数年前までは「地球の水は落下や衝突した隕石・小天体によってもたらされた」という説が有力視されていたが、現在では否定的な説が有力であるらしい。
新しい説は、宇宙の塵や小天体が合体して地球が誕生する過程で、もともと小天体が持っていた水が蓄積されたとするものであるが、「はやぶさ2」が持ち帰った試料等の分析をもとに計算すると地球は水深10㎞にも及ぶ”水球”となるらしい。原始地球では、地表が灼熱状態であったために水は水蒸気となって滞留していたが、地表の温度が下がるにつれ雨となって地球に降り注ぎ前記の”水球”状態となった。その後、地殻プレートの動きにつれて水は地球内部(マントルはおろか核にまで)に取り込まれた結果地表が現れて、現在の様な姿になったとされている。
この説では、水の起源はミステリーではなく陸地が存在することの方がミステリーであるが、この地殻変動によって表層の水が内部に取り込まれる現象は現在も続いているとされているので、地球の未来は、当面は温暖化で水位が上昇するものの、数億年後には地表の水は全て内部に取り込まれて、他の岩石惑星と同じように荒涼とした”砂球”になる運命を背負っているようである。かって火星表面には水があり、現在でも内部には水を持っていることは確実視されているので、火星もこのような経過を辿ったものかもしれないと思う。
宇宙の始まりは138億年前のビッグバンとされ、最新のジェームズ・ウエッブ宇宙望遠鏡は既に136億年前に生まれた銀河を捉えており、ビッグバン直後に誕生した「ファースト・スター」を特定するのも時間の問題とされている。
ビッグバンで現宇宙が生まれ、46億年前に太陽系が形成され、4億年前に生命が生まれ、200万年前に人類が現れ、・・・と多くの謎が解明されて行くが。
最後に、どうしても分からないのは、「ビッグ・バンって何が爆発したの」ということである。もしや更なる巨大宇宙があって、その中の恒星の一つが起こした超新星爆発では無いのか。とすれば、現宇宙は更なる巨大宇宙の「ほんの一部」に過ぎないことになるが。
北海道蘭越町の試掘坑から有毒の蒸気が噴出した。
試掘は、地熱発電の調査工事として行われているもので、噴出した蒸気は飲料水基準濃度の2,100倍のヒ素などを含んでいるとされている。
住民の健康被害を防ぐとともに農産物の汚染が局限されるよう望むところであるが、以後の教訓とすべき多くを示しているように思える。
阿蘇山麓の草千里には、約119ヘクタール(福岡ドーム17個分)に約20万枚のソーラ発電パネルが設置され、九州電力川内原発1基分の1割に当たる約8万kwを発電しているが、西日本新聞の航空写真で見ると発電施設は、バブル華やかな頃の富士山裾野のゴルフ場の有様に似て大いに景観を損なっているように感じるし、阿蘇の降灰や中国渡来の黄砂を考えれば発電素子の寿命には限りがあるように思える。
化学的な根拠があるのか不明であるが、大規模ソーラー発電施設の周辺は、気温が2・3度上昇し生態系にも影響を与えると聞いているので、景観保護・生態系維持の両面から、地元住民には有難くない存在と化しているように思える。
脱炭素・脱原発を叫ぶ人は、太陽光・地熱・風力を「自然から無償・無限に与えられるエネルギー」の前提で論じるが、北海道と阿蘇(熊本)の例を見ると、完全には無償とは言えないように思える。
日本の自然エネルギーの環境は、地熱を除いて不安定であるとは指摘されてきたが、その地熱にしても地震等の地殻変動で温泉が涸れたりする事例や今回の有毒蒸気噴出を聴くと、些かの不安要素があるように思える。
おりしも福岡・佐賀・熊本・大分は、発達した線状降水帯で大きな被害を受けた。地上の「目に見える気象」は予察することが可能で精度も高くなってきたが、地中の構造や地殻の動きに付いては全くの神頼みではないだろうか。また、これらの自然現象が制御不能であることを考えれば、文明社会に不可欠の「電力の安定供給」のために不安定な前提条件を以てするのは如何なものであろうか。
恐竜絶滅の原因の定説が揺らいでいるらしい。
