猫のひたい

杏子の映画日記
☆基本ネタバレはしません☆

サイレンス

2021-04-29 21:58:15 | 日記
2016年のアメリカ映画「サイレンス」。

耳が聞こえず話すこともできない女性マディー(ケイト・シーゲル)は、人里離れた
山荘で暮らしながら作家の仕事をしている。近くには友人のサラ(サマンサ・スロ
ーヤン)とその夫ジョン(マイケル・トルッコ)が住んでおり、時々マディーに会い
に来てくれていた。ある晩、彼女の家に白いマスクをかぶった男(ジョン・ギャラ
ガー・Jr.)が侵入してくる。

耳が聞こえない女性の家に殺人鬼が侵入するというホラー映画。昔盲目の女性が家
で何者かに襲われる、オードリー・ヘプバーン主演の「暗くなるまで待って」とい
う映画があったが、目が見えないのも耳が聞こえないのも逃げるには不利で怖い設
定だと思う。ある夜マディーはパソコンに向かって仕事をしていた。白いマスク姿
の男に襲われた友人のサラがマディーの家の窓を叩いて必死に助けを呼ぶが、聞こ
えるはずもなく、サラは殺されてしまう。その様子を見て男はマディーが耳が聞こ
えないのだと知る。
サラが窓を叩いている時、マディーは背中を向けていて、サラは「こっちを向いて
!」と叫ぶが、マディーは気づかない。この演出がうまい。マディーは外を見そう
で見ないのだ。やがて男はマディーの家の中に侵入するが、マディーは鈍感なタイ
プのようで気配を感じない。しかしあることで何者かの存在に気づいたマディーは
脱出を試みる。スリリングな展開なのだが、意外にも男は早々にマスクを外して素
顔を見せる。それが何の特徴もない普通の顔なのでちょっと拍子抜けする。素顔も
凶悪な顔かと思ったのだが。そしてサラを捜しに来たジョンも殺されてしまう。
結構痛いシーンが多くて、マディーは男にクロスボウで脚を撃たれたり、指を折ら
れたりする。脚の出血が多いマディーはもう必死である。パソコンに家族宛ての遺
言を書いたりする。とにかくマディーは耳が聞こえないので圧倒的に弱い立場であ
り、どうか助かって!と願わずにいられない。マディーの飼い猫も殺されないかと
ハラハラした。男の目的がわからないのも怖い。結局快楽殺人犯なのだろうか。男
とマディーの攻防戦は迫力があり、なかなかおもしろい映画だった。1つだけ突っ
込むところがあるのだが、マディーは体にハンディがあるのだから人里離れたとこ
ろに住むのは不便で危険だと思う。


生協でロイズのカカオニブ入りチョコレートを買いました。ほろ苦くておいしいで
す。


少女ムシェット

2021-04-24 22:26:55 | 日記
1967年のフランス映画「少女ムシェット」を観に行った。

14歳のムシェット(ナディーヌ・ノルティエ)は、病気の母親とアル中で暴力的な
父親、兄と赤ん坊の妹とフランスの片田舎で暮らしていた。家は極貧で、学校でも
教師や同級生からひどい扱いを受け、友達もいない孤独な毎日だった。ある日の学
校の帰り道、森へ迷い込み、密猟の男アルセーヌ(ジャン=クロード・ギルベール)
と出会ったことをきっかけに、更なる破滅へと転がり落ちていく。

