【2007年の記事】
保健室での会話です。
生徒「どうして高校へいくのかなって考えるんだよね。
高校ぐらいは出てなきゃ就職がないとか、高校くらいは出ておかなきゃならないから・・・ってことで高校いくのってなんだか納得できないし。
それに、夢とか目標を持ってそれをかなえるために高校行くっていうのも、自分、どんな職業に就きたいとか夢ないし。」
姫「なるへそ。どうして高校行くのかわかんないし。なりたい職業も今ないんだね。姫は、こんなふうに考えるんだけどね・・・。
職業=夢 ってことじゃないと思うんだよ。
一番大事なのは、あなたが、《どんな人間として生きていきたいか》ってことで《そのことによって、社会とか他の人にどんなことを提供できるのか》ってことだと思う。
たとえば《人を元気にする人でありたい》とか......。
それがあって、それを実現するためにどんなことができてどんな職業を通してそれを実現するのか?って考えて職業を決めていく。次にその職に就くためにどういうルートがあるか考える。
それは普通高校かもしれないし、実業系の高校かもしれない。ひょっとしたら他の道もあるかもしれない」
生徒「ああ、そうなんだぁ。すごくすっきりした。」
姫「だってさぁ、高校とか大学とかは人生の一部でしかないんだよ。自分が死ぬときに、《この人は、○○大学を出て・・》なんて言われるり《この方は、人生をかけて◎◎をやり遂げた方です。》っていわれたいのか。」
生徒「うわー、私、学歴より人間として何をしたのか、どう生きたかを認められたい」
姫「そうそう。だってさぁ、どんな一流の大学出ても、社会に出て行く時、そんな名札つけて歩くわけじゃないジャン。姫だって、一歩この学校を出て、スーパーで買い物してりゃ、ただのおばさんにしかみえないよ。」
生徒「そうだよね。うんうん」
姫「今の時点から、未来の道筋をみるんじゃなくって、「こんな人間として、こんなことをして生きる人間」としての視点から、自分の人生を見るんだよ。そして、自分が歩む方向を決める。高校の選択だって、その歩む方向の通過点なんだよ」
生徒「ありがとう。姫先生。聞いてみてよかった。夢をもたなきゃいけないとか、なりたい職業を決めなきゃいけないって思っていたから、すごく苦しかったし、納得ができなかったの」
ややもすると高校進学というのが目的になってしまう生徒もいます。
まだ、夢が決められないっていう生徒もいて、とりあえず、高校へ行ってから考えようって生徒もいます。
どれが正解とかどれが間違っているとか、そういうものはないけれど、
「職業=夢」という考え方は、かえって、制限をかけてしまったりするのかもしれない思うことがあります。
<夢を持っていなければならない>とかってこと自体が、ストレスになってしまったりする子もいるのかなと思う。(こういうストレスをネバナラナイ・ストレスと勝手に呼んでいる)
私たち大人が何気なくする「将来何になりたいの?」って質問を
「あなたは、どんな人間として生きていきたい?」
「20年後のあなたは、どんな気持ちで生きてるの?」
って質問に変えてみるとか
ってしたほうがいいかもしれない。
職業にこだわることで、かえって夢は狭まってしまうのかもしれない。
手段と目的を取り違えたこと多いです。取り違えたことが達成したときに、その先が見えなくなりますね。
この生徒はきっと素敵に成長するでしょうね。
「どう生きたいか。」
それによって、職業の選択の幅は広がり、自分の人格はそれでいてぶれない。
これからは、そうやって聞いていきたいと思いました。
考えさせられますね。バスに乗ってくる小学生が、大きくなったら何になるという話をしていました。バスの運転士の目の前で「バスの運転士にはなりたくない」と・・・。夢のない時代のような気がします。
会社に入って、憧れる上司のいる会社は恵まれているのだと・・・。
学校と言う物は、様々な集団社会に出る準備をするところだと私は思います。幼稚園や保育園から始まって、様々な集団社会があると思います。その中で、自分はどうしていくのか?など、大人社会へ出る為の段階的な場なのかなぁと思います。
私の子供はまだ幼稚園児ですが、同じような事を聞いてくる時がやってくるのかなぁと・・・。
私の生きざまを見せながら、これから育てていきたいと思います。
手段と目的、ほんとうにたいせつなことですね。
この子のゆっくりながらしっかりと歩もうとする心に寄り添って生きたいと思っています。
>ubeyabura様
>「どう生きたいか。」
それによって、職業の選択の幅は広がり、自分の人格はそれでいてぶれない。
そう、そうなんですよ。それです。
すてきなことばありがとうございます。
>私の生きざまを見せながら、これから育てていきたいと思います。
素敵ですね。かっこいいです。
最後は、ことばではなく、大人の後姿が、子どもの深い部分に生き方のモデルを落としていくんですね。
ありがとうございます。