Dr.K の日記

日々の出来事を中心に、時々、好きな古伊万里について語ります。

色絵 波に千鳥文 豆皿

2021年02月23日 16時12分11秒 | 古伊万里

 今回は、「色絵 波に千鳥文 豆皿」の紹介です。

 これは、平成2年に、東京・平和島の「全国古民具骨董まつり」会場から連れ帰ったものです。

 全体では3枚で、1枚には口縁に小さなニューがありましたし、残りの2枚には、それぞれ、口縁に比較的に大きなソゲ傷があって痛々しさと見苦しさが目立っていました(~_~;)

 「こんなもの買って帰ってもしょうがないな~」と思ったのですが、3枚が、揃って、「是非、連れ帰ってください。コレクションの仲間に入れてください」という目つきをするんです(^_^;

 私は、最初は、「このやろ~、私のコレクションを馬鹿にしやがって! 私のコレクションはそんなにレベルが低くはないぞ! お前達を加えたら、レベルが下がってしまうじゃないの!」と思いました。

 でも、よく考えてみたら、「私のコレクションは、客観的にみたら、そんなにレベルは高くないよな~。ここにある3枚とどっこいじゃないかな~」と思うようになってきました(~_~;)

 それに、ここで連れ帰ってやらなければ、いずれは、この3枚はこの世から抹殺されることになるのだろうな~、それも可哀想だな~、とも思うようになり、遂には、連れ帰ることになった次第です(笑)。

 

 

表面(3枚で)

上:口縁の12時の方角に小さなニューが2本あります。

下:それぞれの口縁の6時半の方角にソゲ傷があります。ソゲ傷は、私が白セメントを詰め、痛々しく感じないように、また、見苦しさが目立たないように補修しました。

 

 

裏面(3枚で)

 

 

表面(代表の1枚で)

 

 

 見込み面は、蛇の目状に釉剥ぎがされています。上に重ねる製品の高台に合わせて釉剥ぎをするわけで、釉剥ぎの痕跡が蛇の目状に残るわけですね。そして、この豆皿の場合は、釉剥ぎした部分を上絵で装飾しています。

 重ね焼きをして量産化はしていますが、釉剥ぎした部分を上絵で装飾するという、一つの手間を加えてはいるわけですね。

 

 

裏面(代表の1枚で)

 

 

生 産 地 : 肥前・有田

製作年代: 江戸時代後期(厳密には、中期の終り頃から後期にかけてのもの)

サ イ ズ : (代表の1枚のサイズ)

        口径;10.0cm  高さ;1.4cm  底径;5.6cm


染錦 太湖石花文 ミニ髭皿(ヒゲザラ)

2021年02月22日 19時10分46秒 | 古伊万里

 今回は、「染錦 太湖石花文 ミニ髭皿(ヒゲザラ)」の紹介です。

 これは、平成2年に(今から31年前に)、東京の古美術店から買ってきたものです。

 

表面

非常に保存状態が良いようです。

ドールハウス用だったので、実用にはされなかったからでしょう。

 

 

裏面

 

生 産  地: 肥前・有田

製作年代: 江戸時代中期(1700~40年代)

サ  イズ : 口径;10.0cm  高さ;3.2cm  底径;4.4cm

 

 

 ところで、これを買った時点で、ミニ髭皿というものが世の中には存在すること、また、それが珍品であることは承知していました。

 といいますのは、「図鑑 伊万里のすべて」(野村 泰三著 光芸出版 昭和55年 初版 第4刷発行)という本を読んでいて、その16ページに、

 

「  古伊万里染錦草花文ひげ皿

        享保前後   径11cm  高台径4.3cm

ミニ髭皿である。

はじめみたときは、ちょっと信じがたかった。それもそのはず、これはひげ皿としては、ものの用にもたちがたいしろものだから。

だが、手にとってみると、製作年代はやはり江戸中期はバッチリあった。ひげ皿のサンプルという説もあるが、はたして何に使用したものか。大珍品ではある。   」

 

と書いてあることを知っていたからです。

 また、上掲書の17ページにはカラーの写真も載っていて、それも見ていたからでもあります。

 

