お久しぶりね。」
電話の向こう側の声は相変わらず暖かいもので、怜奈はそれだけで心のつかえが取れるような気がした。涙が溢れ、言葉にならなくなった。「はい」という受け答えさえも十分にできない。
「どうしたの、怜奈ちゃん。大丈夫?辛いの?」
心配そうに由梨の声が響く。怜奈は肯定の意思を伝えるだけで精一杯だった。結局話にならないので、由梨のスケジュールが空く月末に由梨の自宅で会う約束となった。
「それまで我慢していられる?めげちゃだめよ。」
怜奈は何度も何度も頷いた。これでもう少しやっていける希望が出てきた。電話をしてよかったと心から思う。由梨に一方的に依存しているのは申し訳ないが、今はそうでもしないと壊れてしまいそうなのだ。いつか落ち着くことができたら、最大限のお礼をしよう。そう心に誓うのだった。
しかし、約束の日の前々日、とんでもないニュースが飛び込んできた。
「女優・タレントの吉川由梨さん、自宅で遺体で発見。自殺か。」
※次の回を読む→未来ニュース(4)(6月11日掲載予定)
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【注意!】今回の内容は読む人によっては不快に思うおそれがあります。合わないと感じたら戻ってください。
自分が苦労しているとき、あの人たちは気楽でいいな、と思うときがあるかもしれない。しかしこれは当人たちの労苦を見ていないから言えることだ。楽しそうに見えても、目標に届かない喪失感を紛らわす気晴らしであることもある。期待があれば不安があり、賞賛があれば批判があり、希望があれば叶わぬときの絶望がある。安楽があれば刺激を欲し、注目があれば逃げ場を欲する。生きるというのは表裏を抱えて進むことだ。
数ヶ月経ったある日の夜、怜奈は所属事務所にいた。社長とマネージャーの早矢子を目前にしてる。張りつめた空気。このままでは次々クールのテレビドラマでの出演がゼロという事態になったのである。配役が決まっていない数少ない残りの枠について営業をかけることとなった。社長によれば、どうやらUテレビでは怜奈のことがリストアップされているが、役柄が今までと違うため内部で慎重論があるらしい。そこで最終決定権を持つプロデューサーと話をして不安を脱ぎ去ってもらおう、ということであった。
話し合いの場所は都内の高級ホテル。事務所の車で移動する。隣に座る早矢子は険しい顔をして何も話さない。「役柄が今までと違う」というのなら予備知識を得てアピールのための準備をしたいところだ。しかしそういう話が全く出てこないところ、怜奈は話し合いがどういうものか薄々感じていた。上層階の部屋の前に着くと、早矢子は「不愉快な思いはさせないようにね」とだけ言った。ノックをし、「どうぞ」という声に応じてドアを開けると、窓側に向いたソファにどっしりと座ったプロデューサー・悪沢の後姿が見えた。マネージャーはそそくさと挨拶を済ませて出て行き、怜奈と二人だけになった。
「お久しぶり。『A氏の憂鬱』以来だね。2年くらい経つかな。」
悪沢はゆっくりと振り返った。怜奈はぎこちなく「はい」と答えた。不自然な間があく。悪沢はフッと笑い、手にしていた冊子を振りかざし、口火を切った。
「いま件のドラマの企画書を確認していたんだ。君にもどういうものか説明するよ。」
企画は次のようなものだった。いまは社会が閉塞感で一杯だ。しかも長期にわたっている。不景気の始めは空元気に頑張れというメッセージが受ける。でも暫くすると頑張っても報われない、成功できないという事態に疲れてくる。現に必死に働いても賃金も上がらないし会社の業績も上がらない状態だ。すると「楽しくできればいいじゃない」という成功への努力を放棄する作品が受ける。ほんわかとした日常を描くものだ。しかしこれはアニメの専売特許で、ドラマでは再現しにくい。しかも段々とゆるゆるの日常では刺激が足りなくなってくる。そこで求められるのは、現実を忘れられるような奇天烈で底抜けに明るい作品だ。これはドラマでも十分戦える。すでに不条理コメディで人気のある雌野九官鳥氏が脚本につくことが決まっている。
「そこで、だ。」
悪沢は勢いに乗って話を続ける。怜奈は意外に真面目な話であることに驚くとともに、警戒していた自分に少し反省をした。
「怜奈ちゃん、君はまだ若い世代の女性の興味を引くネームバリューがある。そして今まで清純派で爽やかな青春モノばかり出ていた君が大きく役柄を変えるということはインパクトがある。それに、ちょうど君を熱烈に支持してきた世代も暗い社会に未来を阻まれ喪失感を抱いている頃だ。社会現象をつくることが期待できる。」
怜奈は小さく頷く。
「僕らは再び社会の流れをリードできるものを作りたいんだ。インターネット等の発達で影響力は目に見えて下がっている。時代の先端を提案してテレビの復権を狙っている。Uテレビとしても大きな期待がかかっている。」
ここで悪沢は一息入れた。立ち尽くしたままの怜奈に気がつき、椅子に座るように促した。怜奈は言われるまま鏡台の椅子に腰を下ろした。悪沢は怜奈が落ち着くのを確認すると、声のトーンを落として話を続けた。
「しかし、社内では君以外の人を推す声も強い。繭香(まゆか)は知ってるだろう?」
「はい」と怜奈は答えた。繭香は怜奈よりも下の世代で、屈託なく底抜けに明るいキャラクターが売りのタレントだ。大人しく少し影のある怜奈とは対照的で、今やティーンに大きな支持があり、飛ぶ鳥を落とす勢いがある。それにドラマに出演したことはまだない。
「彼女はいまとても勢いがあるし、ドラマ初主演というのも話題性十分だ。役柄もちょうど合っている。それに事務所の力も強くて、売込みが激しい。新星がこの企画を担うことも十分に考えられる、というわけだ。」
悪沢は怜奈の反応を見るように顔を覗き込んだ。怜奈は塞ぎがちに視線を落とす。悪沢はニッと口角を上げて歩み寄り、後ろから怜奈の肩に手を置いた。
「どちらも甲乙つけがたい。社内の意見はまとまらなかった。そこで僕に最終判断が任されたんだ。明日の午後の会合で決まることになる。僕としてもこうしてホテルに篭って考えているんだが、どうにも決心できない。最後の一押しが必要なんだよ。」
