8月30日の信濃毎日新聞の社説は「知事と県会-緊張と協力の関係つくれ」というものでした。首長と議員とのあるべき姿を的確に述べており大変参考になりました。その内容を下記に掲載します。
-------------------------------
知事と県会-緊張と協力の関係つくれ
阿部守一氏が9月1日、長野県知事に就任する。知事と県議会の関係も新しいステージに入る。首長と地方議会はどんな関係を結ぶのが望ましいか、この機会をとらえあらためて考えてみたい。
格好の材料がある。、鹿児島県阿久根市と名古屋市で進められているリコールだ。阿久根市の竹原信一市長は2年前の当選以来、議会との対立を続けている。「おまえらとは話さない」といった言葉を投げつけ、議会に諮らないまま条例見直しや幹部人事を進めてきた。許されることではない。見かねた市民が、市長の解職を求めるリコール署名に乗り出した。
チェックとバランス
名古屋市では河村たかし市長自身が先頭に立って、市議会解散を求めるリコールの署名集めを始めた。議会を解散に追い込み、自らも辞任、市議、市長のダブル選挙に持ち込んで反市長派の議員を追い落とそうともくろんでいる。
国政では国民が選ぶことができるのは議員だけだ。選ばれた議員が首相を選び、首相が内閣をつくる。議院内閣制である。
これに対し県や市町村では、首長と議員の両方が住民に直接選ばれる。二元代表制と呼ばれる。言い換えれば大統領制だ。別の選挙で選ばれるために、二元代表制ではしばしば首長と議会多数派の路線がずれ、対立する。時には首長が議会の大半と敵対するオール野党状態になる。田中康夫前知事の時の長野県議会がこれに近かった。
対立を乗り越え行政を進めるためには、首長と議員が緊張感ある協力関係をつくる必要がある。チェック・アンド・バランスだ。首長と議会は車の両輪。どちらかが上という話ではない。
二元代表制を磨く
こう考えてくると、阿久根と名古屋、両市長の行動は本質的な問題をはらんでいることが分かる。二元代表制の否定である。
立法府と行政府が協力する政治文化のないところでは、議会に住民の批判が集まってデモクラシーの基礎が掘り崩される-。政治学者の大山礼子さんは「自治体の構想」(岩波書店)で書いている。2市で進むリコールの先に深刻な政治不信が待ち構えていないか、心配になる。
地方にも議院内閣制を導入したらどうか、という議論をこのごろよく聞く。議会多数派から知事や市町村長を選ぶやり方だ。地方議会はとかくオール与党になりやすい。首長と議会多数派が必ず一致する仕組みにすると、チェック機能はもっと弱くなりかねない。今のところは、二元代表制の運用を磨き上げることを考えるのがいいだろう。
憲法は93条2項で、自治体の首長、議員は「住民が直接これを選挙する」と定めている。地方に議院内閣制を導入するには憲法の改正が必要になる。現実問題としても、今は二元代表制のほかに選択肢はない。
二元代表制を上手に運用するためには、首長と議会がともに住民意思を代表する者として協力し、牽制しあう関係を築く必要がある。この点では首長、議会の双方に努力の余地が大きい。とりわけ議会である。
「真の『改革』を目指すなら導き出される方向はひとつです。それは『議会の解体』と『役所の民営化』です」。阿久根市の竹原市長は近著「独裁者」(扶桑社)で書いている。暴論である。問題はそうした考えの下、議会を否定する政治家が市長の座に押し上げられたことにある。議員の仕事に市民が満足していないことを裏書する。
是々非々の論戦を
長野県では西沢権一郎氏と吉村牛良氏の2代合わせて41年間、オール与党い近い県政が続いた。田中県政になって知事と議会は激しく対立、知事不信任案可決-知事失職-出直し選挙-田中知事再選、の経過をたどった。
オール与党も知事・議会の敵対も、健全な県政運営を損なう。村井県政になって知事と議会多数派との対立は解消したけれど、それでチェック機能が向上したかどうかは別問題だ。
スタートする阿部県政では、先の知事選で対立候補を支援した議員が議会の過半数を占める。いわゆる少数与党である。「(与党が)多数派でないほうが、むしろしっかりとした議論ができる」。阿部氏の言葉だ。全県議を対象に信濃毎日新聞が行ったアンケートでは、阿部県政に対し4人のうち3人が「是々非々で臨む」と答えている。
二元代表制では、議会は知事や市町村長の行為をチェックするのが役割で、与党、野党という区別は不適切。強いて言えば議会全体が野党的であるべきだ-。そんな見方もある。一理ある。「しっかり議論する」「是々非々で臨む」。知事と議員が言葉の通り緊張感ある関係を保つことが、県政をよくする出発点だ。(信濃毎日新聞平成22年8月30日社説)
