ガジ丸が想う沖縄

沖縄の動物、植物、あれこれを紹介します。

見聞録012 猛鳥物語2

2015年09月11日 | ケダマン見聞録

 窓から涼しい風が流れ込む。窓の向こう、西の空はオレンジ色に染まっている。秋の日の夕暮れ時、ユクレー屋のカウンターに俺たちはいる。
 「良い季節になったねぇ。」とゑんちゅ小僧が言う。
 「以下同文。」
 「酒の旨い季節だよね。」とゑんちゅ小僧が言う。
 「以下同文。」
 10月に入っても暑い日が続いていたが、このところやっと秋らしくなった。夕風が爽やかである。日が暮れるのも早い。まったく、秋は酒の季節なのだ。

 「あんたたちさあ、昨日ワイン飲み過ぎて、二日酔いだったんじゃないの?」
 「あー、ひでぇ二日酔いだったな。んが、俺たちの体は血管が少ないんだ。だから、二日酔いが治るのも早いんだ。今はもう既に体調万全というわけだ。」
 「夕方になれば、消費活動に概ね支障無しってことさ。」(ゑんちゅ)
 「まったく、あんたたちって、消費ばっかりだよね。地球環境に悪い体だね。」
 「食って、糞してるんだ。その糞が俺たちの生産品だぜ。」
 「そう、生産に見合った消費をしているだけなんだ。地上が糞で溢れて、その糞に溺れて人類は絶滅、なんてことは無いと思うよ。」(ゑんちゅ)
 「おっ、そうだ、絶滅で思い出した。覚えてるかマナ、前に話した猛鳥物語?」
 「あっ、そうだ、話は続くって言ってたのに、そういえばまだ聞いてないよ。」

 というわけで、ケダマン見聞録『猛鳥物語2』のはじまりはじまり。


 ちょっとおさらいするが、その星には目立った勢力を持つ二種の知的生命体がいた。一種は恐竜人で、もう一種は鳥人であった。恐竜人たちは陸地のほとんどを支配し、鳥人は一地域のいくつかの島だけを生息場所としていた。勢力範囲も人口も恐竜人の方が鳥人よりもはるかに大きかったのであるが、恐竜人は鳥人を猛鳥と呼んで恐れていた。
 恐竜人は好戦的な性格をしており、恐竜人同士での戦争が耐えなかった。であるが、恐竜人は鳥人に戦いを挑むことは滅多に無かった。戦えば必ず負けたからであった。鳥人はまた、戦えば勝つのであったが、その勢力を敢えて広げようとはしなかった。自らの強さに大きな自信を持っており、自らの生存に揺ぎ無い自信を持っており、現状が永遠に続くことを確信しており、その勢力を広げる必要を全く感じていなかったからである。

 さて、話は先へ進む。
 恐竜人は初めの頃、主に狩猟によって食料を得ていた。その食料を奪い合うことが彼らが戦争をする主な理由であった。よって、彼らが戦うのは生きるためなのである。戦争は絶えなかったが、ただ殺すだけの戦争というわけでは無かった。無益な殺生はしないという点では、地球人類より精神の発達は進んでいたと言える。
 また、彼らの全てが日夜戦っていたわけでは無い。戦うのは、成長して、身に付いた武器が十分役立つようになった大人の雄である。それも、時代が経って、定住農耕生活をするようになってからは、戦う兵は体の武器がより発達した強い者がなり、強くない者は農民となって働いた。戦うということについては、兵士と農民に大きな力の差があったが、兵士と農民に身分の差は無い。なぜなら、農民は兵士を養うからである。
 人々に身分の差が無くて、それぞれがそれぞれを尊重していたんだ、何て素晴らしき世界なんだ、などとと一見思えてしまうかもしれないが、まあ、一部族間ではそのような素晴らしき世界に違いなかった。さらに、定住農耕生活をするようになると、狩猟や採集のみに食料を頼っていたそれ以前に比べて他部族間との争いも減っていった。

