猫のひたい

杏子の映画日記
☆基本ネタバレはしません☆

マークスの山

2013-10-22 04:05:32 | 日記
1995年の日本映画「マークスの山」。
南アルプスで10歳の男児が保護された。両親が車の中で心中しようとして、奇跡的に助かっ
た男児だった。
16年後、畠山(井筒和幸)という元暴力団組員の死体が発見される。畠山は正体不明の凶器で
殺害されていた。管轄の合田警部補(中井貴一)らは捜査を始める。
数日後、国家公務員住宅の前で、松井(伊藤洋三郎)という法務省勤務の男が他殺体で発見
される。解剖の結果、畠山に使われた凶器と同一のものである可能性が出てきた。
合田らは恐らく同一犯による連続殺人事件だと推測し、合同捜査になるだろうと考えるが、
何故か上層部から「別の事件である」と断定され、刑事たちは腑に落ちない。
元暴力団組員と法務省勤務の男、この2人を結びつけるものはないように見えた。しかし
合田ら刑事たちは同一犯の犯行であることを前提に捜査を行う。やがて、畠山の家を訪ねて
きていたある男の存在が浮上する。

高村薫氏の小説を映画化したものなのだが、実は私は原作がものすごく好きなのだ。映画を
見て、その後に小説を読んだのだが、比較にならないくらい小説の方がいい。映画はかなり
省かれていたり設定が変えられていたりするのだが、時間が限られる映画というものを作る
に当たってそれは仕方なかったことだろうし、配役もとてもイメージに合っていたので、この
小説の映画化としてはかなり良くできていたと思う。
これは映画もいいが是非原作を読んで頂きたい。大きな相違として、冒頭で男児が一家心中
から助かる場面があり(これは映画でも描かれている)、次に南アルプスで建設作業員として
働く岩田という男が、幻覚に襲われて殺人を犯してしまうエピソードがあって、これがとても
おもしろいのだが、この部分がまるまる省かれている。確かにこの部分を映画で描くとなると
時間的にも表現的にも難しくなると思う。そのため登場しない重要人物が何人かいたりする。
この岩田に関する話が16年後の殺人事件につながっていく辺り、とてもおもしろい。
一応ミステリーのジャンルに入れられてはいるが、事件の犯人は割と早くにわかるので、その
意味ではミステリーとは言えないかもしれない。ただ、犯人の動機や目的がなかなかわからない。
被害者たちとのつながりもわからない。主人公である合田警部補や刑事たちが必死の捜査をして
いく中で少しずつ真相が明らかになっていく、その過程がとてもおもしろい。読み出したら止ま
らないタイプの小説だ。
そして私はラストの3ページがものすごく好きである。感動というのとは違うが、魂を揺さぶ
られるような思いで、涙が出た。私は海外の小説に比べて日本の小説はあまり読まないのだが、
この「マークスの山」は自分でも何故だかわからないけど異常に好きなのだ。

高村氏は単行本から文庫化されるに当たって、改稿をするので有名な人である。私は最初に
映画を見て、次に文庫本を読み、次に単行本を読んだのだが、最初に書かれた単行本よりも
文庫本の方が圧倒的に好きだ。最もこれは読者の間でも意見が分かれるところで、単行本の
方が好きな人、文庫本の方が好きな人といるらしい。私がラストの3ページがいいと書いた
のは文庫本の方だ。
確かに改稿されたのを読むと、単行本のここの描写は削らないで欲しかったな、と思う箇所が
いくつかある。でも全体的に文庫本の方がいい。(私は)
重い統合失調症である水沢という青年が登場するのだが、この水沢の精神病の描写が、単行本
では少し違和感というか矛盾があるのだ。それが文庫本だとすんなり頭に入ってくる。高村氏
もそう思って書き直したのかもしれない。
また高村氏はこの小説を書くに当たって綿密な取材をされたらしく、物語が非常にリアルな
感じがする。警察内部の腐食、上層部からの圧力といったものが的確に表現されているように
思う。
それと、映画で水沢の役を演じた萩原聖人さんがすばらしかった。あの役は難しかっただろう
な、と思う。バグパイプによる音楽も作品世界に合っていて良かった。でもこの映画、DVD化
されていないのだ。是非DVDを出して欲しいものだ。
私は今でも、テレビなどで南アルプス、北岳、雪山、ビバークといった言葉を聞くとこの小説
を思い浮かべる。