猫のひたい

杏子の映画日記
☆基本ネタバレはしません☆

異邦人

2021-06-12 22:33:50 | 日記
1967年のイタリア・フランス合作映画「異邦人」を観に行った。

第2次世界大戦前のアルジェ。会社員のアーサー・ムルソー(マルチェロ・マス
トロヤンニ)は、老人施設から母親の訃報を受け取る。遺体安置所で母親と対面
もせず、葬儀で涙も流さない彼は、翌日元同僚のマリー(アンナ・カリーナ)と再
会し、海水浴や映画に行き、一夜を共にした。ムルソーは同じアパートに住む友
人のレイモン(ジョルジュ・ジェレ)とアラブ人とのトラブルに巻き込まれ、数日
後海岸でそのアラブ人と再会した時、レイモンから預かっていた拳銃でアラブ人
を射殺してしまう。裁判でムルソーは殺した理由を問われ、「太陽がまぶしかっ
たから」と答える。非人道的で不道徳だと非難された彼は死刑を宣告される。

昔の映画のリバイバル上映である。アルベール・カミュの小説をルキノ・ヴィス
コンティが映画化。ヴィスコンティ、カミュ、マストロヤンニという何とも豪華
な組み合わせだ。「今日、ママンが死んだ」というムルソーの独白から始まるこ
の物語はとても難解だ。と言うよりムルソー自身が難解な人物なのかもしれない。
ムルソーは母親の訃報を聞いて老人施設へ行くが、施設の職員に促されても遺体
との対面もしない。時間を持て余し、タバコを吸ったりコーヒーを飲んだりした。
葬儀では涙も見せなかった。翌日には元同僚のマリーと楽しい時間を過ごした。
同じアパートの友人レイモンは評判の良くない男だが、ムルソーには付き合いを
やめる理由はない。
ムルソーは何と言うのか、退廃的な性格である。物事に意味を見出そうとしない。
母親の死を悲しまなくても、母親を嫌いなわけではない。マリーに「私を愛して
る?私と結婚したい?」と聞かれても、「愛など無意味だ。でも君が結婚したい
のならしてもいい」と答える。彼にはあらゆることが無意味なのだ。印象深いの
はムルソーの汗である。物語は夏のとても暑い日で、ムルソーは老人施設に向か
うバスの中からずっと汗を拭いている。母親の棺の側でもそうだ。ムルソーとレ
イモンが海岸を散歩していると、レイモンと因縁のあるアラブ人に会い、レイモ
ンはアラブ人にナイフで腕を切られてしまう。レイモンを病院に連れていった後
ムルソーは海岸でまたそのアラブ人に会うのだが、アラブ人はナイフをちらつか
せ、ムルソーは彼を拳銃で撃ってしまう。
ムルソーは逮捕され、留置場に入れられるが、たくさんの犯罪者が雑魚寝状態な
ので驚いた。マリーが面会に来るが、他の人たちにも面会者が来ていて、檻越し
に一斉にしゃべっているので何を言っているのかよくわからない。昔の留置場っ
てこんな風だったのか。やがてムルソーの裁判が始まるが、彼は殺人の理由を聞
かれて「太陽がまぶしかったから」と答え、陪審員たちに失笑される。けれども
ムルソーにはそれしか理由が思いつかないのだ。ただでさえ暑いのに、アラブ人
が持っているナイフに太陽の光が反射して、頭がクラクラしていた。夏でなけれ
ばムルソーは殺人を犯さなかったのかもしれない、と思った。
訳のわからないことを言っているムルソーは無神論者で、それが更に判事の心証
を悪くした。もはやムルソーの犯行について審議するのではなく、彼の人間性を
問う裁判になっている。老人施設の職員も出廷し、ムルソーが母親の死を悲しん
でいなかったことを証言する。母親の死など事件には何の関係もないのに、その
ことでムルソーは冷酷な人間だと判断されてしまう。そして非人道的で不道徳だ
ということで死刑判決が下りてしまうのだ。多分ムルソーは冷酷なのではなく、
感情が薄いのだろう。母親が死んだことも、アラブ人が死んだことも、自分が死
刑になることも、大した意味を持たないのだ。
ラスト近くで独房に入れられたムルソーが司祭と話すシーンは印象的だ。全てに
おいて無感情なムルソーが、司祭と神について話した時は口論のようになってし
まう。司祭は「神を信じないなんて気の毒に」と言う。ムルソーは気の毒な人な
のだろうか。私にはよくわからない。カミュの小説は読んだことがないが、こう
いう不条理な物語を書く人なんだなあと思った。読めばきっとおもしろいだろう。
この映画の時マルチェロ・マストロヤンニは42~43歳くらいで、とてもかっこ
よかった。年を取ってからもいいけれど。


良かったらこちらもどうぞ。ルキノ・ヴィスコンティ監督作品です。
ベニスに死す
若者のすべて
家族の肖像



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ウィッチ

2021-06-08 22:42:38 | 日記
2015年のアメリカ映画「ウィッチ」。

1630年、ニューイングランド。父ウィリアム(ラルフ・アイネソン)と母キャサリン
(ケイト・ディッキー)は、5人の子供たちと共に敬虔なキリスト教生活を送るため、
森の近くの荒れ地にやってきた。しかし、赤ん坊のサムが何者かに連れ去られ、行
方不明になってしまう。連れ去ったのは森の魔女か、それとも狼か。悲しみに沈む
家族だったが、ウィリアムは美しく成長した長女トマシン(アニャ・テイラー=ジ
ョイ)が魔女ではないかと疑い始める。疑心暗鬼になった家族は、やがて狂気の淵
へと陥っていく。