 ところが、戦争が減ると人口が増えた。人口が増えると彼らは森を切り拓いて自分たちの生息範囲を広げていった。それによって、森の生き物たちが犠牲となった。
 森の生き物たちは、それまでも狩によって命を失っていたが、生息場所の減少はそれよりもはるかに深刻なダメージとなった。彼らは集まって相談した。その結果、恐竜人たちの人口を減らすべく、鳥人を頼ることにした。

 森の住人の代表者たちが鳥人に会いに行った。恐竜人たちの横暴をなんとか止めてくれないかと頼みに行ったのだ。鳥人の長老が応じる。
 「お前たちの話は解ったが、しかし、恐竜人たちを懲らしめたからといって、私たちには何の益も無い。私らは、お前らも食うが、恐竜人は不味いので食わない。食わないのに殺すなんて事は私らの倫理に反する。」
 「そこを何とか。」
 「何とかと言われてもだな、私らの益にはならないことだからな・・・。」
 「それは違います。恐竜人たちの増加は我々他の生き物の絶滅に繋がるだけで無く、種の減少はこの星そのものを滅ぼすことになります。」
 「うーん、そうか。なるほど、そうだな。そうなるな。」
 「長老。」とその場にいた幹部の一人が声をあげる。
 「確かにこの者達の言う通りです。恐竜人の増殖は防がなければなりません。」
 「そうだな。ちっと懲らしめてやるか。」
     

 ということで、いよいよ恐竜人対鳥人の戦いが始まる。のだが、またまた話が長くなってしまった。しゃべり疲れたので、この続きはまたいつか。

 語り:ケダマン 2007.10.12


見聞録011 猛鳥物語1

2015年09月11日 | ケダマン見聞録

 中秋の名月の夜、浜辺に出て、みんなで観月会をやっている最中、マナのリクエストでボートを出した。手漕ぎのボートである。腕の短い俺には櫂を操るのも難儀な仕事だ。幸いにも、海はベタ凪だったので、漕ぐことはあまりせず、波の上を漂わせた。気持ちの良い風が流れ、気持ちの良い時間が流れて行った。
 マナにとっては、目の前に居るのが俺でなく、ジラースーだったら良かったかもしれない。でもまあ、それなりに月下の遊覧を楽しんでくれているようだ。

 「いいねぇ、真ん丸いお月様。何か不思議な力を貰ってるような気がするよ。」
 「あるんじゃないか、月には、不思議な力が。」
 「生きるエネルギーみたいなものかなあ。」
 「そうかもな。そういえば、このあいだジラースーから聞いたんだが、倭国の衛星が月に向かってるんだとよ。神秘的なものは神秘的なままにしておけばと俺は思うんだがよ、人類の飽くなき探究心ってもんなんだろうな。」
 「それ知ってる。月探査衛星っていうんでしょ。2週間くらい前のことだよ。テレビでやってたさあ。あのさあ、その衛星の名前、かぐやっていうんだよ。」
 「かぐやって、何だい、その衛星、全国家具屋協同組合が出資でもしたのか?」
 「バカ、・・・ボケてるんでしょ。」
 「はい、ボケました。かぐや姫物語のかぐやだろ?」
 「でしょ、きっと。だけど、かぐや姫物語なんてのは無いよ、竹取物語だよ。へへへ、あんた、今のはマジで間違えたでしょ?」
 「えっ、あっ、そうだったっけか。タケトリ物語だったか。・・・ふーん、タケトリねぇ。・・・あっ、タケトリで思いだしたぜ。」
 ということで、ケダマン見聞録その11は『猛鳥物語』。

 ある星の話だ。その星にも地球と同じような陸と海があった。陸はいくつかの大陸と多数の島々に分かれていたが、そのほとんどを、ある一種の知的生命体が支配していた。
 その一種の知的生命体は、見た目が恐竜に似ているので恐竜人という名前にするが。彼らは好戦的な性格をしており、大陸同士の間で戦争が絶えなかった。まあ、戦争が絶えないという点は地球も似たようなものだが。地球と違うのは、彼らが大量殺戮可能な武器を持たなかったということだ。それは、そういった武器を使うことによって、歯止めが利かなくなり、種が絶滅する、ということを彼らが恐れたことによる。
 「生きることは戦うこと」とDNAに刻み込まれているので、性格は、さっきもいったように好戦的。そして、彼らの肉体もまた、戦うのに適したようにできていた。手と足には肉を切り裂く鋭い爪を持ち、骨をも噛み潰す強力な顎を持ち、骨ごと噛み切ることのできる鋭い牙を供えていた。また、長い尾を持ち、その尾は鞭のようにしなり、岩を砕くほどの破壊力を持っていた。それらを使って、彼らは戦った。