上の写真の下側の2枚がミニ髭皿

 

 

 しかし、手に入れた当座は、「やった~! 大珍品を手に入れた!」と喜んだものですが、だんだんと不安になってきました(~_~;)

 だいたいにおいて、大珍品が、そう簡単に手に入るわけがないですものね(><) それに、保存状態が良すぎて、それほど時代を感じなくなってきたんです(><) 上掲書にあるような、「手にとってみると、製作年代はやはり江戸中期はバッチリあった」という感じがしないんです(><)

 それで、だんだんと、「これは、後世の写しなのではないだろうか、、、」と思うようになってきたわけです(~_~;)

 それからは、このミニ髭皿は、後世の写しであろうと思うようになっていたわけですが、その後、平成12年(2000年)に発行された「日蘭交流400周年記念・佐賀県立九州陶磁文化館開館20周年記念 古伊万里の道」(佐賀県立九州陶磁文化館監修)を見て、ビックリしました。

 

 

 上掲書の94ページに、このミニ髭皿と同じようなものが掲載されていたからです。

 

表面(上掲書の94ページから転載)

   181 色絵花文髭皿(ミニチュア)

   有田 1700~40年代

   口径10.8 高さ3.3 高台径4.6

   源右衛門窯 古伊万里資料館

 

 

裏面(上掲書の94ページから転載)

 

 

 上掲書によりますと、ミニ髭皿の用途はドールハウス用のものだったんですね。

 上に掲載されているミニ髭皿は保存状態が悪いですが、ドールハウス用だったとすれば、実用になどされませんから、保存状態が良く、最近作られたように見えてもおかしくないものがありうるわけですよね。

 また、ドールハウス用だったわけですので、結構な数は存在したわけですから、大珍品とまでは言えないわけですよね。

 そのように考えるようになり、やはり、このミニ髭皿は、江戸中期はあると思うようになった次第です(^-^*)

 

 

 

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追記 (令和3年3月1日)

 このミニ髭皿を紹介したのち、或る方から、「ミニ髭皿がドールハウス用のものだったということですが、具体的には、ドールハウスではどのように使われていたのでしょうか?」とのコメントが寄せられました。

 それで、次に、参考までに、上掲書「日蘭交流400周年記念・佐賀県立九州陶磁文化館開館20周年記念 古伊万里の道」(佐賀県立九州陶磁文化館監修 平成12年(2000年)発行)から、ドールハウスでの使用例を2例紹介したいと思います。

 

<ドールハウスでの使用例:その1>(上掲書P.152から転載)

 

髭皿をかけた場面を再現している例

     ペトロネア デュノワ夫人のドールハウス 1676年頃 

     アムステルダム国立博物館 『17世紀のドールハウス』図録1994年より転載

 

 

<ドールハウスでの使用例:その2>(上掲書P.152から転載)

 

髭皿は、髭を剃るために使用する以外に、瀉血療法のために使用したともみなされている。それを示しているのか、患者を処置する様子をあらわしたドールハウスに、従者が髭皿を持っている場面を再現している例

     ドールハウス 所蔵不明

     写真提供:源右衛門窯


骨董市と古美術品交換会

2021年02月21日 17時56分49秒 | 骨董市など

 今日は、私にとって、月に一度の「骨董市と古美術品交換会」の日でした。

 といっても、先月は、コロナ禍のために行かなかったものですから、2ヶ月ぶりでのことでした。

 本当は、我が県では、我が県独自の緊急事態宣言が発令されていて、それがまだ解除されていませんから、不要不急の外出は自粛しなければならないところですが、それを横目にしながら行ってきてしまいました(~_~;)

 

 まずは、骨董市会場へ!

 今日は、まだ2月だというのに暖かい日でした。春を感じました(^-^*)

 会場内をぶらぶらしていましたら、「あれっ!」というものを発見です。

 以前、20年ほど前に、近くの田舎の骨董屋で買ってきた「染付 山水文 輪花形小皿」と同じようなものを見つけたんです。

 20年ほど前に買ってきたものにはニューがありますが、これは無傷です! 

