2010年7月17~18日、雨飾山(1963m)を歩いてきました。
7月3連休の初日、クラツー利用、洋子も参加した。
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7月17日
7:30 特急あずさ3号で南小谷駅へ、「特急」といってもやたら停車するかっての急行列車。
12:00 南小谷駅ここからバスで「村営雨飾荘」へ向かう。
宿舎に入るには早い時間、宿舎の先にある鎌池散策、かっては大渚山(おおなぎやま)を3時間
足慣らしで登っていたが、翌日を考慮し鎌池散策に変更された経緯にある。
「鎌池」散策は2km、約1時間のコース。
ギンリョウソウが実になっていた、この花は下を向いて咲くので中を見るのは難しい。
実になると、上を向き、花も円みを帯びてくる、貴重な写真だ。
:雨飾荘
数年前リニューアルされた村営雨飾荘、普通の旅館だ。
食事も熱い温泉(源泉は51℃とか)も満足。
明日は4:00起床、4:30出発の予定だ。
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7月18日今日の行程は、(標高差773m、約10km、 時間)
キヤンプ場(登山口) ⇒広河原 ⇒荒菅沢 ⇒笹平 ⇒雨飾山 ⇒笹平
⇒雨飾温泉分岐(薬師尾根) ⇒中の池 ⇒難所ノゾキ ⇒雨飾温泉
(深田久弥はこの山に三度挑戦し、三度目に小谷(おたり)温泉から登りその念願を果たしている。
戦後の10月下旬紅葉の季節とある。その時の喜びをこう表現している。)
ついに私は久恋(きゅうれん)の頂に立った。しかも天は隈なく晴れて、秋の午後の三時の
太陽は、見渡す山の上に静かな光をおいていた。 すべての頂には憩いがある。
梢にはそよとの風もなく、小鳥は森に黙した。風化し磨滅した石の祠と数体の小さな石の
傍らに私たちは身を横たえて、ただ静寂な時の過ぎるのにまかせた。
古い石仏は越後の方へ向いていた。
その行く手には、日本海を越えて、能登半島の長い腕が見えた。
(日本百名山:雨飾山より)
4:30 バスで登山口になる「雨飾高原キヤンプ場」に向かった。
5:05 ストレッチの後出発、雲はあるが天候は、快調な登山を期待した。
上るルートは長野県側から、下りは新潟県側の雨飾温泉へ降りる、一般的なものだ。
ルートには400m毎に標識が設置されている、11ヶ所あるから山頂まで4.4kmとなる。
板敷きの下は湿地帯、ブナ林の急登を沢のせせらぎを聞きながら登る。
:荒菅沢
7:10 荒菅沢に(6/11)中間点になる。
直登すれば山頂直下のコルに出るが、我々は巻いて「笹平」へ向かう。
雪渓脇にシラネアオイとサンカヨウが顔を出す。
:シラネアオイ :サンカヨウ(自信作です)
:岩場とお花畑
ここからの登りがきつかった、岩のあるせまい道、直射日光が背をたたいた。
:タカネナデシコ :タカネオガマ :ハクサンフウロ
:頸城三山
左奥:妙高山、中央奥:火打岳(笹平からの眺望)
:荒菅沢
山頂直下のコルから荒菅沢を見る。
:ミネズオウ :ヒメシャジン :グンナイフウロ
:雨飾山
8:20 笹平に出る、正面に雨飾山が見える(雲に隠れているのは後立山連峰か)
西に高妻山、北西側に北アルプス。
:火打岳
焼山(中央):山頂の奥に火打岳が見える
笹平から20分もあれば、山頂だが。
パートナーの元気がない、寝不足と暑さで体調不良(高山病の症状)に。
列に遅れながらも、9:30 やっとの歩みで山頂へ。
せまい山頂は多くの人で賑わっていた。 北峰に祠があり、南峰には三角点がある。
眺望は360°あるが、の移動が激しく、北アルプスは見え隠れしていた。
日本海も能登半島もの中、早い昼食をやっと食べた。
:ヒメウスユキソウ :クガイソウ :ヨツバシオガマ
9:45 下山開始、雨飾温泉分岐から新潟側へ降りる。
急登の下り、梅雨明けとはいえ、道は緩く滑るし、根曲り竹を踏めばまた滑る。
気を抜けない・・・。 (登りに使えば大変なことが容易に推測できる)
パートナーも標高を下げるにつれ、元気が出てきた、(やはり高山病だったようだ)
下りに5時間を要し、15:05 雨飾荘へ下山。
タクシーで糸魚川の「ひすい」へ直行、汗を流し一息入れて帰途に着いた。
植物図鑑を見ているような、花の多い、印象に残る雨飾山だった。
日本百名山 53 雨飾山完登
皇帝ダリア
本牧山頂公園の「皇帝ダリア」です。
コウテイダリア(別名:コダチダリア・帝王ダリア)
成長すると3~4mにもなる事から”皇帝”と名付けられた。
メキシコ原産、ダリア界の王様と言われ、花色も赤・白・ピンクなど数種ある。
半耐寒性の多年草で、直径約20cm 大輪の花を茎の頂上につけます。
晩秋の頃、空にそびえて立つ姿は圧巻です。