オーストリア満喫これで最後その15

2012-09-28 23:37:30 | 旅行
なんぞの記念、冥途の土産にと書き始めた旅行記が、こんなに時間がかかるとは想像もしていなかった。
以前、primaveraさんという方の旅行記を、それはもうあこがれてあこがれて、夢見るように読ませていただいたことがある。例の閉鎖になってしまったブログサイトのお友達だった。
海外旅行が趣味という方で、地球の歩き方、楽しみ方を熟知しておられた。
面倒臭がりやの私が、何とか我慢して書いているこの旅行記・・・とてもあの方のような文章にはならない、そんな次元では勿論なくて、写真と場所の表記があっているかどうかが心配なぐらいだ。
写真もこうしてみると、いくら携帯で片手撮影とはいえ、もう少し考えて撮ればよいものを・・・お皿全体がおさまらないとか、額縁が欠けるとか、
もうどうしようもなく、撮影のセンスが無い。

まあ、後悔していても仕方が無い、自分なりに、このお話を終わらせなければ・・・と薄れ行く記憶を頼りに書いてきた。
それがもうどうやら今回で最後になりそうだ。


ということで・・前回「その14」に続くウイーンでの最後の1日のお話。

つかれきった父と私、1番悩んだ、最後の晩餐が終わり、(何を着るかで悩んだのだ。田舎から雪の降った山岳地帯、そしてまだ夏の都会へと移動し、例年とは全く違う気候で、気温が不順で、衣装に困ったのは私たちだけではなく、旅慣れた同行の皆さんも口をそろえて仰っていたのだから、この旅行を乗り切った私は今後どんなシーンにも適応できるような気がする。)
明日の帰国の用意を済ませて、すばらしいお部屋の寝心地の良いベッドに吸い込まれるように寝入った。

何時頃だったろう、
ふと、目が覚めると、父がベッドに座ってなにかしている。
携帯電話を触っているのだ。

「どうしたん~?」

と、寝ぼけ眼で声をかけると

「目覚ましをセットしといたのが今頃鳴って、止まらんのや」

と、いう。

「ん~?」

そういえばなんか鳴っている。
覚醒するに従い、その音ははっきりと警戒音に聞こえてきた。

「お父ちゃん、それ、携帯の音と違うわ」

私は、父に
「服を着替えて、貴重品を持って部屋で待機するように」
と言った。
そして、大急ぎで、翌日着る予定だったシャツとパンツに着替えて部屋を飛び出した。

エレベーターは止まっていた。

やばいぞやばいぞ・・・心臓がドキドキした。

私たちの部屋は2階だけれど、天井の高いお部屋のホテルだから、階段は3階分ぐらいある。ばたばたと転げるように降りていったら、ロビーやエントランスにたくさんの人が集まっていた。皆バスローブを羽織って貴重品らしいバッグを持っている。
心配そうに身を寄せ合っている白い人たち。

日本人は誰もいない。私だけ。しかも服を着替えているのも私だけ。

外を見ると、回転灯が見えた。消防車だとわかった。
近くにいた人に尋ねてみたが首をすくめて分からないのジェスチャー。
私の英語が通じなかったのか?

それでも、みんながただ不安そうにロビーに集まっているということは、それほど緊迫してはいないと感じた。

そのとき、外から私たちの添乗員さんが、服を着替えた姿で、ロビーに戻ってきた。

「火災探知機が作動したので、消防車が来ました。今点検を行っているところですが、どうやら誤作動だと思われるので、大丈夫だということです。」

2人で、
「日本人はこういうときの反応が違いますね、みなさん、バスローブ羽織って、とりあえず避難するのに、日本人は、まず誤作動だ・・と疑うようで誰もきませんでしたね・・・」

