「音楽&オーディオ」の小部屋

クラシック・オーディオ歴40年以上・・身の回りの出来事を織り交ぜて書き記したブログです。

読書コーナー~脳力のレッスン~

2007年07月03日 | 読書コーナー

「脳力」とは「物事の本質を考え抜く力」。~略~古今東西のあらゆる時の話題に触れながら、テーマは重いがウィットに富んだ、軽いタッチのエッセイです。との表紙の裏カバーの文句につられて手にしたのが「脳力のレッスン」(2004年10月3日、岩波書店刊)。

著者:寺島実郎氏は1947年北海道出身。早稲田大学大学院政治学研究科修士課程終了。(株)三井物産入社。2004年現在三井物産戦略研究所所長。国際的な政治経済の話になると欠かせない人物としてテレビにも度々出演されている。

実は在職中、職員研修の一端を担っていたときに、
天の声によって講師として白羽の矢が立ち、遠路、足を運んでいただいた方である。職員からも大変好評だったが、実際に2回ほど身近に講演をお聴きしてその動じない堂々とした態度といい、博識に裏付けられた講演内容といいまことに圧倒されるものがあった。

なにか重心の低いどっしりとした知性といったらいいのだろうか、こういう人が正真正銘の知識人というのだなとつくづく感心した記憶がある。
その寺島氏の著書なのでハズレはあるまいと思ったのが二つ目の理由。

本書の構成は次のとおり。

Ⅰ 「イラク戦争」を直視する

Ⅱ 現代世界への視界を開く

Ⅲ 日本社会の死角を見つめて

Ⅳ 文化と歴史の波間に

ⅠとⅡについては著者の主観のもとに論理が展開されているが、一方的すぎるとして反発を覚える向きがあるかもしれない。
Ⅲの中では
「日本人の脳力はなぜ劣化したのか」に興味が湧いた。
「脳力」(のうりき)とは聞き慣れない言葉だと思ったら、あの博覧強記の知的巨人として知られる博物学者・
南方熊楠が使っていた言葉とのこと。

さて、劣化した理由として二つの大きな原因が挙げてある。(要約)

①メディア環境の影響

現代人は思考を収斂させる機会のないまま、途方もない情報量の中に身を置いている。「受身で間接情報を受け止め、考えない傾向」が定着、しかもインターネットの登場で考える機会が一段と希薄になっている。

②存在感を放つ人間の出会いの欠落

現代の若者にとって両親や親族、先生、地域社会の隣人などにおいて、決定的な影響を受ける人物がいない、魂を揺さぶられるような生身の人間との出会いが少なくなっている。

そして、脳力を取り戻す方法として

①歴史の中で自分がいかなる時代を生きているかを思考する、いわば
「歴史軸」中での自分の位置づけ。
②広い世界の中で自分の生きている国や地域がいかなる特色を持つものなのかを確認する、いわば
「空間軸」の中での思索。

ここで思い出したが、そういえばたしか以前の講演の演題が「世界の中の日本、日本の中の九州、九州の中の○○県」だった記憶が蘇った。

もう一つ興味を持ったのは、Ⅳの中の「魯迅と藤野先生」。

隣国の中国とはこれからも長いお付き合いをしていかざるを得ないが、魯迅(ろじん:1881~1936)の「阿Q正伝」をはじめとする作品は中国人を理解するうえでの格好の教科書といわれている。
岩波文庫から「魯迅選集」が出版されたのは1935年だが、どの作品を収めるべきか当時の魯迅に問い合わせたところ
「藤野先生」だけは入れて欲しいと返事があったという。

魯迅は、1904年仙台医科専門学校に留学し当時の中国人蔑視の日本社会の中で随分苦労したらしいが、解剖学担当の藤野先生から日本語の指導をはじめ講義の内容について親身になって指導してもらった。

その後の魯迅は、「医学ではなく、文学運動を通じた中国の覚醒」へと向かい、中国で「抗日運動」をリードする存在となったが、最後まで「日本の全部を排斥してもあの真面目という薬だけは買わねばならぬ」と語っていたというが、そのとき、魯迅の脳裡をよぎっていたのは藤野先生の表情だったことは想像に難くない。

その後の藤野先生は故郷の福井に帰り一介の村医者として生涯を終えたが、一人の中国人留学生に示した配慮が日中間の温もりとしていまだに残っており、あの日本嫌いでしられる当時の江沢民主席が1998年来日したときにあえて仙台を訪問し、東北大学医学部に残る古い教室に立って、魯迅と藤野先生を偲んだ。

魯迅逝去の報を受け、藤野先生は「なぜ、魯迅のノートを添削してあげたのか」とインタビューで聞かれ「少年時代に教えを受けた漢学によって中国文化への尊敬と中国人への親しみを持つようになり、それを魯迅が親切と感じたのだろう」と答えている。

こういうエピソードに触れると、魯迅の「藤野先生」をどうしても読んで見たくなる。

それにしても、この本は冒頭の紹介文にあるウィットに富んだ軽いタッチのエッセイどころではなくて随分ヘビー級の印象を受けた。

                        





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