-------------------------------
知事と県会-緊張と協力の関係つくれ
阿部守一氏が9月1日、長野県知事に就任する。知事と県議会の関係も新しいステージに入る。首長と地方議会はどんな関係を結ぶのが望ましいか、この機会をとらえあらためて考えてみたい。
格好の材料がある。、鹿児島県阿久根市と名古屋市で進められているリコールだ。阿久根市の竹原信一市長は2年前の当選以来、議会との対立を続けている。「おまえらとは話さない」といった言葉を投げつけ、議会に諮らないまま条例見直しや幹部人事を進めてきた。許されることではない。見かねた市民が、市長の解職を求めるリコール署名に乗り出した。
チェックとバランス
名古屋市では河村たかし市長自身が先頭に立って、市議会解散を求めるリコールの署名集めを始めた。議会を解散に追い込み、自らも辞任、市議、市長のダブル選挙に持ち込んで反市長派の議員を追い落とそうともくろんでいる。
国政では国民が選ぶことができるのは議員だけだ。選ばれた議員が首相を選び、首相が内閣をつくる。議院内閣制である。
これに対し県や市町村では、首長と議員の両方が住民に直接選ばれる。二元代表制と呼ばれる。言い換えれば大統領制だ。別の選挙で選ばれるために、二元代表制ではしばしば首長と議会多数派の路線がずれ、対立する。時には首長が議会の大半と敵対するオール野党状態になる。田中康夫前知事の時の長野県議会がこれに近かった。
対立を乗り越え行政を進めるためには、首長と議員が緊張感ある協力関係をつくる必要がある。チェック・アンド・バランスだ。首長と議会は車の両輪。どちらかが上という話ではない。
二元代表制を磨く
こう考えてくると、阿久根と名古屋、両市長の行動は本質的な問題をはらんでいることが分かる。二元代表制の否定である。
立法府と行政府が協力する政治文化のないところでは、議会に住民の批判が集まってデモクラシーの基礎が掘り崩される-。政治学者の大山礼子さんは「自治体の構想」(岩波書店)で書いている。2市で進むリコールの先に深刻な政治不信が待ち構えていないか、心配になる。
地方にも議院内閣制を導入したらどうか、という議論をこのごろよく聞く。議会多数派から知事や市町村長を選ぶやり方だ。地方議会はとかくオール与党になりやすい。首長と議会多数派が必ず一致する仕組みにすると、チェック機能はもっと弱くなりかねない。今のところは、二元代表制の運用を磨き上げることを考えるのがいいだろう。
憲法は93条2項で、自治体の首長、議員は「住民が直接これを選挙する」と定めている。地方に議院内閣制を導入するには憲法の改正が必要になる。現実問題としても、今は二元代表制のほかに選択肢はない。
二元代表制を上手に運用するためには、首長と議会がともに住民意思を代表する者として協力し、牽制しあう関係を築く必要がある。この点では首長、議会の双方に努力の余地が大きい。とりわけ議会である。
「真の『改革』を目指すなら導き出される方向はひとつです。それは『議会の解体』と『役所の民営化』です」。阿久根市の竹原市長は近著「独裁者」(扶桑社)で書いている。暴論である。問題はそうした考えの下、議会を否定する政治家が市長の座に押し上げられたことにある。議員の仕事に市民が満足していないことを裏書する。
是々非々の論戦を
長野県では西沢権一郎氏と吉村牛良氏の2代合わせて41年間、オール与党い近い県政が続いた。田中県政になって知事と議会は激しく対立、知事不信任案可決-知事失職-出直し選挙-田中知事再選、の経過をたどった。
オール与党も知事・議会の敵対も、健全な県政運営を損なう。村井県政になって知事と議会多数派との対立は解消したけれど、それでチェック機能が向上したかどうかは別問題だ。
スタートする阿部県政では、先の知事選で対立候補を支援した議員が議会の過半数を占める。いわゆる少数与党である。「(与党が)多数派でないほうが、むしろしっかりとした議論ができる」。阿部氏の言葉だ。全県議を対象に信濃毎日新聞が行ったアンケートでは、阿部県政に対し4人のうち3人が「是々非々で臨む」と答えている。
二元代表制では、議会は知事や市町村長の行為をチェックするのが役割で、与党、野党という区別は不適切。強いて言えば議会全体が野党的であるべきだ-。そんな見方もある。一理ある。「しっかり議論する」「是々非々で臨む」。知事と議員が言葉の通り緊張感ある関係を保つことが、県政をよくする出発点だ。(信濃毎日新聞平成22年8月30日社説)