バルタザールどこへ行く」に続いてロベール・ブレッソン監督作品のリバイバル
上映へ行った。本作もまた救いのない物語である。ムシェットの父親は酒の密売で
その日の糧を得ていたが、家は貧困である。母親は病気でほとんど寝たきり。乳飲
み子の妹の世話はムシェットがしなければならない。まずここから不条理さを感じ
てしまう。母親はあんなに病身なのに何故子供を産むのだろう。育てられないのな
ら産まなければいいのに。家のことは14歳のムシェットの肩に全てかかってくる
し、父親は彼女に冷たくすぐに暴力を振るう。ムシェットは着替えも持たないのだ
ろう、毎日同じ服を着て通学し、カバンは壊れかけている。友達もおらず、家でも
学校でも居場所はなかった。ある日学校からの帰り道道草をしていると森の中で迷
ってしまう。そのうち雨になり、ムシェットは密猟の男アルセーヌから自分の家で
服を乾かしていけと言われる。
絵に描いたような不幸な身の上の少女の話である。ムシェットは全く笑顔を見せな
い。唯一笑ったのは遊園地のゴーカートに乗ったシーンだ。日頃娯楽のない彼女に
とってはとても楽しかったのだろう。ネットのレビューを読むと「難解」とか「訳
わからない」とか書いている人たちがいたが、わかりにくい映画ではないと思うの
だが。少女の不幸を淡々と描いた物語だ。ムシェットがアルセーヌの家で火に当た
っている時、酔ったアルセーヌはてんかんの発作を起こす。口から泡を吹いて倒れ
ているアルセーヌに驚いたムシェットは、どうしていいかわからず、とりあえず歌
を歌って聞かせる。その歌声がとても澄んでいて印象的だった。けれどもムシェッ
トは落ち着きを取り戻したアルセーヌに襲われてしまう。
リアルなまでにムシェットの悲惨さが描かれる。裕福で明るい同級生たちとの対比
が悲しい。「バルタザールどこへ行く」のロバの視点を少女の視点に変えたような
映画である。とことん容赦なくムシェットに不幸が降りかかってくる。私はアキ・
カウリスマキの「マッチ工場の少女」を思い出した。主人公にまるで救いがないの
だ。ムシェット役のナディーヌ・ノルティエは少女の頃のシャルロット・ゲンズブ
ールにちょっと似ている。反抗的な表情とか幸薄そうな雰囲気とか。本作も「バル
タザールどこへ行く」もとてもおもしろかったので、ロベール・ブレッソンの他の
映画も観てみたい。


ノエルがベルにちょっかいを出して、ベルがよけたところ。




















バルタザールどこへ行く

2021-04-20 22:18:56 | 日記
1964年のフランス・スウェーデン合作映画「バルタザールどこへ行く」を観に
行った。

小村の教師の娘マリーは農園主の息子ジャックと共に、生まれたばかりのロバに
バルタザールと名前をつけかわいがる。ある日ジャックが引っ越すことになり、
バルタザールもどこかへ行ってしまう。それから10年、鍛冶屋の労役に使われ
ていたバルタザールは苦しさに耐えかねて逃げ出し、成長したマリー(アンヌ・
ヴィアゼムスキー)の元へ向かう。マリーは再会を喜び、またバルタザールに愛
情を注ぐようになるが、マリーに想いを寄せる不良のジェラール(フランソワ・
ラファルジュ)は嫉妬してバルタザールを痛めつける。

昔の映画のリバイバル上映。ヴェネツィア国際映画祭で審査員特別賞を受賞した
ロベール・ブレッソン監督作品。ロベール・ブレッソンという人を私は知らなか
ったが、とても好みの映画だった。ロバの視点から人間の愚かさや悲しさを描い
ている。大人になったマリー(10代後半くらい)は再びバルタザールをかわいが
り、いつも連れ歩くようになるが、マリーを好きな不良のジェラールはマリーと
バルタザールが一心同体であると感じ、嫉妬する。そして実家のパン屋でバルタ
ザールをこき使ったり仲間と共に痛めつけたりする。
ロバがとてもかわいい。優しい目をしている。そしていい演技をするのだ(演技
をしているつもりはないのだろうが)。マリーになついたり、酷使されて逃げた
り、反抗したりと感情がよく伝わってくる。やがてジャック(ヴァルテル・グレ
ェン)が戻ってきて、「子供の頃から好きだった」とマリーに求婚するが、マリ
ーは自分に頻繫に接触してくるジェラールを好きになっており、断ってしまう。
そしてマリーはジェラールに夢中になりバルタザールの世話をしなくなる。こう
してマリーは堕ちていくのだ。真面目なジャックの求婚を受け入れていればいい
のに、チンピラみたいなジェラールに惹かれるなんて。
バルタザールが運命に翻弄されていく様子が悲しい。彼はマリーの側にいる時だ
けが幸せだった。愚かさゆえ不幸になっていくマリーをどういう気持ちで見てい
たのだろう。映画は説明が少ないので少しわかりにくいところもあり、マリーの
父親の訴訟沙汰についてはよく理解できなかった。でもこういう淡々としたモノ
クロームの映画は好きだ。結局誰も幸せになれないし、それはバルタザールも同
じである。そして物語はあっけなく幕を閉じるが、悲しい余韻が心に残る映画だ
った。