 「多分、同じ文様だと思うので、これを買えば一対になるな~」と考え、購入することに(^-^*)

 

 その後、骨董市会場には、めぼしい古伊万里は無さそうなので、次なる古美術品交換会会場へと急ぎます。

 今日は、やはり、コロナの影響のためか、出席者は少なめでした。

 ところで、私の行っている古美術品交換会は、趣味の同好会が主催しているものですから、その同好会の会則に則り、毎年2月に総会が開催されることになっています。

 それで、まず、総会を開催し、その終了後、交換会が始まりました。

 出席者も少なめですから、交換会に出品される品物も少なめです。私にとっては、気に入った古伊万里も登場してきませんでしたので、結局、何も買わずに終わってしまい、昼食を摂って解散となりました。

 ということで、今日の戦果は、骨董市会場で買った「染付 山水文 輪花形小皿」1点のみです。

 それについては、帰宅後に確認しましたところ、20年ほど前に買ってきたものと同じ文様であることが分かりました(^-^*)

 

 そこで、20年ほど前に買ってきたもの(正確には、平成10年に買っていますから、23年前に買ってきたものということになります)と、今日買ってきたものを、次に、一緒に紹介したいと思います。

 

 

染付 山水文 輪花形小皿(一対)

 

    平成10年に買ってきたもの(表)     今日買ってきたもの(表)

 

 

 

   平成10年に買ってきたもの(裏)     今日買ってきたもの(裏)

 

 

平成10年に買ってきたもの(表)

見込み面の中頃に縦のニューがあります。

 

 

平成10年に買ってきたもの(側面)

 

 

平成10年に買ってきたもの(裏)

 

 

今日買ってきたもの(表)

無傷です。

 

 

今日買ってきたもの(側面)

 

 

今日買ってきたもの(裏)

 

 

生  産 地 : 肥前・有田

製作年代: 江戸時代中期

サ イ ズ : 平成10年に買ったもの・・口径16.4cm 高さ2.9cm 底径9.3cm

      今日買ってきたもの・・・・口径16.5cm 高さ2.9cm 底径9.4cm


染付 山水網干文 小角皿

2021年02月20日 16時38分37秒 | 古伊万里

 今回は、「染付 山水網干文 小角皿」の紹介です。

 

 

表面

 

 

側面

 

 

 

裏面

 

生 産  地: 肥前・有田

製作年代: 江戸時代前期

サ イ  ズ: 口径;13.5×10.6cm  高さ;2.5cm  底径;.8.7×5.8cm

 

 

 ご覧のように、地味な、なにかパットしない、存在感の薄い小角皿です(~_~;)

 特に魅力があるわけでもなく、従って、それほど使われることもなかったために割られることもなく、何となく長く生き残ってきたという感じのものですね(~_~;)

 この小角皿につきましては、既に、かつての拙ホームページの「古伊万里への誘い」の中で紹介しているところです。

 そこで、その紹介文を次に転載することで、この小角皿の紹介に代えさせていただきます。

 

 

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        <古伊万里への誘い>

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*古伊万里ギャラリー117  古九谷様式染付山水網干文小角皿 (平成20年1月1日登載)

 山水文なので平凡である。特にインパクトを感じさせない。

 でも、この小角皿には、狭い所にいろんなものが描き込まれている。柳の木の下には東屋があったり、湖か川とおぼしき所には舟と人物が描かれ、岸辺には網を干している光景まで描かれている。山水文のデパートのようである。

 しかしながら、それほど繁雑に感じさせないのはなぜだろう? いかにも湿潤なのんびりとした、日本の何処にでもありそうな光景を描いたからであろうか。いや、そればかりでもなさそうだ。狭い空間を上手に処理している。空間処理の巧みさが伺えよう。その点では、平凡な中にも非凡さを宿しているといえようか。

 また、高台作りにも非凡さが認められる。
 そもそも焼物の高台は丸と決まっている。世界中のどこもがそう決まっている。それを打破したのは日本の焼物ぐらいであろう。
 この小皿は、器の形に沿った形に高台も作られているのである。
 高台も角形で、糸切り細工の付け高台である。それだけに、高台の高さも高く、格調も高い。