怜奈の小さな肩は震えた。やはりこうなるのか。自然と目を瞑った。売れない後輩たちはこういうことをやらされているのだろう。ほどほどの活躍は気楽で羨ましいなんて間違いだ。これまでの自分の悩みは贅沢であったと身に染みて感じていた。
「最後の一押し。わかるよね?」
耳元で囁く声に対して、怜奈は微かに頷いた。
(ブログ規約遵守のため削除)
「楽しくないかな?」
悪沢の声に怜奈はうつむく。楽しいわけないじゃないかと食って掛かりたいところであるが、そういうわけにはいかない。次の役では今までの自分と180度違うことをやるのだから、このくらいは演じることができないと話が反故になってしまう。
「こういうこともあろうかと思ってね、魔法を用意したんだよ。ちょっと待ってて。」
(ブログ規約遵守のため削除)
朝の陽光のような眩しいスポットライトに照らされて、怜奈はインタビュー番組のスタジオに入っていった。待ちに待ったかのように湧き上がる拍手に歓声に驚くアナウンサー。そう、新しいドラマは大成功となったのだ。時に奇抜な衣装を着て、時に奇声をあげて、ドタバタ走り回る。怜奈の変わり様に世間は度肝を抜かれ、大きな話題となった。特に電車の網棚で横になって眠るシーンは真似する人が現れ、ワイドショーに取り上げられた。脚本がよかったおかげで作品の文学的評価も高く、怜奈は演技の幅が広い実力派として認められるようになった。既存のファンが離れることも心配されたが、歓迎する声が多数であった。
「オフの日に取り組んでいることはありますか。」という質問がされる。怜奈はにこやかに笑って新進の美術や映画を観に行くと答える。その理由は、繊細な感性をもつ人たちの作品に触れ、時代が求めているものは何か考えたいから。「いつも時代をリードしていきたいんです。」と自信をもった発言。自然と湧き上がる会場の拍手。アナウンサーは前回から大きく成長しましたねと驚嘆する。作品との出会いが成長させてくれましたとの返し。続いて、脚本の雌野九官鳥氏からのコメンタリ「彼女はとても勉強熱心で私も大変刺激になっている」と誉め言葉。
テレビを消す気力もなく、怜奈は自宅のソファの上で仰向けに寝そべっていた。久しぶりのオフの日である。栗色の髪は乱れに乱れ、目の焦点は定まらず、天井がぼやけたりはっきりみえたりを繰り返した。インタビューを振り返る。「時代をリードする」とは悪沢がいつも言っていたことだ。空っぽの人形は操り人形になった。大人になったとは嘘をつけるようになったことだ。自分を裏切る罪悪感が高まり、反省と思考の影が近づくと悪沢に連絡をし「魔法」をかけてもらう。
逃避に逃避に逃避を重ねて自分の心身はボロボロになってるのに、周囲は賞賛の嵐で、皆は「成長した」と言葉を投げかける。マネージャーの早矢子はドラマの撮影で「ふっきれたようね。皆こうして成長していくの。あなたは私が扱った中で一番だわ。誇りに思う。」と最上級の賛辞を送った。プロデューサーの悪沢は「僕も楽しいし、君も精神的に成長した。お互い仕事では大成功だ。いいことばかりだな。」と会う度に得意そうに話す。
しかし本当に成長なのだろうか。彼らの話を思い出すたび涙が溢れそうになる。詳しいことは知らなくても「魔法」が身体に悪いものであることは素人的にも意味を認識している。このままの生活が長続きするとは到底思えない。この日は悪沢に会えないから、内省的な性格が戻ってきてしまった。反動で激しい後悔がこみ上げてくる。ソファの上で怜奈はのた打ち回った。
その拍子にソファから落ちた怜奈だったが、一緒にテレビのリモコンにさわったらしく番組が切り替わった。そこには、吉川由梨が相変わらず文化人相手にトークをしている姿が映った。以前辛くて階段で泣いているときに優しい声をかけてくれた人。今でも安定した活躍をして、公私充実している人。この人なら私の問題を解決してくれるかもしれない。相談するのは今しかない。とにかく洗いざらい話してしまいたい。そう思って、携帯電話をまさぐり通話のボタンを押した。
「はいっ、怜奈ちゃん、お久しぶりね。」
電話の向こう側の声は相変わらず暖かいもので、怜奈はそれだけで心のつかえが取れるような気がした。涙が溢れ、言葉にならなくなった。「はい」という受け答えさえも十分にできない。
「どうしたの、怜奈ちゃん。大丈夫?辛いの?」
心配そうに由梨の声が響く。怜奈は肯定の意思を伝えるだけで精一杯だった。結局話にならないので、由梨のスケジュールが空く月末に由梨の自宅で会う約束となった。
「それまで我慢していられる?めげちゃだめよ。」
怜奈は何度も何度も頷いた。これでもう少しやっていける希望が出てきた。電話をしてよかったと心から思う。由梨に一方的に依存しているのは申し訳ないが、今はそうでもしないと壊れてしまいそうなのだ。いつか落ち着くことができたら、最大限のお礼をしよう。そう心に誓うのだった。
しかし、約束の日の前々日、とんでもないニュースが飛び込んできた。
「女優・タレントの吉川由梨さん、自宅で遺体で発見。自殺か。」
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過冷却という現象がある。本当は水が凍ってもいい温度なのに液体のままの状態にある。それが何かの拍子に刺激が入ると、あれよあれよという間に凍っていく。人生においても、とっくに周囲の環境は変わっているのに微妙なバランスで現状維持がされていることがある。そこでいったんヒビが入れば崩れていくのはあっという間だ。そして、そのきっかけとなる刺激は何でもいいのである。
オフの日が明け、再び仕事の毎日となった。怜奈はまだ不思議な郵便物のことを考えていた。単なる嫌がらせならたくさんある。有名であるということは、他人の生活の一部に入り込むということである。好む人であれば歓迎され、ご飯を食べたといった普通では何でもない情報も気がかりとなり経済的価値を生み出す。その一方で、好まない人であれば嫌なことを何度も何度も目にすることになってストレスがたまる。事務所に対して批判の手紙が来ることはしょっちゅうで、割られたDVDなんてのも来る。しかし今まで自宅まで来ることはなかったし、最初がここまで手の込んだものであるとは覚悟ができていなかった。家を出るときも、監視されているのではないかと高まる緊張に苛まれた。
