はせがわクリニック奮闘記

糖質制限、湿潤療法で奮闘中です。
パーキンソン病にはグルタチオン点滴を
癌には高濃度ビタミンC点滴も施行中です。

初盆

2015年08月16日 | 妹ネタ
昨日はオフクロの初盆ということで、東京から妹夫婦と冬樹が、お参りに来てくれました。

冬樹は東京での司法修習も終えて、この4月からは、赤坂シティ法律事務所で5人目の弁護士として働いています。
熊本で司法修習を受けないかなと期待した時期もあったのですが、かないませんでした。
なぜならば、冬樹は司法試験を、なんと15番で合格していたからです。
すざましい偏差値でしょうね。
これだけの成績ですと、第一希望の研修地に配属してもらえるのでしょう。

医師の国家試験には順番がつきません。
しかし司法試験では、何番で合格したのかという実績が、一生ついてまわるそうなのです。
弁護士として好調なスタートを切れたようです。

夜は、みんなして、予約をしていた和食の店 ” 蔵 ” へ繰り出しました。
本格的に飲む冬樹を見たのは初めてだったのですが、親の血を引いたのか、ちゃんとした酒飲みに成長していました。

今日は8月16日の日曜日なのですが、日曜当番医としてクリニックを開けています。
忙しくは無いのですが、ほとんどが新患さんですので、結構手間取ります。
天気はといえば、曇天ですので、絶好のゴルフ日和です。
チョッピリ悔しさを感じますが、どうしようもありません。
テレビで高校野球を観ながら、時々診察するという一日を過ごすしかありません。

漸悟と頓悟

2014年04月19日 | 妹ネタ
昨夜は妹とステーキの島崎に繰り出しました。
すると妹はバッグから新聞の切り抜きを取り出しました。
4月16日の日経新聞のコラム"あすへの話題"で、元宮内庁長官の羽毛田信吾氏の文章でした。

仏教用語で漸悟(ゼンゴ)とは、徐々に悟っていくこと。
頓悟(トンゴ)とは一挙に悟ることだそうです。

子供のころの遊びは、たとえば自転車やコマ回しのように、ある日突然に習得する頓悟的なものであることが多いと書かれています。

2012年の4月9日のブログで私は、"世の中には自転車に乗れる人と、乗れない人がいる。"
同じく、"ゴルフができる人とできない人がいる。"と書きました。
その後のブログで、"突然自転車に乗れるように、突然、ゴルフに開眼したい。"と述べました。
コラムが、その考え方にそっくりだということで持ってきたようです。
親切な妹です。

しかし、私が飲み方に老眼鏡を持っていくことはありませんので、昨夜に、その新聞記事を直接読むことはできませんでした。
そこで、妹が漸悟と頓悟の漢字を口頭で説明するのですが、なんとなく理解できませんでした。
その原因は妹が漸悟を、"ザンゴ"と読み違えたことにありました。
漸近線のゼンと暫定予算のザンを取り違えるという、初心者がよく陥るミスに、妹はどっぷりと浸かっていたのです。

ザンゴですか......ザンというと無残だとか、慙愧の念などの漢字を連想するのは私だけでしょうか?


無駄な桜?

2014年03月28日 | 妹ネタ
昨日は、木曜午後休診を利用して、妹に満開の桜を見せようということで、天草に向かってスカイラインを走らせました。
妹は、毎回、熊本の不自然さを多数指摘します。
たとえば、"空き地が多すぎるし、無駄なスペースが目立つ。"
それに、"コンビニの駐車場が広すぎる。
"立派な医療機関が多すぎる。""
平日の昼間に若者が公園で花見をするのはオカシイ。一体何者なんだ?
さらに、昨日は、"桜の数が異様に多い。" が追加されました。
さらには、"桜が無駄に咲いている。これだけ見事な桜ならば、見物客がいないのはもったいない。"と言い出します。
まあ、東京をスタンダードとして考えればそうなのかも知れませんが、熊本の、のんびりとした生活環境も捨てたものではないと思います。

夜は、ステーキの、"島崎"から、"KONS"に回り痛飲しましたが、今朝はダメージも無く目覚めることができました。
どうやら、一次会をワインでスタートさせるのが、泥酔を防ぐコツのようです。