第31回サンダンス映画祭で監督賞(ロバート・エガース)を受賞したホラー映画。か
なり宗教色の濃い映画だった。信仰に熱心なあまり教会に異議を唱えた一家は追放
され、森の近くの荒れ地に住まいを移す。そしてここで家族力を合わせてやってい
こうと祈りを捧げる。ある日長女のトマシンが末っ子の赤ん坊サムを森の入り口に
連れて行って、いないないばあをしてあやしていると、サムが忽然と姿を消す。驚
いたトマシンは必死にサムを捜すが見つからない。この赤ん坊のいなくなり方が気
持ち悪い。トマシンが目を隠している一瞬のうちに消えてしまうのだ。
母のキャサリンは悲しみに暮れながら祈り続けるが、父のウィリアムは早々に捜索
をやめてしまう。「もう生きてはいないだろう」と。この事件をきっかけに家族の
均衡は崩れ始める。キャサリンは常にイライラしており、双子の男女はうるさくて
いたずら好きで落ち着きがない。トマシンは母親に「どうして双子から目を離した
の」と怒られるが、自分が親なのだから自分が見ればいいのにと思う。母親は何故
かトマシンに対して冷たく、大切にしている銀のコップがなくなったのもトマシン
のせいにして責める。
キャサリンのヒステリックな性格のせいもあるのか、物語にはずっと不穏な空気が
漂う。長男(トマシンの弟)ケレイブ(ハーヴェイ・スクリムショウ)は大人っぽく成
長したトマシンを意識するようになる。そして今度はケレイブまでもが行方不明に
なってしまう。やがてウィリアムとキャサリンはトマシンが魔女なのではないかと
思い始める。トマシンが双子のいたずらをやめさせるために「私は魔女よ。誰にも
言ってはいけないわよ」と嘘をついていたのを、双子が言いつけたのだった。それ
にしても娘を魔女だと疑うなんて、この両親はどうかしているのではないか。そう
いう時代だったのか。
作物も育たず、一家は困窮していき、皆の心はバラバラになっていく。父親は神に
祈るだけでトマシンから非難される。この父親、信仰心は篤いが甲斐性なしなのだ。
母親はトマシンに嫉妬心というか対抗心を抱き、トマシンがケレイブを誘惑したの
だと言う。本当にこの母親にはイライラさせられる。一家が飼っている黒ヤギや白
ヤギや犬の存在が効果的に使われており、物語はとても不気味。ラストもこうなる
しかないよねという感じ。トマシンは救われたのだろうか。怖くておもしろかった。




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香港画

2021-06-04 22:45:15 | 日記
2020年の日本映画「香港画」を観に行った。

2019年2月、香港政府が逃亡犯条例及び刑事相互法的援助条例の改正案提出を
発表したことをきっかけに、香港全土で大規模な反対運動が巻き起こる。運動
は徐々にエスカレートし、6月には103万人の市民による逃亡条例反対のデモ
行進が行われる。同年10月、仕事で香港に滞在していた堀井威久麿監督は、
デモに参加している人々の若さに驚き、彼らが何を考え、何を発信しているの
かを知るために記録を始める。若者たちの声を聞きながら、デモ隊と警察が衝
突する中でも撮影を続けた堀井監督は、デモ隊と共に催涙ガスやペッパースプ
レーを浴びながらもカメラを回し続けた。そうして完成した28分の迫真の映
像から、香港の若者たちが何故戦うのか、またメディアを通じてその様子を目
にする人々が、彼らの声にどう向き合い、応えるのかを問う。

2019年の香港民主化デモを記録した短編ドキュメンタリー。門真国際映画祭
2020でドキュメンタリー部門・最優秀賞を受賞し、地元・香港でも注目を集
めている。香港のデモの様子は日本でもニュースで何度も目にしているが、こ
うして映画にまとめられると圧巻であり、とてもショッキングだった。堀井威
久麿監督は別件の仕事で香港に滞在していた際、偶然にも香港の中心街でバリ
ケードを作るデモ隊と遭遇した。混乱の中、半ば興味本位で彼らの後をついて
いくにつれ、大学生、高校生や下は中学生と皆年齢が若かったこと、武勇派(
戦闘部隊)に女子も多く含まれていたことに驚かされたとのこと。
ものすごい数の人、人、人。本当に学生が多い。ケガをすれば救護係が飛んで
くる。警察はとても乱暴だ。デモ隊は警察のことを「ブラック・ポリス」と呼
び、必死の抵抗をしていた。堀井監督はその様子を撮影せずにはいられなかっ
たのだろう。多くの人にインタビューをしていたが、日本語が話せる人が多い
のにびっくりした。しかもとても流暢だ。香港の人はどうしてあんなに日本語
を話せるのだろう。通訳を職業にしている人もいたが、もうネイティブ並みだ
った。
大したこともしていないのに逮捕されてしまう。彼らは「どこが公務執行妨害
なのか」と訴えていた。頭が血まみれになっている人や、壁に飛び散った血や、
ストリート・ミュージシャンが歌う「イマジン」などがとても印象に残った。
デモの最中に亡くなった人もいる。香港の人たちの叫びや悲しみが聞こえてく
る。そして2019年11月27日に香港人権・民主主義法案にトランプ大統領が署
名し、同法が成立したことを受けて、人々が歓喜に沸き、アメリカ国旗を掲げ
てアメリカの国家を歌う姿は忘れられない。私たちは香港の民主化デモのこと
を忘れてはいけない。壁には「PLEASE REMEMBER WHO THEY ARE」と書
かれていた。




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