いつもの週末、いつものユクレー屋、いつものようにケダマンと私がカウンターで飲んでいて、マナがカウンターの向こうに立っている。夜になるとまた、いつものようにガジ丸一行(ジラースー、勝さん、新さん、太郎さん)もやってきて、もうすぐ臨月のマナを中心にした話題で盛り上がる。大きなお腹は幸せの印だ。皆、幸せ気分になる。
いつもの風景では無いことが一つある。ジラースーが勝さんたちや我々の席にあまり加わらなくなった。お腹の子の父親であるジラースーは、マナの手伝いをしている時間が長いのだ。マナに無理はさせたくないという配慮であろう。マナと一緒にカウンターの中にいて、「あれして、これして。」と言うマナの注文に応えている。何とも甲斐甲斐しく働いているのだ。似合わないとも言えるが、微笑ましくも感じる。
誰もが顔の緩む時間が流れる中、いつものようにケダマンが皮肉を言う。
「なんか情けないなぁ、海の男がよ、女に扱われてよ。」
「別にいいんじゃないか、命を大切にしたいというのも男の心だろ?」(私)
「いやいや、こんな時でもどっしりと構えるのが男だぜ。」(ケダ)
「お前、人の幸せを妬んでいるんじゃないか?」(ガジ丸)
「冗談じゃ無ぇぜ。女に扱われている男に、何で俺が嫉妬するんだ。」(ケダ)
「扱われているんじゃないよ、きっと。マナを大事に思っているんだよ。もう何ヶ月も前からそんな雰囲気なんだよ、あの二人は。」(私)
「そうだな、扱われている・・・って言やぁ、そうだ、思い出した。シバイサー博士に伝言頼まれていたんだ、ゑんちゅ小僧によ。」(ガジ丸)
「俺に?・・・博士が?・・・何?」
「新しい発明品ができたんだとさ。」
ということで、幸せ気分の夜が終わって翌日、早速、博士の研究所を訪ねた。ゴリコとガジポの歓迎を受ける。ほんのちょっとの間、一人と一匹の相手をしてから、ゴリコに博士の居場所を訊くと、裏庭にいるとのこと。寝てはいないみたいだった。
で、裏庭に回る。ゴリコの言う通り、博士は起きて、立っていた。立って、何か作業をしている。博士の目の前には、小さなユンボがあった。ユンボとは正式名バックホウと言い、穴を掘る機械、土木屋さんが道路工事などでよく使っている奴。ユクレー島でも土木や建築工事はたまにあるので、村には大きなユンボ、中くらいのユンボ、小さなユンボがそれぞれ1台ずつある。農作業にも使えるので、村人は重宝している。だが、博士の前にあるユンボは、村の小さなユンボよりもまだ小さい。今までに見たことが無い物。
「こんにちは、博士。」と声をかける。
「あー、来たか。」と博士はゆっくり顔だけを向ける。作業はまだ途中らしい。
「それが、今回の発明品ですか?ユンボみたいですね?」
「そう、その通り、ユンボだ。ちょっと特別なユンボだ。」
「まだ作業中みたいですが、まだ完成していないんですか?」
「いや、とうに完成はしている。今、プログラムをちょっと弄っていたところだ。どうだ、試してみるか?運転してみるか?穴掘りのプログラムを入れた。」
「はあ、練習無しですぐに扱えるんですか、それ?」
「あー、練習無しですぐに扱われるよ。やってみたまえ。」
で、早速、乗ってみる。動かす前に訊いた。
「博士、この機械の名前は何て言うんですか?」
「アチカユンボと言う。ジラースーがな、マナに扱われているのを見ていたらこういうのを思いついた。人間に使われるんじゃなくて、人間を扱うユンボだ。」と、博士が言い終わらない内に、アチカユンボという名の機械は動き出した。先ず、ハンドルを握る私の両手、ペダルを踏む私の両足を機械は固定した。そして、私の体を勝手に動かして、私の意思とは全く関係なく、自身も勝手に動いて、穴を掘り始めた。
「博士!」と私は大声を出した。「この機械、私の体を操作しています。」
「ふむ。だからアチカユンボって言うんだ。」と博士は満足気に答えた。
ウチナーグチ(沖縄方言)で、扱うをアチカユンと言う。アチカユンには操作する、こき使うといったニュアンスも含まれる。そして、それはその通り、アチカユンボは私の体を激しく動かした。私の体は、私の能力以上に素早く、力強く動いた。そして、直径3mほど、深さ1mほどの穴をあっという間に掘り終えた。
アチカユンボは元の位置に戻ると、やっとその動きを止めた。固定されていた私の両手両足もやっと解放された。しかし、私は立ち上がれなかった。ヘトヘトに疲れていた。しばらく座り込んだまま、ゼーゼーする息を整えてから、言った。
「博士、これ、酷いです。何か、全速力で100m走ったみたいな気分です。」
「うん、それが狙いだ。素早く作業を行うと同時に、乗る人の運動不足を解消し、ダイエット効果もあるというスグレモンだ。どうだ、カッ、カッ、カッ。」
建設機械というものは、人間を重労働から解放するというのが大きな役割である。と私は博士に進言して、その場を去った。アチカユンボはその後すぐに、普通のミニユンボに改造され、村に贈られ、村人の役に立つことになる。
記:ゑんちゅ小僧 2008.11.28