満月を眺め 「名月や・・・」と想う オジィはお年頃
十六夜の月:腰痛も少し良くなって手振れも無くなったみたい。
台風24号が急に向きを変え沖縄島へ向かい、沖縄島は明日から暴風とのこと。明後日は沖縄県知事選、及び宜野湾市長選の投票日、で、今日これから期日前投票に行く予定。去った9月9日は宜野湾市議員選挙の投票日であった。なわけで、9月の初めから選挙宣伝カーが家の周りを回っていて、今日も回っている。9月は選挙の月となっている。
若い頃、選挙宣伝カーは煩いと思っていた私だが、齢取って寛容の心も供えるようになって、その煩さも少しは許せるようになったのだが、それでも「少しは」だ。選挙宣伝カーが煩いことに変わりは無い。セミの声は煩いと思わなくなったんだけど・・・。
選挙カーが煩いのは何故か?・・・セミの声は音でしかないが、拡声器から出て来るウグイス嬢の声は言葉だからだ。セミの声は耳に入ってくるだけなので特に何か考えるということは無いのだが、言葉は「何言っているんだろう」と脳が動いてしまう。脳が動いてしばし聴いてしまう。聴いて、概ねはガッカリして「煩せーよ」と思う。
選挙宣伝カーのウグイス嬢によるアナウンスが、それは必要だろうと言う人も多いかもしれないが私は無くて良いと思う。特に、名前ばかりを連呼するアナウンスは煩い。「私の名前は○○です」だけでは、「お前の名前が○○だからって、それが何だというんだ」と私は思ってしまう。いや、もちろん名前を言うのは大事なこと、主語がなければ誰が何をどう考えているかということの、最も大事な箇所である「誰が」が抜けてしまう。
ただ、私としては、「私の名前は○○です」の後に「私は○○問題についてこう思います」といったことを、あれこれの問題について語ってくれれば「ほう、この人はこういう考え方の人だな」と思考ができ、アナウンスを聞いている時間も無駄にならない。
選挙宣伝カーの中には、ちゃんと所属政党名を言い、「私は○○問題についてこう思います」と言って自身の立場を明確にしているものもあるが、多くは、ほとんど候補者の名前ばかりを連呼し、その合間に「一所懸命がんばります」やら「誠意を持って市民のために尽くします」やらの抽象的なことを言うだけ。選挙カーのアナウンスには全政党共通のマニュアルでもあるのか、と思うくらい似たようなセリフ回しとなっている。
名前の連呼が有権者の投票行動にどんな影響を与えるのだろうか?投票所へ行って投票用紙を貰って、鉛筆を手にし候補者の名前を記入する時、最も多く耳にした名前が浮かんでくるとでもいうのだろうか?サブリミナル効果ということか?
相手候補を誹謗中傷した怪文書のようなビラが郵便受けに入っている。陰口みたいなもので気持ち悪い。「堂々とせんかっ!」と思う。例えば、選挙宣伝カー同士が近くで顔を合わせる。その時、お互いにエールを送って静かにその場を去るのが一般的なのか知らないが、その時その場で討論しても良いじゃないかと私は思う。お互いの意見を闘わせる、それが政治の本筋だと思う。聴衆がそれを聴いてどちらが良いか判断できる。
バッタリ出くわして討論になり、その時、互いに罵り合う程度は構わないと思う。その程度は選挙という闘いの場で許される範囲内だと思う。陰でコソコソ怪文書を配っているよりはずっと増し。根拠のないデマを振れ回ることを武器としているのなら、陰口を叩くことが闘いなんて思っているようなら、沖縄の政治家は下品で無能であると言っているようなもの。政治家が凛とした姿勢でいれば、政治は信頼され市民もついていくはず。
記:2018.9.28 島乃ガジ丸
「たまには沖縄島も襲ってみるか」とばかりに急カーブをきって沖縄島に向かっている台風24号、今朝(さっき)の天気図を見ると、明後日(土曜日)の朝には沖縄島へ最接近し、沖縄島を暴風圏に巻き込む進路予想となっている。今日このあと、最新の天気予報を見て、畑(既に手放しているが)の台風対策手伝いへ行き、帰ったら住まいの台風対策をし、場合によっては沖縄県知事選、宜野湾市長選の期日前投票へも行く。やってくる24号が強烈で停電、断水になった場合のための用意もしておくつもり。
