横浜銀蝿のドラマーでありリーダーの嵐が旅立ちました。2022年7月4日。肺炎。67歳。
10数年前に脳梗塞を患うも、奇跡的な回復力で復活。ステージを務めていました。サポートドラマーをつけながらも、日々人工透析を続けながらドラムを叩くなんて、尋常じゃな~い!すごいよ、嵐!
初めて横浜銀蝿を見たのは、やっぱり高校時代のTBS「ベストテン」かな。あのいで立ちで、強面で、でも「ツッパリhigh schoolロックンロール」イントロの「行って来ま~す!」にへッ?とずっこけた記憶があります。それまでダウンタウンブギウギバンドやツイスト、柳ジョージ&レイニーウッド、チャー、矢沢永吉・・・「ロックはがっつり骨太」と捉えていた身としてはなんじゃこりゃ?となったわけです。
それでも、親しみ易いロックンロールのリズムに面白かったりカッコよかったりする歌詞がのっかって、これでもかというぐらいテレビを見ている僕らに畳みかけてきましたね。気がついたら僕も文化祭や学内コンサートでこの曲を演奏していました(笑)。
「ぶっちぎり」(1980年・キングレコード)
デビューシングル「横須賀BABY」と同時に発売された1stアルバム。イケイケのロックンロールがあるかと思いきや、「尻とりロックンロール」「そこのけロックンロール」など14秒とか56秒の楽曲もあって、「こりゃ、イロモノバンドだな」と正直思いました。しかしながらその後もヒットを飛ばしベストテンの常連となり、武道館を満タンにして、存在感も人気も絶頂期の時に”公約通り”解散。たった3年間で日本国中の少年少女を虜にしただけでなく、音楽業界にもインパクトを与えました。その後はそれぞれの活動が中心となりましたが、3人で再結成したり、昨年はデビュー40周年を記念して「この4人で最初で最後の再結成」で年間ツアーを慣行しました。
忘れたくても忘れられない、記憶に残り、体に染みついているジャパニース・ロックンロールバンドですね
嵐さん。安らかに。