出納帳

2014年03月27日 | 妹ネタ
昨夜はT君に拾ってもらって、新市街の和食の店、"蔵"へと向かいました。
その車中での出来事ですが、T君が、"スイノウチョウのプログラムを作りました。"と言います。
すぐにピンときた私は、"T君よ、あれはスイトウチョウと読むのだよ。"と教えます。
T君は、"あー、そうでしたね!"と恥ずかしそうに訂正しました。
しかしこの瞬間に私は、随分と昔に妹がしでかした、ある事件を思い出しました。

当時の妹は20代の独身で、熊本県庁にパートとして勤務していました。
妹の部署は一部屋に10名くらいが机をならべるようなスタイルです。
一番奥が課長の机で、妹は当然一番手前の入り口のそばです。
ある日、妹は、その一番手前の席から、一番奥の課長に向かって質問を投げかけたのです。
"すいませーん、シュツノウ帳ありませんか?"
いきなり部屋中の雰囲気が凍り付いてしまったそうで、妹は自分が何かをやらかしたかも知れないと考えました。
そこで、トコトコと課長のデスクまで歩いて行きます。
同僚たちは、誰一人として妹の顔を見なかったそうです。
出納帳を手渡しながら課長は、"長谷川さん、これはスイトウ帳と呼ぶのですよ。"と妹を諭しました。
妹は、自分の顔が、みるみる赤くなるのを自覚したそうです。

"蔵"で妹と合流して、その話を蒸し返しました。
T君は、"僕はスイまでは正しかったので50点。河野先輩は0点です。"と主張します。
妹は、"スイまで出てきてトウが出てこないのはオカシイ。"と切り返します。

五十歩百歩という言葉が頭をよぎりました......

マドラーの上下

2013年09月21日 | 妹ネタ
昨夜、妹が帰熊したので、”居酒屋二貝”に行きました。
そこで、スタッフの緑チャンが平凡なマドラーの上下を尋ねてきたのです。



実物の画像です。



私は写真の如く、丸くて平たい方が上で、加工を施されておらず丸い棒のままの方でかき混ぜると思っていました。
ところが、妹は、平たくて丸い方でかき混ぜると主張します。しかも自信満々で、賭けても言いと言います。
で、今日、さんざんネットで検索したのですが結論は出ませんでした。
クリニックのスタッフにも尋ねたのですが、私に賛成票を投じる者が多数でした。
婦長にいたっては、私に賛意を表明して、”当たり前でしょ。妹さんには常識が無い。”とまで言い切りました。
正解がわからないのですが、今夜、”バーコロン”に行って、マスターの博識に期待しようと思います。

話は変わりますが、冬樹が司法修習の希望地を提出したそうです。
希望地は第一希望から第四希望まで4つ出せたそうなのです。
冬樹は第一希望を立川にしました。現在住んでいる国立に近いという理由からです。
しかし一橋大学がある国立は、他の合格者も多数在住しているはずですので、競争率は高いと思われます。
第二希望は東京ですが、ここも高倍率は必至です。
第三希望は水戸を選んだそうです。私達素人には分かりませんが、水戸は出世コースなのだそうです。
出世コースならば当然人気が高く、倍率も高いはずです。
そして第四希望地を、なんと、熊本にしたそうなのです。
熊本は倍率なんて無きに等しいに決まっています。
以上の事を鑑みれば、冬樹が熊本に来る確率はかなり高いと思われます。

そして、冬樹が希望地に熊本を入れたことから、私と妹は、ある結論に達して、同時に声を出しました。
”冬樹もブログを読んでいる!”

朗報

2013年09月10日 | 妹ネタ
たった今、妹から電話が入りました。
妹の一人息子である冬樹が司法試験に合格したそうです。

小学生の頃から受験勉強の世界に飛び込み、麻布中高から一橋大学、さらには一橋のロースクールまで
ストレートに進学した冬樹でしが、昨年の司法試験で人生初の挫折を味わっていたのです。
しかも、落ちた理由が、よくわかりませんでした。
わからないままに今年の国家試験に臨んだのですが、不安で一杯でした。
司法試験は3回までしか受けられないので、今回落ちると追い詰められることになるからです。

小さい頃から冬樹は毎年のように熊本に遊びに来ました。
親バカ猫可愛がりの妹とは真逆で、ジャン・クリストフのゴットフリート叔父さんを目指す私は冬樹に厳しく接しました。
妹の冬樹に対する脅し文句は、”そんなことをすると熊本のオジチャンに言いつけるよ。”というものだったそうです。
そんなきびしい叔父であったにも関わらず、冬樹は中高生になっても自発的に熊本に来続けました。
まっとうな実の親とは違う、不良中年の私に、何か感ずるところがあったのかも知れないと自負しています。

冬樹の人生は試験勉強の連続で、合格する度にうれしさを味わってきた妹ですが、今回は格別だと半泣き状態でした。
私も一瞬、ウルッときてしまいました。

司法修習生は研修地を選べたように思います。
冬樹には熊本に来るようにそそのかしてみます。
熊本で酒の飲み方と女遊びをみっちりと教えてやりたいからです。
教えると言っても、失敗談を羅列するだけになるかも知れませんが.....