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見知らぬ乗客

2021-04-17 22:46:23 | 日記
1951年のアメリカ映画「見知らぬ乗客」。

テニス選手のガイ・ヘインズ(ファーリー・グレンジャー)は浮気性の妻ミリアム
(ケイシー・ロジャース)と離婚し、交際中の上院議員の娘アン・モートン(ルー
ス・ローマン)と再婚したいと望んでいた。ある日ガイは列車の中で見知らぬ男
ブルーノ・アントニー(ロバート・ウォーカー)から話しかけられる。ブルーノは
何故かガイの事情をよく知っており、彼の父親を殺してくれるなら自分がミリア
ムを殺そうと交換殺人を持ち掛ける。ガイは冗談だと思い取り合わなかったが、
その後ブルーノは本当にミリアムを殺害し、ガイにも殺人を実行するよう付きま
とうようになる。

太陽がいっぱい」で有名なパトリシア・ハイスミスの小説を映画化した、アル
フレッド・ヒッチコック監督作品。知らない男から交換殺人を提案された男の恐
怖を描いている。テニス選手のガイはある日列車の中でファンだという男ブルー
ノから話しかけられる。自分の私生活についてよく知っており、馴れ馴れしいブ
ルーノにガイは不快感を抱く。そしてブルーノは自分がガイの妻を殺すからガイ
に自分の父親を殺してくれと話す。ガイは相手にせずに列車を降りるが、数日後
妻のミリアムが殺されたことを知る。やがてガイの元に「約束通りミリアムを殺
したから今度は俺の父親を殺してくれ」という脅迫状が届くようになる。
交換殺人というのは完全犯罪になりやすいだろう。被害者と加害者の間に全くつ
ながりがないのだから。ガイはブルーノの冗談だと思っていたことが現実になり、
恐怖を覚える。警察に行こうとするが、ブルーノから「嘱託殺人だと思われるぞ
」と言われ窮地に陥る。そしてブルーノは何度も脅迫の手紙を送りつけたり、ガ
イの近くに現れたり、ガイの身近な人たちにまでガイの友人を装って接触してき
たりして、ガイは気が気でない。こういうハラハラする演出はやっぱりヒッチコ
ックはうまいなあと思う。観ていて緊張感が途切れない。
やがてガイの恋人のアンはブルーノに不審なものを感じるようになり、ガイを問
い詰める。ガイはアンに打ち明けるが、解決策は浮かばず、ブルーノの脅迫はエ
スカレートしていく。この映画には大きな見どころがいくつかあり、1つはガイ
のテニスの試合のシーンだろう。ブルーノの家に行こうとしているガイは早く試
合を終わらせたくて必死になる。解説者の「ガイ・ヘインズはいつもとは違う攻
めのテニスをしています」という言葉にもガイの焦りは表現されていて、ガイと
一緒にドキドキしてくる。それからブルーノがライターを側溝に落としてしまい、
手を突っ込んで取ろうとするがなかなか取れない、というシーンもブルーノの焦
りをこちらも同時に感じるようである。
そしてクライマックスの遊園地の回転木馬のシーンは圧巻。ヒッチコック映画の
中でもハラハラ感は屈指ではないだろうか。回転木馬であんなに迫力あるシーン
を思いつくなんてすごいと思う。無関係の人が1人死んだのはちょっときつかっ
たが。あのシーンは結構長く、どういう結末を迎えるのだろうと観ていたが、結
末をあっけないと感じる人もいるかもしれない。でも私はあのあっけなさもいい
と思った。サスペンスの見本のような映画で、とてもおもしろかった。


