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戦後75年の記憶、神風

2020-07-14 12:00:00 | 学問

後ひと月ちょっとで、75回目の、終戦の日がやって来る。
70年の区切りとして、5年前に、幼かった、昭和の戦争の語り部の記憶を、まとめてシリーズでアップ
アップした。
忘れてはならない、あの忌まわしい記憶を、後世に伝えるべく、またここで、アップして置きたい。

昭和の戦争の語り部の一人としての使命だと思っている。

 

mcnjの住んでいた所は、美ヶ原のふもと、いくつかの中小河川が造った扇状地の上であった。
小学校名の清水もそうであるが、源池、出川など、湧き水に因んだ地名が多くあるところであった。
魚屋、八百屋、酒屋など、商売屋は、たいてい、年中こんこんと湧き出る井戸を持っていた。

一般家庭でも、隣組で井戸を持っており、主婦たちは、共同で炊事洗濯に使ったり、文字通り、井戸端会議に、花を咲かせていたものである。

下流の方には、水神様が祀られて、ちょっとした、池があった。
きれいな水が蓄えられており、その端には、樹齢数百年と言われた、大きな欅の木があった。

mcnjが、小学校に入学した、昭和19年4月は、日本海軍が、南方の大きな戦争で負けた後で、教室でも、教師達が、
アメリカが、どこどこの島に上陸したと言うような話を、深刻そうな顔で、話しているのを、子供心に、不安げに聞いていたことを覚えている。

戦況は、ますます、悪化するばかりであった。
近所の年寄達は、大昔の、蒙古来襲の話を持ち出して、いざと言う時は、神風が吹いて、アメリカの艦船を吹き飛ばしてしまうから、心配するなと言っていた。
新聞や、ラジオでは、どこかの大きな神社の鳥居が、揺れて傾いたのは、神様が出兵されたのだ、と言うような話しが、まことしやかに報道されていた。

そんな折、ある夜、水神様の欅の木に雷が落ちて、欅の木は、半ばから折れてしまった。
人々は、それを見に行って、いよいよ水神様も、ご出兵なさって下さった。
これで、神風が吹いて、日本が勝つことは間違いない、と言って、大いに喜んでいた。
しかし、その後も、神風が吹くことはなかった。