と、苦笑いして部屋に戻った。

階段で、一足遅く、服を着替えて様子を見にこられた同行の方に出会ったので、ことの次第をお話して、一緒にまた階段を上った。

部屋に戻ると、心配そうに父がいつでも避難できるように用意して待っていた。

もう警戒音も鳴り止んでいたし、大丈夫だと伝えて、さっさと眠ることにした。

まったくもお~~

夢のようなオーストリア旅行最後の夜に、避難訓練をさせられてしまった。


夜中のこんな騒ぎで、私たちは、朝、ちょっとテンション低め・・。

午前中自由行動だったので、皆さん、スペイン乗馬学校の見学や、ベルベデーレ宮殿にクリムトの絵を見に行ったり、ハプスブルク家の宝物館などの見学をされるようだった。

私と父は、朝食バイキングをゆっくり食べて、もうどこも観光しないでホテル近辺をぶらぶら歩いてみるだけにした。

ホテル近所のスーパーマーケットを覗いた。スーパーといっても、日本で言うならちょっと高級なスーパー。

フードコーナー。



お肉は基本キロ単位で販売。でもこんなのもあった。




ぺったんこの桃が流行だそうで、みなさん買っていた。




自分で計ってレジに持っていく。




かぼちゃ君。1ユーロしないのは飾り物用かな?







入ったは良いが、出口が違うらしい。バーがあがらなくて出られないのだ。
分からなくて、入ってくる人と入れ違いに隙をぬって出た。

この2階にブティックとか雑貨屋さんがあった。父が、思い出にネクタイを購入したいというので、「グロリエッテ」というお店に入って、綺麗なシルクのネクタイを選んだ。店員さんが親切にいろいろ出してくれた。

次は、私が冷やかしでもいいからといって、スワロフスキーのお店に入った。

ペンダントのトップで素敵なのがあったので、私の分と、娘の分と2個選んだ。
75ユーロ以上の買い物を1店舗ですると、免税の書類を書いてくれて、後で税金が戻ってくる仕組みになっている。

店員さんは忙しい中、ささっと包んで、書類も書いてくれた。でも、なんということか、
大体のお財布の中の残金を考えて選んだつもりが、2ユーロ足りなかった。
セントコインとかもじゃらじゃら動員したが・・・足りなかった。

朝、部屋を出るときに、枕銭を2ユーロ置くか4ユーロ置くかで悩み、4ユーロ置いたから、それが失敗の元となった。
恥ずかしながら、ソーリーソーリーと、片方をキャンセルした。・・・勿論娘の分をキャンセル・・その後、カードがあることを思い出して、カードを出したが、店員さんは他の客の応対で大忙し、もう相手をしてくれなかった。

50ユーロあっても52ユーロのものは買えない。2ユーロを馬鹿にしてはいけない。
身にしみた。

おまけに、空港で時間があったので箱を開けてみたらショック!!
私のではなく、娘に選んだのが入っていた。
あんなに、はっきり説明したのに。あ~あ
それがこれ。



こんなお嬢がつけるようなもの・・・。え~ん;;

そんなことしているうちにホテルを出発する時間になった。

ホテルからウイーン空港までのバスの運転手さんはマリオさん。
やっぱりハンサムだけどマレクさんにはかなわない。
オーストリア航空便でフランクフルトへ。
フランクフルトでは出国審査。
父がベルトをはずし忘れて、ビービーなった。
私は問題なく通過・・・。

入国審査の時にハンコをもらっていなかったことを思い出した。
パスポートを見て首をかしげる。
今日の日付けで、スタンプ2個。→と←のついたハンコ・・・。

結局、
日本→ドイツ→オーストリア→ドイツ→オーストリア→ドイツ→日本
と出入国繰り返したのに、ハンコは4個。

ちょっとパスポート全部のハンコの数を数えてみる。奇数だ。

なんで~奇数なの????