良かったらこちらもどうぞ。アルフレッド・ヒッチコック監督作品です。
サイコ

マーニー
私は告白する



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父、帰る

2021-04-13 22:53:21 | 日記
2003年のロシア映画「父、帰る」。

アンドレイ(ウラジーミル・ガーリン)とイワン(イワン・ドブロヌラヴォフ)の
兄弟は、母親と祖母と暮らしており、父親(コンスタンチン・ラヴロネンコ)の
顔は写真でしか知らなかったが、ある日12年ぶりに父親が帰ってきた。これ
までどこにいたのか全く語らない父親に当惑する2人だが、父親は明日から2
人を連れて旅に出ると言う。翌朝、3人は釣り道具と共に車で出かけるが、父
親は行き先も告げず、高圧的な態度で子供たちに接する。兄のアンドレイはそ
れでも父親に好意的だったが、弟のイワンは不満を募らせていく。

第60回ヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞と新人監督賞を受賞した、アンド
レイ・ズビャギンツェフ監督の人間ドラマ。母親と祖母と慎ましく暮らす兄弟
アンドレイとイワンの元に、家を出たまま音信不通だった父親が12年ぶりに
帰ってくる。写真でしか見たことのない父親の突然の登場に兄弟は戸惑うばか
り。しかも父親は、2人を連れて旅行へ行くと言う。翌朝車で出発した彼らは、
家から遠く離れた湖の無人島にやって来る。粗暴で高圧的な父親に憎しみを募
らせていくイワンだったが、それでもアンドレイは父親を慕おうとしていた。
しかし次第に父子の間でいさかいが起きるようになる。
この父親が何故家を出ていったのか、何故12年も経って突然帰ってきたのか、
その間どこで何をしていたのかという説明は物語の中で一切ない。それにこの
家族がどうやって生活していたのかもわからない。母親も祖母も働いている様
子がないし、父親が仕送りでもしていたのだろうか。母親も「パパが帰ってき
たわよ」と普通に(心の中はわからないが)受け入れている。ただ祖母は暗い顔
をしていたのであまり歓迎はしていないようだ。父親が帰ってきた翌日の朝食
ではピリピリした雰囲気が漂う。色々と謎が多いが、恐らくそれらはどうでも
いいことなのだろう。とにかく父親が帰ってきた、というところから映画は始
まっているのだ。
旅行へ行くにしても、息子たちだから良かったものの娘なら行かなかっただろ
う。無人島で父親は兄弟に色々なことを教える。この父親、サバイバル能力が
高いのだ。兄のアンドレイは釣りなどをそれなりに楽しんでいるが、弟のイワ
ンは父親に反抗的である。決してパパとは呼ばない。兄と話す時は「あいつ」
と言っている。突然現れた知らないおじさんに素直に従えないのも無理はない
と思う。そして父親の振る舞いはとにかく乱暴で居丈高で、アンドレイも不満
を感じるようになり、決定的な揉め事が起きる。
父親は自分が不在だった時間を取り戻そうと、息子たちに色んなことを教えた
かったのだと思う。でもいかんせんやり方が悪い。もっと子供たちに優しく接
することはできなかったのだろうか。そういう性格なのだろうが、不器用な人
だったのだろう。子供たちを愛しているのは伝わってきたが、自分をパパと呼
んでくれていたアンドレイまで反抗的にさせてしまった。ラストは衝撃的だが
とてもあっさりしている。見応えがあっておもしろかった。アンドレイ・ズビ
ャギンツェフの映画を観たのは「裁かれるは善人のみ」と本作だけだが、とて
もおもしろい。他の作品も観たい。




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