 「翼竜って知ってるか?」
 「恐竜の?」
 「恐竜も翼竜も同じ時代に生きて、同じ頃に絶滅しているが、翼竜と恐竜は同じでは無い。喩えていえば人と猫ほどの違いがある。まあ、それはどうでもいいや。見た目は空飛ぶ恐竜だ。プテラノドンなんてのが有名だな。」
 「あー、何となく知っている。図鑑かなんかで見た。鳥みたいなものだよね。」
 「まあ、鳥の先祖は翼竜じゃなくて恐竜なんだがな、それはいいや。顎が強い、歯が鋭い、空を飛ぶ翼が付いているのは翼竜と一緒だが、鳥のように翼に羽が生えている。その他、翼の先には人と同じような手があって、自由自在に使え、また、非常に賢いというのが翼竜と違うところだ。そういう種がその星にいた。それを鳥人という。見た目は鳥なんだがな、ただの鳥じゃない。その星で最も強く、最も賢かった。」

 鳥人たちはその星の、一地域のいくつかの島にしか生息していない。彼らは戦闘能力においては恐竜人たちより上回っていたが、人口はその万分の一にも満たなかった。戦えば勝つのにその勢力範囲を広げないのには理由(わけ)があった。彼らはあまりに強かったのである。彼らの生存を脅かすものはいなかったのである。自分たちが生きたいように生きれば、その種が絶えるなんていう不安は微塵も無かったのである。
 鳥人たちは他の生き物を捕らえて食料としていたが、無益な戦いはしなかった。種同士の争いはほとんど無く、恐竜人たちとも戦う事はめったに無かった。恐竜人たちは不味かったので、それを食べるという目的で襲うこともめったに(ゲテモノ好きの鳥人がたまにいた)無かった。ただ、戦闘意欲の強い無鉄砲な恐竜人が鳥人に戦いを挑むことはまれにあった。その際、無鉄砲な恐竜人はことごとく鳥人に殺された。鳥人はすごく強いのであった。その強さを恐れ、恐竜人たちは彼らを猛鳥と呼んでいた。
     

 「で、話は猛鳥物語となるんだが、長くなったので、今日はここまでとしよう。喉が渇いた。みんなの所に戻ろうぜ。今日は月見だぜ、宴会だぜ、後は、飲んで騒ごうぜ。」

 ということで、『猛鳥物語』はまたの機会(いつか)に続く。

 語り:ケダマン 2007.9.28


管理される家畜

2015年09月11日 | 通信-政治・経済

 最近、軽減税率という言葉がラジオのニュースから流れる。貧乏人の為に生きるに必要な食料品の消費税を低くしようという話のようだ。「いい話じゃ無ぇか」とニュースに集中する。ところが、よく聞くとさほど「いい話」でも無いみたいだ。
 来年、消費税が8%から10%に値上がりする。その際、酒類を除く食料品は8%のまま据え置きにしたらどうかと言う。貧乏人の私からすると「何だい、そりゃ!」だ。税率が異なる商品があると売る側が面倒なので、一旦全て10%で売って、貧乏人は後から申請して、余分に払った2%を還付してもらうことにしたらどうかと言う。「バッカじゃないの!」と私は思う。マイナンバー制度を利用して申請した人が貧乏人かどうか確認してはどうかとも言う。「ふざけているのか!」と私は憤慨する。

