マナのお腹が目立ってきた。いかにも妊婦って格好になった。予定日は年末ということなので、あと3ヶ月だ。人間の子供が産まれるという場面を、私は昔、ネズミだった頃に1度目撃しているが、それ以来のこと。とても楽しみだ。
「マナ、ここで産むって言ってたけど、ホントにそうするの?」
「うん、そのつもりだけど。」
「だけど、病院はもちろんのこと、ここには産婆さんもいないよ。」
「ウフオバーもいるし、マミナ先生もいるし、大丈夫と思うけど。」
「オバーやマミナは、僕の知っている限りでは産婆の経験は無いよ。訊いてみたの?」
「いや、まだ。でもさ、昔は家で産むのが普通だったんでしょ?ほら、テレビドラマなんかであるじゃない。『布を用意して、お湯を沸かして』なんてシーン。ああいうの見ていると、そんなに難しいことでは無いように思えるけどね。」
「難しいかどうかは判らないけど、そういうのだって、ちゃんと産婆さんがいて、その人が指図しているんだと思うよ。お産のプロなんだよ。」
「そうかなぁ、無理かなぁ、プロの人がいないと。」
ちょうどその時、ウフオバーが外出から帰って来た。で、早速、
「オバーさあ、産婆の経験ある?」とマナが訊いた。
「産婆?私は無いねぇ。産婆さんがやるのを見たことは何度もあるけどね。」
「私、ここで子供を産みたいんだけど、オバー、産婆さんやってくれない?」
「そうだねぇ、大切な命を扱うことだからねぇ、それもデリケートな赤ちゃんの命だからねぇ、見よう見まねではできることじゃないと思うさあ。」
「そうかぁ。・・・マミナ先生も経験無いのかなぁ?」
「さー、どんなかねぇ。訊いてみたらいいさあ。」
ということで、庭で昼寝をしていたケダマンが叩き起こされて、マミナを呼びにやらされた。マミナの家は村のはずれにあり、ユクレー屋からは最も近い。寝起きでフラフラだったケダマンであったが、15分後には戻ってきた。マミナも一緒。
「はい、オバー、慌てて来たけど、何の用事ねぇ。」
「マナが、ここでお産したいっていうんだけど、あんた、できる?」
「できる?って、私が産婆さんになるっていうこと?」
「そういうこと。マミナ先生、経験ある?」(マナ)
「経験は無いさあ、テレビで見たことはあるけどね、産婆さんがどうやっているか正確には知らないさあ。私がやるとしたら伝統無視のやり方ということになるねぇ。」
「ほう、伝統無視の産婆か、そういう唄があったな、昔。」(ケダ)
「なんだよそれ、そんな唄、聞いたこと無いよ。」(私)
「あなたと私が夢の国、森の小さな教会で、っていう奴だよ。」(ケダ)
『てんとう虫のサンバ』のことだ。くだらない駄洒落だった。一瞬、場が白けてしまったが、ちょうどその時、上手い具合にガジ丸一行(ガジ丸、ジラースー、太郎さん、新さん、勝さん)がやってきて、空気を変えてくれた。
「マナがここで産みたいって言ってるけど、ジラースーはどう思ってるの?」と私。マナのお産のことなのだ、もう一人の当事者であるジラースーの意見も大事だ。すると、我々があれこれ協議していたことに、彼は簡単に決着をつけた。
「あー、予定日が年末年始休みになるんでな、知り合いの産科医がここに来てくれることになっている。ガジ丸も顔見知りの医者でよ、ガジ丸が瞬間移動で連れて来る。」
「なんだ、そういうことになっているんだ。そうならそうと早く言ってくれればいいのにさ、オバーとマミナ先生に産婆さんやってもらおうかと相談してたんだよ。」(マナ)
「医者の話は昨日決まったことなんだ。」(ジラースー)
「それじゃもう、マナのお産はここでということに決まりだね。」(マミナ)
「だな、場所はここの母屋でいいだろう。」(ジラースー)
「出産の場所は清潔でないといけないんだろ?」(ケダ)
「オバーが毎日掃除しているから母屋はきれいさあ。」(マナ)
「場所は問題ないが、ここに清潔を妨げるものがいるな。それを何とせんとな。おー、ちょうど今日はシャワーの降る日だ。もうそろそろ降り始める頃だな。」と言いながら、ガジ丸はケダマンの毛を掴んで、ドアを開け、ケダマンを放り投げた。
「ナンダバー!」とケダマンは叫んだが、
「その汚れた毛玉が出産の不安材料なんだ。よー洗っとけ。」とのことであった。
記:ゑんちゅ小僧 2008.9.26