花浄土鹿児島

鹿児島の花や風景、祭りなどを巡るブログです。
(季節の花、吹上浜、桜島、霧島など)

釣果上向く 吹上浜のキス釣り 2014/08/29 (鹿児島)

2014-08-31 18:43:03 | 吹上浜
この夏は予測されたエルニーニョは発生せず、7月は台風が続き猛暑、8月は各地で大水害、鹿児島では日照不足で普通作水稲の生育遅れが心配されています。

8月12日 吹上浜の恵比寿さん


吹上浜のキス釣りは7月中旬以降はさっぱりダメな状態でした。8月になっても回復せずに、なかばあきらめていましたが・・・・恵比寿さんありがとうございます・・・・24日頃から再び釣れ始めました。

25日 魚が釣れ始めたのを知る 畑で草刈作業に汗を流す

26日 未明の大雨で海が荒れて釣りに行かず

27日 海が少し濁っていて、わずかなうねりもあって 19匹

28日 波が静かになり、フグも釣れたが 71匹

29日 南西風で雨も降りましたが 72匹 (いずれも2時間から2時間半程度)

8月29日の釣果


8月29日 南西風で少し波も出て釣り人は他に3人だけ


8月29日 雷雨の後


型も良くなりキビナゴサイズは見かけず、殆どが2年ギスでした。例年の夏の終わりのようにスズキやチヌなどの稚魚も混じるようになりました。

海岸近くに大量のキスが寄っているようです。2日間で280匹釣ったという人もいました。針の数を5本程度にすれば、2時間で100匹程釣れそうです。

私は普段どおり3本針を使っています。大量に釣れても今度は魚を捌くのに相当な時間がかかります。数を稼ぐだけでは短時間で釣れ過ぎるのも面白くないという贅沢なことを考えてしまうのです。

気象条件が悪くて沖合いに留まっていたキスの群が産卵のため、一斉に海岸へ押し寄せたのでしょう。波打ち際から投げ網で取れるほどに魚が近づいているようです。

しかし、この状態がいつまでも続くことはありません。海が荒れると、きれいさっぱりいなくなります。3日続けての釣りに疲れて今日も休養です。ほどほどに釣れるくらいが丁度良いですね。
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カメラ散歩 日置市吹上浜 永吉川口 2014/08/29 (鹿児島)

2014-08-31 17:46:06 | 吹上浜
伊作太鼓踊りを見た帰りに永吉川口に立ち寄りました。久多島神社の白い鳥居が目に付き、今回初めて訪れました。

国道270号線沿いにある物産館「かめまる館」北隣の細道か、100mほど北側の道を海岸側へ進みます。かめまる館の南側には旧南薩鉄道の鉄橋跡や石橋も残っています。



海岸へ向う途中からの山側風景です。小さくて見えにくいですが下流側から順に、鉄橋跡、石橋(人道橋)、国道270号線の橋があります。かめまる館は画面左奥になります。

川口手前にある久多島神社 画面外左手に駐車場あり


神社由来


木造の社殿


階段から山手側を見る


案内看板の文字がかすれて、社殿は戸締りされていました。訪れる人はわずかなのでしょうが、カップ焼酎と貝殻に盛った海砂が奉納されていました。立派な仁王さんが残っていますが、ここでも廃仏毀釈で石像の腕や顔が壊されていて心が痛みます。

久多島は「くだしま」、あるいは「くたしま」と読むようですが、私たちは小さい頃から神域である島に敬意を込めて「ふたしまどん」と呼んでいます。

神社下の駐車場から川口方向を見る


神社下から川口近くの北岸は高い堤防がありません。高潮でゴミが漂着していました。画面右側の坂道は舗装されておらず、一般車両は進入禁止のようです。流水でくぼんだ箇所は車底がつかえる恐れがあります。海岸へ行く場合は、駐車場に車を置いて歩いたほうが無難です。

船着場と海岸への分岐点


ここまでは駐車場から歩いて5分程度です。左側は小さな船着場、右側は砂浜に通じています。海岸保全のため車の乗り入れは禁止されています。

川口北岸から山手側を見る


川口から北側の海岸線 長い砂浜が続く


海に帰った子亀の足跡


北側砂丘から川口南側を見る


かめまる館付近は直線坂道で、殆どの車が走り抜ける場所です。たまには海側へ足を伸ばして川口や砂浜をゆっくり散策されるのもお勧めです。
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2014 伊作太鼓踊り 日置市吹上町 2014/08/29 (鹿児島)

2014-08-31 16:19:55 | 祭り・伝統行事
毎年8月28日と29日に日置市吹上町内各地で踊られています。29日朝、大汝牟遅(おおなむち)神社での奉納風景です。



伊作(いざく)太鼓踊りについて、鹿児島県のホームページから引用して紹介します。

伊作太鼓踊の由来にはいくつかの説がありますが、「応永13(1406)年、伊作島津氏4代当主久義が、田布施郷の二階堂氏を降伏させた様子をヒントに考案された、戦勝の踊りである。」と伝えられています。

唄方数人(踊りの師匠が当たる)、中打4人(内2人は鉦、2人は小太鼓)、平打20~24人で行います。中打の鉦2人は、稚児姿に赤白の襷を左肩から右下にかけ、腰に小刀を差します。小太鼓の2人は美麗な少女姿に襷をかけ、中打は全員花笠を冠ります。平打は白装束に草鞋履きで、胸に太鼓をつけ、背にホロ(薩摩鶏の羽)を背負います。ホロの真中には軍配を形どった2メートルほどのヤバタ(竹を籠目に編んで軍配型したもの)を、両側にはなぎなたを挿します。

踊りの内容は10種位に大別され、更に各踊りは、おどり、かもい(間舞)よせの形で組立てられ、極めて多彩です。中打は踊りに変化があり、優美であるのに対し、平打は大きなヤバタを地面につくくらいにゆすりながら、勇壮に踊ります。それぞれが洗練されており、その対照の妙は実に見事なものです。
昭和41年3月11日県の有形民俗文化財に指定にされました。(引用終わり)

鹿児島県内には様々な形で太鼓踊りが伝承されていますが、2日間続けて踊るのは「伊作太鼓踊り」だけです。吹上町内の6地区が輪番で踊り、今年は湯之浦地区保存会が受持ちました。

8時25分 既に踊りが始まっていました


社殿前の様子


御祝儀の披露


昨年は8時40分頃に訪れたところ、既に奉納を終えて一行は移動した後でした。今年も8時22分頃には鉦の音で踊りが始まっていました。

28日10時頃に奉納される南方神社は木立に囲まれ、晴天時は明暗差が強くなります。ここは早朝の踊りですが、境内が広くて明るいので撮影に向いているように思います。なお、踊り一行の巡回先や順番は年によって違いがありますのでご注意ください。

貝殻に海砂を盛って奉納する慣わしがあります


踊りの合間に日置市長さんの激励挨拶


最後の踊りが始まりました


社殿を後にする


左右に体を揺すりながら太鼓を打つ


衣装が美しい中打の少年


平打(太鼓打ち)はトラック2台で移動


見送りの人たち


静けさの戻った境内


8時47分、一行は次の会場へ移動して行きました。早朝から夕方まで、2日間に町内40箇所ほどで踊ります。29日は15時頃から雨になり、大変ご苦労されたことと思います。今年も勇壮な踊りを見せて頂きありがとうございました。
コメント (2)
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