負け戦の戦い方・・・・必死の逃亡から 2016-02-09 | ◆日記・エッセイ・コラム 家康が29歳の時に初めて大敗北を喫した、信玄との「三方ヶ原の戦い」。その後、家康は、この敗北を肝に銘ずるため、命からがら浜松城へ逃げ帰った自らの姿を描かせ、慢心を自戒するため生涯座右から離さなかったと伝えられています。 丁度、浜松市に納品の折、叔父が「小豆餅」という地名に在している話から、この「しかみ像」のことをフト思い出しました。 丁度、本職での「プロジェ . . . 本文を読む