石破総理はと云えば、各国に先んじて東南アジア2ヵ国を歴訪してアジア地域の安定強化を説いたものの、既に中国経済に主導権を奪われている各国が時代感覚の無い空論を無条件に受け入れることも無かった。
先日、問合せしたいことがあって区役所窓口に赴いた。
応対は親切であったが、仕組み・手続き・理由の説明があった後に「基準に合致せず却下」を告げられた。
以前、海自では民間と異なり「質問には結論だけを答え、重ねて理由を尋ねられた場合にのみ背景や考えを答える」と書いたことがあるが、この遣り方で窓口応対すれば「不愛想」「お上目線」「市民の窮状に寄り添っていない」と誹られ「喧嘩別れ」になるだろうことから、先人の案出した民間話法が今に引き継がれていることを漸くに実感した。
臨時国会の総括の一つに、弱体政権が論戦を乗り切れた立役者に石破総理の「ねばねば話法」が挙げられている。
本朝の産経新聞には、総理の「ねばねば多用」がデータを添えて報じられているので要約すると。昭和22年の第1回国会以降の議事録を検索すると、「ねば表現」は約6万回使用されているが、4%に当る2065件を石破委員/総理が使用しているらしい。立民幹部からも、「冒頭の正論部分は聞き入ってしまうが、質問には殆ど答えていない」「初めに結論を言って正論は後から言って」とのボヤキ・苛立ちも併せて報じられている。ちなみに、比較対象として挙げられている歴代総理の「ねばねば」使用回数は、田中角栄氏95件、安倍晋三氏27件、岸田文雄氏7件、小泉純一郎氏5件であるとされている。
史実とは異なるらしいが、大東亜戦争シンガポール攻略戦の降伏会議で後に「マレーの虎」と称される猛将山下奉文大将が、降伏条件を挙げる敵将パーシバル中将に机を叩いて「イエスかノーか」と居丈高に迫ったとされる。日露戦争の旅順攻囲戦で攻撃軍の第三軍司令官・乃木希典大将と旅順要塞司令官ステッセル中将の間で行われた水師営会見では、ステッセル中将が乃木大将に子息の戦死を悼んだりアラブ産の白馬を贈るなど、落ち着いた雰囲気であったともされる。
ここまで書いて、なるほど会話にはTPOに配慮することが必要であり、特にOccasion(場合、機会)が重要なのかと遅ればせながら合点した。
今国会では、補正予算と実質的な効果が期待できない政治資金規正法改正の審議以外に重要案件はなかったために、相手を煙に巻く「石破話法」で論戦で乗り切れたが、来る通常国会では外交、安全保障、憲法と重要案件の対応を求められる。特に外交姿勢や安全保障に関しては、国会内や国民に対する以上に外国への影響も考慮しなければならないので、不得要領に終始して論的を煙に巻く石破話法が外国に誤って伝えられる危険性があるのではと危惧している。
衆院選での自民大敗についての所感を忘備録として残したい。
勝負の世界では「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」と云われるが、大敗を招いた必然の理由があり、その最大の要因は、石破茂氏の総裁選出であると考える。
海上幹部同士の居酒屋談義の席では、上司の人物評価に学歴・階級を置いて俎上の人物像を「指揮官型」「研究者型」と類型的に分類することが多い。指揮官型とは、判断力や決断力に優れ何よりも統率力があり所謂「付いて行きたい」と思う人物であり、研究者型とは知識は十分ながら熟考・逡巡して変化に即応できない人で、謂わば「上司にしたくない人」を指す場合が多い。
思うに、石破氏は典型的な「研究者型」である。何よりも石破氏の持論である「東南アジア版NATO」・「日米地位協定の改定」・「北朝鮮連絡室の開設」は研究テーマとしては有り得るものの、国際情勢の現実から乖離した空論に過ぎないし、極論するならば3要件共に中国を利するものに他ならない。
「東南アジア版NATO」は、兵員数と携行兵器(弓矢)の多寡が帰趨を制した春秋戦国時代には有効であった「遠交近攻」による中国牽制の現代版と云えるが、現代の集団安全保障は核を中心に構築されており、核はおろか海外出兵・殺傷兵器の供給すら覚束ない日本が提唱する集団安全保障の枠組みに参加する国はないであろう。また1954~1977年に存在した反共軍事同盟である東南アジア条約機構(SEATO)の焼き直しともされるが、イデオロギーよりも経済的要因が重視される現在にあっては、古色を帯び過ぎて各国は二の足を踏むものであるように思う。更には、加盟国でない中国がASEANを意のままにしている現実、東南アジア各国の政権中枢で「米中が破局的に対立した場合は中国を支持する」という国が過半数以上と指摘する米シンクタンクの研究、等を分析すれば研究テーマに過ぎないことが理解できるだろう。
研究者型の怖いところは、自論こそ正しいと狂信的な自己陶酔に陥ることにあると思う。石破氏とその自論が研究室に留まるならば許せるが、権力と結びついた時には極めて危険で日本を危殆の縁に導く危険性すらある。施政方針演説で3要件共に触れ無いにも拘らず、「東南アジア版NATO」と「北朝鮮連絡室の開設」については関係閣僚に準備を指示したと報じらる等、有害・危険な指導者になりつつあるように思える。
総裁選においては、党員党友票、第一回議員投票共に石破氏を凌駕した高市氏を置いて、決選投票で石破氏が当選を果たしたが、国会議員諸氏は何故石破氏を選択したのだろうか。
思うに、志操堅固で政策立案能力に秀でた高市氏に比べれば石破氏の方が「与し易し」と判断したものであろうと推測する。慧眼の安倍氏が過去において石破氏を主要閣僚に任命しなかったのは、石破氏が研究者型にしか過ぎなく、国家の経綸に参画するに相応しくないと見切っていたのではないだろうか。しかしながら、安倍氏と云う重石の取れた議員諸氏は国家よりも、小物で「与し易し」「神輿は軽い方がよい」という安易な選択に奔ったように思えてならない。
明日は、衆院選の戦術についての考察を残したい。