最近、私のエージェントから直販雑誌「和楽」の白洲正子特集の号を借りた。
白洲正子の代表作『かくれ里』の取材詳細地図がついているのが見たかったからだ。
あらためて、名著『かくれ里』の着眼や取材の深さを感心させられた。
今、多くの人がこの『かくれ里』というタイトルだけを見たら、
おそらく平家落人伝説などのある山里ばかりをイメージしてしまうだろう。
しかし、白洲正子の眼は、そのようなものよりは遥かに深い歴史の部分を見ている。
それは、いわゆる雰囲気のある山里の風景といったようなものではなく、
まさに埋れた歴史の「かくれ里」といったような所のことである。
この本は一度函入り本が復刊されたが、講談社の文芸文庫版となってから
常にその文庫シリーズ売上げで上位に位置しているロングセラーでもある。
いったいどれだけ多くの人が、この本に触発されて近江の地を訪れたことか。
もちろん私もそのひとり。
もう20年くらい前になるか、この本を読んだ直後、
タイムカードに「会社がイヤになったので、しばらく休ませていただきます」
とのメモ書きを無造作に貼り付け、車で西へ飛び出していったことがある。
で、その当時、本だけでは手がかりもつかめなかった数々の場所が、
この地図を見ると明解に記されている。
でも、ここまではっきりと記されていても、現地に行くとなかなかたどり着けないもの。
また行きたい。
この近江周辺は何度でも行きたい。
かつてホームページを見た人から、おすすめの場所とかはどこですか?
との問い合わせを受けたことがある。
その時、私は、こう説明した。
日本列島は、どうしても長手方向、東西の流れで見てしまう傾向がある。
それに対して私は、能登半島から紀伊半島にかけての縦の線に
歴史の流れではなく、歴史が蓄積して堆積しているような面白みを感じる。
その中心が近江、琵琶湖。
もちろんそれは湖そのものではなくて、琵琶湖周辺という意味。
かつてのヨーロッパでは地中海がその中心であったように
日本では琵琶湖が、その文化の中心であったといっても過言ではない。
地図で見る琵琶湖のスケールからすると、
京の都など、縮尺を間違えているのかと思うほど
ほんの小さな部分にしかすぎない。
北陸道、中仙道、東海道が交錯して京へつながる要衝として
戦国時代には最大の舞台となっていた。
また、本州のかたちからすると
若狭湾、伊勢湾に挟まれた異常なクビレた部分に琵琶湖が収まっている。
(今回で21回になるのか、この連載シリーズの多くの話題も、能登半島から紀伊半島にかけての縦の線上にかかわるものになっている)
北方民族の流れからは、日本海がその文化の中心になる。
(北から見た地図で日本海を中心に文化をとらえることを赤坂憲雄が提起していた)
南方民族の流れは、もちろん太平洋から。
しかし、それらは、面として接しているだけでなく、
明確な起点となる場所を持っている。
それが太平洋の場合は紀伊半島の先、熊野。
日本海の場合は、能登半島とその対極の窪みである若狭湾。
私はそんなイメージから、日本列島の文化の流れのベクトルを
「〆」の字でとらえる。
〆の長い線はもちろん日本列島の北海道から九州に至る流れ。
それで短いバッテンで交錯する部分が能登半島から紀伊半島に至る流れ。
で、〆の跳ね上がっている部分は九州から朝鮮半島、そして大陸へつながる流れ。
〆という字は「締める」「閉める」「絞める」などのイメージだが、
手紙の封そのものの「封印」されているというイメージでとらえると
一層、歴史の深みに想いが届きそうな気がしてくる。
その日本文化の封印され蓄積されているものが、
東西の文化、経済の流れのなかにではなく、
能登半島から紀伊半島にかけて琵琶湖を軸にした縦の流れのなかにこそ、
滔々と流れ点在して見てとれるのです。
まぎらわしいかな群馬に暮らすわれわれ現代人からすると、
房総・伊豆半島、東京湾から新潟に抜ける線こそ、長い日本列島を分割する境界に値するラインに見えるかもしれないが、残念ながら日本列島全体を封印する軸は、ここではない。
天皇すら、皇居とはいいながらも江戸城跡地に居候する身だし。。。
そんな視点を白洲正子の『かくれ里』は、私に示してくれました。
本のなかで直接そんなことが書いてあるわけではないけど、
そうした視点の大きな影響をまぎれもなくこの本から得ました。
いかなる歴史学者も
いかなる民俗学者もたどり着いていない
日本の歴史を見つめる視点がここにはある。
やがてこの視点は
風水の話など「水」とのかかわりで陰陽師の話へ
それはそのまま環境問題から生命のエネルギーの問題へ
あるいは「石」「鉱物」とのかかわりで修験道の話へもつながっていく。
私のこの連載は〆の字の封印された部分をずっと追及していく予定です。
正林堂店長の雑記帖 2008/4/1(火) より転載
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