今回このような出来事があって怜奈が気がついたのは、相談する相手が誰もいないということであった。タレント友達は怜奈が幼少の頃から活躍していたため少し敬遠されるところがあり、気軽に打ち解けられる間柄ではなかった。マネージャーの早矢子は上からの指図ばかりで怜奈が悩みを打ち明けることができない。実家の両親には心配をかけたくない。「何でもできて自慢の娘」というのが自分の役割なのだ。こうして誰にも話せずモヤモヤを抱えたまま過ごすはめになってしまった。
「はい、カット!どうしたの、怜奈ちゃん。最近集中できてないよ!」
監督の叱咤が飛ぶ。民放の連続ドラマの撮影だ。終盤に入るのだが、視聴率も伸びず、現場の雰囲気はあまりよくない。毎回、二・三パーセントの統計上の誤差の範囲での数字の上下に一喜一憂する。主演である怜奈も、番組の成功不成功の責任の一端を担う存在である。不成功が続けばスポーツ紙で「低視聴率女王」なんて不名誉な名前が付けられるし、次の出演話が遠のいていく。代わりになる新人は絶え間なく供給されており、一度テレビへの露出が減ると雪崩をうったように仕事がなくなっていくものである。
「まったく。若い可愛いきれいだけじゃいつまでも続かないよ。」
聞こえよがしに監督が不満を言う。こんなことは未だかつてされたことはなかった。怜奈は最近自分が「特別の中の特別」でなくなってきたことをひしひしと感じていた。「すみません、すみません、がんばります。」と言うのが精一杯であった。
「また現場の雰囲気を悪くして!主演の自覚がないわ!」
撮影終了後の楽屋にて、マネージャーの早矢子は追い討ちをかけた。早矢子は過去数々のトップアイドルを育ててきた実績がある。色恋や遊びに走りたがる思春期の女性の生活を厳しく律し、プロ意識を高めることに定評があった。怜奈も小さい頃からマネージメントを受けてきたが、仕事が上手くいっている分には小言も言われにくいし、無軌道に遊びたがる性格でもなかったので比較的指導は厳しくなかった。早矢子から強く叱られないことが怜奈にとっても誇りだった。しかし今、ここでも自分の特別扱いが消えていくのを感じるのだった。
最近ボーっとして危機感が足りないようね、と早矢子は怜奈に数枚のプリントを手渡した。以前インターネットのポータルサイトに掲載されたイベントに関する芸能記事であった。下の読者からのコメントを見なさい、と早矢子は言う。「どうでもいい」「なんでこんなのがトップに来るんだ?」「怜奈はかわいいけど、そろそろ飽きてきた」「かわいいだけで演技の幅がないよな」そんな言葉が並ぶ。
「わかった?あなたはこれからやっていけるか正念場にいるの。今頑張れなくちゃ終わりよ。このコメントはまだいいほう。掲示板ではもっとひどいこと言われてるんだから。それにね…」
怜奈は早矢子の言葉が終わらないうちに立ち上がり、楽屋のドアを開けて駆け出した。インターネットのニュースにコメント欄の組み合わせは、自分の死亡を伝える件の郵便物を思い起こさせる。何でこんな凶器が存在しているのだろう。辛い辛い辛い、逃げ出したい!何も考えたくない!薄暗い非常階段まで辿り着くと、感情が爆発してその場で座り込み泣き出した。成功の指南書は自慢話から眉唾物まで山ほど溢れているが、よい転落の仕方を教えてくれるものはそうそうない。この国では転落後復活する人自体が少なく、滑り台のような転落の恐怖を糧に皆頑張ってるからであろう。
ふと近くに人影を感じ、怜奈は顔を上げた。溢れる涙と嗚咽で気がつかなかったが、非常階段の上から人が降りてきていたのだ。明かりの少ない場所であったが、艶やかな黒髪に気品のある顔立ち、颯爽とした物腰ははっきりとわかる。怜奈が憧れる女優の吉川由梨であった。
「怜奈ちゃん、大丈夫?声かけづらかったんだけど、心配になって。そっとしておいたほうがよかったかな?」
思わぬ事態に戸惑ったが、厳しい言葉を投げられていたところに憧れの人から優しくされ、さらに感情が高まってきた。声をあげて泣きたいところをやっとのことで我慢して、怜奈は首を横に振った。
「よかった。怜奈ちゃんがそんなに辛そうにしてることって見たことないから、すごく心配になったの。」
「すみません、心配かけちゃって…。」
「いいのよ。誰にも辛いことはあるし。私だってさっき屋上で泣いてきたんだから。」
「本当ですか?信じられない…。」
「本当よ。いい仕事をすればするほど辛いことも悩みも出てくるんだから。でもそんなときは我慢しないで泣いちゃうのが一番よ。」
由梨は微笑み、怜奈の頬に手を差しのべた。怜奈は静かにその手を受け入れ、優しく撫でられた。涙で濡れた頬は次第にきれいに潤っていった。
「何だか元気になってきました。ありがとうございます。」
「いいのよ。辛いことも乗り越えて、お互いがんばりましょうね。」
由梨は去り際に振り返り、以前共演したとき交換した連絡先はいつでも使っていいから、気軽に相談してねと微笑んだ。怜奈は感謝の言葉を送り、しばらくその場で思いを巡らせた。自分よりも上の存在である由梨でも泣きたくなるような悩みを抱えていること、その由梨が自分に手を差しのべてくれることには強く勇気づけらる。また、いい仕事をしているからこその悩みというのも救いになった。自分の苦しみはこれまでトップで活躍していたからこそのもので、特別なんだという思いがした。「特別」ということに心の拠り所があるのかな、と怜奈は想到した。
この出来事で怜奈は心の重荷が幾分取り払われ、無事ドラマの撮影を最後までこなすことができた。相談相手になるという申し出それ自体が心の支えとなり、相談事を消してしまったようだ。まだ由梨に頼らなくても自分で何とかやっていける、そんな気持ちになり、由梨に電話をすることはなかった。しかし人気の維持という問題は事が大きく、ひとりで立ち向かうには荷が重く、逃げ出したい気持ちにも何度か駆られた。ほどほどの活躍でほどほどに楽しく生きる、そんな後輩タレントたちの姿が羨ましくもあった。
