言葉を文字に書き表すことを表記という。言葉 ことば コトバ と書いたり、詞 辞 をことばの意味で書き表したりすると、表記のことがらになる。言葉という語の発音を、ことば また、コトバ と書くことは仮名文字の役割として表記の基本である。ことバ コトば としたりすることは言葉の意味においてはない。国語の音韻にかかわることである。
仮名文字の音表記を決めているのは仮名遣いである。現代仮名遣いと歴史的仮名遣いとでその表し方は異なるので、現代仮名遣いの取り決めに従っている。平仮名と片仮名では語の表し方が異なる場合がある。景気を、けいき ケイキ と書くのは文字種の選択であるが、cakeを、ケ-キと書き表すのは長音の言葉の言葉の表記の方法による。 . . . 本文を読む
そうだったんだ!日本語 正書法のない日本語 今野真二著 岩波書店 2013年4月24日 シリーズで全10冊あるそうだ。この著者には、消された漱石 明治の日本語の探し方 という大部な書目がある。ほかに岩波新書に、百年前の日本語 というのがあって、いろいろだ。正書法について、序章によれば、orthography を説明して、正しく書く方式=正しい書き方 としている。語を単位とした正しい書き方であること、上手な書き方を意味していないこと、言語を特定していること、誤りの書き方を見て一つしかない正しい書き方であること標準的表記が確立している日本語、などなどと、いろいろと、説明が続くのであるけれど、正書法とは何かを書きだしていながら、書き方に選択肢がある、とかなんとか、わからなくなってしまって、表記論でさらにわからなくしてしまっている。 . . . 本文を読む
もの こと 物事である。一切の有形、無形の事柄と辞書にある。又此れを、ある行動の対象・客体となる有形のものと無形のことの一切、というふうに、有形のもの、無形のこととを対比する。この語の用例は、日本国語大辞典によると、咄本まで時代を下げる。それにより、もと話し言葉に現われるか、もの と、こと との、捉え方には、一方で、ものごと 物毎 武毎 を宛てる例を、それぞれの物や事柄として、*万葉〔8C後〕二〇・四三六〇「山見れば 見のともしく 川見れば 見のさやけく 母能其等(モノゴト)に 栄ゆる時と 見(め)し給ひ 明らめ給ひ〈大伴家持〉」 *源氏〔1001~14頃〕初音「わざとめきよしある火桶にじじゅうをくゆらかして、ものごとにしめたるに」を挙げる。なお、補注に、もの が物体・事柄など、それ自体をいうのに対して、こと はそのはたらき、性質、関連などを表わすのに用いる、とある。項目は、もの による。 . . . 本文を読む
日本が戦争で得たのは平和憲法だけだ―城山三郎さんの言葉だ。伏龍に乗るはずだったとか、それは人間機雷だ。本土決戦を防ぐ作戦のために命を賭す。そのようなことが行われようとしていた。伏龍にまつわる話題で中日春秋のコラムが書く。何とも信じがたい戦争末期のことだ。それを真珠湾攻撃の作戦と重ねて司令官の愚考さを言う。何をか況や。
16日送り火を焚いて大文字山にくっきりと大字、屋型船が浮かんで輝いたことだろう。新聞がそろって全国戦没者追悼会の識字を見出しに、朝日の、首相式辞 国内に主眼 とうって、終戦の日 アジア加害触れず とある。そこに掲げるは、それまで歴代の式辞にあった、不戦の誓いがない、と言うニュアンスだ。アジア諸国への反省、哀悼消える、と。 . . . 本文を読む
日本語誤百科 48ページ 依頼が次々と舞い込んできている を、例題にしている。
依頼が来るのは、舞い込むか、次々と舞い込むか、表現について言う。表題は、舞い込んできている と言うので、それは意外性があって用いるもので、次々と と言えば、意外でもなんでもなくなるから、意味内容が合わないと解説する。舞い込む を、辞書によって見ると、上記のような例文は、幸運が―・む、差出人不明の手紙が―・む、というような場合であって、この語のほかの使い方に注目すると、ふつうに用いて、舞い込む を、花びらなどが部屋の窓から舞ってはいる様子をいうので、つぎつぎとやってくるわけである。比喩表現であるとみれば、これはこれでよい。 . . . 本文を読む