わたしがジャガイモの実のことで殊の外関心を抱いてジャガイモ栽培を続けていると知って,地方紙(地域版)の記事をなんと発行当日の朝,コピーして届けてくださった知人があります。驚くとともに,感謝,感謝。記事はジャガイモの結実を報じたもの。
かなり大きな記事で,珍現象として取り上げられているのはいつものとおり。みだしは『ジャガイモの茎にトマト…?』。ふつうこの種の記事には,「ジャガイモにトマトの実がなった」「農家の人の話では,何十年も栽培をしているが初めて見たという」「近所で評判になっている」「農業改良普及センターの話では,天候が関係しているのだろうということだ」といった紋切り型の文が並びます。
今回もまったく同じです。じつは2年前にも,同じ支局がよく似た内容で報じています。みだしは「ジャガイモにトマトの実? 『生育良すぎて』珍現象」。とんでもないみだし! この記事の感想を当時書きました。
記事にする記者に,事の真相についてその道のプロにインタビューするだけの問題意識なり素養なりがないと,いい加減な情報が読者に伝播するばかり。結果,誤った知が残り続けます。この点,書き手である記者の腕が問われるでしょう。当然社会的責任があるわけで,その腕を磨き続ける努力が必要になってきます。
記者は,裏取り作業としてジャガイモ育苗について研究している専門家に問い合わせるという慎重さを持つべきでしょう。信頼できる情報源であることが重要です。この地方なら,すぐ近くに大学附属農場でジャガイモの品種改良の専門研究を行っているのに。まことにもったいないこと! わからなければ,北海道にある馬鈴薯の研究機関に問い合わせれば済むことです。
記事の問題を整理しておきましょう。
まず前提になる話からです。それを踏まえると,報道の問題点がよくわかります。ジャガイモの実がなるか,ならないかは,基本的には品種の問題です。極めてなりやすい品種があれば,ほとんどならない品種もあります。それは天候とか土壌とかの外因に影響されるものでなく,ジャガイモが本来的(遺伝形質的)に有している結実性がどの程度残されているかという内因によります。
これに沿って問題点を整理してみます。
- ジャガイモの品種が明記されていない。
- 農業改良普及センターの取材で得られた次のまとめに誤りが含まれる。「気象条件などで,花に受粉して実をつける場合があるといい,同センターは『放置しておくと実の栄養が取られる可能性も。食用ではありません』としている」
1について。
古いタイプで人気品種のダンシャクやメークインは品種改良を重ねて創出されたものであり,結果,結実するという性質はほとんど消えています。しかし,稀に実が付くこともありうるのです。それは先祖返りと呼ばれている現象です。起因は気象条件によるのかもしれませんが,ジャガイモに聞いてみなくてはわかりません。それよりも大事な見方は,なにかが刺激になってひょっくりと先祖返りを起こしたにちがいない,と考えてみることです。
したがって,品種の明記は欠かせないのです。
2について。
「気象条件などで」「実をつける場合がある」は曖昧模糊としています。気象条件なら,この方の畑のみならずあっちの畑でもこっちの畑でも,というふうになります。実際はどうだったのでしょうか。「実をつける性質をわずかながら残し続けている」という補足が抜け落ちていることも気になります。いい足らずか,書き足らずか,でしょう。
「放置しておくと実の栄養が取られる可能性も」は妙です。それなら,「取られない可能性」もあるということになります。これでは読み手は「ではどうすればいいというのか。イモに影響する恐れがあるのなら,いっそのこと,全部摘んでしまえ」となりそう。
わたしの場合は,どの品種も花は全部付けたままにしています。ホッカイコガネは100%の結実率ですが,イモの大きさは大したものです。普及センターの方に見ていただきたいですね。昔,人は花を摘んでイモをすこしでも太らせようとしていましたが,今ではそんな人はずいぶん減りました。研究者は,花を付けたままにしておいてもイモにほとんど影響がないといい切っています。それに北海道の農場で,花摘みが行われているという話は聞いたことがありません。
ついでながら,インタビュー相手側のセンター職員はご自分で収量比較した経験がおありなのでしょうか。たぶんないはずで,印象程度で語られているのでしょう。それでは科学的な裏付けがなくって,いい加減な話ということになります。
なお,チューリップの場合はこれとはちがってきます。球根を太らせるには花をたのしんだ後,すみやかに摘み取る必要があります。なにしろ,実は相当に膨らみますから,その分球根に栄養分が回りません。実が熟したときに球根を掘り上げると,なんとひ弱なこと!
以上が問題点の整理です。
ここから結論です。この記者氏が記事をまとめる際,念頭に置くべきだったのは,わたしからみれば次のことです。
- 実がなった品種。
- ジャガイモとトマトは同じナス科に属する種子植物。本来は実がなって当たり前。よく似た花!
- 品種によっては珍しい結実。いったいなにが起因しているのか(ジャガイモに聞いてみなくちゃわからないけど)。
大きくいえば,生命現象を解き明かすというスタンスに立って情報発信を心掛けなくてはなりません。必要な事実については触れなくてはならなし,事実でないことは書いてはならないのです。必要な事実とは,①ジャガイモに実がなった,②栽培農家はびっくりしている,③ジャガイモはもともと実がなる性質があり,たまたま実ができた,以上です。
いつも記者氏の眼力が問われています。じっくり取材し,手間をかけて材料をそしゃくするのがプロの心得です。それがあってはじめて記事に深みが出てくるでしょう。情報の正確さが売り物の職業であることを自覚していただきたいものです。
【付記】写真は先日,我が家の畑で撮影したもの。