ほしちゃんの「続・なるようにしか、ならん」。

安くてウマいもんと料理と旅行と音楽と競馬が好きなサラリーマンの暮らしを、ありのままに綴ります。

実家の店で出していたきつねうどんを、母が再現する。

2017-01-21 21:38:00 | 家庭・教育

今日は、実家で母親の相手をする日だった。クルマで1時間の距離だが、私が実家に顔を出すのは大体3週間に一度の割合。
今日は、元日以来である。

たいがい母と昼食を共にするのだが、あらかじめ作ってくれている時もあれば、母にとってはたまの外食に連れ出す時もある。かと思えば何故かコンビニの和風弁当が食べたいと言い出す時もあり、私もそれに付き合う。

今日は、かつて実家で出していたきつねうどんを、母が再現した。
実家は、京都市北部の上賀茂という寒冷地にあり6年前までうどん屋をやっていた。祖父が始めた店で、父が継いだのだが私は大学を出てサラリーマンになったので継がなかった。

するとあれよあれよという間に世間は不景気になり、うどんの出前を頼んでくれていた近隣の農家の多くは農業を辞めてサラリーマンになった。
不景気に陥ったサラリーマン家庭がまずやる事は、外食や出前の削減である。

同時に、少子化も急速に進行した。
私の通っていた小学校は、当時は1学年5クラスあったのだが今はわずか2クラス。
当然教員も減り、職員室への出前も激減。
また実家の向かいには学習塾があり、生徒や先生がよく食べに来てくれていたがその塾も20年ちょっと前になくなってしまった。

加えて、店主である父の加齢と病気。
いくつもの社会的要因を一気に喰らい、実家のうどん屋を畳む事になったのが6年前の話だ。

その父も、亡くなって4年になる。
独りで暮らす母は、今も当時のレシピに沿って店で出していたメニュウを食べさせてくれるのだが、母は大いに不満なのだとか。
無理もない。あの頃のように、大きな釜で煮てダシを取ったわけではないのだから…

それでも、写真の通り当時と全く同じ器、全く同じ油揚げとネギの刻み方、さらに未だに大量に残っている箸袋(笑)でご覧のようなきつねうどんは作れるのである。

母がいなくなれば、この味は誰も再現出来なくなる。
私と当時のお客様だけが知る、無形文化財なのである…


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