よくよく調べると、ハワイでハンコが1個足りない。

まあ、いいか~そのお国の事情なんだろう。

帰りの飛行機では見事に爆睡。

隣に座った男の子がえらくフレンドリーに流暢な日本語で話しかけてくる。
サンパウロ出身の日系3世で、技術屋さんらしい。
26歳だと言っていた。
そこまで話したことは覚えているが、眠りこけた。

目が覚めたら、目の前にメモが張ってあった。

「お目覚めですか?お食事をお持ちいたしますので、お声掛けしてくださいませ」

うわあ~ちょっと恥っ^^;若者に笑われた。

機内食は2回出た。食事以外はずっと眠っていたので、時差ぼけなし。
あっという間の12時間帰国便。

荷物を受け取るときにまた、先ほどの青年に会った。
「元気でね~」と手を振ったら、ニコニコ手を振ってくれた。


父も疲れてはいたが、元気に、新幹線で帰っていった。
東京駅まで見送ろうと思っていたが、ツアーで一緒だったご婦人が、ご親切にも、
「東京駅まで行きますからご一緒しますよ・・」
と声を掛けてくださったので、あつかましく甘えることにした。
成田エキスプレスの改札で父と別れた。私はリムジンバスで自宅近くまで直行・・。

父の許しを得たので、ウイーンでの夕食会のときの写真を1枚・・・。




娘からみても、85歳には見えないし、思えない。
いつも笑顔で好奇心一杯。
「今回の旅行で若者と同じだけ歩けたから、どこでも行けますよ!!」
と皆さんに言ってもらったね。

今度はどこに行きましょうか??


(長くて、つたない旅日記。まだまだ、書きたいエピソードはありますが、ここらでおしまいにして、後日また、ちょこちょこ書きたいと思います。気長に読んでくださった方、ありがとうございました。)















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オーストリア満喫その14

2012-09-27 11:45:12 | 旅行
ウイーンの朝、いよいよあと2日でこの旅は終わる。

まずはこのホテル・ブリストル
2連泊目の今夜、とんでもない事件が起きる。それはまた後ほど・・。

ホテルのエントランス奥のロビー。
ほうずきが飾られている。




鍵を開けると長い廊下



立派なクローゼットに、とりあえず持参した洋服を引っ掛けてみて、この街を歩くのにふさわしいものがあるのか、う~んと悩む・・・。

廊下にかかる絵画



室内





バスルーム



立派なシャンデリア



ウエルカムミネラルウオーターとフルーツ・・またリンゴ
枕の上にモーツアルトチョコ


さあ、今日はバスを使わないで、地下鉄と徒歩でウイーン観光。

地下鉄構内・・工事中。
日本の東京のような駅を目指してるそうだが・・・。



人気のパン屋さん



エスカレーターで降りてホームへ。




まずは1日乗り放題のチケットで地下鉄U1号線に乗り、シュテファン寺院へ。

ハプスブルク家の人々の内臓が埋葬され、モーツアルトのお葬式も行われた。



ペスト記念碑のあるクラーベン通り



朝のカフェの客はほとんどが観光客だとか。



この建物の隙間の通りにウイーン随一の楽譜店があるそうだ。



ぶらぶら歩く。



私には全く縁のない、というか興味のない、高級ブティックの並ぶコールマルクト通りにティファニー店発見。
Mつん、ここでお土産買わないでごめんね~



今日もガイドしてくれるクラウスさんお勧めのアパートメント
長期滞在するなら安くて便利だそうだ。



王宮・ホーフブルク



シシィ博物館の見学







見たかった楽器「ツィター」


エリーザベト暗殺の時の短剣が生々しく飾ってある。有名な美容器具や、なんやかやら
彼女の髪の毛がついていそうなブラシまで・・・。
印象に残ったのは、彼女の書いた文字や、落書きとも思える絵。
凄く細かくて緻密だった。意外・・・。
愛読書のようなものは陳列されていなかった。残念。

小説や映画の中の人ではないのだ。
実在した悲しいエリーザベトの生きた証をたくさん目の前にして、今更ながらに、それを実感する。

(シシィが大好きなギターの師匠にエリーザベトの絵葉書と鉛筆をお土産に選んだ。
帰国して、
『これで曲をたくさん書いてください』
と、言ったら
『こんな鉛筆、削れないよ~~』
と、言われた。わかってますよ~^^)

目をぎらつかせて必死で見学して回ったので、疲れた。

有名なデーメルにてコーヒータイムだ。



ここも王宮の中なのか?





