夜の女王編、パミーナ編に続いて男性役に移る。まず、ザラストロ編だがその前に今度は男声の種類をチェックしておこう。
バス → 人間の出せる最低音。さまざまな分類があるが、いずれも音色の差によってあるいはドラマの中の性格付けの差によって呼ばれることが多い。例えば魔笛のザラストロ役はゼリエーザー(シリアスな)バスと呼ばれている。陰影の深い声で、王様、伯爵といった気品のある役が多い。
バリトン → この声域の区分は比較的新しいといわれる。ヴェルディが好んでこの新声種のために曲を随分作った。例えば「リゴレット」に代表されるように陰のある中年の男役が多い。
ドイツ圏では比較的低い声域に伸びるケースが多くこれをバス・バリトンという。たとえば「ニーベルンクの指環」のヴォータンなど。
テノール → 最も高い男性の声。ふつう二枚目として凛々しい男を演ずるが、優美な男を演ずる場合も多い。区分としては次のとおり。
①テノ-レ・ディ・グラツィア → 最も軽く「愛の妙薬」のネモリーノなど
②リリック・テノール → その次に軽く「魔笛」のタミーノ役など
③スピント・テノール → その次に軽く「トゥーランドット」のカラフなど
④ドラマティック・テノール → 最も重量級のテノールで「ジークフリート」など
なお、カストラートは若い頃去勢した男の成人になった声で現在は存在しない。女声のアルトないしメゾ・ソプラノに近いといわれている。
カウンター・テノールはカストラートに似た声域を確保できる男声で一般的に裏声。
それでは、魔笛の中で荘厳、叡智のイメージを表現するザラストロ役(バス)をみてみよう。
≪CDの部 21セット分≫
♯1 ビーチャム盤(1937)
ヴィルヘルム・シュトリーンツ(1899~1987) ドイツ
この魔笛をはじめポピュラーな曲に至るまで、こんな時代に多くの録音があることからも当時の人気の程がうかがわれる。
♯2 カラヤン盤(1950)
ルートヴィヒ・ヴェーバー(1899~1974) オーストリア
ワーグナー歌手として国際的に活躍。柔軟で温かみがあり十分な声量と舞台風格を持って大歌手というにふさわしいバス歌手。戦後はウィーンを本拠にして「ばらの騎士」のオックス男爵役で一世を風靡した。
♯3 カイルベルト盤(1954)
♯4 フリッチャイ盤(1955)
ヨーゼフ・グラインドル(1912~1993) ドイツ
フリック、ベーメと並んでドイツの3大バスの一人。名声が世界的になったのは新バイロイトのバスの重鎮として20年近くあらゆるワーグナーのバス役を歌い続けたこと。70年開催のザルツブルク音楽祭ではカラヤンに起用されたが、そのときにカラヤンはグラインドルがフルトヴェングラーのお気に入りの歌手だったので自分の公演には参加してくれないだろうと思い、長らく彼を起用しなかった非礼を詫びたという。自分の手持ちの魔笛の中でも、この歌手は古今東西NO.1のザラストロ役である。
♯5 ベーム盤(1955)
クルト・ベーメ(1908~1989) ドイツ
その堂々たる体格といい、声といい、舞台人として疑いようもない資質を持ちながら、意外にも最初はオーケストラでヴァイオリンを弾いていたという。実際にR・シュトラウスの薫陶を受けワーグナーよりもシュトラウス歌手として名声を得た。「ばらの騎士」のオックス男爵役は歴史に残る歌い手のひとり。
♯6 クレンペラー盤(1964)
ゴットロープ・フリック(1906~1994) ドイツ
合唱団員からキャリアを始め小さな劇場での下積みが長かった。戦後、ミュンヘンとウィーンの歌劇場と契約してから頭角を現し、ワーグナーのバス役をほとんど独占した。ユーモラスな人でコミカルな役も演じたが、本領は何といっても悪役。暗い声、不気味な声などフリックの独壇場である。微妙な表現力に優れていたため、数多くのレコーディングに起用された。
♯7 ベーム盤(19649
フランツ・クラス(1928~ ) ドイツ
深い声に正確な発音と音程が美点だが、キャラクターの表出という面ではいささか地味なきらいがあった。本人も自覚があったのか、歌劇場よりもコンサートでの活躍が多かった。バイロイトで比較的長く活躍し70年の「パルジファル」で歌ったグルネマンツが最高の歌唱とのこと。
♯8 ショルティ盤(1969)
マルッティ・タルヴェラ(1935~1989) フィンランド
クラスと並んでバイロイトで活躍。2mを優に超える身長に、200キロもあろうかというプロレスラー顔負けの巨漢。しかし、体格のわりに声量はあってもさほど重厚さはない。ワーグナーよりもモーツァルトに特徴が発揮されている。ベームのお気に入りだった。
♯9 スイトナー盤(1970)
テオ・アダム(1926~ ) ドイツ
東独の歌手だったため実力がありながら西側ではなかなか大きな役が回ってこなかった。声質はドイツのバス歌手としては明るいが決して軽くはない。声量も体も特別大きくはないが、歌劇場たたき上げのベテランにふさわしく第一声で舞台を支配してしまうような風格を感じさせた。
以下、ザラストロ編♯2に続く。