 以上のように、よく見てみると、平凡の中に非凡さを宿した小角皿ではある。

 

江戸時代前期   口径:13.5×10.6cm  高さ:2.5cm  底径:8.7×5.8cm

 

 

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*古伊万里バカ日誌55 古伊万里との対話(山水文の小角皿)(平成19年12月筆)    

登場人物
  主 人 (田舎の平凡なサラリーマン)
  凡 夫 (古九谷様式染付山水網干文小角皿)

 

 

 

・・・・・プロローグ・・・・・

 今回も、主人は、「押入れ帳」を見ながら、対話する相手を物色していた。例によって、主人の家に来た順番を優先して物色していたが、「押入れ帳」を見ただけでは全く思い出せない「小角皿」が目に留まった。「どんなものだったのかな~」と俄然興味が湧き、さっそく押入れから引っ張り出してきて対話をはじめた。

 

 

主人: いや~、びっくりした。お前を全く思い出せなかった。現物を見ても、「こんなのが我が家にあったんだっけかな~」との思いだった。でも、「押入れ帳」の記述と現物のお前とを対比して見ていたら、だんだんと思い出してきたよ。
 お前は。我が家に平成2年に来ているから、もう17年も経つんだね。人間の記憶なんか、17年も経つとすっかり薄れてしまうもんだね。

凡夫: でも、他の方についてはよく覚えているんでしょう。全く忘れてしまうということは、私が取るに足らない駄物だからなんでしょうよ・・・・・。

主人: まっ、そういうわけでもないんだけどね(汗)。
 確かに、お前には特徴がないんだよね。
 平凡というか、ごく普通の図柄だからね。
 よく見かけるんだよ、この手の図柄は。

凡夫: よく見かける図柄なんですか?

主人: 山水文の染付というのはザラにあるからな。ただ、お前には、東屋のようなのまで描いてあったり、遠くには舟と人物も描いてあるし、近くの岸辺には網を干しているところまで描いてある。山水文に描いてある図柄が全部詰っているようなもんだ。山水のデパートみたいなもんだね。そんなのは珍しいかもしれない。

凡夫: どうして山水文は多いんでしょうか?

主人: どうしてなんだろうかね。
 季節に関係なく、一年中何時でも使えるからなんだろうかね。掛軸だってそうだものね。「書」とか「水墨の山水画」の掛軸なんか、季節を問わず、一年中掛けておけるから・・・・・。山水文の染付の器もそれに通ずるのかもしれないな。季節にとらわれず、一年中何時でも気軽に使えるからなのかもしれない。
 それに、山水文には飽きがこないからだろうかね。しょっちゅう見ていても飽きがこない。特に日本人にとっては、ごくありふれた光景だから、毎日のように見ていても抵抗がない。目障りにならないんだ。ごく日常の生活の中に溶け込んでしまっているからだろう。水と空気と同じようにね・・・・・。もっとも、最近では、環境汚染とかなんとかで、水や空気にも神経を使うようになってきてしまってはいるけどな。水は水道水を飲まないでペットボトル入りの水を買ってきて飲んだり、部屋には空気清浄機を取り付けたりするようになってきてしまった。このぶんでは、山水文も目障りに感じられるようになってきてしまうのかな~?

凡夫: それはそうと、今日はお正月ですよね。掛軸だって、お正月は、特別、お目出度いものを掛けるんではないですか。器だって、晴れがましいものと対話すべきだったのではないですか。こんな、私のような、何の晴れがましさもない平々凡々なものと対話していてもしょうがないでしょう。

主人: うん。私も途中からそう思った。
 でもね、こんな田舎の老いたサラリーマンの家庭には、毎年毎年そうは晴れがましいことが生ずるわけでもないし、晴れがましいことを願って祝う必要性もないんだ。毎日毎日の平凡な日々が続くことを願うだけだ。正月はその連続の一応の区切りといったところかな。そういった意味では、我が家のようなところには、むしろ、お前のような平凡なものと対話することこそ正月にふさわしいと思っている。
 これから、お前の上に、お節料理でも取り分けて盛って、「越乃○梅」でも傾けながら、ささやかに年の初めを祝うことにしよう。