熊本で大きな地震があり、大阪で大きな地震があり、北海道でも大きな地震があり、超強力巨大台風があったりで、自然災害の恐ろしさを身近に感じる今日この頃、私の危機管理は大丈夫かと顧みる。衣食住のあれこれ、電気水道がなくても生きていけるかと。
前にも何かの記事で書いたが、
予め(1日~2日前でも)災害がやってくると知っていれば、電池のストックを増やしておく、持っている水筒に飲み水を入れ、風呂桶に水を溜め、水缶にもトイレ用水を溜めておく、火を使わない食い物(缶詰など)を買い足しておく、などといった用意もできるのだが、台風の場合はそういうこともできるが、地震は前触れ無く急にやってくる。
電気水道が無くても雨風凌げる場所があれば眠ることはできる。服があれば着ることは容易。食は、私1人なら現有の食料で少なくとも1週間は大丈夫だと思う。その後も、たとえ急な災害があっても畑をやっていた頃は食い物に不安は無かった。畑のどこかには常に芋(さつまいも)が、掘れば出てきた。しかし、畑を手放した今は不安。
畑を始めた頃、野山の食い物についても調べていた。調べていたのだが、「調べた」という言葉の使い方が当たっているのか少し不安になるほど、今改めて思い返してみると、かつて調べたことの多くを忘れている。覚えているものは・・・、
果実ではナンデーシー(シマグワの実)、バンジロウ、フトモモ、ヤマモモなど、
葉っぱでは、オオタニワタリ、ツルナ、ハマボウフウ、ヨモギなど。
今回、改めて調べてみると、野山の食えるものは多くあった。ではあるが、火を通さなければ食えないものは火を熾すことから始めなければならず、ライターなどがあればいいが、原始時代のように木材を擦り合わせて摩擦熱でということになると面倒だし、火を熾すことができなければ食物を見つけても腹の足しにはならないということになる。
なので、食い物を求めて野山を彷徨い歩いている時、生で食えるものはありがたい。ということで『野山の食い物』については、先ずは「その1」として、沖縄の野山で生食できるもの、特に果実を中心に調べて紹介してみようと思う。
アデク 結実期は10~12月。甘みがあり生食できる。紫褐色に熟す。
イヌマキ 暗紫紅色に熟した果托が甘く食用。種子は食えない。
オオイタビ 結実期は冬~春。雌株の果実は甘く生食できる。濃紫色に熟す。
カイエンナット(パキラ) 結実期は8~10月。種子を生か、焼いてナッツとして。
カキ 御存じのカキ、結実期は10月。赤く熟した果実は言うまでも無く美味しい。
キーモモ(モモ) 結実期は6~7月。甘みが少なく酸味が多いが生食できる。
グヮバ 収穫期は概ね8~9月。品種が多くあるが概ね芳香があり、生食できる。
シマグワ 結実期は4~5月。熟すると甘酸っぱく美味。黒紫色に熟す。
シャリンバイ 結実期は9~10月。甘みがあり生食できる。黒褐色に熟す。
テンニンカ 結実期は夏。甘みのある果実は生食できる。黒紫色に熟す。
テンノウメ 結実期は10~11月。甘みがあり生食できる。黒紫色に熟す。
ノボタン 結実期は冬。紫色に熟した果実は甘みがあり生食できる。
ハマベブドウ 結実期は秋。赤紫色に熟した果実は食用になる。
ヒカンザクラ 結実期は3~4月。濃赤色に熟した果実は生食できるが果実酒に向く。
フトモモ 結実期は6~7月。甘く香りがあるが、汁液が少ない。帯黄色に熟す。
ヤマモモ 結実期は6~7月。甘酸っぱく生食できる。赤色に熟す。
ノイチゴの類に、
ナワシロイチゴ 結実期は初夏。実は濃赤色で、酸味があり食べられる。
ホウロクイチゴ 結実期は4~6月。赤く熟した果実は美味しい。
リュウキュウバライチゴ 結実期は3~4月。赤紫色に熟した果実は美味。
野山にあるかどうか、少なくとも自生は無いだろうが、大きな公園へ行けばその果実が食べられる植物も、上記を含めいろいろある。前回も紹介したが、生食できる果実として末吉公園にはユーカリフトモモ、ココヤシ、ナツメヤシなどがあった。