 食料品の税を下げるに関しては、私は諸手諸足を挙げて賛成。食べることは命を繋ぐことに直結する。貧乏で食べものが買えないとなれば一大事だ。消費税を10%に値上げするに関しては、私は特に異論は無い。「8%に比べれば遥かに計算しやすいぜ」と、むしろ賛成の方だ。軽減税率と聞いた時、私はてっきり、命に直結しない衣類、家、車、宝飾品、遊び代などなどは10%の税率だが、食料品に関しては消費税をかけない、つまり、食料品は消費して当然のものだから消費税は0%にする、のだと思っていた。
 消費税は全て内税にして、食料品を除く商品の全ては10%を足しての価格となる。食料品はそのままの価格だ。何も面倒臭く無い。売る方も買う方も解り易い。「これでどうだ、すっきり爽やかだ、貧乏人にも優しいだろ?」と私は提案したい。

 「マイナンバー制度を利用して」に関しては、別の思いが頭をよぎった。狂牛病、今は別の呼び名があるみたいだが思い出せないので狂牛病を使う。牛肉を管理するために飼われる牛に番号を付ける。マイナンバー制度と聞いてそれを連想した。
 国が国民1人1人を完璧に管理するためには1人1人に番号を付ける必要があるみたいだ。管理者たちは自分たちの給料が下がることを許さない。自分たちが裕福に暮らすためには国民から税金を搾れるだけ搾らなければならない。そのための番号付けだ。
 監視カメラがあちらこちらにあり、その内携帯電話も盗聴されるようになるかもしれない。「不正行為を暴くためには携帯電話の盗聴も合法」なる法律ができるかもしれない。国に管理される社会、そんな社会で生きることは、私にはとても窮屈に感じるのだが、国民の過半数が「それで良い」と認めるのであれば我慢するしかないのだろう。
 私の理想は、国の管理は緩やかで、1人1人が隣近所の人達と仲良く暮らしていれば社会全体が概ね平和となる社会なんだが、それは夢物語なんだろうな。
          

 自民党が長く過半数を取り続けることに私は不安を感じる。自分たちの都合のいいように法案を作り、国会で強行採決し、それが法律となって、国民は否応なくそれに従わされる。この先、国の決めたことには何が何でも従わなければならない社会にならないかと不安を感じるのである。政権交代が普通にあれば、民意に背くと次の選挙に勝てない。そんな政治であって欲しいと願う。そう考えると、つくづく「民主党のバカ」と思う。官僚の意地悪があったとはいえ、上手く切り抜けられなかったのかと残念に思う。
          

 記:2015.9.11 島乃ガジ丸


果実酒5

2015年09月11日 | 飲食:飲物・嗜好品

 8月中旬から畑のバンジロウ、またの名をグヮバが多く収穫でき、それを使って果実酒を作っている。9月になると1本だけあるキミノバンジロウ、またの名をストロベリーグヮバも収穫でき、それも使っている。第1回醸造グヮバ酒は約6合、第2回醸造グヮバ酒は約9合、第3回醸造グヮバ酒は約1升の出来上がりとなり、それぞれ瓶詰めされ、冷蔵庫に保管されている。クワ酒1本を含め、冷蔵庫が一杯になった。
 搾った日は第1回が8月22日、第2回が8月26日、第3回が9月1日。今この記事を書いているのは9月9日だが、8月23日に第1回を飲んでから今日までの18日間、休肝日とした8月24日以外は自家醸造グヮバ酒を毎日飲んでいる。飲まないと冷蔵庫に空きができない。そして、9月5日になってやっと2本分の空きができた。
 2本分の空きはしかし、すぐに埋まった。グヮバはなおも収穫でき、第4回醸造グヮバ酒を8月27日に仕込んで、9月3日に搾って、約8合のグヮバ酒ができていた。これが4合瓶2本分となり、冷蔵庫の空きを「まだかまだか」と待っていたのだ。