私はアインシュ・ベンナー(1頭立ての馬車)いわゆるウインナーコーヒーを注文。



父はメランジェ・・いわゆるカプチーノを注文。



問題のザッハートルテ





たくさんの芸術品のようなケーキが並んでいた。



又ぶらぶら歩いて美術史美術館まで行く。

旧王宮



途中で馬車を見かける。



サウンドオブミュージックでも出てくるという乗り物。



美術史美術館





ロビー



ロビーの天井



撮影OKなので、名画の数々撮りまくったが、整理断念。
フェルメールの後姿の自画像だけアップ。



目玉作品のの1つの、金の塩コショウ入れが盗難にあい、ケースの中はからだった。
でも、酔っ払って修復中の美術館に忍び込んだのは、ある会社のおえらいさんで、悩んだ挙句5年後に出頭したらしい。
台座の部分が破損していて、公開は来年1月からだそうだ。

これがその塩胡椒入れ




クリムトの生誕150年記念イベントとして、天井に近いところに描かれていた彼の絵を、簡易通路で特別に間近に鑑賞することが出来た。これはちょっと・・いや、凄く嬉しかった。


午後は自由行動。

モーツアルトの記念碑の前で、昼食として、恥ずかしながらハンバーガーにぱくついた。



ゲーテの坐像




ちょっと遠いが、トラムに乗って、ウイーン中央墓地に行くことにする。
これもこの旅行の大きな目的だった。

トラムに乗り40分ほどで墓地に到着。

お花屋さんがあったので、黄色いバラを2本購入する。

向かって左がベートーベンのお墓、中央がモーツアルトの記念碑、右がシューベルトのお墓



ベートーベンのお墓の前で、父がお経を詠んだ。ベートベン先生びっくり??
私は黄色いバラを供えてアーメン・・・

ブラームスや、ヨハン・シュトラウスなどのお墓にもお参りして、私は密かにある作曲家のお墓を探した。
シェーンベルクだ。
走り回ったが、どうしても見つからなかったので、いってきた人のお写真を拝借・・・



お墓参りを終えて、またトラムに乗ってホテルに戻る。
今夜はこの旅行最後の晩餐。
みなさんお洒落して、レストランに集合。

前菜



私のメイン・・ローストポーク



父のメイン・・サーモン



私のデザート



父のデザート
右端にほうずき実・・・美味しくもなんともないという父のコメント。



さすがウイーン?美味しく完食した。

旅の思い出や、あれやこれや、皆さんとのお喋りがいつまでも尽きない。
いとおしいこの時間の中で、ずっとこうしていたいような気分だった。

それでも、そろそろお開きとなって、ロビーに出ると、なんだか音楽が聴こえてくる。
なんと、お隣のオペラ座からそれは聴こえてくる。
誘われて外に出てみると、人だかり。
オペラ座の向かいにスクリーンが現われて、今上演されているブラームスのオペラが映されているのだ。パネルシアター?

チケットは完売ということで入れなかった人たちが通りを占領して観劇している。
しばらく私たちも見ていたが、立ちんぼうでは父が辛そうだったから、部屋に戻ることにした。

今日もとっても勢力的に歩いてくれた父、部屋に戻るとふうふう言いながら、明日は帰国なのでスーツケースを整理して、眠りにつく。

この後、眠りを覚ます事件がおきるのだが、「その15」にて・・・。




































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オーストリア満喫、その13

2012-09-26 22:22:16 | 旅行
デュルンシュタイン朝のお散歩・・・

昨夕、船で到着したときは、船着場からホテルへの近道の、
古くて暗くて陰気で、狭くて急な鬱々とした階段をへとへとになって上ったけれど、
今朝は気持ちの良い明るくて、古いけれど情緒たっぷりで楽しい通りを歩いてドナウ川までいった。