野山にどんな食物があるか、生で食える物はどれか、火を通せば食える物はどれかなどが分かっていれば、将来(私の世代はもうこの世にいなくても)食料難になった時、今の子供たちが、あるいは、その子供達の子や孫が野山の食物で助かるかもしれない。
記:2018.9.27 ガジ丸 →沖縄の飲食目次
2015年4月に「ビロウとワシントンヤシ」という記事を写真入りで両者の違いを書いてアップしているが、それを見て、「これ、間違っているかも」と気になって宜野湾市立図書館へ行って『沖縄のヤシ図鑑』という本を借りて確認した。
「これ、間違っているかも」と気になったのはワシントンヤシ。私の記憶にあるワシントンヤシは幹が太くガッシリした、例えて言えば筋トレ熱心のマッチョな男性であった。ところが、私がワシントンヤシとして載せた写真のヤシは、例えて言えば、背が高くスリムで頭の小さいミスユニバースクラスの美女。個体変異では済まない違い。
『沖縄のヤシ図鑑』で調べて、ミスユニバースクラスの美女はワシントンヤシではなくワシントンヤシモドキではないかと想定し、確認しに行った。どこへ?写真を撮った末吉公園へ、いつ?つい先日、10日ほど前のこと。わざわざ車で片道30分を、畑を辞めて時間に余裕のできた今だからこそできること。できることはやろうという気分。
ヤシの写真を撮り直すついでに公園内を散策した。この時期は実の季節のようで、ヤシ類も多く実を着けていたが、他の植物にも実を着けているものが多くあった。
秋といえば実りの秋という言葉もある、今の季節、スーパーへ行くとリンゴ、ナシ、カキ、クリ、ブドウなどが並んでいる。沖縄産だとシークヮーシャー、他のミカン類、チェリモア、ドラゴンフルーツなどが見られる。末吉公園にもユーカリフトモモが今が盛りと実をたわわに実らせ、木の下には鳥たちに食べられることなく多くの実が落ちていた。ユーカリフトモモの果実は9月から10月に黒紫色に熟し、生食できる。
その隣にはポンドアップルが数本並んでいた。これもまた実の季節で、十分大きくなった果実をいくつも枝に着けていた。ポンドアップル、和語にすると池林檎、大きさは小さなリンゴ、食感はリンゴに近く、しかし、ヤニ臭さがあり、生食に適さないとのこと。
少し離れた所にはナツメヤシがあった。結実期は10月から12月。果実は生食や菓子の原料、薬用などに利用されている有用植物。ココヤシもたくさんの果実をつけていた。若い果実の胚乳は液状で飲料となり、完熟すると白い固形状となってココナッツバターに加工され食用となる。結実期は7月から10月。
シークヮーシャーは8月から10月の青い頃は酸味が強いので多くは調味料として利用され、11月頃からの黄色く熟しかけたもの、熟したものは生食で美味しい。
末吉公園では見つからなかった(かつてはあった、あった場所を思い出せなかったので写真無し)パンノキも種無し種は食用に向く、結実期は10月から12月。
その他、末吉公園では見たこと無いが、バンレイシやチェリモヤも収穫時期。バンレイシはは美味しいのだが、種が多く食べ辛い、その近縁種のチェリモヤ、果肉はクリーム状で甘く、芳香。これは9月後半頃から店先に並ぶ。
ドラゴンフルーツも同じ頃、店頭に並んでいるが、これは旧盆前から見られる。収穫期は6月から11月。赤肉種は甘みがあって、白肉種は酸味が少し加わるらしい。
食えるかどうかは別にして、末吉公園を散策した9月中頃に結実期だったもの、
クロツグ 開花期は6月から9月。果実が食用になるかどうかは不明。
トックリヤシ 果実は多くつくが食用にはならない。
トックリヤシモドキ 甘い匂いがするが、食用になるかどうかは不明。
マニラヤシ 花期は4月から5月。果実は赤熟する。食用になるかどうかは不明。
コバテイシ 果実は比較的大きく食用になる。採取期は9月から11月。
サガリバナ 花期は6月から7月。
サルスベリ 花期は6月から9月。