 第4回醸造グヮバ酒はこれまでの3回と大きく違う点があった。それまでのグヮバ酒にはアルコール発酵を助長する糖類、オリゴ糖やキビ糖を加えていた。それらは市販のもので、当然、お金が必要となる。第4回は材料が全て畑で採れるものを使った。
 水も加えているが、水は、私は飲み水も料理に使う水も水道水、貧乏ということもあって市販の水はほとんど使わない。ということで、水はいつものように水道水を使用。つまり、第4回醸造グヮバ酒は水道水の何円かを除けばお金を使っていないということ。
 私の理想とする自家醸造酒は猿酒、猿酒とは「猿が木のうろまたは岩石のくぼみなどに貯えておいた木の実が、自然に発酵して酒に似た味となったもの」(広辞苑)であるが、金を使わずに酒ができればそれに近いものとなる。
     
     

 第4回醸造グヮバ酒、試飲したのは9月5日、冷蔵庫に入れて数時間後のこと。これはしかし、期待外れだった。匂いが強過ぎるし、酸味も強過ぎた。搾ってから丸二日間室温で保存したことが発酵を進め、アルコールが酢に変化したからだと思われる。しかし、丸っきり酢というわけでは無い。不味くも無いので飲んでいる。
 第4回醸造グヮバ酒、不味くは無いが、過去3回の経験を活かし切れていないことを考慮すると失敗作と言える。残念・・・ではまだ無い。何と私は第4回を試飲する前から第5回醸造グヮバ酒を仕込んでいた。第5回は過去4回の経験を活かした。
 第5回醸造グヮバ酒は9月2日に仕込み、9月7日に絞って、約1升2合の出来上がりとなった。冷蔵庫内を整理して、その全てをすぐに冷蔵庫へ収め、その日に試飲。私もバカでは無いのだ、5回も経験すれば猿知恵も働く。第5回醸造グヮバ酒は成功。匂いも柔らかで、酸味も柔らか。金を使わない酒、猿酒に近い酒ができたと言っていい。
     
     
     
     

 猿酒といえば、メインのクワ酒。8月、クワの実がたっぷり収穫できた。猿酒の中核と位置付けているクワの実だ、もちろん酒にする。クワの実は一遍にたくさんの熟果が収穫できたのでは無く、2日に1回収穫して、2週間近く費やして出来上がり約1リットルの量を仕込んだ。最初に仕込んだのは第1回醸造グヮバ酒と同じ8月15日だが、2週間ほど継ぎ足し継ぎ足しして、その後数日寝かせて、絞ったのは29日。試飲は30日。
 クワの実酒、収穫した果実の半分は真黒に完熟していたが、半分はまだ赤味が少し残っていた。なので、糖分が不足かなと思ってキビ糖を少し足したが、その他は水もイースト菌も使っていない。私の理想とする猿酒に近い。キビ糖の代わりに第4回醸造グヮバ酒や第5回醸造グヮバ酒のように畑のサトウキビを搾った汁を使えば、これはもう、理想とする猿酒と言っていい。一遍に大量に収穫できればサトウキビも要らなくなる。
 さて、その味だが、濃い。味も匂いも濃過ぎる。残念・・・と一瞬思ったが、すぐに閃いた。「濃ければ薄めりゃあ良かろう」と。で水割りにする、いける。炭酸割りにする、これもいける。水割りにしたものは、その味も香りも口当たりも、私がいつも飲んでいる安物ワインと比べても全く遜色ない。酒として大合格と私は判断する。
     

 私の猿酒、ということで、未来に明るい光が灯っている。めでたしめでたし。というだけでは無い。実は、畑のグヮバは、ストロベリーグヮバの方が多くなったが、まだあり、それを使って第6回グヮバ酒も仕込んでいる。仕込んだのは第5回醸造グヮバ酒を搾った日と同じ9月7日、グヮバをミキサーでトロトロにしたものに水とキビ糖(十分成長したサトウキビがもう畑に無いので市販のキビ糖となった)を加える。これを搾るのは明後日の予定だが、仕上がり量はだいたい1升2合と見込んでいる。
 第6回グヮバ酒についての報告はたぶんしない。仕上がりは良いと十分予測できる。何せ過去5回の経験があるのだ、私の小さな脳味噌もそれを活かしている。発酵途中の広口瓶の発酵具合を見ても、蓋を開けその匂いを嗅いでも成功疑い無し、と思う。

 記:2015.9.9 ガジ丸 →沖縄の飲食目次