妹よ優勝おめでとう!

2013年09月03日 | 妹ネタ
今日、妹からメールが届いていました。
なんでも、ホームコースである富士国際のレディースコンペで優勝したそうなのです。
ボギーが10個、パーが8個の82だったそうですが、レディースティーからとはいえ立派なものです。
50名を越える参加者の中でベスグロこそ逃したものの、堂々の優勝です。
そういえば、数年前にも同じ大会で77を出して、ベスグロ、NET優勝の2冠を手にしたこともあったようです。
妹の欠点は飛距離と乱視によるパットの不安定さでした。
しかしレディースティーからですと、届かないホールが無くなります。
さらに、最近は乱視のハンディを克服したようで、パットが良くなっています。

今後、熊本では、できるだけ距離のあるコースを用意して、妹を待ち構えるつもりです。

妹週間

2013年07月01日 | 妹ネタ
土曜日は妹にT君も交えて、”蔵”で一杯やりました。
恒例の5000円コースだったのですが、その夜は、なんだか一品足りないような印象で、皆、不満げでした。
エビ、カニが無く(車エビはでましたが)、卵スープも無いというメニューでした。
しかし、収穫もありました。それはワインメニューを見つけたことです。
それまでは焼酎を飲むしか無かったので、その夜は赤ワインをたっぷりといただきました。

二次会はスナック、”ガウディ”を利用しました。
膵炎の既往歴はあるけれども、マスターには結婚歴が無く、ずっと独身でした。
しかし、なんと、最近結婚されたのです。相手は35歳の女医さんだそうです。
女医さんに、”私は遊び感覚の付き合いは大嫌いです。”と言われたマスターは、次の日に婚姻届を用意して口説いたそうです。
そこから話がトントンと進んで、出会って1ヶ月で結婚が決まりました。
いろんな縁があるものですね。

日曜日は妹とT君とで、熊本空港カントリークラブをプレーしてきました。
妹が優勝で、T君が5打差で2位、私はぶっちぎられての最下位でした。
妹ですが、6ホールを残した時点では14オーバーでしたので100を切るかと思われたのですが、
そこから、トリ、トリ、ダボ、ダボ、トリ、トリと大崩れで、ヨレヨレでのホールアウトとなってしまいました。

見せ場はハンディキャップ1の2番ミドルホールでしょうか。
T君のドライバーショットは260ヤード先のフェアウェーど真ん中に落ちました。
そこからのセカンドショットも完璧で、ピンの右下6mくらいにナイスオンしました。
右下と言っても、時計で言うなら4時くらいの、真右に近い場所です。
フックラインですが、強さによって曲がり幅が変わるという、やっかいなラインです。
しかしT君のタッチは絶妙で3mくらい手前を通過する時点で、カップに寄ることが確実だと思われましたので、
私は、”ナイスタッチ”と声をかけました。
するとカップ直前で止まりそうになった球は、そのままカップの右上からコロンと入ってしまったのです。
ナイスバーディーでした。もしも入らなかったとしてもOKに止まるような、素晴らしいタッチでした。
T君はキャディーさんから、”このハンディキャップ1でのバーディーは価値がある。”と、お褒めの言葉をいただいていました。

鼻息も荒く

2013年06月01日 | 妹ネタ
昨夜は妹が来熊したので、早速、ステーキの、”島崎”に行きました。
乾杯の直後から妹の自慢話が続きました。
なんでも、最近参加した慎ちゃん達の出身大学コンペで87を出したそうなのです。
数十名が参加する中、男性達と同じティーから回り、グロスで3位だったそうです。
妹の話では、ドライバーは220飛んだし、パットは30を切ったそうです。
私は直近の対戦で負けていますので、ただただ、神妙に拝聴するしかありませんでした。
そして、日曜日の対戦に死角は無いそうで、結果を必ずブログにアップすることを約束させられました。

