もうチョットで日曜画家 (元海上自衛官の独白)

技量上がらぬ故の腹いせにせず。更にヘイトに堕せずをモットーに。

カシミールを巡る印パ衝突を学ぶ

2019年02月28日 | 軍事

 インドのカシミール州の帰属をめぐって、印パの武力衝突が伝えられた。

 紛争は、26日にインド空軍機がパキスタン実効支配地域を空爆、翌27日パキスタンがインド実効支配地域に報復爆撃を行ったが、その際インド機2機・パキスタン機1機が空中戦で撃墜されたものである。冒頭に「インドのカシミール州」と書いたが、正確にはインド・パキスタン・中国が領有を主張して数度の衝突を繰り返した後、それぞれの軍隊が駐留して3か国が停戦ラインを挟んで対峙し、国境が未画定の状態にある地というのが正しい。改めてカシミール地方の帰属問題を顧みると、1947年にイギリスがインド半島における植民地政策を放棄して独立を認めた際に、半島内にあった565の藩王国はヒンズー教のインド、イスラム教のパキスタンのどちらかを選択することを求められた。ヒンズー教であったカシミールの藩王はインドへの帰属を表明したために、歴史的・法的に見ればカシミールはインドの州とするのが妥当であると思う。しかしながらが、カシミール住民の7割以上がイスラム教徒であったため、同年(1947年)には早くも宗教対立から第1次印パ戦争が起こったが国連の調停によりカシミールは印パ両国が実効支配することとなった。1962年に至り、チベットを併合した中国が唐突にカシミールの領有権を主張して中印国境紛争が発生し、占領地域を自国領土と宣言して印・中・パ3か国が分割してそれぞれの実行地域を支配することとなった。この事態を見たパキスタンは、1965年中国の支援を受けて第2次印パ戦争を仕掛け、支配地域拡大を実現した。1971年、パキスタンの弱体化を狙うインドは、カシミールと直接的な利害関係を持たない東パキスタンの独立運動に軍事援助を行って勝利し、東パキスタンは独立してバングラディシュとなった。この第3次印パ戦争と呼ばれる紛争も、根底にはカシミール帰属問題が影響していると見られている。このように、インド・パキスタン・バングラデッシュ建国の陰には国家を選択するために大移動した者、宗教的迫害を逃れるために難民化した者は1200~1500万人と推定されており、モーゼが率いた出エジプトなど足元にも及ばない規模である。

 カシミールは、パキスタンの北部からインド北西部のインダス川上流にまがる山岳地帯で、標高8000m級のカラコルム山脈がありパキスタンとの国境には世界第2の高峰K2がそびえている。仏教の伝播経路としても知られ、三蔵法師(玄奘)もカシミール経由でインドに至ったとされている。局外者の自分にとっては、多くの血を流してまで領有を争う程の魅力ある地ではないと思うが、宗教的な感情を持つ印パ、チベット併合の正当性とインドの中距離ミサイル防衛を重視する中国、それぞれにとっては、面子以上に重要な地域なのであろう。今回の勉強を通じて教訓とすべきと思えるのは、ベトナム戦争・キューバ危機というアメリカの空洞が生じた時期と地域に、インドとの情誼を弊履の如くかなぐり捨ててでも唐突な主張と軍事行動をゴリ押しして既成事実を築いた中国の無法ぶりである。


 


3.1独立運動をおさらい

2019年02月27日 | 韓国

 韓国で3.1独立運動100周年記念行事の前哨戦とも云うべき、文政権の反日活動が激化・尖鋭化している。

 3.1独立運動は、1910(明治43)年8月29日に「韓国併合ニ関スル条約」に基づいた日韓併合後の1919(大正8年)年3月1日に行われたデモを指すもので、李朝高宗の国葬時に宗教関係者が民族自律・朝鮮独立を呼びかけた「独立宣言」を読み上げたことが契機となっている。当初は非暴力を訴えていたが、デモが広がるにつれて各地に臨時政府が設立されるとともに、騒乱に発展したため朝鮮総督府も鎮圧に乗り出して、多くの逮捕者を出した。その後、国外に逃れた活動家が中国国民党(蒋介石)の庇護を受けて臨時政府(1919年4月11日上海臨時政府、9月11日統合上海臨時政府)を設立して独立運動を継承したとされるが、国内では騒擾も収まって大東亜戦争終結まで大規模な独立運動は起こっていない。3.1独立運動における犠牲者数は、行政府の朝鮮総督府と伝聞を集計した韓国とでは大きく異なっており、南京虐殺事件にも似た様相を呈している。運動に関連した逮捕者は1万人以上に達したが、最終的には高等法院(最高裁判所)が内乱罪の適用を棄却したために大多数が釈放されるとともに1920(大正9)年の大赦令によりさらに量刑は半減されて、獄中死したために「朝鮮のジャンヌ・ダルク」と称される柳寛順も懲役3年である。一方、韓国憲法の前文には「大韓国民は3.1運動で成立した大韓民国臨時政府の法統」と「4.19民主理念」を継承すると書かれて大韓民国の前身と位置づけている臨時政府についても、設立当時から承認する国は無く、第二次世界大戦の終戦後、連合国は大韓民国臨時政府がポーランド亡命政府のように第二次世界大戦で貢献をしていないことから、何の地位を与えることもしていない。韓国では、建国について1948年の独立時とするか、国号と臨時憲章を制定し内閣を構成した1919年とするかが論争されていたが、法改正を経て100周年となる今年から1919年4月11日を建国の日とすることで活着したが、そうしなければ日韓併合時代と連合軍の占領時代(1910~1947年)は朝鮮人による韓国支配の歴史が途絶えた時代と認めることになり、大きく自尊心を損なうことになるためである。当然のことながら、北朝鮮は臨時政府を腐敗した売国団体であり正当性を認めないとして、金日成政権樹立の1948年9月9日を建国記念日としている。

