今や福島原子力発電所は、明らかに手のつけられない惨状を呈しています。

堀江邦夫さんは、1978年9月28日から翌年の4月19日にかけて、美浜原子力発電所、福島第一原子力発電所、敦賀原子力発電所の下請け労働者として働き、自らの体験を持って「原発ジプシー」という本を書かれました。
そして、今回の震災をきっかけに、講談社文庫から「原発労働記」の題で新たに出版されました。この本は、学者や専門家の手によるものでなく、堀江さん自らが現場で体験された記録です。
ここに一貫して感じ取られるのは、電力会社正社員と下請け労働者の間にある強烈な差別意識です。日当5~6千円で働かせ、不十分な放射能検査でこき使う会社のことを考えると怒りがこみ上げてきます。
原子力発電所の点検や修繕のほとんどは、下請け業者に任せられています。発電所内部も、建設当時から点検を配慮した構造に出来ていないと堀江さんは書いてみえます。明らかに人権を無視して、金銭感覚だけで造られたとしか考えられません。これでは、非常時における対応がまったく出来ないことも理解できます。
最後に堀江さんはこう記していました。
「この本のなかでも繰り返し述べてきたような、テレビに映ることも、人々に感動を与えることも、賞賛されることもなく、コンクリートに囲まれた原子炉内の暗い暑い現場にはいりこみ、日々、放射能をその全身に浴びながら、ただひたすら黙々と働く下請け労働者たちがいることを、さらには、彼ら労働者たちの被ばく作業無くして原発は決して動かないのだ、との重い現実にも想いを寄せていただけたら、と思います」

堀江邦夫さんは、1978年9月28日から翌年の4月19日にかけて、美浜原子力発電所、福島第一原子力発電所、敦賀原子力発電所の下請け労働者として働き、自らの体験を持って「原発ジプシー」という本を書かれました。
そして、今回の震災をきっかけに、講談社文庫から「原発労働記」の題で新たに出版されました。この本は、学者や専門家の手によるものでなく、堀江さん自らが現場で体験された記録です。
ここに一貫して感じ取られるのは、電力会社正社員と下請け労働者の間にある強烈な差別意識です。日当5~6千円で働かせ、不十分な放射能検査でこき使う会社のことを考えると怒りがこみ上げてきます。
原子力発電所の点検や修繕のほとんどは、下請け業者に任せられています。発電所内部も、建設当時から点検を配慮した構造に出来ていないと堀江さんは書いてみえます。明らかに人権を無視して、金銭感覚だけで造られたとしか考えられません。これでは、非常時における対応がまったく出来ないことも理解できます。
最後に堀江さんはこう記していました。
「この本のなかでも繰り返し述べてきたような、テレビに映ることも、人々に感動を与えることも、賞賛されることもなく、コンクリートに囲まれた原子炉内の暗い暑い現場にはいりこみ、日々、放射能をその全身に浴びながら、ただひたすら黙々と働く下請け労働者たちがいることを、さらには、彼ら労働者たちの被ばく作業無くして原発は決して動かないのだ、との重い現実にも想いを寄せていただけたら、と思います」