”島崎”では、ステーキの油が衣服に飛び散るのを防ぐために、紙のテーブルナプキンを着用させます。
妹のナプキンが、その鼻息で揺れているようにも見えました。





反対語の夫婦

2013年04月22日 | 妹ネタ
私の妹の名前は裕子(ヒロコ)です。
以前に私はブログで、”つつましやかな性格”の反意語を教えて下さいとアップしましたが、先日箱根で飲んだ時に、
その問題を慎ちゃんが解き明かしておりましたので紹介します。

つつましやかとは、つつましいに基づいており、漢字で書くと、慎ましいとなります。
慎ましい生活の反対は、裕福な生活、余裕のある生活です。
すなわち裕子の裕なのです。

妹夫婦は、つつましやかな慎一と余裕の裕子という反対語を名前として持っているのです。

話は変わりますが、妹が生まれる前から、未だ新米の医師であったオヤジは、先輩の先生から、娘が生まれたらヒロコにするようにと命令されていたそうなのです。
オヤジはオフクロに、”ヒロコでいこう。”と提案しますが 、”そんなダサイ名前は嫌だ。”と一蹴されてしまったようです。
そこでオヤジは一計を案じて、”ユウコ”を提案します。
オフクロもユウコならば納得したようです。
そこでオヤジは裕子と書いて、ふりがなはヒロコにして出生届を出したのです。
そしてオフクロには、ユウコで出したと嘘をついたのです。
その嘘にオフクロが気づくには数年を要したそうです。
オヤジは妹を、”ヒロ来い、ヒロ来い”などと呼んでいたそうです。それを毎日聞いていたオフクロは、”ユウコなのに何でだろう?”と思っていたそうですが、
何でだろうで終わっていたそうです。結構、天然だったのかも知れません。

で、私は芳彦です。オヤジが芳巳で、じいちゃんが芳男、ひいじいちゃんが芳太郎で、その前が芳助ですので、オヤジは私にも芳の字を付けたかったそうなのです。
しかしオフクロは何故か、”渚”にこだわって譲らなかったそうです。
そこでオヤジは、”姓が長谷川だから、川で渚はオカシイだろう。”とオフクロを説得しました。
結局、当時としてはカッコ良カッタらしい、”彦”を付けることをオフクロが提案して一件落着となったそうです。

渚ですか。そういう映画監督もおられましたが、アブナイ、アブナイ。
そうなっていたらと思うとゾッとします。

ところで裕子という名前を、昔、妹は気に入ってはおりませんでした。
妹に言わせると、”裕子は主役の名前じゃ無い。脇役か意地悪な役の名前だ。”となります。
私も後半部分には賛成します。



24時間の大宴会

2013年01月14日 | 妹ネタ
私が20代後半の頃ですが、熊本に遊びに来た慎ちゃんと妹を熊本空港まで送っていくことになりました。
昼前に熊本駅の日本食堂まで来てくれとのことでした。
行ってみると、慎ちゃんと妹が、顔を真っ赤にして生ビールを飲んでいるではありませんか。
”朝の10時から飲めるのはココしかない。”とのことでしたが、まあ、”蛇の道はヘビ”という言い回しを思い出しました。
私の車にも、缶ビール6本を持ち込み、空港に着いた時には、すべて飲み干していました。
空港のレストランでも生ビールを飲み続けて、慎ちゃんが完全に酔っぱらってしまいました。
そして、”今日は帰るのをやめる、飛行機をキャンセルする!”と言い出しました。
妹も酔っぱらってのハイテンションで、”そうだ、そうだ!”というノリでした。

そこで市内に引き返して、私も参加し、これまた、”真っ昼間から飲めるのはココしかない。”という、うどん屋とそば屋をハシゴしながら飲み始めました。
夕方になり、やっと居酒屋に落ち着いて、座敷で飲み続けました。
10時頃だったと思いますが、突然、妹が後ろにパタンと倒れて眠ってしまいました。
私は胸の中で、”一丁上がり。”とつぶやきました。
ところが、30分ほどで妹は復活して、また飲み始めるではありませんか。
それと入れ替わるように、今度は慎ちゃんが倒れて眠り込みました。
しかし、慎ちゃんもまた30分で復活しました。
その後、味噌天神界隈のスナックに河岸を変えて、朝の7時まで飲みまくりました。

それから私のマンションに帰ったのですが、妹たちは、またまた冷蔵庫からビールを引っ張り出します。
いつの間にか朝の10時になりました。
結局、妹と慎ちゃんは途中で30分の仮眠こそありますが、なんと24時間飲み続けたことになりました。

私も20時間ほど飲み続けましたが、そのオバカな記録は破れないだろうし、破る気もありません。


ラストオーダー?

