もうチョットで日曜画家 (元海上自衛官の独白)

技量上がらぬ故の腹いせにせず。更にヘイトに堕せずをモットーに。

対露経済制裁を考える

2022年02月27日 | ロシア

 ウクライナでの戦闘は依然として続いているが、ウクライナの必死の抵抗によってロシアの進撃速度が鈍ってきたともされている。

 昨日のブログで「劈頭のミサイル攻撃でウクライナの指揮管制システムは壊滅」と書いたが、昨夜来の情報では指揮管制システムは維持されており、ウクライナ軍は依然として組織的戦闘可能な状態と伝えられている。混乱した状態における大本営発表が必ずしも額面通りではないことを割り引いても、ウクライナ国民の自己犠牲を伴う継戦力に敬意を捧げたいと思う。
 国連安保理で、日本も共同提案国となった80か国提出の「ロシア非難決議」が採決され、15理事国のうちロシアは拒否権を発動し、中国・インド・UAEが棄権した。中露の対応は予想通りとしても、近年Quadに参加して印度太平洋における中華覇権阻止に踏み切った経緯と対パキスタン・スリランカを思うと、インドの棄権は予想外であった。
 常任理事国が当事者の紛争に対する国連の無力は云ううまでもないことであるが、今回の採決結果から複雑な国際関係の現実を思い知らされた感が深い。
 G7を中心とした主要な対露経済制裁についてみると、プーチン大統領・ラブロフ外相の個人資産凍結、SWIFTからのロシア排除が主なものであるが、ドイツは米国の反対を押し切って開通を推進していたロシアとのガスパイプライン「ノルドストリーム2」の承認手続き停止した。国内の電力・燃料事情の逼迫にも拘わらず制裁に踏み切ったドイツの姿勢は見習う必要があるように思う。
 経済に暗いので的外れかもしれないが、個人資産の凍結やSWIFTからのロシア除外は実効性があるのだろうか。パナマ文書で明らかになったことであるが、正当な決済手続きのほかにバミューダ諸島、プエルトリコ島、ケイマン諸島などの「タックスヘイブン」による商取引や決済は、世界貿易の半分以上にも及び、世界のタックスヘイブンに保管されている資産は世界のGDPの約3分の1(32兆米ドル)ともされている。加えて資金流通過程や個人情報の秘匿性は高く、個人資産凍結とされたプーチン氏などは西側が把握している数倍の資産を秘密に守られた口座に保管しているだろうことは想像に難くない。昨日も書いたところであるが、国連決議に基づく北朝鮮制裁における韓国・中国の例を見るまでもなく、経済制裁については掟破りをする国家・企業が存在するのは常識で、まして今回の対露制裁は国連決議でもないことから、中国などは大手を振ってロシア支援に回るだろう。そうなれば、ロシアやプーチン氏は左程の痛手を被ることもないように思える。

 対露制裁については自分にも少なからぬ影響があるのかもしれないが、昨日来、もし台湾・尖閣諸島に対して中国が同様の手段に訴えた場合、自分は何ができるだろうかと考えている。銃を執るのは吝かでないが、視力が0.1以下に落ちていることを思えば使い物にならないだろうし、後方支援部隊に志願しても耳が遠くなった今では電話番すら務まらない。精々壮丁諸氏の邪魔にならないように逼塞することくらいしかできそうにないと暗澹たる思いである。。
 年は取りたくないものである。


ウクライナの抗戦に思う

2022年02月26日 | ロシア

 ウクライナ情勢が激変した。

 プーチン大統領が、ウクライナの東部2州の親ロ勢力実効支配地域を「ドネツク人民共和国」「ルガンスク人民共和国」と国家承認した荒業を知って入院、1日後退院した時には既にロシアはウクライナに侵攻していた。
 有識者や東欧専門家ですら予想しなかった2地域の国家承認であるが、ロシアからすればミンスク停戦合意の当事者でない国からの軍派遣要請と強弁できる名分を手にしたもので、条約を逆手に取った今回の方法は、過去にも例がないのではと思っている。
 侵攻されたウクライナは、ロシアに対話を求めるとともに、国家総動員法を発令、一般市民の銃器所持を認めて徹底抗戦を主張しているが、ロシア軍は1日で首都キエフに突入し首都陥落も間近とみられる。ロシアは、ウクライナの中立が確保されれば軍を引くとしているが、それであっても2つの新設国家はロシアの版図に組み込まれる以上に、中国以外は国家承認しないだろうことからロシアが併合吸収するのは確実と思う。
 この事態を招いた遠因は、米英仏にあるように思える。1991年のソ連崩壊時、ベラルーシ、カザフスタン、ウクライナにはソ連の核兵器が大量に残され、特にウクライナは世界第3位の核保有国となったが、核物質や核技術者の中東諸国等への流出が相次いだことから、1994年に欧州安全保障協力機構会議で前記3国は核不拡散条約に加盟して核兵器をロシアに移転するかわりにアメリカ、ロシア、イギリスが3国に安全保障を提供するというブタベスト宣言に署名し、中国とフランスも個別にウクライナの安全保障を約している。その精神に立てば米英仏はウクライナの保全に責任を果たすべきと思えるが、ウクライナがNATOに加盟していないことを理由に、弱いバイデンのアメリカは近隣国への兵員増派と武器ではない軍需品の支援という体のいい「傍観」を決め込んでいる。
 日本の対応も決意を欠くもので、政府は制裁とは名ばかりの第一次対ロ制裁を表明、侵攻が現実となった25日に漸く若干の効果が期待できる追加制裁を発動した。国会でも、先に経済交流に配慮してロシアを名指し非難しない決議を行ったが、侵攻の現実に大慌てに非難決議を再度決議する動きとされているように、極めて動きが鈍く対岸の火事としているように思う。
 また、西側(G7)の経済制裁についても、イランや北朝鮮の経済制裁にみられるように、掟破りの国や企業が現れ実効性が損なわれるのが現実である。