 文大統領は、前述の柳寛順を称賛、伊藤博文朝鮮総督暗殺の安重根・上海天長節爆弾事件で上海派遣軍司令官白川大将を殺し重光の片足を奪った伊奉吉の両テロ犯の墓参、閣議を金九記念館で開催等の宣伝活動に忙しいが、米朝協議で蚊帳の外の置かれた現状から国民の目を逸らそうとの思惑が見え隠れする。しかしながら最も危険に思うことは、3.1運動以後の正当性を喧伝する傍らで、南北統一後の建国記念日は北朝鮮の主張する9月9日で良しとしているのではなかろうかとの疑念が拭えないことである。


中国軍機が韓国防空識別圏に侵入

2019年02月26日 | 中国

 中国空軍機による韓国防空識別圏への侵入が増加していることが報じられた。

 韓国防空識別圏への中国軍機の侵入は昨年140件起きているとされているが、今回、改めて注目されているのは、中国空軍機(電子偵察機「Y-9JB」そされる)が初めて鬱陵島と竹島の間を飛行したことである。韓国発表によると、中国軍機中韓が管轄権を争う東シナ海の暗礁、離於島(中国名・蘇岩礁)南西から韓国と日本の防空識別圏に侵入した後に、鬱陵島と竹島の間の公海上を飛行したとしており、戦闘機を緊急発進(スクランブル)させ追跡や警告を実施するとともに国防省と外務省が在韓中国大使館の駐在武官に強く抗議している。日本でも航空自衛隊の戦闘機が緊急発進して対応に当たり領空侵犯はなかったと防衛省が明らかにしている。防衛省(統合幕僚監部)資料によると平成30年度3四半期までの空自機の緊急発進回数は758回であり、緊急発進回数の対象国は、中国機63%、ロシア機36%、その他1%とされている。これまでも、中国軍機は沖縄本島と宮古島の間を飛行するなど、東シナ海や同近海空域で活発に行動しているが、さらに日本海にまで活動域を広めた感がある。中国の意図するところは、侵入が米朝首脳会談のために金正恩委員長が北京から陸路ハノイに向けて移動中の時期であることから、米朝首脳会談に対する陽動と韓国に対する牽制の意味合いが読み取れる。流石に韓国でも、火器管制レーダ照射に端を発した日韓関係、特に軍事協力関係悪化の間隙を中国に衝かれたとする論評があるが、中国が火事場泥棒・漁夫の利として既成事実を積み上げることに成功したことは否めない。軍事バランスが崩れた空隙を衝いて自国の影響力を拡大することは、中国のみならず列国が目指すところであり、中国にとっては日韓の相克は将に渡りに船の出来事であるに違いない。

 中国軍機の侵入の詳細を調べようとネットを見ていると面白い書き込みを見つけた。曰く「中国の留学生です。私は韓国人があまりにも間違った考えをしていると思っています。中国は韓国に対して経済的、文化的支援を多くしています。そんな中国の恵みを忘れて、中国を牽制しているのは間違っています。韓国は中国文化圏の国のメンバーです。すなわち、将来の中国と一つになって一緒に生きて行くべきでしょう。」。書き込んだのが本当に中国の留学生であるならば、ある程度の学識・歴史観・思考力があると思うが、これほどまでに中華思想が浸透しているとは‼と絶句したことを末尾に添えて”終演”。


