DAISPO WORLD BOXING EXPRESS

今年もやってるやってる~

この階級、この選手(フライ級編①)

2014年08月25日 23時40分09秒 | ボクシングネタ、その他雑談
1990年代初頭からの約20年間、それぞれの階級で印象に残った選手を挙げていっております。自分自身に科したルールは各選手、登場するのは1階級のみ。また、選んだ選手がその階級実力№1とは限りません。

これまでに、リカルド ロペス(メキシコ)、マイケル カルバハル(米)というスター選手に続いてレオ ガメス(ベネズエラ)という軽量級で長きに渡り活躍した選手が登場してきました。今回はかなり地味な選手を選びました。その地味な選手とは、1990年代半ばに1年半ほどWBAフライ級王座に君臨したホセ ボニージャ(ベネズエラ)。在位期間中には日本のリングにも2度登場し、意外な強さを見せ防衛を果たした選手です。



1967年11月19日生まれのボニージャは1990年3月にプロデビューし、約10年間、1999年10月までプロのリングに上がりました。終身戦績は26勝14KO5敗1引き分け。KO率は44%で世界戦のみの戦績は4勝2KO2敗。戦績だけ見ると、何となく日本の世界王者を連想させてしまいます。日本の世界王者を連想してしまうと書きましたが、ボニージャが母国ベネズエラ以外で戦ったのは4度のみ。そのすべてが世界戦となります。

デビュー17戦目まで順調なキャリアを築いたボニージャ。その間に、ベネズエラ国内とWBAのラテンフライ級王座を獲得しています。しかし1993年の行われた自身の18戦目、対同国人で日本でもお馴染みの元WBAフライ級、スーパーフライ級王者ヘスス ロハスにTKO負けを喫したボニージャ。翌年9月のロセンド アルバレス(ニカラグア)の保持するWBAラテンのミニマム級戦、ヒルベルト ゴンザレス(ベネズエラ)とのベネズエラ国内戦に立て続けにTKO負けを喫してしまいます。

1996年6月にベネズエラ国内のライトフライ級王座を獲得。しかしひ弱なイメージを払拭するまでには至りませんでした。しかし同年11月、安全パイとしてタイのリングに招聘されます。それまで中南米の強豪達を連破しWBAフライ級王座の9連続防衛に成功していたセーン ソー プルンチット(タイ)に挑戦し、2対1ながらも明白な試合内容で同王座を獲得。世界を震撼させました。

1997年はまさにボニージャの絶頂期を呼んでいいでしょう。大阪のリングで井岡 弘樹(グリーンツダ/一翔の叔父)、山口 圭司(グリーンツダ)にそれぞれTKO勝利。地元で指名挑戦者のエバンゲリオ ペレス(パナマ)にも快勝し、世界王座の3連続防衛に成功します。翌年5月にラスベガスのリングで世界王座と決別しますが、その評価を落とす試合内容ではありませんでした。

   

やや変則的なスタイルではありましたが、それ以外にはこれといった武器を持っていなかったベネズエラ人。個人的にボニージャのベスト試合は、山口との3度目の防衛戦だと思います。

ボニージャの獲得した王座(獲得した順):
ベネズエラ国内フライ級:1992年11月20日獲得(防衛回数0)
WBAラテン・フライ級:1993年4月17日(2)
ベネズエラ国内ライトフライ級:1996年6月15日(1)
WBAフライ級:1996年11月24日(3)
WBAラテン・スーパーフライ級:1999年10月9日(0)

ラテン王座の2階級制覇達成後に現役を退いたボニージャ。喘息(ぜんそく)持ちだったとは知りませんでした。残念ながらそれが原因で2002年6月14日に34歳という若さで他界されています。
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