ほとんど動画で撮影したので写真は残念ながら無い。

建物の窓からシャツ姿のおじさんとかがコーヒーカップを持って顔を出している。
この光景って、テレビで見たような・・・何のためらいも無く
「モルゲン!!」
と、声をかけると
「モルゲン!!」ってカップを持った手を挙げてにこにこしてくれた。







美しく青きドナウ・・・?






昨日ついた船着場


古城の名残が茂みの中に見える。



城壁沿いを歩く。


デュルシュタインの古城と、たっぷり優雅に流れるドナウ川を堪能し、久しぶりに時間に追われずに朝をゆっくり楽しめた。

やっぱり味噌スープと梅干をお腹に入れてから朝食バイキングへ。
軽~く軽く頂いた。
今日は、シェーンブルン宮殿での昼食がお楽しみだからね・・・。

今日1日で、マレクさんのバスとはお別れ。
10時に出発して、いよいよハプスブルク家の都ウイーンを目指す。
ウイーンの西に広がる丘陵地帯の北の端カーレンベルクの丘が見えてきた。オスマントルコの包囲から、ポーランド王ソビエスキーがこの丘から急襲してウイーンを救ったところ。ふもとには葡萄畑が広がっている。

ドナウ川をいつ渡ったのだろう・・・
気がついたら、なんともうウイーンの市内に入っていた。

不覚にも、早々に眠ってしまっていた私。

もうシェーンブルン宮殿の庭園の上にある凱旋門「グロリエッテ」の入り口に到着してしまった。



グロリエッテまでテクテク歩く。
ウイーン最後の夏・・とかで、暑いぞ暑いぞ・・・これは、上高地に行ったギターの師匠の方が涼しい思いをしているな・・・などと思いながら歩いた。



グロリエッテ







グロリエッテのレストラン



バスの中で眠りこけていたけれど、ちょっと暑い中歩いたし、朝食は少しにしておいたから、お腹の空き具合はちょうど。

サラダ・・・一見お豆腐かと思った。クリームチーズだった。



野菜のパイ
これは美味しいの・・・!全部食べた。温野菜って嬉しい。



カッテージチーズ団子とストロベリーソース。
ふわりとした食感と甘さと酸味が良いバランス。



グロリエッテから眺める
シェーンブルン宮殿。



宮殿が遠くに見える・・・

本来は、あちらからこの凱旋門まで30分ほどかけて上ってくるものだが、マレクさんが、85歳の父を思って、丘の裏手にこっそりバスを停めてくれたようだ。
申し訳なさそうに、
「バス停ではないので、ささっと降りてください、僕は下で待っています」
といわれたもの。

宮殿とグロリエッテ間を往復するのは、この暑さでは父も辛かっただろう。
今回のツアーコンダクターさんと、バスの運転手さんのコンビはとても融通を利かせてくれるし、親切で機転も利いて最高だった。

さて、お腹も幸せに満たされて、すばらしい庭園を見ながら、このたびのクライマックス、シェーンブルン宮殿へ・・・・。

ウイーンでのこれからの2日間は、旅行の最後の打ち上げ花火みたいなものだった。









圧巻の宮殿の見学には現地ガイドのクラウスさんがついてくれた。



グランドツアーといって、見学できる全てのお部屋を巡る。

フランツ・ヨーゼフ皇帝とエリーザベトにゆかりのある部屋や、モーツアルトが御前演奏した鏡の間、マリア・テレジア謁見用のベッドの置かれた部屋・・などなど、1冊写真集を買うべきだった。重いし、日本語版が見つからなかったから諦めて、父は宮殿のキーホルダー、私はエリーザベトのキーホルダーを自分土産に買った。

宮殿を満喫した後、バス停までぶらぶら・・・

大道芸だ!!

