元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「こころに剣士を」

2017-01-15 06:47:26 | 映画の感想(か行)

 (原題:THE FENCER)期待していなかったが、とても良かった。歴史物にスポ根路線を合わせたような映画は過去にも存在したが、本作は時代背景と題材の珍しさ、そして余計なケレンを廃した静かな演出により、独自の魅力を獲得している。抑えたタッチでありながら、ストーリーは起伏に富んでいるのも面白い。

 バルト海に面したエストニアは第二次世界大戦中はドイツに、末期からはソ連に占領されていた。50年代前半、戦時中にドイツ側に荷担していたためソ連の秘密警察に追われる元フェンシング選手のエンデルは、田舎町の小学校の体育教師として身を隠すことにする。戦争の爪痕が生々しいこの土地にあっては、学校の雰囲気も生徒達の表情も暗い。そこでエンデルはフェンシング部を立ち上げることにするが、予想以上の数の入部希望者が詰めかける。それもそのはずで、この学校にはクラブが存在せず、皆授業以外の学内での活動を求めていたのだ。

 ところが実はエンデルは子供が苦手で、懇意にしていた数人の生徒だけに教えるつもりが、思いがけず大所帯のスポーツ部を受け持つハメになり面食らう。しかし、生徒達の熱意にほだされて、やがて本格的な指導に乗り出す。そんな中、エンデルはレニングラードで開かれる全国大会に出たいと子供達からせがまれる。だが、行けば捕まるのは確実。躊躇する彼だったが、生徒達の夢を叶えるため、捨て身の参加を決意する。

 主人公が置かれた境遇はシビアで、生徒達の親は戦争やソ連の圧政の犠牲になっている。そんな厳しい状況の中、幼い妹たちの面倒を見るマルタや、祖父と二人暮らしのヤーンらとの触れ合いを通じ、エンデルは人間らしい心を取り戻してゆく。同時に生徒達の表情にも生気が満ちてくる。そのプロセスを無理なく見せていくクラウス・ハロの演出は評価に値する。さらにはエンデルと同僚の女教師とのロマンス等も折り込み、飽きさせない。

 フェンシングの練習風景は実に丁寧かつ興味深く撮られていて、門外漢の観客でも置いて行かれることは無い。試合のシーンはかなり盛り上がるが、装備が十分ではないため出場が危うくなるというプロットも挿入され、ちょっとしたサスペンスも味わえる。まあ、正直言っていくら熟達した指導者に教えられたとはいえ、素人集団が短期間で全国大会で活躍できるほどの競技スキルを会得するとは思えないが(笑)、そこは“愛嬌”ということで許そう。

 エストニア出身だという主演のマルト・アヴァンディは初めて見る男優だが、しっかりした面構えと手堅い演技力で存在感を発揮している。フェンシングの場面における身のこなし方も申し分ない。ウルスラ・ラタセップやレンビット・ウルフサクといった脇の面子も良いのだが、何といっても子役らの達者な演技にこの映画は大いに助けられている。実話の映画化とのことだが、ラストまで実録物とは思えない豊かな物語性が印象付けられる。トゥオーモ・フートリのカメラによる寒色系の美しい画面も含めて、鑑賞後の満足度は高い。
コメント
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