※次の回を読む→未来ニュース(3)(6月8日掲載予定)
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過冷却という現象がある。本当は水が凍ってもいい温度なのに液体のままの状態にある。それが何かの拍子に刺激が入ると、あれよあれよという間に凍っていく。人生においても、とっくに周囲の環境は変わっているのに微妙なバランスで現状維持がされていることがある。そこでいったんヒビが入れば崩れていくのはあっという間だ。そして、そのきっかけとなる刺激は何でもいいのである。
オフの日が明け、再び仕事の毎日となった。怜奈はまだ不思議な郵便物のことを考えていた。単なる嫌がらせならたくさんある。有名であるということは、他人の生活の一部に入り込むということである。好む人であれば歓迎され、ご飯を食べたといった普通では何でもない情報も気がかりとなり経済的価値を生み出す。その一方で、好まない人であれば嫌なことを何度も何度も目にすることになってストレスがたまる。事務所に対して批判の手紙が来ることはしょっちゅうで、割られたDVDなんてのも来る。しかし今まで自宅まで来ることはなかったし、最初がここまで手の込んだものであるとは覚悟ができていなかった。家を出るときも、監視されているのではないかと高まる緊張に苛まれた。
今回このような出来事があって怜奈が気がついたのは、相談する相手が誰もいないということであった。タレント友達は怜奈が幼少の頃から活躍していたため少し敬遠されるところがあり、気軽に打ち解けられる間柄ではなかった。マネージャーの早矢子は上からの指図ばかりで怜奈が悩みを打ち明けることができない。実家の両親には心配をかけたくない。「何でもできて自慢の娘」というのが自分の役割なのだ。こうして誰にも話せずモヤモヤを抱えたまま過ごすはめになってしまった。
「はい、カット!どうしたの、怜奈ちゃん。最近集中できてないよ!」
監督の叱咤が飛ぶ。民放の連続ドラマの撮影だ。終盤に入るのだが、視聴率も伸びず、現場の雰囲気はあまりよくない。毎回、二・三パーセントの統計上の誤差の範囲での数字の上下に一喜一憂する。主演である怜奈も、番組の成功不成功の責任の一端を担う存在である。不成功が続けばスポーツ紙で「低視聴率女王」なんて不名誉な名前が付けられるし、次の出演話が遠のいていく。代わりになる新人は絶え間なく供給されており、一度テレビへの露出が減ると雪崩をうったように仕事がなくなっていくものである。
「まったく。若い可愛いきれいだけじゃいつまでも続かないよ。」
聞こえよがしに監督が不満を言う。こんなことは未だかつてされたことはなかった。怜奈は最近自分が「特別の中の特別」でなくなってきたことをひしひしと感じていた。「すみません、すみません、がんばります。」と言うのが精一杯であった。
「また現場の雰囲気を悪くして!主演の自覚がないわ!」
撮影終了後の楽屋にて、マネージャーの早矢子は追い討ちをかけた。早矢子は過去数々のトップアイドルを育ててきた実績がある。色恋や遊びに走りたがる思春期の女性の生活を厳しく律し、プロ意識を高めることに定評があった。怜奈も小さい頃からマネージメントを受けてきたが、仕事が上手くいっている分には小言も言われにくいし、無軌道に遊びたがる性格でもなかったので比較的指導は厳しくなかった。早矢子から強く叱られないことが怜奈にとっても誇りだった。しかし今、ここでも自分の特別扱いが消えていくのを感じるのだった。
最近ボーっとして危機感が足りないようね、と早矢子は怜奈に数枚のプリントを手渡した。以前インターネットのポータルサイトに掲載されたイベントに関する芸能記事であった。下の読者からのコメントを見なさい、と早矢子は言う。「どうでもいい」「なんでこんなのがトップに来るんだ?」「怜奈はかわいいけど、そろそろ飽きてきた」「かわいいだけで演技の幅がないよな」そんな言葉が並ぶ。
「わかった?あなたはこれからやっていけるか正念場にいるの。今頑張れなくちゃ終わりよ。このコメントはまだいいほう。掲示板ではもっとひどいこと言われてるんだから。それにね…」
怜奈は早矢子の言葉が終わらないうちに立ち上がり、楽屋のドアを開けて駆け出した。インターネットのニュースにコメント欄の組み合わせは、自分の死亡を伝える件の郵便物を思い起こさせる。何でこんな凶器が存在しているのだろう。辛い辛い辛い、逃げ出したい!何も考えたくない!薄暗い非常階段まで辿り着くと、感情が爆発してその場で座り込み泣き出した。成功の指南書は自慢話から眉唾物まで山ほど溢れているが、よい転落の仕方を教えてくれるものはそうそうない。この国では転落後復活する人自体が少なく、滑り台のような転落の恐怖を糧に皆頑張ってるからであろう。
ふと近くに人影を感じ、怜奈は顔を上げた。溢れる涙と嗚咽で気がつかなかったが、非常階段の上から人が降りてきていたのだ。明かりの少ない場所であったが、艶やかな黒髪に気品のある顔立ち、颯爽とした物腰ははっきりとわかる。怜奈が憧れる女優の吉川由梨であった。
「怜奈ちゃん、大丈夫?声かけづらかったんだけど、心配になって。そっとしておいたほうがよかったかな?」
思わぬ事態に戸惑ったが、厳しい言葉を投げられていたところに憧れの人から優しくされ、さらに感情が高まってきた。声をあげて泣きたいところをやっとのことで我慢して、怜奈は首を横に振った。
「よかった。怜奈ちゃんがそんなに辛そうにしてることって見たことないから、すごく心配になったの。」
「すみません、心配かけちゃって…。」
「いいのよ。誰にも辛いことはあるし。私だってさっき屋上で泣いてきたんだから。」
「本当ですか?信じられない…。」
「本当よ。いい仕事をすればするほど辛いことも悩みも出てくるんだから。でもそんなときは我慢しないで泣いちゃうのが一番よ。」
由梨は微笑み、怜奈の頬に手を差しのべた。怜奈は静かにその手を受け入れ、優しく撫でられた。涙で濡れた頬は次第にきれいに潤っていった。
「何だか元気になってきました。ありがとうございます。」
