このイベントのもうひとつの注目企画が「ハイエンドカートリッジ体験会」である。以前にも述べたが、カートリッジというのはレコード針及びレコードの音溝の振幅を電気信号に変換するための発電コイル等を含めた装置の総称である。昔はたくさんの商品が市場に出回っていたが、CDが市民権を得た80年代後半から製品数が少なくなり、一頃は極少数のメーカーを除いて総撤退状態になっていたものである。ところが近年またアナログが見直され、ラインナップが復活しつつある。
このフェアで取り上げられた機種は4つ。ACCUPHASEのAC-5、My Sonic LabのEminent GL、ortofonのMC-A90、そしてJan AllaertsのMC2 Finishである。使用していたターンテーブルとトーンアームのブランド名は分からなかったが、フォノイコライザーは独Burmester社のもの、アンプは独Lindemann社製、そしてスピーカーは国内ガレージメーカーのG.T.soundのものが起用されていたようだ。
まずAC-5だが、国産高級アンプ・メーカーの雄であるACCUPHASEの製品らしく、かなりカッチリとした音造りをしている。高域から低域まで過不足無く出て、音場の広さも申し分ない。次にデモされたEminent GLはAC-5とほぼ同じ展開ながら、音像の実体感と彫りの深さが加わった感じだ。製造元のMy Sonic Lobは数々の国内有名メーカーで実績を上げたエンジニアが定年後の2001年に立ち上げたガレージ・メーカーだということだ。
MC-A90になると、音に明るさとまろやかさが出てくる。デンマークに本拠を置くortofonはMC型カートリッジの老舗で、数多くの名機を作り出している。この製品もさすがの存在感を醸し出していた。最後にMC2 Finishに付け替えてみると、音に陰影が加わる。レンジも広い。まさに横綱相撲だ。Jan Allaertsは米国のエンジニアの名前で、一人で手作りするために僅かしか市場に出ない。その意味でも今回の試聴は得難い経験だったと思う。
・・・・と、ここまで書いてきて、むなしさを感じてしまった(爆)。なんとAC-5は定価25万円、Eminent GLは35万円、MC-A90は55万円、MC2 Finishに至っては75万円という高価格なのである。たかがレコード針に数十万円も注ぎ込めるユーザーなんて、どのくらい存在するのだろうか。このイベントに集まった手練れのオーディオファンでも、75万円のスピーカーは買えても75万円のカートリッジなんかに縁はないだろう。
昔は、カートリッジは2,3万円も出せば十分使えるものが手に入った。6,7万円の値段が付けられていれば高級品クラス。10万円を超えればハイエンドだった。それが現在、いくらユーザーが少なくなったとはいえ、35万円だの55万円だのといった一種法外な価格の商品が平気で出回っているという事実は、何か釈然としないものを感じる。
正直な話、75万円のMC2 Finishと25万円のAC-5との音質差はそんなにあるわけではない。両者を聴き比べれば分かるが、その機会だってこのようなイベントでもない限り、一般ユーザーが持てるはずもない。通常、アンプやスピーカーならば3倍の価格差は圧倒的であるはずだが、そのようなグレード差は今回の試聴会で感じることはとうとうなかった。
我々が買えるような、5万円クラスのカートリッジとの比較から始めるべきだったと思う。まあ、試聴に使用したディスクがあまり録音の良いものではなかったのも、盛り下がる原因の一つだったのかもしれないが。
カートリッジの聴き比べと平行して、レコードクリーナーのデモンストレーションも行われた。ところが、ただのクリーナーではない。独Hannl社のMera ELという製品で、定価が55万円もする。クリーニング液を利用する湿式タイプで、幅と奥行が38センチ、高さも24センチという、大型プレーヤー並の図体だ。
輸入代理店のアンダンテ・ラルゴ社の関係者は素晴らしい性能であることをアピールし、実際にクリーニング効果はけっこうあると言えるのだが、このためだけに55万円を払うかといえば、たとえ手元にカネがあったとしても二の足を踏むだろう。当然の事ながら、盤面の傷とか盤全体の歪みとかには対応出来ない。あくまでもこれはクリーナーなのだ。ハッキリ言って、個人的にレコード盤自体をまるで腫れ物に触るように後生大事に扱うことには、抵抗感を覚える。しょせんは音楽メディアの一つに過ぎない。普通にキレイにしていればそれでいいのではないかと、大雑把な性格の私などは思ってしまうのだ。
ただし、アンダンテ・ラルゴ社が提供しているオーディオラックはなかなかのものだと思った。一見華奢だが、実際触るとビクともしない高剛性。他社のゴツいラックに比べても見た目の圧迫感がない分見栄えが良い。ラックによっても音は変わる。次回はラックの聴き比べ大会なんかやっても面白いのではないだろうか。
(この項つづく)