(一社)ハートマッスルトレーニングジム代表
主体的人生を構築する人材育成トレーナー 桑原朱美です。
今日のテーマは
「<講座の感想>質問に答えていくだけで変化する不思議を感じた」
です。
保健室コーチングアドバンスコースオンライン 第3講の感想をアップします。
五感を扱うことができると、相手の脳内のイメージを共有し、それを変化させることができます。
それによって、思い込みと一緒に保存していた記憶も変化します。
記憶が変化すると、感情も変化します。
今回は、いつもにも増して感想を書くのが遅くなってしまいました。
自分でも、なぜなんだろうと問いかけながら過ごしていました。
知らず知らず人の目を気にしてしまった。
内容をよく理解できず、考えがまとまっていなかった。
講座について、上手くいかないことがあって、振り返りたくないことがあった。ということが考えられました。
内容について、途中フーッとどこかにいってしまう自分がいました。
アソシエイトとディソシエイトについて、しっくりする説明ができなくて、まだ自分の中で消化できていないことがわかりました。ブレークアウトセッションでお互いに説明するときも、心からわかっていないまま説明すると、自分自身がモヤモヤしました。自分の言葉で、何度も何度も図を作ります。
自分でも、なぜなんだろうと問いかけながら過ごしていました。
知らず知らず人の目を気にしてしまった。
内容をよく理解できず、考えがまとまっていなかった。
講座について、上手くいかないことがあって、振り返りたくないことがあった。ということが考えられました。
内容について、途中フーッとどこかにいってしまう自分がいました。
アソシエイトとディソシエイトについて、しっくりする説明ができなくて、まだ自分の中で消化できていないことがわかりました。ブレークアウトセッションでお互いに説明するときも、心からわかっていないまま説明すると、自分自身がモヤモヤしました。自分の言葉で、何度も何度も図を作ります。
学級担任のA先生から相談を受けました。学級の子どもとのトラブルで保護者を怒らせてしまいました。(以前にも失言から保護者を怒らせてしまったことがある方です)
今回のことから「どのような話し方をすればいいのかわからない、自分は保護者を励ましてあげたいと思っているのに、わかってもらえない。電話の最後に励ます言葉以外に、何を言って終わればいいのかわからない」と自分がいかにその保護者を心配しているのか、自分がいかに頑張っているのか、連絡をする際にまた失敗するかもしれないという恐怖感を話していました。
私は「私たちがすべきことは、まず該当児童が今後の生活でいかに生きやすさを身に付けるかということ、保護者も私たちもそのことに関しての方向性は同じである。保護者が何に対し不満や希望をもっているのか確認をする。励ましてあげる言葉は必要ない、<なんとかしてあげる>というのは保護者を下に見ているのではないか?
電話の最後は今一度内容の確認をして、お知らせいただいたことへの謝辞、何かあれば連絡をくださいと伝えて終わればいいのではないか」
と提案をしました。サブモダリティチェンジまではいきませんでしたが、A先生は、何を目的に連絡をするのか、何を話さなければならないか考えて連絡を取ったところ、スムーズに話が済んだようです。
同じような失敗を自分自身もしていたと思い返しながら、事実と自分の思いこみの確認、それらを離して考えることの大切さを実感しました。電話であっても、こちら側の無意識は相手に届き、快や不快を感じさせてしまうこと、まして直接会って話をするときにはなおさら自分をニュートラルに保つことについて自分自身を振り返り、反省しました。
今回のことから「どのような話し方をすればいいのかわからない、自分は保護者を励ましてあげたいと思っているのに、わかってもらえない。電話の最後に励ます言葉以外に、何を言って終わればいいのかわからない」と自分がいかにその保護者を心配しているのか、自分がいかに頑張っているのか、連絡をする際にまた失敗するかもしれないという恐怖感を話していました。
私は「私たちがすべきことは、まず該当児童が今後の生活でいかに生きやすさを身に付けるかということ、保護者も私たちもそのことに関しての方向性は同じである。保護者が何に対し不満や希望をもっているのか確認をする。励ましてあげる言葉は必要ない、<なんとかしてあげる>というのは保護者を下に見ているのではないか?
電話の最後は今一度内容の確認をして、お知らせいただいたことへの謝辞、何かあれば連絡をくださいと伝えて終わればいいのではないか」
と提案をしました。サブモダリティチェンジまではいきませんでしたが、A先生は、何を目的に連絡をするのか、何を話さなければならないか考えて連絡を取ったところ、スムーズに話が済んだようです。
同じような失敗を自分自身もしていたと思い返しながら、事実と自分の思いこみの確認、それらを離して考えることの大切さを実感しました。電話であっても、こちら側の無意識は相手に届き、快や不快を感じさせてしまうこと、まして直接会って話をするときにはなおさら自分をニュートラルに保つことについて自分自身を振り返り、反省しました。
サブモダリティーチェンジで動物の色を変えると、周りの景色や色も変わっていった。
質問に答えていくだけで変化する不思議を感じた。
今回「五感を扱う」という言葉が何度も出てきて、記憶は五感で保存されているからこそ、サブモダリティーチェンジが有効であると納得した。
咄嗟に答えたことが、実は無意識に繋がっていることもあって、質問することの力(可能性?)のようなものも感じた。
私は質問することに少し苦手意識があったが、目的があって質問するのだとしたら、質問をためらうことはないのだと、気持ちが楽になった。
最近、自分のイメージと相手のイメージが違うことが多く、確認することが大切だと感じた。
質問に答えていくだけで変化する不思議を感じた。
今回「五感を扱う」という言葉が何度も出てきて、記憶は五感で保存されているからこそ、サブモダリティーチェンジが有効であると納得した。
咄嗟に答えたことが、実は無意識に繋がっていることもあって、質問することの力(可能性?)のようなものも感じた。
私は質問することに少し苦手意識があったが、目的があって質問するのだとしたら、質問をためらうことはないのだと、気持ちが楽になった。
最近、自分のイメージと相手のイメージが違うことが多く、確認することが大切だと感じた。
毎回、感想がギリギリの提出になってしまうので、今回は、そのことについて考えました。小学校1年生の時に初めて作文を書いたとき、何をどう書いてよいか全くわからず、ものすごく苦労したことを今でもはっきり覚えています。もしかしたら、そのときに感じた「何を書いていいのか分からない」「書けない」という感覚を以来、ずっと持ち続け、文章を書く課題=「上手く書けない」=「大変」という図式が頭の中にあり、いざ、書こうという時に無意識に憂鬱な気持ちを引き出し先延ばしにしているのかもしれないな、と思いました。もう一つの理由としては、「きちんと書かなければ・・・」と思っているのかもしれません。
第3講の感想は、教師としての自分をイメージしたときに、ゆったり歩いているキリンをイメージしました。キリンをイメージしたことが少し意外でした。多分10年前の自分だったら、ちょこちょこ動き回る小動物系をイメージしていただろうなと思い、この10年で、思っている以上に俯瞰して子供たちや学校全体のことを見られるようになったのかなとも思いました。と同時に、上から目線になっていたりしないのかなと心配になりました。歳もとってきてので威圧的にならないように気をつけようと思いました。
第3講の感想は、教師としての自分をイメージしたときに、ゆったり歩いているキリンをイメージしました。キリンをイメージしたことが少し意外でした。多分10年前の自分だったら、ちょこちょこ動き回る小動物系をイメージしていただろうなと思い、この10年で、思っている以上に俯瞰して子供たちや学校全体のことを見られるようになったのかなとも思いました。と同時に、上から目線になっていたりしないのかなと心配になりました。歳もとってきてので威圧的にならないように気をつけようと思いました。