「いいのよ。辛いことも乗り越えて、お互いがんばりましょうね。」
由梨は去り際に振り返り、以前共演したとき交換した連絡先はいつでも使っていいから、気軽に相談してねと微笑んだ。怜奈は感謝の言葉を送り、しばらくその場で思いを巡らせた。自分よりも上の存在である由梨でも泣きたくなるような悩みを抱えていること、その由梨が自分に手を差しのべてくれることには強く勇気づけらる。また、いい仕事をしているからこその悩みというのも救いになった。自分の苦しみはこれまでトップで活躍していたからこそのもので、特別なんだという思いがした。「特別」ということに心の拠り所があるのかな、と怜奈は想到した。
この出来事で怜奈は心の重荷が幾分取り払われ、無事ドラマの撮影を最後までこなすことができた。相談相手になるという申し出それ自体が心の支えとなり、相談事を消してしまったようだ。まだ由梨に頼らなくても自分で何とかやっていける、そんな気持ちになり、由梨に電話をすることはなかった。しかし人気の維持という問題は事が大きく、ひとりで立ち向かうには荷が重く、逃げ出したい気持ちにも何度か駆られた。ほどほどの活躍でほどほどに楽しく生きる、そんな後輩タレントたちの姿が羨ましくもあった。
※次の回を読む→未来ニュース(3)(6月8日掲載予定)
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【注意】登場人物の名前等すべてフィクションです。名前被り等で不快な思いをされた方は申し訳ありません。
すべてが順調だった。世界は私を祝福していると思っていた。物心ついたとき、すでに眩しいスポットライトを浴びていた。どこへ行っても特別扱いされ、ちょっとしたわがままも通った。教育番組の人気子役として、その後はティーンファッションのモデルへ。ドラマや映画にも多数出演。この先も何も困難はない、そう思っていた。
とある高層マンションの上層階、地上で繰り広げられている慌しい平日の光景とは無縁なように、ゆったりとした時間が流れている。茶色の艶々した長髪は寝乱れ、オレンジのパステル調のパジャマを着たまま、怜奈(れな)はリビングのソファに寝そべっていた。「はあっ」とため息をつき、大画面テレビの電源を切る。見ていたのは自分が出演したインタビュー番組。「オフの日に取り組んでいることはありますか。」という質問に、「小さい頃からお仕事ばかりだったので、特に打ち込むものがありません。」と少し困った笑顔で答える自分。「大変ですものね。」と話を合わせるアナウンサー。ここで嫌になってやめてしまった。つくづく、自分が空っぽな人間なんだと痛感する。
今日は二ヶ月ぶりのオフの日だった。タレント仲間から遊びのお誘いが来たが、ちょっと体調が優れないといって断った。久しぶりの自分だけの時間、前日まで楽しみにしてあれこれやりたいことを考えていたからだ。しかしいざ休みとなると、何もする気がおきない。暇潰しに写メとってブログでも更新しようか、そう思って携帯電話に手を伸ばしたところ、多数の受信メールの表示があった。誘いを断る理由に「体調が優れない」と言ったのが災いして、これをきいた事務所の後輩などから心配やご機嫌伺いのメールが来ていたのだ。
「はあっ」とこの日二度目のため息をつき、怜奈は携帯電話の電源を切った。そして、再びテレビの電源を入れる。今日はひねもすテレビをダラダラ見て終わりになりそうだ。表示されたのは教育系のバラエティ番組、先輩の女優である吉川由梨が出演していた。大学教授のような文化人と対等にトークをこなす。デビューは遅いものの、多芸多才で頭もよく色々な番組や企画に対応することができる。女や性以外の部分で評価がされ、一目置かれる、怜奈が思い描く将来の理想の姿であった。敏腕の中年女性のマネージャーも、「若さと勢いだけで売れるのには限界があるから、今のうちに他のこともできるようにしていなさい。」とことあるごとに言う。自分もああなれるだろうか、とても自信が得られない、と怜奈は気分が暗くなった。
いや、こんなことではいけない、とりあえず何かしなくちゃ。まずはこの格好、寝起きのままのこんな格好だから考えもだらしなくなってしまうんだ。何か小さな用事を作ろう、そうだ、下の郵便受けから手紙をとってくるのがいい。田舎のお母さんから手紙が来てるかもしれないし―こんなことを思って怜奈は重い腰を上げると、そそくさと用意にとりかかった。いざ決心すると手早い。これまで多くの仕事をこなすことができた所以であろう。
淡い桃色のワンピースに身を包んだ怜奈は、部屋を出てエレベーターで下り、ポストへと向かった。平日の昼間であるためか、人とすれ違うことはなかった。ポストには実家からの手紙はなかったが、不動産屋からのチラシが数枚、デパート等利用しているお店からのダイレクトメールが三通。それに加えて、差出人の名前のない白い封筒がひとつ。宛名と住所は綺麗な文字で書かれている。部屋に戻り、何だろう?と怜奈は特に警戒することもなく中を開いた。すると、インターネットのウェブページを印刷した用紙が数枚出てきた。大手ポータルサイトのニュース記事のようだ。その内容を一目見た怜奈は、気味の悪さに顔が引きつることとなった。
自分の死を知らせる第一報の短いニュース記事。その日付は今から一年くらい先になっている。青ざめた顔で紙を手繰ると、記事に寄せられた読者からのコメントが大量に印刷されていた。「びっくりした…子供のころからファンだったのに。」「好きだったよなんでうわああん」「ブログでは元気そうだったのに」「ご冥福をお祈りしています。」そんな追悼コメントの数々。その中で「そう思う」のポイントが高いコメントがひとつ、「あの薬物疑惑は本当だったのか?」というものがあった。
「何なの…これ?」
怜奈の手から用紙がはらはらと落ちていった。イジメでよくきく机に花を置くという感じなのだろうか。自分が死ぬなんて縁起でもない。自分の命があと一年くらいと脅しているのか。それに、薬物疑惑というのも自分と無関係なことであるし、薬物というのを見たこともない。それにしても、ページのレイアウトから何から何まで本物のニュースページそっくりである。これを作る労力を割いた人がいると思うだけでもゾッとする。
