不要不急ではありますが、
毎日家事ばかりの私の心のために、夫がドライブに誘ってくれました。
圏央道から関越自動車道を行くと、往路も復路も富士山が見えています。
良いお天気です。

市営の無料駐車場に止めて、目的地まで歩くことにします。
周遊バスが目の前で🚌出発してしまったので😅
上州富岡駅

駅前通り

この狭い道は、明治時代には県道。
現在も県の道。

上毛新聞富岡支店ギャラリー

こんな目抜き通り⁉️をテクテク…
お土産自販機‼️
道の駅で買うからいいやとスルーしてしまいました。
目的地に到着です。

圧倒されました。
目を閉じて耳を澄まして女工さんが立ち並んでいる光景をイメージします。
閑散として寒いのに、蒸気や熱気を感じます。
日本の近代化の一端はここから。

そもそもガラスを日本国内で製造出来なかった時代に建てられているのですね。
電灯も無いので採光の為にどうしても必要だった窓ガラス。

補充される繭が運ばれます。


首長館 ブリュナ館
フランス人指導者の住居。
外観見学のみですが、内部にレンガの地下室があるそうです。ワイン貯蔵庫だと私は思います。

寄宿舎です。
庭は日当たりが良くて見晴らしも良くて、梅が咲き始めていました。
あゝ野麦峠
の女工さんよりずっと恵まれていらしたかも…
展示されている写真や記録を見ているとそう思います。
どうでしょうか。
1987年まで操業されていたのですものね。
診療所
社宅、履き物を脱いで、
はい、こんにちは〜
なんとも懐かしい…
としこちゃんのおうちという設定
ブリュナエンジン展示室

西置繭所の中に入ります。

煙突が見えます。

一階の資料館は写真NG
貴重な資料が並んでいました。
エレベーターで二階へ

覚え書きや落書きが沢山ありました。
これで現在公開になっている所は一通り巡りました。
もう一度東置繭所まで戻ってシルクギャラリー。


もう一度振り返って見ます。
スタッフの方と、本当に良くぞ残してくださったものですねぇとお話ししました。
ゾクゾクするほど感動しました。
コロナで保存修理工事が止まっているのもあり、全貌を公開されるようになるまでには、まだまだ何十年と年月が必要なようです。


いつもの通り私はゆっくり、夫はさっさと先に見学を終えていました。
夫が車を門まで回してくれるとメールをくれたので、門の真前のお店で
田島屋のシルクミルクまんじゅう二箱と、美味しそうな干し芋を一袋買いました。
お天気は素晴らしく良かったですが、身体が冷え切ったので道の駅でお蕎麦でも食べよう❣️と…
群馬県ではここでしか食べられないキジ蕎麦というのを…が、
あゝ残念
15時で閉店🥲
となると、夫はとっとこ帰りたくなる人なので、慌ててこんにゃくを沢山買いました。
ネギは売り切れていたので玉ねぎを買いました😅
車の中で暖まるとお腹がグーで、干し芋一袋はあっという間に食べ尽くしてしまいました。
社会科見学以上終わり。
今回、繭は生きたまま茹でられるのではないということを知りました。
そして、初代製糸場長の尾高惇忠氏は、尾高忠明氏の曽祖父にあたるということも。
尾高忠明氏のおばあさまが工女第1号の尾高勇さんということですね。
フランス人に生き血を吸われるといって工女募集がなかなか捗らないので、14歳の勇さんが入場され、それによって人が集まっていったということです。