マナが帰ってきてからというもの、ユクレー屋はマナとユーナ、女二人のおしゃべりでいつも賑やかだ。時にはマミナも加わって、女三人で姦しいほどになる。次から次へと話題を変えながら話は途切れない。よくもそんなに続くもんだと感心する。
そんな中でよく耳にするのは、幸せいっぱいのマナに対し、「恋人が欲しいけど、できない。恋がしたいけど、できない」と、ユーナがしきりに嘆いていることだ。
「そういえばさ、テレビでさ、恋人がロボットっていうドラマがあったんだ。そんなロボットが手に入るんだったらさ、私も欲しいと思うよ。」と、しみじみ言う。そんなことから、俺はある星の話を思い出した。ということで、ケダマン見聞録その22は、『気楽な子作り』という題で、マナとユーナを相手に語る。
その星は地球より数段、科学が発達していた。人間型ロボットは既に実用化され、人工知能で自己判断できるロボットもいた。人間の日々の生活を補助するロボットはいくつもの種類があり、人間社会と調和し、さまざまな場面で活躍していた。
その星はまた、地球人より数段、精神も成熟しており、人々はそれぞれの欲望を野放しにすることは無かった。よって、犯罪の少ない、平和な社会となっていた。
科学の発達と精神の成熟で、一時期危うかった星の環境悪化も既に、持続可能な自然環境へと生まれ変わっていた。自然エネルギーの活用も十分にできており、食料の生産も安定していた。よって、そこには何の不安も無い、・・・ように見えたが、
欲望を押さえ込む教育が何世代か続いて、確かに社会は平和となり、食料生産や消費もきちんと統制され、飢えに苦しむという不安も無くなった。社会全体に余裕ができ、福祉も充実した。病気や怪我をしても、何とか生きていけるようになった。だが、「少なくとも生きてはいける」という安心感は、人々の動物としての本能を希薄にした。
「普通に働いていれば楽しく生きていけるさ。」と思う人々は、「わざわざ面倒なことをする必要は無いさ。」という気分になる。あれこれ面倒な要求をしてくる生身の恋人よりも、ほぼ自分の思い通りに接してくれるロボットの恋人を選んだ。
ロボットの恋人は、姿形も自分好みに作ってもらえる。それは、見た目も心の持ちようも自分の理想の相手となる。そんな相手と、付き合うまでの心のやりとりという面倒なことは一切せず、すぐに付き合うことができる。付き合ってからも恋の駆け引きなどはほとんど(やきもち焼いたり、拗ねたり、甘えたりなど少しはある)無い。毎日が楽しい恋愛だ。ということで、男女共に、「恋人はロボット」という若者が増えていった。
「恋人はロボット」となると当然、セックスもロボット相手となる。そういうことのできるロボットが生産され、そして、大いに売れた。しかしながら、雌型ロボットに妊娠する能力は無く、雄型ロボットに妊娠させる能力は無かった。そこまで技術は進歩していなかった。なので当然、その星の人類の人口は減っていった。
「恋人ロボット」禁止の声も上がったが、後戻りには困難が多すぎて、結局、人工授精の方向へ進んだ。ロボット相手の恋愛は楽だったし、ロボット相手の生活も楽だったし、ロボット相手の子作りも楽であった。人々は当然、楽を選んだ。
雄人間は雌ロボットに射精して、それを急速冷凍保存して、雄ロボットの体内に移す。雄ロボットはそれを雌人間に射精する。かくして、気楽な子作り社会が誕生した。
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場面はユクレー屋に戻る。
「どうだ、こんな社会。ユーナの望み通りだとこうなるが?」
「うーん、何か、味気無い感じがする・・・。」(ユーナ)
「そうだねぇ、私は嫌だなぁ、そういうのは。自分の思い通りにはならない相手と一緒になって、一緒に幸せを築いていくのがホントの幸せって思うさあ。」(マナ)
「たぶん、私もそうだと思う。よっしゃ、ロボット恋人は無しにしよう。人間の男を捜すことにしよう。よーしっ、頑張るぞー。」(ユーナ)
「ところでさ、その星はその後、どうなったの?上手く行ったの?」(マナ)
「おー、平和という意味では上手く行ったみたいだな。雄ロボットに提供される精子はランダムに決められたので、雌人間から生まれる子供はどこの馬の骨の者か判らないものとなった。多くが馬の骨ばかりとなって、結果、平等な社会が生まれたのさ。」
「ふーん、めでたしめでたしなんだ。でも、何か、微妙だね。」(マナ)
「そうだな、じつは、平等とは言っても、ロボット相手に満足する多数の人間と、そうでない少数の人間との間には大きな差があったんだ。ロボット相手に満足する人間は、ロボットと同じくらいに扱いやすいモノとなっていた。だから、まあ、何て言うか、支配する方から見れば、彼らもロボットなんだな。エネルギーを与えてやれば働いてくれるというわけだ。ロボットのようになった人々がホントに幸せかどうかは分らん。」
語り:ケダマン 2008.7.18