玄文社主人の書斎

玄文社主人日々の雑感もしくは読後ノート

C・R・マチューリン『放浪者メルモス』(1)

2015年03月23日 | ゴシック論
 イギリスのゴシック・ロマンスに腹一杯になったと言ったが、これだけはどうしても読んでおかなければならない作品がある。ゴシック・ロマンスの掉尾を飾るチャールズ・ロバート・マチューリンの『放浪者メルモス』がそれである。
 ゴシック・ロマンスはウォルポールの『オトラント城奇譚』に始まり、ベックフォードの『ヴァテック』、ラドクリフの『ユドルフォの謎』、ルイスの『マンク』、ゴドウィンの『ケイレブ・ウィリアムズ』、シェリーの『フランケンシュタイン』と続き、マチューリンの『放浪者メルモス』で終わりを告げると言われている。
 それだけではなく『放浪者メルモス』はゴシック・ロマンスの最高傑作とも言われていることに注意しなければならない。以前に読んだときにも、ウォルポールやベックフォードの作品に比べて、ましてやルイスの『マンク』に比べて、桁違いの重厚さと完成度を持っていることは確かだと思っていた。
 再読するのはそのことの再確認と、いったいどこが優れているのかきちんと見ておこうと思ったからである。読み始めたらやめられないのは『マンク』と同じかも知れないが、『マンク』のようにスカスカの文章ではないことを、まず言っておかなければならない。ラドクリフは読んでいないから分からないが、文章に関してもゴシック・ロマンスの傑作といわれている作品の中で随一だと言っていいだろう。
 小説の舞台はアイルランドから始まる。学生ジョン・メルモスが伯父の死の床に立ち会う場面が最初に置かれていて、ここに多くの謎が凝縮されている。古びた草稿、伯父の何ものかへの怖れ、そして一枚の肖像画。ジョン・メルモスの祖先である男の肖像画。それこそ本作品の主人公・放浪者メルモスの肖像であり、その男は百五十年以上も生き続けているというのだ。
 この導入部がなんとも素晴らしい。老獪で頑固、吝嗇を絵に描いたような伯父の人物像は圧倒的で、小説の最初から引き込まれていく。ここで殺してしまうのがもったいないような人物として描かれている。しかも謎をちらつかせながら、スピーディーに核心に入っていく構成力は他のゴシック・ロマンスには見られないものだ。
 実はオスカー・ワイルドはこの“肖像”から『ドリアン・グレイの肖像』の着想を得た。さらに実はワイルドはマチューリンの姪の子供であった。ゴシックの伝統は血でもつながっていたというわけである。
 坂本光にはこのことくらい書いておいて欲しかった。ちゃんと『放浪者メルモス』の解説に書いてあるではありませんか。
「世界幻想文学体系」5C『放浪者メルモス』(1980・国書刊行会)富山太佳夫訳

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