先月末,所用で久し振りに和紙の里を訪れました。ここは谷間部を深く入ったところに位置しています。
早春で,前を流れる川の水がようやく緩む頃です。それでも,清流でコウゾを晒す作業はからだに堪える筈。これを冬中続けるのは,素人目にはたいへんな苦労が伴なうものと思われます。この工程を経ることで,独特の味わいのある白さがつくり出されるわけです。作業中のFさんに話を聞くと,水の冷たさは感じないが,川面を吹き抜ける風は身に沁みるとか。
中では,二つの作業が行われていました。
一つは特製の紙を漉く作業。これは超ベテランのIさんの担当です。何に使われるかというと,お正月,宮中で催される歌会始のためとのこと。全部で100枚。もう一つは,アルカリで煮たコウゾの表皮剥き。
4人で黙々と作業を進めておられました。部屋の中央にストーブを置き,懸命なしごと振りでした。室内ではしごとの音が鈍く響いているだけ。「いつもこんなふうに静かなのですか」と聞くと,「話は休憩時間に済ませましたから」と返ってきました。
手作業に代わる機械が一台だけ設置されていました。それがなんとも骨董風なのです。年季が入っているなあと,感じ入りました。
伝統を守り続けるしごとは,ほとんどの場合地味です。地味過ぎるといってもいいでしょう。それが職人のしごとです。はたらく人の姿に,一本筋の入った情熱を見る思いがしました。
Fさんはこの紙漉きの後継者です。伝統を絶やさない努力は,なんといっても地域を挙げたものでなくてはなりません。わたしも関心を向け続けようと思っています。