結局この日は、不思議な封筒の中身について思いを巡らすまま終わってしまった。
※次の回を読む→未来ニュース(2)(6月5日掲載予定)
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すべてが順調だった。世界は私を祝福していると思っていた。物心ついたとき、すでに眩しいスポットライトを浴びていた。どこへ行っても特別扱いされ、ちょっとしたわがままも通った。教育番組の人気子役として、その後はティーンファッションのモデルへ。ドラマや映画にも多数出演。この先も何も困難はない、そう思っていた。
とある高層マンションの上層階、地上で繰り広げられている慌しい平日の光景とは無縁なように、ゆったりとした時間が流れている。茶色の艶々した長髪は寝乱れ、オレンジのパステル調のパジャマを着たまま、怜奈(れな)はリビングのソファに寝そべっていた。「はあっ」とため息をつき、大画面テレビの電源を切る。見ていたのは自分が出演したインタビュー番組。「オフの日に取り組んでいることはありますか。」という質問に、「小さい頃からお仕事ばかりだったので、特に打ち込むものがありません。」と少し困った笑顔で答える自分。「大変ですものね。」と話を合わせるアナウンサー。ここで嫌になってやめてしまった。つくづく、自分が空っぽな人間なんだと痛感する。
今日は二ヶ月ぶりのオフの日だった。タレント仲間から遊びのお誘いが来たが、ちょっと体調が優れないといって断った。久しぶりの自分だけの時間、前日まで楽しみにしてあれこれやりたいことを考えていたからだ。しかしいざ休みとなると、何もする気がおきない。暇潰しに写メとってブログでも更新しようか、そう思って携帯電話に手を伸ばしたところ、多数の受信メールの表示があった。誘いを断る理由に「体調が優れない」と言ったのが災いして、これをきいた事務所の後輩などから心配やご機嫌伺いのメールが来ていたのだ。
「はあっ」とこの日二度目のため息をつき、怜奈は携帯電話の電源を切った。そして、再びテレビの電源を入れる。今日はひねもすテレビをダラダラ見て終わりになりそうだ。表示されたのは教育系のバラエティ番組、先輩の女優である吉川由梨が出演していた。大学教授のような文化人と対等にトークをこなす。デビューは遅いものの、多芸多才で頭もよく色々な番組や企画に対応することができる。女や性以外の部分で評価がされ、一目置かれる、怜奈が思い描く将来の理想の姿であった。敏腕の中年女性のマネージャーも、「若さと勢いだけで売れるのには限界があるから、今のうちに他のこともできるようにしていなさい。」とことあるごとに言う。自分もああなれるだろうか、とても自信が得られない、と怜奈は気分が暗くなった。
いや、こんなことではいけない、とりあえず何かしなくちゃ。まずはこの格好、寝起きのままのこんな格好だから考えもだらしなくなってしまうんだ。何か小さな用事を作ろう、そうだ、下の郵便受けから手紙をとってくるのがいい。田舎のお母さんから手紙が来てるかもしれないし―こんなことを思って怜奈は重い腰を上げると、そそくさと用意にとりかかった。いざ決心すると手早い。これまで多くの仕事をこなすことができた所以であろう。
淡い桃色のワンピースに身を包んだ怜奈は、部屋を出てエレベーターで下り、ポストへと向かった。平日の昼間であるためか、人とすれ違うことはなかった。ポストには実家からの手紙はなかったが、不動産屋からのチラシが数枚、デパート等利用しているお店からのダイレクトメールが三通。それに加えて、差出人の名前のない白い封筒がひとつ。宛名と住所は綺麗な文字で書かれている。部屋に戻り、何だろう?と怜奈は特に警戒することもなく中を開いた。すると、インターネットのウェブページを印刷した用紙が数枚出てきた。大手ポータルサイトのニュース記事のようだ。その内容を一目見た怜奈は、気味の悪さに顔が引きつることとなった。
人気タレントの怜奈さん(24)死亡=自殺か、自宅マンション前の路上で発見-東京
20日午前5時30分ごろ、東京都文京区本郷の高層マンション前の路上で、「若い女性が倒れている」と110番があった。警視庁本富士署によると、女性はタレントとして活躍している怜奈さん(24)で、病院に搬送されたが、死亡が確認された。
同署は現場や怜奈さんの部屋の状況などから飛び降り自殺とみて調べている。(2011/05/20-7:06)
自分の死を知らせる第一報の短いニュース記事。その日付は今から一年くらい先になっている。青ざめた顔で紙を手繰ると、記事に寄せられた読者からのコメントが大量に印刷されていた。「びっくりした…子供のころからファンだったのに。」「好きだったよなんでうわああん」「ブログでは元気そうだったのに」「ご冥福をお祈りしています。」そんな追悼コメントの数々。その中で「そう思う」のポイントが高いコメントがひとつ、「あの薬物疑惑は本当だったのか?」というものがあった。
「何なの…これ?」
怜奈の手から用紙がはらはらと落ちていった。イジメでよくきく机に花を置くという感じなのだろうか。自分が死ぬなんて縁起でもない。自分の命があと一年くらいと脅しているのか。それに、薬物疑惑というのも自分と無関係なことであるし、薬物というのを見たこともない。それにしても、ページのレイアウトから何から何まで本物のニュースページそっくりである。これを作る労力を割いた人がいると思うだけでもゾッとする。
結局この日は、不思議な封筒の中身について思いを巡らすまま終わってしまった。
※次の回を読む→未来ニュース(2)(6月5日掲載予定)
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※怪談が苦手な方は少し気分が悪くなるかもしれないのでご注意ください。
12 名前:ネット掲示板のだれか 投稿日:2010/02/29(月) 13:15:28
俺、上京して中央線沿線で一人暮らし始めたんだ。
中央線で大学通うんだけど、いつも先頭車両の一番前に乗った。
