先週、ユクレー屋一帯に大雨が降った。元々、ユクレー島には定期的に、日常生活の邪魔にならないよう概ね夜中という時間帯だが、十分な量の雨が柔らかく降っている。シバイサー博士がそのようなプログラムを組んでいるのだ。が、先週、ユクレー屋近辺に降った雨は、スコールのような土砂降りであり、また、夕方という時間帯であった。マナがそうするよう博士に頼んだのであった。ケダマンの体を洗濯するためだそうだ。そして、これからも毎月第四金曜日には同じような雨が降るとのことであった。
雨から一週間が経った今日、久々にシバイサー博士の研究所を訪ねようと昼間、ユクレー屋の前を通ったら、庭にケダマンがいた。先週、その雨で体を洗ったせいか、何となく小奇麗に見える。さっぱりとした感じ。で、庭に入って声をかけた。
「良かったじゃないか、月1回は体が洗えるようになって。」と言うと、
「おー。」とケダマンは応え、少々憮然とした表情になって、
「俺の洗濯は俺の問題であり、他人にとやかく言われることでは無い。大きなお世話なのだ。だが、それはまあ、いい。洗濯することは面倒だが、悪いことでは無い。やってみれば、思いの外さっぱりして、その後気分良く酒が飲めたしな。だがよ、大雨のせいで、雨漏りがしたからって、何で俺が修理しなきゃいけないんだ。」
先週の雨はほんの15分ほどであったが、酷い土砂降りだった。それで、ユクレー屋に雨漏りがするということが判明した。その修理を、マナがケダマンに命じたらしい。
「まあ、しかし、しょうがないじゃないか。ウフオバーやマナにできる仕事じゃない。彼女達には屋根に上ることだって難しいよ。ケダマンならそれは簡単だろ?」
「まあ、そりゃあ確かにそうだが、人間もよ、スパイダーマンみたいに壁をひょいひょいと歩けるようになればいいんだ。そういう機械を作りゃあいいんだ。」
ということで、思いがけず、博士に会う明確な目的ができた。
博士は研究所にいた。一人だった。ゴリコとガジポは浜辺で遊んでいるらしい。
「おー、新しい発明は何も無いぞ。」と、博士は私の顔を見るなり言う。
「あっ、そうですか。いえ、違うんです。今日は、じつは、」と、私はユクレー屋でのケダマンとのやり取りをかい摘んで話し、単刀直入に訊いた。
「ということで、壁を歩けるような機械はないですか?」
「壁を歩く?」と博士は言い、「フッ、フッ、フッ、」と笑う。・・・あるのだ。
「壁を歩きたいんだな、ヘッ、ヘッ、それならいいのがあるぞ。」
「やはり、あるんですか。それはどういったものですか?」
「うん、百聞は一見にしかずだ。付いて来なさい。」
研究所の裏庭に出た。私をそこで待たせて、博士は倉庫に行って、そして、すぐに戻ってきた。手にはテレビの時代劇で見る草鞋(わらじ)のようなものを持っていた。
「これを履いてみなさい。」と、それを手渡す。私の小さな足には大き過ぎるように見えたが、草鞋みたいなものなので、紐を結ぶと、足をしっかりと包んでくれた。
「そのまま地面を歩くように壁を歩いてみなさい。」と言うので、研究所の壁に右足を置いた。くっついた。左足も置いた。くっついた。しかし、くっついたまま離れない。
「博士、これ以上動かせませんが?」
「足裏の前半分が壁にくっつく。踵を上げると前半分も剥がれる。」と言う。言われた通りにすると簡単に剥がれた。そして、壁をひょいひょいと歩くことができた。
「博士、これ、いいですよ。完璧ですよ。」
「ふむ、ふむ、ふむ、そうであろう。」と博士は大きく胸を張る。どうせまた、くだらない駄洒落であろうとは思ったが、いちおう訊いてみた。
「博士、これ、名前は何て言うんですか?」と。すると案の定、よくぞ訊いてくれた、待ってましたとばかりに満面の笑みを浮かべて、
「名前か、それは『くっつくつ』と言う。」と、さらに胸を張る。名前も気に入っているみたいである。まあ、悪くは無い。前のバーキヤロウよりはマシだ。
「博士、これ、ちょっとお借りしていいですか?」
「おう、構わんぞ。ユクレー屋の屋根修理に役立てたらいいさ。」
というわけで、壁をスタスタ歩くことのできる博士の発明『くっつくつ』を持って、私はユクレー屋に向かった。別れ際、「マナに使わせてみよう」と私が独り言のように言ったのを聞いて、「マナに?・・・それはちょっと・・・」と、博士が不安げな表情を見せたのが少し気になったが、役に立ちそうなものと確信した私は、先を急いだ。
ユクレー屋に着いて、マナを外に呼び出して、早速試す。先ずは私が壁をスタスタ歩いて見せた。マナは大喜びだった。で、マナもやってみる。『くっつくつ』はマナの足にもピッタリ収まった。そして、マナは高く足を上げて、ユクレー屋の壁に右足を置いた。くっついた。左足も置いた。くっついた。それと同時にドスンという音がして、マナの悲鳴があがった。両足を壁にくっつけたまま後頭部を地面に打ち付けたのだ。
私は背が低く、マジムンなので体も軽いが、マナは人間であった。重くて、体を地面と平行に保つことができないのであった。「マナに?・・・それはちょっと・・・」と博士が言っていた理由はこれだったのだ。どうりで、倉庫に仕舞われていたわけだ。『くっつくつ』もやはり、人間には役に立たない発明だったのだ。
記:ゑんちゅ小僧 2008.5.30