2013年01月12日 | 妹ネタ
私が20代半ばの頃、銀座橋のたもとに、”富士ラーメン”という24時間営業の店がありました。
当時は未だ毎晩飲む習慣は無く、その夜は私も妹もシラフでした。
11時過ぎに妹がラーメンを食べに行こうと言い出したので、富士ラーメンに行きました。
カウンターでラーメンを食べて、ビールを飲み始めました。
瓶ビールですが、ラーメン屋ですので633mlの大瓶です。
あっというまに4,5本を空けたのですが、店側が、面白がって、空き瓶を引きません。
こちらも面白くなって、ガンガン飲み続け、カウンターの空き瓶がどんどん増えていきました。
そして、朝方の6時頃でしょうか、店員が椅子を逆さまにしてテーブルに乗せ始めました。
24時間営業ですから、ただ単に清掃するためだったのですが、酔っぱらった妹は閉店間近と勘違いして、ラストオーダーとばかりに、
”ビール3本下さい!”と叫んだのです。
飲み終わって、カウンターに立ち並んだ空き瓶を数えてみると28本でした。

後日、そのラーメン屋を訪れたのですが、しっかり顔を覚えられていて、店主に言われました。
”あんなにたくさん飲む客も初めてだったけど、あれだけ飲んで運転して帰った客も初めてだったですよ。”



大荷物扱い

2012年12月29日 | 妹ネタ
一昨日に妹が来熊したので二晩続けて飲みに出ました。妹は外飲み7連チャンだそうです。
いくつかの昔話が話題に上ったのですが、その中からチョット面白そうな出来事をアップします。

私が20代半ばの頃ですが、台風の影響で列車が遅れ、博多駅で2時間ほど時間をつぶすことを余儀なくされました。
妹と二人連れです。とりあえずは地下の食堂街へ入りました。
高校生時代から私は、友達とジャンケンで負けた方が、ある恥ずかしい行動をとるというゲームを続けていました。
たとえば、田舎者のふりをして、デパートのエレベーターに乗り込む時に靴を脱ぐとか、あるいは降りる時にはエレベーターガールに10円払おうとするなど。
その日私は妹にある賭を提案しました。
私が食堂街の純喫茶に一人で入って、水を2杯持ってこさせ、結局は何も注文せずに店を出れたならば、1000円ゲットするという内容でした。
他人のふりをしてコーヒーを飲みながら待ち構えている妹のすぐそばのボックスに私は座りました。
水を持ってきたウェイトレスに私は、もう一杯の水を頼みました。
二人連れだろうと思ったウェイトレスはすぐに水を持ってきました。
二つのコップを右手と左手に持ち、交互に飲みながら私は注文しました。
”タヌキうどん一杯!”
ウェイトレスは当然、”ありません。”と答えます。
そこで私は、”なら、キツネでもいい!”とたたみかけます。
すると彼女は私にメニューを手渡しながら、”ここは喫茶店です。麺類はスパゲッティーしかありません。”と言います。
私が、”スパゲッティーは苦手なんだよなー”とつぶやくと、彼女は私を店外に誘導しました。
そして5軒ほど先に見えるうどん屋を指さして、”うどんなら、あの店に行って下さい。”と言いました。
私が丁寧にお礼を述べて、うどん屋方向に歩き始めたのは、言うまでもありません。

で、次は妹の番です。とりあえずは、天津甘栗屋でみかんを注文したならば、100円ということにしました。
妹は天津甘栗屋に行き、”みかんを下さい。”と言いましたが、店員は、”見たらわかるだろうが。みかんがあるはず無かろうもん。”と言い返してきて、
チョット険悪な雰囲気になりました。
そこで私はあわてて駆け寄り、笑いながら、”みかんが無ければバナナでもいいよ。”と言いました。
それでやっと、ジョークだと理解してもらえて一件落着しましたが、私の助けを借りたので100円はチャラだということになりました。

1000円を取り戻したいなら、あそこの手荷物預かり所に行って、”私を預かって下さい。”と言ってこいと、私は妹をけしかけました。
預かり所の前を何度も往復しながら、ためらっていた妹ですが、意を決して初老のスタッフの前に行き、キョウツケの姿勢で、
”私を預かってもらえませんか?”と言い放ったのです。
初老のスタッフはシャレのわかる人で、その応えは素敵でした。
”いいけど、大荷物扱いになりますよ。”