週末の夕方、いつもとはちょっと違うユクレー屋、カウンターのこちら側はケダマンと私の毎度お馴染みだが、向こう側はいつもより賑やかだ。ユイ姉がいて、ユーナもいて、4、5日中には出産予定のマナもいる。大丈夫?と思うが、大丈夫らしい。
「助産婦さんが、母屋で一緒に寝泊りしているんだよ。」とのこと。
「へぇー、そりゃあマナは助かるけど、助産婦さんは大変だね。」(私)
「だな。ここへ呼んで、酒でもご馳走したらどうなんだ?」(ケダ)
「いつ陣痛がくるか判らないから、お酒は飲めないんだって。それに、ウフオバーとユンタクしているのが楽しいみたいよ。今も二人一緒だよ。」(マナ)とのこと。
台所で料理していたユイ姉が戻ってきて、一皿の肴を我々の前に置いた。料理は刺身、シメサバのようだ。ユイ姉お手製のものかと思って、訊いた。
「シメサバも作れるんだ。さすがだね。」
「作れはするけど、これは私が作ったんじゃなくて、ガジ丸。」(ユイ姉)
「あー、そういえば、昼間来て、さっさと仕込んでいったな。サバをさっと3枚に下ろし、塩をふるまで5分ほど。手早かったぜ。」(ケダ)
さすが元ネコ、魚料理はお手の物のようである。
「でも、シメサバって、塩漬けじゃなく酢漬けだろ?」(私)
「その後、ちょっといなくなって、しばらくして戻ってきて、酢に漬けたんだよ。そのまま寝かせて、夜には食べごろになるって言ってたさあ。」(ユーナ)
「シメサバって時間がかかるんだね。」(私)
「しかし、よくそんな面倒なもんガジ丸は作るな。」(ケダ)
ということで、夜、ガジ丸がやってきた時に訊いた。
「ネコだった頃からサバは大好物だったな。生でも、煮ても焼いても、肉も内臓も、頭も骨も大好きだったな。シメサバだけはちょっと苦手だったんだが、マジムンとなってからはシメサバも大好きになったんだ。で、自分で作ったりする。」とのこと。
「サバにはちょっと苦い思い出もある。ネコだった頃、俺に親切にしてくれて、家にも入れてくれて、餌もくれていた女の子がいたんだ。ある日、その家の台所を見ると、テーブルの上に生のサバがあったんだ。それを見て、俺は理性が効かなくなった。ラップをかけられていたけど、それを剥がして、ガブッと齧りついた。あとで、えらい怒られたよ。俺はしょうがないが、女の子まで怒られた。彼女は泣いていた。それを見てるのが辛くてな、とても後悔したよ。」と、ガジ丸が珍しく思い出話を語ってくれた。
ついでなので、その頃の思い出話をさらに語ってもらったが、長くなるので、その件については別項とし、いずれ発表したい。「ガジ丸の生い立ち」となる。
あんなことこんなこといろいろあったガジ丸の話が終わって、あんなことこんなことに我々もいろいろ想像をかき立てられたが、ユイ姉が話を現実に戻す。
「そういえばさ、私もよく猫に魚を齧られていたさあ。で、さ、その当時、シバイサー博士に頼んだことがあるよ。店に置いてあるものに、飼い猫が口をつけないようなラップができないかねぇって。そしたら、作ってくれたんだよ。そんなもの。」
「博士の発明だね。具体的にはどんなだったの?」
「名前は『触らんラップ』、猫も触らないラップという意味。唐辛子の成分が練りこまれているラップでさ、舐めると殺人的な辛さ、で、猫も寄り付かない。」
「うん、それはなかなか役に立ちそうだね。」
「いやー、それがさ、あんまり辛くてさ、私が手で触ってもヒリヒリするし、食べ物にその辛さや匂いも移るしさ、そんなもん、二度と使えなかったさあ。」
「やはり、使いモンにならん発明品だったか。いつものこった。」と、ケダマンが感想を述べたが、私もまったく、同様の意見を持った。
記:ゑんちゅ小僧 2008.12.26