 隣国ハンガリーに脱出したウクライナ国民の姿が報道されたが、国家総動員法の発動によって18~60歳の男性は出国が許されないことを嘆く以上に、夫は・父親は国を守るために国に残ったとする婦女子の姿が印象的である。先日のブログで「日本でもレジスタンスの準備として民兵育成を考えるべき」と書いたが、兵役経験の有無に拘わらず国家存亡の危機にあっては銃を執って戦うのは世界基準であるように思える。ウクライナでは200発以上の圧倒的なミサイル攻撃によって侵攻劈頭に軍の通信・監視施設が壊滅して組織的な反撃が頓挫し、1日で首都にロシア軍が進軍したことを思えば、大規模侵攻の前には自衛隊単独での防衛も自ずから限界があるように思える。


予算案の委員会通過に思う

2022年02月22日 | 与党

 2022(令和4)年度予算案が衆院予算委員会で可決された。

 予算案は本日の本会議で可決・参院に送付され憲法規定もあって年度内の成立が確実視されているが、予算委員会の採決で国民民主党が賛成に回ったことが話題になっている。
 この事態に立憲民主党は、泉代表「野党とは言えない選択で非常に残念な判断」、大串議員(予算委員会筆頭理事)「政権全体を良しとするに等しい」と述べ、共産党は「事実上の与党入り宣言」と批判していると報じられているが、賛成した国民民主の玉木代表は「ガソリン税の一時引き下げの言質を得たことで十分」と意気軒昂であるらしい。
 野党が予算案に賛成するのは稀有のことであるらしいが、国民生活に直結する予算という性格から眺めると、国民民主党に理があるように思える。予算審議の過程に暗いので以下の記述については批判・教示を覚悟しているが、自分は「具体的な金額にまで踏みこんだ野党の修正要求は無かった」ように理解しているので、反対した野党の反対理由「何が多くて・何が少ないのか」を知りたいと思っている。反対党のコメントでも、本来なら「防衛費が突出している案」、「文教費が少ない案」或いは「コロナ対策費が少ない案」という反対理由が前書にあるべきと思うのだが、乱暴かつ一様に「野党だから反対する」というのは面妖に思うと同時に、提案型政党への脱皮というお題目が空々しく映る。かって政治家が政治家であった頃、防衛費がGDP1%のシーリングを突破した際の予算案については、反対した野党各党ともそのことを反対の理由と明言していた。
 「ではの守」であるが、アメリカでは会計年度始期(10月)後4か月経っても本予算が成立していないため、18日に3回目のつなぎ予算を成立させている。本予算案に対する賛否数と上下院の勢力図を眺めると相関関係に無く、大統領に近い民主党議員が反対し、距離を置く共和党議員が賛成に回っているケースもある。予算案にトランプ政権の置き土産色が強いという点もあるが、議員個人が賛否を判断するためにつなぎ予算は茶飯事で、つなぎ予算すら成立せずに政府機関が開店休業したことも一再ではない。

 以前に調べたところでは、これまで日本で予算案が修正されたのは1度と記憶しているので、金額修正にまでは至らなかったものの、今回、国民民主党が勝ち得た「ガソリン税のトリガー条項」は特筆とまではいかなくても一定の成果と評価しても良いのではないだろうか。


