朝の二度寝でとんでもなく長い夢を見た。
日曜日の朝とはいえ書き切れるかわからないけれど、とりあえず記録。
私は一応キャリアウーマンらしい。
その日は12時出勤ということでわりと余裕のある朝だった。夜にはとても冷えますというニュースを聴いて、ネイビーのダウンコートを着て白いバッグを選んだ。そのチョイスに少し自信がなくて、鏡で何回もチェックしているうちにそろそろ家を出なければならない時間となる。
タワマンの住人らしい私はエレベーターに乗ろうとするが、何故かホテルのような広いエレベーター前が激混みしている。
若い娘が人生を儚んで号泣している。
それを間近で見た5歳位の坊やがショックを受けてなんとも言えぬ哀愁に満ちた表情をして、周りの大人達ももらい泣きしてしまう。そんな中、何機か並んでいるエレベーターの扉が開いて、少し争うようにみんな乗り込む。私はひとつやり過ごして次のに乗ることにしたが、やはり押し合いへし合い状態となる。
乗り込んでからコートが無いことに気づいた。ところがこのエレベーターは一階までノンストップ。それが長いこと長いこと。
やっと降りて、コートの為に昇のエレベーターを待っていると、エレベーターガールがこちらへどうぞと案内してくれるのでありがたがりながら乗り込む。
あれ?何階だったかしら…わからない。そんなことを思う私などお構いなしにエレベーターはどんどん昇る。いつまでも昇る。
ふと気づくと私は垂直ではなくて横に移動している。
エレベーターの中ではなく、列車の中だ。
時計は11時25分。
会社までは1時間と少しかかる。
今なら、遅刻しますと連絡すれば良いかしらと考える。でも、この列車は一体どこへ行くのか?周りは皆観光客のようだ。ローカルじゃなく特急列車のようだ。
整理できない混乱した頭を窓の外に向けると、そこには美しい景色が広がっていた。昔、国定公園大沼湖の中をトワイライトエクスプレスで走ったことがあるが、その景色の中に赤や黄色や様々な素晴らしい花々が咲き誇り、時々湖岸を歩く人々の姿が見えたり、長い遊歩道橋が見えたりする。
また、湖面からは時々水が湧き出ているのまで見えた。
私はどこに向かっているのかしら。
いえいえ、とにかく次の駅で降りて引き返さなくては。
隣の座席に座っている女性に尋ねてみた。
女性は不思議そうな顔をして答えてくれた。
これは、臨時特別観光列車なので、そうとう先になるということを。
まったくあのエレベーターガールはなんというお節介をしてくれたのだ……
いくら美しくても窓外の景色を愉しむ気分ではなく、かと言って全く見ないわけでもなくチラチラ見てしまう美しさに、次第に今日は一日休暇を取ってこのハプニングを楽しむべきかも知れないと思ったりする。
会社には連絡しないまま時間が過ぎて、ようやく列車は止まった。
慌てて降りて改札を探す。
駅員さんが2人緑色の制服を着ている。
さほど大きな駅ではないので、切符の自販機を見つけ、さあ………
どうすりゃいいのよ〜
駅員さんが地図を持ってきてくれた。
「それで、私はどこにいるのですか?」
指差されたのは岸沿い。
「どこにも停車しなかった先程の列車はどこから来たのでしょう?そこに戻りたいのですけれど」
「大竹ですよ」
大竹…大竹ね…
地図で大竹を探す。
先程は日本地図だったはずなのに、大竹を探しているうちに段々と世界地図みたいになっていく…入り組んだリアス式海岸みたいな地図を見ていたはずなのに、オーストラリアのグレートバリアリーフみたいな地図になって、あれあれと思う間にまた日本地図みたいになって、結局何もわからない。
自分がどこにいるのか、どこに戻りたいのか…
突然の叫び声に振り向くと、老婆が何かを訴えている。
エレベーターの前で芸術のような哀愁の表情を見せた男の子に何か言っている。
その子の母親が何事かと怯えて老婆を突き飛ばそうと身構える。
私はハッとしてその母親の前に歩み寄った。
耳を澄まして老婆の興奮しながら捲し立てる話を聴くと、私も目にしたあの時の男の子の表情に心を強く打たれて追いかけてきたとのこと。
私は老婆に落ち着くようにと言い、母親には、私もその場にいて感動したあの話を説明する。
あの方は坊っちゃんを讃える為にここにいらっしゃるようですよ…と。
母親は安堵の表情を見せたが、まだ戸惑っている男の子は母親のエプロンに顔を埋めたり、こちらへその瞳を見せたりしている。肌は輝く褐色、大きな瞳は深い深い黒。やはり黒い髪は艶々でクリクリしている。
エレベーターの前で見せたのとは全く違う幼い男の子の愛らしい姿だった。
ここで私は夢から覚めた。
覚めてもまだ鮮明にイメージすることができる。
男の子の表情と、列車の窓に広がる絵画のように美しい景色を。
あと、白いバッグも。
結局、12時に出勤しなくちゃという最初の設定はどうなったのやら。
夢は途切れたので想像してみたが、恐らく出勤しなかっただろう。
連絡もせずの大遅刻など気にもならなくなって、ワクワクしながらそれまでの日常に戻ることのない列車に乗って、ずっと窓の外を眺めている自分が見える。