微動だにしない



缶に1ユーロ入れた。



動いた!オブジェじゃなかった。あついだろうなあ~~~





バスで、環状道路のリンク通りを1周して、歴史的建造物を見ながらホテルに向かう。
ホテルは、オペラ座のすぐ横のブリストル。

ここで、お世話になったハンサムなマレクさんとお別れ、最後の最後まで、父に手を差し伸べたり親切な青年だった。ありがとう。

ホテルのエントランス



この紳士がホテルブリストルの目印。



夜は自由食なので、アウグスティーナケラーでワインとソーセージで軽く済ませた。



昔は修道院の酒蔵だったそうだ。ドーム型で薄暗い。アコーデイオンの演奏が物悲しい。





今夜はウイーンフイルの本拠地の楽友教会の大ホール黄金の間で、お手軽モーツアルトコンサートがあるというので、急遽チケットを購入した。
お願いすると、こんな扮装した人が馬車でホテルまでお迎えに来てくれる。



楽友教会



かつらを被って扮装しての楽しいモーツアルトコンサート。
ニューイヤーコンサートが行われる大ホール・・流石に世界一といわれる音響。








モーツアルトの時代を想像しながら、聴く。

アンコールはウインナーワルツとラデッキー行進曲で観光客を盛り上げてくれた。

盛りだくさんの一日を終えて、ホテルでばったんきゅう~


































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オーストリア満喫その12

2012-09-26 00:38:55 | 旅行
タイトルをもう少し気の利いたものではじめればよかった・・・。
「その12」に突入だ。

ドナウ川クルーズ。船内の指定席で窓から眺めた。
だって・・暑いし、疲れたし・・・上の階は見晴らしがよいだろうけれど、ちょっと弱音を吐く。
お隣の席で、同行のご婦人が突っ伏してお休みだった。



外人さんは大騒ぎで、ビール飲んで食べてしている。疲れた私たち日本人ツアー客と、テンション高い彼らと、ちょっとはましだけれど、賑やかな若い関西人ツアー客と、中国人ツアー客で、船内は人種の坩堝。



ブドウ畑が延々と続く丘に、古城や、古い建物がぽつんぽつんと見える。







豊かな川の流れにうっとりしているうちに、ちょっと元気快復する。
貨物船とかも何艘かすれ違った。


デュルンシュタインに到着。

今夜のホテルは、この古城ホテル・デュルンシュタイン





ハルシュタットの2泊目のトラブルに責任を感じてくれた添乗員さんが、一番良くドナウ川を見下ろせるお部屋を私たちに用意してくれた。

でも、部屋に入ってびっくり、ドナウ川を忘れるところだった。



上の写真で、まるで全部がクローゼットのような扉を開けると
クローゼットが右端で、真ん中がバスルーム



左端がトイレとパウダールーム



美しいのだけれど、う~~ん、どうも使いにくい。

部屋の天井がとても高い。









テーブルに置かれたウエルカムフルーツ。
またリンゴだ。バナナとぶどうを頂く。
リンゴは父が持ち帰って姉に煮てもらうという。ハルシュタットのリンゴとあわせてこれで2個になった。



夕食は、眺めの良いテラスで、夕日が落ちた山陰と、静かなドナウ川の風景を見ながらゆっくり頂く。

今夜は皆さんエレガントにお洒落して登場。

牡蠣とパンプキンのマリネ・・・これはすばやく飲み込んだ^^;
オニオンビーフステーキ、アップルパイとバニラアイス。赤ワインもついていた。

あまりに雰囲気が良くて、写真はすっかり忘れてしまった。

フレンドリーなピアニストがずっと演奏していた。
部屋にいた時、窓を開けていたので聴こえていたのは、このピアノの音だったんだ。

レパートリーの多いこと。私たちを見て、「スキヤキソング」を弾いてくれた。
クラシックからJAZZ、映画音楽と・・・その中で、
私が一番心打たれたのは、「サマータイム」だった。まさにまさに・・・の曲だ。

