元・副会長のCinema Days

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「正体」

2024-12-27 06:24:55 | 映画の感想(さ行)

 主役の横浜流星のパフォーマンスはかなり力が入っていて、観ていて引き込まれるものがある。彼のファンならば、まさに至福のひとときを過ごすことが出来よう。今年度の演技賞レースを賑わせるかもしれない。だが、映画の出来が彼の熱演に応えるものだとは、残念ながら言えない。原作である染井為人の同名小説は未読なので、それが本作がどうトレースしているのか分からないが、いずれにしてもあまり上等ではない筋書きだ。

 凶悪な殺人事件の犯人として逮捕され、死刑判決を受けた鏑木慶一が脱走する。彼の行方を追う刑事の又貫征吾は、鏑木が逃走中で関わった人々を取り調べるが、彼らが語る鏑木像には共通性が希薄だった。なぜ鏑木は姿や顔を変えながら各地で潜伏生活を送り、ひたすら逃げ続けるのか。やがて、彼の真の目的と事件の全貌が明らかになる。

 最初主人公が身を寄せるのが、訳ありの者など珍しくもない末端の建設現場で、少なくともこの時点までは不満はあまり出てこない。しかし、次に彼がフリーのライターとして出版会社と契約するという段になると、話は完全に絵空事になる。彼は逮捕された時点でまだ十代ということだが、そんな年若い、しかも経験もほとんど無い者がプロのライターとして通用するわけがない。それでも“いや、通用してしまったのだ”と言いたいのならば、その才能の片鱗ぐらいは序盤に見せるべきだ。

 さらに鏑木は長野県の介護施設でスタッフとして働き始めるが、これまた御都合主義のネタであり、そんなスキルをいつどこで会得したのかと突っ込みたくなる。彼を追う警察側の扱いもホメられたものではなく、いきなり拳銃を構えて“突入”してくる又貫刑事の姿に呆れていると、何と鏑木を犯人と決めつけた切っ掛けが随分とあやふやなものであったことも示され、一体これはマジメにドラマを構築する意志があったのかと疑いたくなる。

 監督は藤井道人だが、どうもこの演出家のスタンスは無理筋の建て付けを押し付けてくるところにあるようだ。彼にとって警察や司法は“信用ならない!”というものらしい。それでも冒頭に述べたように横浜流星の演技は評価したいし、山田孝之に松重豊、吉岡里帆、山田杏奈、山中崇、西田尚美など、芸達者のキャストは集められている。それだけに、作劇の不出来は残念だ。

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