25時間目  日々を哲学する

著者 本木周一 小説、詩、音楽 映画、ドラマ、経済、日々を哲学する

独裁、市民の力

2019年02月17日 | 社会・経済・政治
 窓から道路に糞を投げ捨てていたパリは道路は糞がつもり不潔極まりなかった。ナポレオン3世の治世下パリ市長のオスマンがパリを大改造して、下水道を作り、道路を広げた。17年かかtらという。これは「ぶらタモリ」で紹介されていたことだが、有名な話だ。ヨーロッパはよほど汚い、不衛生なところだったのはペストでの死亡、コレラらの死亡が多かったことでもわかる。
 石造りの街をみているとそう簡単に建物は壊せないと思うから、オスマン市長は強権を発動し、ナポレオンがそれを支えるという格好でなし得たのだろう。
 当時立ち退きを強いられた人々には代替地が与えられたのか、優遇措置があったのかはぼくはしらない。市民の手で王政を破り、共和政をつくり、ナポレオンの独裁を経てまた共和政に戻った。
 
 マカロン大統領がガソリン税を上げると、地方のものたちは怒りの抗議デモを全国規模で行う。
 たいした国民だと思う。

 何人かの老人がミスして交通事故を起こす。このようなミスが続けば、免許証返させろ、認知症の検査をしろ、となってくる。老人はすでに3000万人はいるというのに、一桁かほどの事故で老人全員に網を被せようとする。まだ、免許証返上に強制的なムードはないが、検査というにはたいへんなプレッシャーだと思う。車は生活の根幹をなすものである。老人が車を持たなくてもいいようにするには、それに替わるシステムが必要である。1つは、地方自治体の政策で、老人が車の維持、ガソリン代にかかる費用を割り出して、市にそのお金を預ける。市はどこでも乗れて、どこでも降りられる車を町中で頻繁に走らせる。10分も待てば車が来るという状態にするのだ。
 そのためには周辺の過疎地にいる老人たちになるべく町中に移住してもらう施策も必要だろう。
 尾鷲の駅周辺を中心としたコンパクトな市にする。浦村は産業特区の地域にするが人は原則住まない。

 もうひとつ考えられるのは、自動運転の技術だ。老人の弱点であるミスをカメラやセンサーやデータの力で補う。高級車にこのような技術を導入するというよりも軽自動車から優先させて搭載を始める。

 こういった場合の民主主義政治というのは時間がかかるものだ。独裁政治を求めるわけにもいかないから政権交代は必要なのである。免許証返上しろ、と強制力が出てきたら、代替案をもって大規模抗議デモも必要だろう。ぼくはいく。