(原題:Never Let Me Go )物語の前提が十分に説明されていないため、消化不良の感が否めない。人類の平均寿命が百歳を超えた“もう一つの世界”を舞台にした本作、こういうSF的設定を違和感なく提示させるにはディテールの作り込みが重要だが、それがほとんど成されていない。
外界から隔離された英国の寄宿学校ヘールシャムで幼い頃からいつも一緒に過ごしてきたキャシー、ルース、トミーの3人、彼らはいつどこで生まれたのか分からず、親の顔も知らない。神経質なほど健康を管理され、長じて寄宿舎を出て行くのだが、残酷な運命が待っていたという話だ。
要するに、彼らはクローンなのである(注:これはネタバレではない。最初の数十分間を観れば、誰だって分かる)。どこかに住んでいる“本体”が病気やケガで重大な事態に直面したとき、彼らの“身体のパーツ”が移植される。もちろん器官を除去された彼らは死ぬだけだ。前述の“平均寿命が百歳”という対象に彼らは入らない。人間でさえないのである。
この映画はマイケル・ベイ監督の「アイランド」と設定がよく似ている。ところが話の筋道が通っているのは、脳天気なアクション映画であるはずのベイ作品の方だ。あの映画の主人公達は自らの絶望的な未来を知り、必死の脱出を試みる。それが当然だろう。対して本作の主要登場人物は、自分たちの末路が分かっていながらも何ら抵抗しようとしない。せいぜいが“最期の時を先延ばしにする方法”の噂を知って淡い期待を抱く程度だ。
しかも、彼らは隔離されておらず、宿泊所からは外出自由。自分の“本体”らしき人間を見かけてそれを確かめようともする。このような展開にするためには、どうして彼らが諦念に絡め取られているのかをテンション上げて描く必要がある。しかし、そんな様子は微塵もない。
このような調子で“彼らの健気で短い人生に涙しましょう”と言われても、そうはいかないのだ。カズオ・イシグロの原作(私は未読)にはそのあたりが説明されているのかもしれないが、映画単体として見た場合は到底納得出来る出来ではない。
主演の3人に扮するのはキャリー・マリガン、キーラ・ナイトレイ、アンドリュー・ガーフィールドだが、この中ではナイトレイが断然素晴らしい。彼女としては珍しい現代劇での登板だが、卓越した演技力で見せきってしまう。ところが一応は主役扱いのマリガンはつまらない。表情に乏しく、身体も硬い(もうちょっと精進してほしいものだ)。
じっくりと構えたマーク・ロマネクの演出、メランコリックなレイチェル・ポートマンの音楽、そしてアダム・キンメルのカメラによる痺れるほどに美しい映像など、エクステリアは万全。けれども、大きすぎる不備のある脚本では、評価は出来ない。