”戦わないアメリカ論”を考える

2019年02月25日 | アメリカ

 戦わないアメリカ論が台頭している。

 戦わないアメリカ論は、武力介入したアフガニスタンとイラクからの兵力を撤退させたオバマ政権時(民主党)に囁かれ始めたものであるが、トランプ政権(共和党)になって戦わないアメリカの姿勢が、より鮮明になったとする分析である。それはトランプ政権がシリアの混乱から手を引いて解決をロシアに丸投げしたことに加えて、米朝首脳会談継続中に限ってとしているが北朝鮮に対する先制武力攻撃の選択肢を保留していることに依っている。ベトナム戦争以後”アメリカは世界の警察官として行動しない(行動できない規模の軍備)”としたものの、共和党のレーガン政権やブッシュ(父子)政権のドクトリンは一転して「強いアメリカの復活」を宣言した。特に、イラク戦争を主導したブッシュ(子)政権では、9.11テロもあって「悪の枢軸国(イラン、イラク、北朝鮮)に対しては、米軍単独の先制攻撃も辞さない」というブッシュドクトリンを唱えて、引き続きアメリカが世界の警察官として行動することを世界に印象付けた。第二次世界大戦後アメリカは、共産主義から自由世界を守るとの大義に立って軍事力を使用していたが、朝鮮戦争やベトナム戦争では、本土防衛とは直結しないアジア地域でアメリカ人の血を流すことへの忌避感が広まるとともに、共産主義の輸出国ソ連が崩壊したこともあってアメリカは防共よりも圧政からの人権救済・保護やテロ抑止に注力するようになった。しかしながら、共産思想伝播を主体としたソ連に代わって、産・学・軍のハイブリット戦術による覇権を目指す中国の抬頭に伴ってトランプ政権は新しいドクトリンを採用せざるを得なくなった。未だ一般的にはトランプドクトリンとは呼ばれていないものの、トランプ氏の戦略は経済による中国の新植民地政策に対抗しようとするものであるのは明白で、友邦に対しても制裁的関税障壁を設けることと米軍駐留経費の負担増を求めることに繋がっていると思う。経済的な踏み絵を以てアメリカ人の血を流す価値を測っているように思えてならない。

 護るべき価値と注力の方向を金銭感覚で判断することは、短期的には失業率の低下や市況の活性化等に現れるであろうが、長期的に見れば国威を衰退させるものであり、アメリカ人の矜持を失うことになると思う。全ての基準を経済成長に置いた日本社会が、国際的にはエコノミック・アニマルと酷評され、国内ではアイデンティティを失った漂流者を生み出したことは記憶に新しい。トランプドクトリンがアメリカの潮流となるならば、大和魂が死語になったように、ヤンキー魂が過去のものになる日も近いと思う。


EUの対米関税摩擦の対処に学ぶ

2019年02月24日 | 欧州

 アメリカのEUに対する自動車や自動車部品の輸入制限(追加関税)措置が発動された場合、EUが取る報復措置が明らかにされた。

 報復措置の骨子は、キャタピラー社、ゼロックス社、サムソナイト社を狙い撃ちできる製品に対して報復関税を課す内容であり、総額は2兆5千億円に上ると報じられている。本日言いたいことは経済協議や外交交渉についてである。現在のように、伝播の速度と密度が稠密な情報社会で、なおかつ世論を味方にして選挙に勝つ必要がある民主主義国では、交渉前の情報戦で世論を味方につけることが最も重要であり、以後の交渉結果をも左右すると云っても過言ではないと思う。そのためには、交渉すべき相手に対して「こうなった場合はこうする」ということを、責任ある立場の人間が公式若しくは観測気球として発信する必要があると思う。そのことで相手側が要求をためらう又は翻意するならば、交渉以前に勝利できることとなる。今回のEUの対応はそのことを明確に認識していることの表れであり、アメリカとEU双方の主張と論点を共通の場に曝して、将来の展望を両国民に周知するとともに自国民に信任を訴えるために行ったものであると思う。翻って日韓関係を見ると、関係悪化の原因は、韓国が一方的に反日行動をエスカレートするためと云われているが、根本は韓国が日本の真意・本気度を測りかねていることに原因があると考える。レベル1の反日活動にも「遺憾」、レベル5の行為にも「遺憾」では、韓国は日本の真意を測り切れず、日本国民は政府の考えを理解し賛否を考えられない状態に置かれている。徴用工問題に例を取るならば、韓国最高裁が判断を保留している段階(5年間もあった)で、「賠償責任ありと判断された場合はビザなし渡航の中止処置」程度の観測気球は上げるべきであり、韓国が差し押さえた企業資産の現金化を図ろうとする今は「韓国人の就労ビザの発給停止」くらいには踏み込む段階にあると思う。おそらく外務省は「秘密裏に然るべき立場の人に内意を伝えている」とするだろうが、「腹の探り合い」「秘密議定書で糊塗」「裏交渉で解決」等の前時代的な交渉術では、世界中に監視の目が張り巡らされているとともに、いたるところにディープスロートが潜む現代社会にあっては、国際的にも国内に対しても賛同を勝ち取ることは不可能であると思う。かっては「知らしむべからず、依らしむべし」が行政の鉄則とされていたとされているが、未だに外務省・政治家はそれを金科玉条としているのではなかろうかと危ぶんでいる。

 折りしも2回目の米朝首脳会談が旬日に迫り、米中経済協議は大詰めの段階であるが、米中北の主要閣僚からは盛んに大小の観測気球が打ち上げられている。このことは、交渉相手が「いかに悪者」であるかを世界世論に印象付けることが本交渉の死命を制することを、官僚や政治家が身に染みて知っていることの証拠であろうと考える。対抗措置を毅然として明白に示し、韓国に伝えることが、日韓関係改善の近道と考えるものである。河野外相、「EU首脳の爪の垢でも貰って来れば」。・・・如何に。