「史上最高の沖縄民謡ショー」と題されたライブに行ったのは
昨年12月4日のことでした。
沖縄民謡をCDなどで聴くことは時々あっても、
生の演奏を聴きに出かけたのはこのときが二度目。
歌うのは、登川誠仁(せいぐゎー)と大城美佐子ねぇね。
どちらも沖縄民謡の重鎮、大御所です。
三線の速弾きで沖縄のジミヘンと呼ばれた誠仁さんが
あの日手にしていたのは六線。
ギターで言えば12弦ギターみたいなものなのでしょうか。
感動の波が胸に押し寄せて鳥肌が立つようなライブでした。
※この日の様子についてはこちらに詳しく紹介されています。
その登川誠仁さんが先週の3月19日に亡くなりました。
昨年の草月ホールでの演奏が、誠仁さんの最後のライブだったそうです。
誠仁さんは “せいぐゎー”の愛称で親しまれていました。
せいぐゎー…誠小…小さな誠仁さんといった意味だったと思います。
確かにとても小柄な人だったけれど、その生涯になしえたものは偉大だった。
まさに、沖縄のリトル・ビッグ・マンです。
心よりご冥福をお祈りいたします。
登川誠仁&大城美佐子 「谷茶前」(アルバム:デュエットより)
写真:草月ホールのテ・ン・ジョ・ウ(2012年12月4日撮影)
昨年12月4日のことでした。
沖縄民謡をCDなどで聴くことは時々あっても、
生の演奏を聴きに出かけたのはこのときが二度目。
歌うのは、登川誠仁(せいぐゎー)と大城美佐子ねぇね。
どちらも沖縄民謡の重鎮、大御所です。
三線の速弾きで沖縄のジミヘンと呼ばれた誠仁さんが
あの日手にしていたのは六線。
ギターで言えば12弦ギターみたいなものなのでしょうか。
感動の波が胸に押し寄せて鳥肌が立つようなライブでした。
※この日の様子についてはこちらに詳しく紹介されています。
その登川誠仁さんが先週の3月19日に亡くなりました。
昨年の草月ホールでの演奏が、誠仁さんの最後のライブだったそうです。
誠仁さんは “せいぐゎー”の愛称で親しまれていました。
せいぐゎー…誠小…小さな誠仁さんといった意味だったと思います。
確かにとても小柄な人だったけれど、その生涯になしえたものは偉大だった。
まさに、沖縄のリトル・ビッグ・マンです。
心よりご冥福をお祈りいたします。
登川誠仁&大城美佐子 「谷茶前」(アルバム:デュエットより)
写真:草月ホールのテ・ン・ジョ・ウ(2012年12月4日撮影)
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