恐竜が絶滅したのは、約6600万年前にユカタン半島付近に直径約10~15㎞の小惑星が衝突したとする説(隕石説)が定説化していた。この衝突による熱波・衝撃波・津波によって多くの動植物が死に絶え、更に、衝突に誘発された火山活動も加わり巻き上げられた塵埃が10年間に亘って成層圏を漂い太陽光を遮断(隕石の冬)して地球全体が寒冷化し植物が枯死したためとされていた。
しかしながら、近年のコンピュータシミュレーションによって、塵埃による太陽光の遮断(隕石の冬)は数ヵ月で終息し寒冷化にまでは至らなかったとする以上に、衝突の数年後に地球はより温暖化したとする見方が有力となりつつあるらしい。
また、ユカタン半島への小惑星衝突とほぼ同時期に、アフリカ西部に直径400m以上の小惑星が衝突したことも明らかとなり、ダブルパンチ・トリプルパンチの様相が本筋と変化しつつある。
この大量絶滅で、動植物の70%が死滅されたとされていたが、自分は、10年間も太陽光が十分射さない状態で、30%もの動植物が生き残れるものだろうかと疑問に思っていた。
しかしながら、植物学者によれば、植物が枯死・死滅するためには数か月間の日照不足(光合成不能)で十分であるらしく、それならば当時ネズミ程度の大きさであった哺乳類の祖先が地衣類などを食料として生きながらえることができたであろうと合点がいく。
つい2,30年前には全人類の母とされたルーシー(約320万年前)も、何時しかヒト・チンパンジー分化以前のアファール猿人となり、一部の恐竜には毛が生えていたことが明らかとなり、地球には月の他にもアト300年間は存在する隠れ衛星があり・・・。
科学の分野では今日の定説も明日には否定されると目まぐるしく深化し、居酒屋談義で蘊蓄・講釈を垂れるにもうかうかしておれない。
岸田総理が、日本学術会議改正案の今国会上程を見送ったことが報じられた。
日本各術会議については、菅前総理が委員候補6名の任命を拒否して以来耳目を集め、「学問」とは全く縁のない自分も「そうだったんだ!!」と興味を持ったものである。
学術会議法の改正案は、委員候補の選定に外部の有識者を参加させることが目玉とされているが、政府から独立した法人にすべきとした自民党PTの改革案とは大きく隔たっているために自民党内でも不満な内容であったらしく、さらには、その改正案すら上程を見送ったことに対して党内からは、「野党の圧力に屈した」との反発が伝えられている。
委員選定の過程に外部の有識者が関与する改正案について学術会議側は、「学問の自由が奪われる」と紋切り型の反対意見を主張しているが、学術会議が実際の研究・学問の場であるならばその主張は認めるべきであろうが、研究機関・教場を持たずに半ば親睦団体化しているように思えることや、「デュアル・ユースを含む軍事研究忌避」が一部学問の自由を奪って日本の基礎研究を後退させている現実を思えば、素直には頷けない。
特に、離任者の推薦で後任候補を半ば自動的に選任することは、学問・研究者の派閥化に繋がって異論の新規参入を拒むという、学問の自由を自らが否定しているように思える。
この辺の実情は、自民党幹部の「この法案以上には譲れない」、「これでだめなら民営化だ。学術会議は自滅の引き金を引いている」とのコメントに示されているように思える。
法案上程の見送りに対して、立民・共産は勝利宣言に近いコメントを出しているが、そのいずれもが学術会議の必要性や功績を擁護するものではなく、単に政局・政争の勝利としていることを観れば、法案上程見送りを歓迎する側にとっても、学術会議は無くてはならない存在ではないように思える。
日本学術会議会長の梶田隆章氏は、ニュートリノ物理学の第一人者としてノーベル賞・文化勲章の栄典を得ているが、「名選手必ずしも名監督たり得ない」を地で行っているように思えてならない。
今後は、自分の様な無学納税者にも、「異論にも開かれた」、「行動・提言・業績が目に見える」新しい学術会議に再建・再生して欲しいと思うと同時に、もし現行体制の変更が本当に学問の自由を侵すものであるならば、学者として・最後の学術会議会長として薛を全うして欲しいものである。