明日の朝は、久しぶりにゆっくり出発なので、皆更けていくドナウ川の夜をロマンティックに堪能していた。










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オーストリア満喫その11

2012-09-25 11:12:05 | 旅行
「オーストリア満喫その11」

もうこれは、意地か執念か・・・・ほとんどお仕事のように立ち向かっている。
なんとしても書き終えねば・・・。
高齢の父を誘い出して引きずり回してしまったので、お留守番組だった姉への報告でもある。

今日はハルシュタットにお別れだ。冬にもう一度訪れたいという夢はあるが、夢で終わるように思う。2度とこれないかもしれないから、写真は撮っておこう。
すばらしいお天気が私を慰めてくれる。





アヒルのオーナメントが多い。意味があるのかな・・・ザルツブルクでもよく見かけた。アヒル隊長!





この通りの隙間から教会の尖塔が見えている。



ホテルの正面玄関



マルクト広場





今日のイベント用の黒い仮設ステージがしっかり見える。こんなイレギュラーな写真も思い出。



かもめが鳴いていた。



さよならケルト人の像
ずっとずっとそこに立って、私のような旅人をお迎えしてね。



さて、これから、オーストリア発祥の地、オストマルク(東方辺境伯)のおかれたメルクへバスでGO~!
マレクさん今日もカッコいいよ!!

途中のトイレ休憩で、オーストリアのファミレス ローゼンベンガーでカイザーメランジュというコーヒーを注文した。水がついてこなかったので、
「ヴァッサー ビッテ」
と勇気を出してボーイさんに注文した。
オーストリアでは最初に頼んだウエイターさんにしか何かを頼んではいけない。
そして、1ユーロぐらいのチップを置いておく。
ここでメランジュを注文すると、もれなく同じカップがプレゼントされる。
私には大好きな黄色のバラのカップだったので、運命を??感じる。やっぱりなって。

売店がくっついているので、お会計は売店でする。
レジのおばさんの胸が凄くて・・・圧巻!そこまで見せんでも・・・と思いつつ、これも記念としげしげ眺めさせてもらった。男性陣は目を剥いてましたな・・・。

それで、目的のメルク修道院。





修道院の歴史を語る博物館

僧が食事をしていた長いテーブル



聖杯



寄木細工の床



説明不要



鏡の間





聖者の骨が縁起物になっていた。



贅の限りを尽くしていた時代から、だんだん質素になっていったメルク修道院。
エコ棺おけ、リサイクル棺おけ・・使用法は想像してね。


天井のフレスコ画の柱と実際の柱が部屋の中央に立って見上げるとまっすぐの1本の柱に見える。大理石の間(ここも実はほとんどが漆喰に大理石の模様を描いている)




10万冊の蔵書がある図書館を通り、教会内部へ・・・。

メルク修道院は最初の東方辺境伯であったバーベンベルク家が要塞城をベネディクト派の修道院に寄付をしたところで、現在は学校として使われている。
が、今日は日曜と言うことで教会ではミサが行われていた。
厳かなパイプオルガンの音色と司教様のお説教・・お邪魔にならないように静かに見学した。

回廊で懺悔している?人。



見学を終えてぶらぶら歩いているとブラスバンドに遭遇。



昼食は

「GOLDENER STERN」というレストラン。





ガーリックのスープ
ガーリックの風味がほんわかやわらかく美味しい



チキンのセサミフライ・・これは多すぎた。



デザートはアップルタルト
写真撮り忘れた。リンゴアレルギーだけれど、火の通ったものはOK!

メルク修道院に下からさよならして、




昼食後、メルクの船着場から、ドナウ川クルーズへ・・
デュルンシュタインまで約1時間25分の船旅だ。
いざいざドナウ川へ~~!!












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