ホルトノキ 果実は食用にはならない。結実期は9月から12月。
「食えるかどうかは別にして」と書いたが、異常気象や自然災害などで畑の作物が不作になった時のことを考えると「食えるかどうか」が大事になるかもしれない。広い末吉公園の一部(全体の四分の一程度か)を散策した限りでは、この時期(秋)、末吉公園に行けば、食える木の実が数種あることが判った。・・・ということで、
「野山の食えるもの」、いろいろ調べたので、それについては次回。
記:2018.9.25 ガジ丸 →沖縄の生活目次
私は自分の住まいにインターネットを引いたことがない。勤めている時は、会社のHPを作成していたこともあって職場で自分の調べ物もついでにやっていた。職場が在宅勤務のようになってからは従姉の夫の事務所に概ね週に1度通って、ネットをやっていた。2018年3月からの現在の住まいは、その従姉の夫の事務所のすぐ近く。よって、毎日インターネットができる状況にある。で、最近はほとんど毎日ネットを開いている。
ネットを開くと先ずは天気予報を確認する。天気を確認して今日の予定を考える。そして、ニュースの見出しを見る。興味を惹くのがあればクリックして読む。ニュースの見出しには煽情的と感じさせるものも多くある。1行15文字くらいで「あっ面白そう」と興味を持たせクリックさせるには多少オーバーな表現が必要なのかもしれないが、記事を読んで「なーんだ、つまんねぇ」と思ったことが何度もある。それに慣れた今は、ラジオのニュースで語られたことの確認などにネットのニュースを利用している。
ニュースには、社会人として知っておかなければならないこともあるので一応目を通すのだが、インターネットを開いて最初に出て来るホームサイトには、私がほとんど興味のない芸能ゴシップがトップに出て来る。誰それが不倫している、結婚した、嫌われている好かれているなどなど、そんなの私は全く興味が無い。それらの見出しはニュースよりさらに煽情的である。煽情?・・・と、ここで自分の知識に疑いを持って広辞苑。
煽情(せんじょう)は「情欲をそそりおこさせること」のこと。情欲(じょうよく)は「男女の情愛の欲。性欲。色情」のこと。その意味で言えば、芸能ニュースの中にはそういうのもあるが多数ではない。一般ニュースの中にはほとんど無い。ということで、「あっ面白そうと興味を持たせクリックさせる」に適した言葉を探したら、あった。
煽動(せんどう)、同じく広辞苑で「人の気持をあおり立てて、ある行動をすすめそそのかすこと」とある。「あっ面白そう」と気持ちをあおり立て、クリックという行動をそそのかしている。ネットのニュース見出しは煽動的という言葉がピッタリくる。
私が使っているブログサービスには管理ページというのがあり、そこを開くと自分の記事の何がどれだけ見られているかを知ることができる。それには私も関心があるのでたびたび開いて見ている。その頁にはその他、他人の人気のあるブログ記事の見出しも並んでいて、それにも自然に目が行く。見出し文は1~2行の30~60文字ていど。一部ではあるがその中に煽動的文章があり、「えっ!そんなことが?」と私の目を引いた。
「ほう」と思ってその見出し文を読む。しかし、よく読んでみるとそれらの多くは「ではないか、と思われる、そう期待される」といったような、書いた個人の願望のようなものがほとんどで、したがって記事の内容が真実かどうかは大いに疑問。
また、政治的内容の見出しの中には攻撃的文章、政治的に敵対関係にある者を誹謗中傷する文章も多くあって、過激な見出し文に目は行くが「ケンカの際の罵り合いに近いものであろう」と思い、それに煽動されクリックして記事の全文を読んだことは無い。
私が若い頃、スポーツ新聞の中に煽情的または煽動的記事が多くあり、そんな記事に私は大いにそそのかされていた。誰もが情報発信できるネット社会の今、煽情的または煽動的記事はネット上で激増したと思う。軽はずみに煽動されないよう気を付けよう。
記:2018.9.24 島乃ガジ丸