私の考える「魂の家族」とは、血縁で結ばれた家族や宗教的な意味の家族の事ではありません。
同じ体験をした者どうしが、それを分かち合い、癒し逢うための「心の家族」の事です。
「斎藤学氏・家族機能研究所代表・自分のために生きていけるということより抜粋」
大阪水曜ほっと集談会一世です。
最近自助グループとは何かについて考える中で、斎藤学氏の著書から多くのヒントをいただいた。
以下「自分のために生きていけるということ」より抜粋
「こうした安全な場所で、自分がしゃべりたかったことをしゃべり、仲間の体験を聞いているうちに、自分を定義する色々な数値から自由になってきます。
むしろ、問題そのものが恵まれた資質だというふうに思えてくるのです。」
表現は違いますが、やはり集談会も本来このような場所ではないでしょうか?
自助グループとは、教える、教えられる、救う、救われるの関係性ではない事だけは事実である。
お互いに常に対等であり、だれからも批判されることの無い安全な場所なのだと思う。
ただ、どうすればそのような場所にできるのか?
素人の集まりで、ルールを作らなくてもそれが可能なのか?
まだまだ、学びは始まったばかりである。
今年1年毎月集談会を開催しながら会員の皆様と考えたいと思う一世です。
2020・2・11 一世