玄文社主人の書斎

玄文社主人日々の雑感もしくは読後ノート

ジェイムズ・ホッグ『悪の誘惑』(1)

2015年03月02日 | ゴシック論
 しばらくヘンリー・ジェイムズはおいておこう。いずれ『ねじの回転』は再読しなければならないが……。ゴシックの本道に戻ることにしよう。ゴシック小説の元祖はイギリスのホレース・ウォルポールの『オトラント城奇譚』であり、その後に多くの類似作品が書かれたわけだが、私はウォルポールやベックフォードを読み返す気にはなれない。ウォルポールはあまりにも幼稚だし、ベックフォードはおとぎ話に過ぎる。
 ジェイムズ・ホッグの『悪の誘惑』をまず再読することにしたのは、1824年に書かれたこのゴシックの王道に連なる作品が極めて近代的であり、数あるゴシック小説の中で異彩を放っているからである。ところでこの小説の邦題は『悪の誘惑』であるが、原題はThe Private Memoirs and Confessions of a Justified Sinnerであり、訳せば「義とされた罪人の手記と告白」となる。
 邦訳は国書刊行会によって1980年に「ゴシック叢書」の一巻として出版されている。「義とされた罪人の手記と告白」では長すぎて、他の作品とのバランスもあり「悪の誘惑」などというおかしなタイトルにせざるを得なかったのだろう。
この叢書には今では殆ど手に入らない有名なゴシック小説がたくさん収められていて、私がまだ読んだことのないアン・ラドクリフの『イタリアの惨劇』などとても欲しくなるが、高値で取引されているので残念だ(一冊10,000円以上もする)。
 ブルワー=リットンの『ザノーニ』は手に入れて読んだが、このあたりになるとお話が通俗的、ご都合主義的でよろしくない。ゴシック小説の多くはリットンやラドクリフのような通俗作家によって担われたわけで、これは仕方のないことではあろう。
 しかし、『悪の誘惑』は違う。数あるゴシック小説の中で最も文学的な質の高い作品だと私は思う。だからこそ2012年に国書刊行会創立40年を記念して、この作品だけが新装版として復刊されたのであろう。
 アンドレ・ジッドの序文が付いている。ジッドはそこでこの作品を手放しで賞賛している。その一節を紹介しておこう。
「これは読者の目を見開かさずにはおかない、尋常ならざる書物であり、宗教上の、そして又道徳上の問題に没頭している者ばかりでなく、全く別の理由から、心理学者や芸術家――就中、あらゆる形態に潜む悪魔的なものに甚しい魅力を感ずるシュルレアリストたち――こうした人々の熱狂的関心を惹くに恰好のものである」
『悪の誘惑』新装版(2012・国書刊行会)高橋和久訳

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