別に出口に近いからとかじゃなくて、中央線名物「人身事故」を間近で見てみたいと思ってたのよ。
不謹慎というか、若気の至りというか、思慮の浅いことで、今は本当に反省してる。
で、1ヶ月くらい経ったとき本当に遭遇した。人身事故。中年のおっさんだった。
詳しく書くと気分悪くなるから省略するけど、想像してたよりひどかった。
隣で立ってた女子高生とかしゃがんで泣き出してた。
俺も最初うわって思ってたんだけど、電車が動き出すまで待ってる間に冷静になってきた。
そんで好奇心も出てきて携帯のカメラで外を撮ってしまった。
ちょっと遠目で確認しづらかったんだけど、頭っぽいのが写ってた。
輪にかけて不謹慎だよね。何度も言うけど本当に反省してる。
20 名前:ネット掲示板のだれか 投稿日:2010/02/29(月) 13:26:36
別にその日は何事もなく、大学で友人に事故見たすげーみたいな話をして、帰って寝た。
その後1週間くらい普通の生活してたんだけど、ある朝携帯開いて変なことに気がついた。
あのとき撮った写真が待受になってんの。自分で設定した憶えないのに。
なんか気味が悪くなって、画面設定しなおして写真のデータも消した。
でもその翌日携帯開いたら、また待受があの写真になってんの。
その日最初に携帯開いたのが電車の中で、思わずうわって声出しちまった。
ちゃんとデータ消えてなかったのかなとか思って、待受元に戻してデータも消した。
けれどまた翌朝になったら待受があの写真に戻ってんの。1週間くらい続いた。
データ消えてるはずなのに、おかしいおかしい。
気味が悪くてもう冗談で友人に喋る気にもならなかった。
28 名前:ネット掲示板のだれか 投稿日:2010/02/29(月) 13:35:12
で、ある日の夜、寝苦しくてなかなか眠れなかったんだ。
ウンウン言ってたら、来た。金縛り。金縛りになるのは過去数回ある。
やべー体動かねー、とか思ってたら、玄関のほうで音がした。
そんで人影も見えた。ゆっくり歩いて迫ってくる。
泥棒?こんな時に運悪い、どうしようとか思ってたんだけど、
近づいてきたそいつ、頭がない。胴体とか手足はちゃんとついてる。
でも着てるものはボロボロで、足取りもおぼつかない。
で、ゆっくり俺の枕元まで来て止まった。
やべーよやべーよと必死に思ってたら、奴は枕元の携帯を取った。
奴は震える手で開いて、何やら体の奥からうめいてる感じだった。
よく聞いたら「俺の顔ー、俺の顔ー。」と言ってた。
そこで記憶が途切れた。目が覚めたら朝になってた。
そんですぐ携帯開いて確認したら、やっぱり待受があの写真。
もう本当に怖くなって、その日に即効で中古屋に携帯売った。
なんか撮影したことで霊の頭が吸い込まれちゃって、探しに来たとかいう感じなのか。
でも取り戻す方法がなくて毎日やってきては帰っていたのかもしれない。
売ってからは新しい携帯に変なことが起こったり金縛りに遭ったりとかはない。
興味本位で事故現場を撮影とか絶対やめた方がいい。
30 名前:ネット掲示板のだれか 投稿日:2010/02/29(月) 13:37:39
>>28
ちょ、売るなよ
怖くて中古で買えなくなるじゃねーか
40 名前:ネット掲示板のだれか 投稿日:2010/02/29(月) 13:40:56
>>30
金に余裕がなかったもんで捨てるのは勿体なかった。
新機種を大学入学時に買って間もなくだったから結構高く売れた。
そう、こんな話みんな信じられないかもしれないけど、ぜんぶ本当に作り話だから。
【説明】「携帯電話」をテーマに怖い話を作ってみようかという話になって、試しにやってみました。奇妙な事象でも「理由がある」とあまり怖くならないような。あんまり不条理な話は好きではないのです。待受が変わるだけではなく電話もかかってくるようにしたら、少しは効果的になったかもしれません。なお、掲示板への投稿という形式で書いたもので、現実に投稿されているわけではありません。
【追記】この記事を題材に歌詞を作ってみました。ここをご参照ください。
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12 名前:ネット掲示板のだれか 投稿日:2010/02/29(月) 13:15:28
俺、上京して中央線沿線で一人暮らし始めたんだ。
中央線で大学通うんだけど、いつも先頭車両の一番前に乗った。
別に出口に近いからとかじゃなくて、中央線名物「人身事故」を間近で見てみたいと思ってたのよ。
不謹慎というか、若気の至りというか、思慮の浅いことで、今は本当に反省してる。
で、1ヶ月くらい経ったとき本当に遭遇した。人身事故。中年のおっさんだった。
詳しく書くと気分悪くなるから省略するけど、想像してたよりひどかった。
隣で立ってた女子高生とかしゃがんで泣き出してた。
俺も最初うわって思ってたんだけど、電車が動き出すまで待ってる間に冷静になってきた。
そんで好奇心も出てきて携帯のカメラで外を撮ってしまった。
ちょっと遠目で確認しづらかったんだけど、頭っぽいのが写ってた。
輪にかけて不謹慎だよね。何度も言うけど本当に反省してる。
20 名前:ネット掲示板のだれか 投稿日:2010/02/29(月) 13:26:36
別にその日は何事もなく、大学で友人に事故見たすげーみたいな話をして、帰って寝た。
その後1週間くらい普通の生活してたんだけど、ある朝携帯開いて変なことに気がついた。
あのとき撮った写真が待受になってんの。自分で設定した憶えないのに。
なんか気味が悪くなって、画面設定しなおして写真のデータも消した。
でもその翌日携帯開いたら、また待受があの写真になってんの。
その日最初に携帯開いたのが電車の中で、思わずうわって声出しちまった。
ちゃんとデータ消えてなかったのかなとか思って、待受元に戻してデータも消した。
けれどまた翌朝になったら待受があの写真に戻ってんの。1週間くらい続いた。
データ消えてるはずなのに、おかしいおかしい。
気味が悪くてもう冗談で友人に喋る気にもならなかった。
28 名前:ネット掲示板のだれか 投稿日:2010/02/29(月) 13:35:12