オーストラリア首相の言に思う

2022年02月21日 | 軍事

 オーストラリアのモリソン首相の発言に注目した。

 モリソン首相は、中国海軍の艦艇がアラフラ海においてオーストラリア軍哨戒機にレーザーを照射したことに関し、記者団に「起こってはならない無責任な行為だ。威嚇以外の何ものでもない」、「政府は融和的な道を歩まない」と語ったと報じられている。
 レーダー波とレーザー光線の違い、照射艦艇が友好国(?)か非友好国の違いはあれ、海自哨戒機に対する韓国駆逐艦の射撃用レーダー照射事件と同様の行為であるが日豪の対応の違いが際立っている。
 韓国駆逐艦の射撃用レーダー照射事件で日本政府は、例によって極めて遺憾と表明する傍らで、原因究明と再発防止を求めたが、オーストラリアはそれ等については何も求めていない。
 モリソン首相の発言は、軍艦・軍用機は在外公館と同様に治外法権に守られる国家そのものであり、それ等に対する一切の妨害行為(単純ミスを含む)は「国家の確固たる意思に基づく国家への敵対若しくは侮辱行為と看做す」という世界基準に則ったもので、それらの全てを理解していることが後段の「融和拒否」に籠められているように思う。
 中国艦の行為は、素人が見ても明らかに中国政府のオーストラリア揺さぶりであり、在豪華僑の政治的活動排斥、貿易摩擦、AUKS枠組み、原潜導入・・・等々、冷え込んだ豪中関係においてオーストラリアがどの程度の反応を示すかの瀬踏みで、日本政府と同程度の反応であれば「恫喝可能」「交渉の余地あり」と判断することになったであろうが、問答無用の判断を示されたことで、新たな方策を検討することになるのであろう。
 日本の場合には、総理以下が軍艦の性質と行為の因果について無知であったのか、意識的に排除したのかは不明であるが、国威を損なった失態は見逃せない。

 日本の国会で中国・ロシアを名指ししない人権決議がなされ、一部には大人の対応と歓迎する向きもあるが、中国政府からは列国の名指し非難決議と同様な拒否声明を引き出したに過ぎないことを見れば、「日本人的大人の対応」という演歌・浪速節的腹芸によって言外の非難や意思を伝えるという遣り方は、国際関係において効果がない以上に有害であると思う。
 冷え込んだとはいえオーストラリアにとって対中貿易は依然として大きなウエイトを占めているが、今回のモリソン首相の言からは、そのこととは別に国際的な条約・法規・慣例の違反には断固反対する理性と決意が感じられた。
 日本国内で、政治家がモリソン首相のような発言をすれば、国内の一部勢力が中国以上の反意を大合唱し、右翼・国粋主義者のレッテルを貼って中国に阿るのは間違いないように思える。

 慰安婦強制連行、靖国合祀、徴用工強制労働・南京虐殺・・・その火元の多くが日本発であることを付して、口説終了。


ウクライナ情勢と習近平主席

2022年02月20日 | 中国

 ウクライナ情勢の緊張・緊迫が続いている。

 バイデン大統領が表明した「16日侵攻予測」は過ぎたが、さらに緊張の度を増しており、全面侵攻は秒読みの段階と観測する向きもある。
 アメリカは、国務長官が「侵攻は既定のシナリオに沿って進んでおり、既にプーチン大統領がGOサインを出したという確実な情報を握っている」と述べたが、ウクライナの親露派住民がロシアに避難を開始したとも伝えられていることを見れば、アメリカの持つ情報の確度は高く、全面侵攻は起こり得るかもしれない。
 ロシアとしては、EUとの緩衝地帯であるベラルーシはほぼ手中に収めたものの、同じく隣接するウクライナのNATO加盟は何としても阻止することが必要で、侵攻をあきらめる様子を見せていない。
 21世紀になっても、他国を武力で制圧する国盗り物語が大手を振って生きながらえていることに驚くとともに、人間の欲望と狂気は不変で先史時代からの「文明の進歩」とは何だろうかと思う。
 アメリカは、NATO派遣部隊とは別に、数千人をポーランドとルーマニアに急派し、さらに1万人規模の兵力が本土で待機中であるが、ロシアがウクライナ国境とベラルーシに展開配備している12万人強の兵力と比べれば、極めて小規模の感が否めない。さらに、現在地中海には仏伊との共同訓練を終えた空母「トルーマン打撃群」が行動中とされるが、他の空母打撃軍の増派は見受けられない。
 このように、バイデン大統領の本質が、友邦各国に確約した「強固な民主国家による同盟・友好関係、多国間枠組み・ルールにより裏打ちされた、安定的で開放された国際システムを主導」も、オバマ政権時代の「戦略的忍耐」に過ぎないことが明らかとなり、加えてアフガン撤退の不手際から「弱い大統領」の足元を見透かさてしまったと見受けられる。
 現在、世界中がウクライナ情勢を注視しているが、とりわけ熱心なのは習近平主席であろう。おそらく北京五輪の首脳会談で習主席はプーチン大統領から思惑と行動概要を伝えられ、中国としての支援を約しているだろうと考えれば、台湾・尖閣諸島への武力行使に対するアメリカの対応を測る絶好のモデルケースとしているはずである。

 憲法は前文で「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。」と高らかに宣言しているが、パワーバランスによって辛うじて維持されている世界の現状、とりわけウクライナ・香港・新疆・台湾を見ると「諸国民の公正と信義」など窺い知れないし、「専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会」などどこにも見当たらない。
 大東亜戦争・第二次世界大戦に倦んだ世界が持った幻想を前提に構築された日本国憲法、時代の先取りと擁護する意見は尊重するとしても時代錯誤の感が否めないが、それでも堅持することが正しいのだろうか。