で、ある日の夜、寝苦しくてなかなか眠れなかったんだ。
ウンウン言ってたら、来た。金縛り。金縛りになるのは過去数回ある。
やべー体動かねー、とか思ってたら、玄関のほうで音がした。
そんで人影も見えた。ゆっくり歩いて迫ってくる。
泥棒?こんな時に運悪い、どうしようとか思ってたんだけど、
近づいてきたそいつ、頭がない。胴体とか手足はちゃんとついてる。
でも着てるものはボロボロで、足取りもおぼつかない。
で、ゆっくり俺の枕元まで来て止まった。
やべーよやべーよと必死に思ってたら、奴は枕元の携帯を取った。
奴は震える手で開いて、何やら体の奥からうめいてる感じだった。
よく聞いたら「俺の顔ー、俺の顔ー。」と言ってた。
そこで記憶が途切れた。目が覚めたら朝になってた。
そんですぐ携帯開いて確認したら、やっぱり待受があの写真。
もう本当に怖くなって、その日に即効で中古屋に携帯売った。
なんか撮影したことで霊の頭が吸い込まれちゃって、探しに来たとかいう感じなのか。
でも取り戻す方法がなくて毎日やってきては帰っていたのかもしれない。
売ってからは新しい携帯に変なことが起こったり金縛りに遭ったりとかはない。
興味本位で事故現場を撮影とか絶対やめた方がいい。
30 名前:ネット掲示板のだれか 投稿日:2010/02/29(月) 13:37:39
>>28
ちょ、売るなよ
怖くて中古で買えなくなるじゃねーか
40 名前:ネット掲示板のだれか 投稿日:2010/02/29(月) 13:40:56
>>30
金に余裕がなかったもんで捨てるのは勿体なかった。
新機種を大学入学時に買って間もなくだったから結構高く売れた。
そう、こんな話みんな信じられないかもしれないけど、ぜんぶ本当に作り話だから。
【説明】「携帯電話」をテーマに怖い話を作ってみようかという話になって、試しにやってみました。奇妙な事象でも「理由がある」とあまり怖くならないような。あんまり不条理な話は好きではないのです。待受が変わるだけではなく電話もかかってくるようにしたら、少しは効果的になったかもしれません。なお、掲示板への投稿という形式で書いたもので、現実に投稿されているわけではありません。
【追記】この記事を題材に歌詞を作ってみました。ここをご参照ください。
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夜、雪が降り、少し積もった。東京では年に一度か二度のことだ。道を歩いて感じたことを書き留めておく。パッと作ったので色々と不十分かもしれない。
年一度 雪降る道を 踏みしめて
我が足跡を 振り返りたり
普段歩いているときは、自分の足跡が見えることはほとんどない。同じように、自分が何をやってきたのか振り返り噛み締める機会も少ないもの。くっきりとついた足跡を見て、ちょっと考えてみるのもいいかもしれない。
雪道も 踏み荒らされて 跡見えず
新しき場所を 探し歩きつ
すでに多くの人が歩いた道は、自分の足跡は埋もれて見えにくい。同じように、ただ周りと合わせているだけの生き方では、自分を見失ってしまうだろう。誰も踏んでない、新しい場所を探してしるしをつけていくのは、喜びをもたらす。自分だけの新しいことをして喜びを得るのは、人生の目的のひとつになりうるだろう。
木の下は 枝に阻まれ 雪はなく
足跡ひとつ 残ることなし
木の下は雪が積もっていなかった。枝の下では、雪が身に降りかかることもないだろうが、足跡も残らない。いつまでも居心地のいい自室などの安全地帯にいても、気は楽であろうが、何も残せない。踏み出す勇気が必要だ。
時経てば 全てが溶けて 消え去らむ
されど心は 永遠に残らむ
雪道にどんなかたちで足跡をつけたとしても、数日後には雪ごとさっぱりなくなってしまう。私たちが生きたということも、いずれは忘れ去られてしまうもの。しかし雪の日に歩いて楽しかった、喜びを得たという事実は変わらない。何百年後にどうなるのか考えて空しくなっても仕方がない、瞬間瞬間ごとの自分の中に生じる喜び、それを追求していくしかない。そしてそれで十分じゃないかとも思う。
【初音ミク】ラヴニール【オリジナル】
歌詞等の曲情報(初音ミクwiki)/YouTubeで聴く
いろなPの冬の季節に合わせた一曲。前作のハローグッバイもいい曲で、私のお気に入りだ。
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年一度 雪降る道を 踏みしめて
我が足跡を 振り返りたり
普段歩いているときは、自分の足跡が見えることはほとんどない。同じように、自分が何をやってきたのか振り返り噛み締める機会も少ないもの。くっきりとついた足跡を見て、ちょっと考えてみるのもいいかもしれない。
雪道も 踏み荒らされて 跡見えず
新しき場所を 探し歩きつ
すでに多くの人が歩いた道は、自分の足跡は埋もれて見えにくい。同じように、ただ周りと合わせているだけの生き方では、自分を見失ってしまうだろう。誰も踏んでない、新しい場所を探してしるしをつけていくのは、喜びをもたらす。自分だけの新しいことをして喜びを得るのは、人生の目的のひとつになりうるだろう。
木の下は 枝に阻まれ 雪はなく
足跡ひとつ 残ることなし
木の下は雪が積もっていなかった。枝の下では、雪が身に降りかかることもないだろうが、足跡も残らない。いつまでも居心地のいい自室などの安全地帯にいても、気は楽であろうが、何も残せない。踏み出す勇気が必要だ。
時経てば 全てが溶けて 消え去らむ
されど心は 永遠に残らむ
雪道にどんなかたちで足跡をつけたとしても、数日後には雪ごとさっぱりなくなってしまう。私たちが生きたということも、いずれは忘れ去られてしまうもの。しかし雪の日に歩いて楽しかった、喜びを得たという事実は変わらない。何百年後にどうなるのか考えて空しくなっても仕方がない、瞬間瞬間ごとの自分の中に生じる喜び、それを追求していくしかない。そしてそれで十分じゃないかとも思う。
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